第13話 ふたり目の王子
「二度目の一回生、おめでとうございます」
「さすが、グレイフォード侯爵家のお嬢様。二度も同じことを繰り返そうだなんて、勉強熱心でございますわねぇ」
「真似できませんわぁ」
例のマルガレータお嬢様方一行が、すれ違いざまに嘲笑と共に投げかけてくれるはなむけの言葉に、笑顔でお返ししてあげる。うるさいうるさい。私だって好きで留年してないんだから!
心の中でそう叫ぶけど、同時に浮かぶのはウィリアムの声と表情。
「申し訳ございませんでした。私の力が及ばぬばかりに」
「お前のせいじゃねぇよ大丈夫だ。お前はよくやってくれた」
っていう会話が交わされたのが、つい昨日。
申し訳ない。めっちゃ申し訳なかった。
確かに、ウィリアムは優しかった。そんでもって、教え方めっちゃ上手だった。
学校の先生よりわかりやすかったのに、それでも追試験落ちたから、これは学院側が全面的に悪い。
わかってます責任転嫁ですねごめんなさい。
見たくない、見たくないとごねる私を引きずって、クラス分けの表の前に。そして見つける、一回生の場所にある私の名前。絶望。
「あたくしの名前がありますわ」
「そうだな」
「また同じことをするんですの?」
「そうだな」
「そしてまた留年?」
「上がれや」
いや、混乱して自分でなに言ってんだかわかってない。
うん。うん、現実だ。受け入れなさいエレナちゃん。って私が受け入れられてないだけだけど。
「ジールお兄様、初等部ご卒業おめでとうございます」
六回生のところにあるジールの名前を見つけたけど、「当たり前だろーが」と一蹴された。悲しい。
「ジール! エレナちゃんも!」
どんっと衝撃があって、よろける前にジールに支えてもらった。直後の鈍い音とうめき声。
「……っ。い、いや、ごめん。ほんと悪かったノリでさ」
「ノリで俺と同じ扱いしてんじゃねーよてめぇ」
「ごめんなさい」
突撃してきたのは、やっぱりベンジャミンだった。元気そうでなによりです。お腹押さえて、笑顔も引きつってるけど。
「ごきげんよう、ベンジャミン。初等部ご卒業、おめでとうございます」
ジールが飛び級した関係で、年上だけど同じ学年だって言ってた気がした。ただ、ベンジャミンは逆に一年留年してるから、ジールとは三歳差らしいんだけど……。
「あ、俺留年したから、まだ五回生だぜ」
……お?
「留年は普通のことじゃねぇからな」
先に釘刺された。
だって、ベンジャミンなんて二回目なんでしょ?という逃げの訴えは華麗に無視され、そのまま腕を引っ張って連れ去られようとしていた。
「そこの! もしかしなくとも、エレナであろう!?」
そこに響くは私の名前。だけど知らない声だ誰。
「げ」
ジールが心底嫌そうな小声を漏らした。
「なんで知り合いなんだよおまえ?」
「え、誰と?」
なんの話?とか聞く前に、ぽん、と肩を叩かれた。反射的に振り返れば、美少年がキラッキラの笑顔で立っていた。
えーっ!待って待って、ちょっと待って誰これ!めっちゃくちゃ顔好みなんですけど!
きめ細かい肌は白くて、子供のくせにスッと通った鼻筋と薄めな唇。そしてなにより、すっきりとつり上がった菫色の目に、細くてサラサラな黒髪がベストマッ、
……違う。なんか見たことあるぞ。
見たことあるけど、舞踏会でとかじゃない。私が、見たことあるんだ。そう、もちろんゲームの中で。
あれ、この子もしかして、私の推しの第二王子?いやだけど、こんな尊大な話し方でも勝気そうな目でもなかった。もっとふわっふわでか弱くて、見ていてはらはらさせられるんだけど、いつも私=ヒロインを全力で守ろうとしてくれる、とても愛しい子だった。
そして、エレナちゃんの記憶にもこんな美少年は存在しない。なぜだ。
「えっとぉ、ご、ごきげんよう」
とりあえず挨拶してみたけど、全くもって通じてないのは明らかで。
「お、おれを忘れたというのか……?」
まるで、自分が忘れられることが信じられないとでもいうような。そして、ジールが隣で天を仰いだ。
あ。もし私の記憶が正しくて、なんかどうにかなって設定が変わってるのだとしたら、第一王子のときみたく不敬罪沙汰になるのかこれ。
「ま、まあおれも変わったからな! わからずとも無理はない。許す」
え、あ、そうですか。なんか知らないけどありがとうございます。それにしても態度でかいな。
「おれはフレデリクだ。百年に一度と唄われる天才魔法使いであり、王子のフレデリクだ!」
自分で言っちゃう系か、美少年。
そしてジールは口元を押さえて顔をそらした。どうやら笑いを堪えてたらしい。第一王子とはとんだ態度の違いだな。
それはいいとして、フレデリク?待って、ほんとにフレデリクって名前なの?でも、私の推しは可愛い可愛いエドワーズ様。どういうことなんだろう。
「わぁ。俺、王子様こんな近くで見んの、はじめてだわ〜」
こそっと囁いてきたベンジャミン。ジールや私より深く頭を下げて、そのまま微動だにしない。年の割にはその身体は鍛え上がってるらしい。凄い、なんかスポーツやってるのかな。
「む。そこの赤毛!」
フレデリクがハッとしたような顔してベンジャミンを見た。当の本人は「うお、聞こえんのかこの大きさ」とか、なんかワケわかんないとこに感心してた。
「なんという名前だったか、うーむ……?」
「ベンジャミンっす」
「お、そうだった。騎士隊長が言っておったぞ。『無駄に目立つ赤毛の、恐ろしく腕がたつ恐ろしい程の馬鹿』とは、おぬしのことであろう!?」
「えー。隊長、えー」
そんな紹介の仕方を王子にする隊長さんとは、一体。
そして、ベンジャミンはやっぱりなんかやってた。騎士になるのかな、隊長さんに覚えられてるってことは。
「おれは、たとえ平民であろうが乞食であろうが、天才が好きなのだ。おぬしのことも今度は名前を覚えておいてやろう」
「えーっと、ありがとうございます……?」
エドとそっくりだけど、内から滲み出る柔らかくてお人好しで控え目な雰囲気や、私のなけなしの母性を擽る儚げな感じは全くない。人って同じ見た目でも、性格でこうも変わるもんなんだなぁ。
ここはゲームの中みたいだけど、そうじゃないのかな。私の知っているものとは何かが少しずつ変わってるのかもしれない。
そう考えると少し寂しい。
「……なんだか知らねぇが、今のうちだ逃げるぞ」
「えっ」
ぐいっと腕を引っ張られ、半ば強引に連れ去られそうになる。
えっ、だってベンジャミンが。あ、犠牲にするつもりなのか!ってか、逃げるって!どゆことなの!
「あっ、待て待てジール・グレイフォード!」
だけど呼び止められ、ジールの足が小さな悪態と共に止まった。えぇー。舌打ちまで、相手一応王子なのに。
「知ってるぞ、ジール・グレイフォード。おぬし、魔法騎士団と宮廷魔法使い、双方から誘いの声がかかっておるのだろう? どちらを受けるのだ」
おれとしては宮廷魔法使いの方をー、と言うフレデリクの言葉は右から左。
えー、嘘!待ってなにそれ聞いてない!魔法騎士団ってあれじゃん、確か攻略対象がそんな感じのの団長とかだった気がするよ!?素敵な軍服姿の美青年だった気がするよ!
ジールって十歳だよね!?そんな歳でもう声かかってんの!ってか剣使えたんだ!
「……おそらく、どちらもお断りするかと」
「えっ、なんで!?」
「なんと!」
フレデリクと一緒に叫べば、「なんでお前が驚いてんだ」って顔で見られた。いや、驚くでしょせっかくの誘いを断るの?だって出世街道じゃない!?お貴族様にはそんなの関係ないの?
「……まだ、はっきりと決めてはおりませんが」
しぶしぶといった様子で呟いたジールに、フレデリクがぱっと笑顔を見せた。
あ、可愛い。こういうのはエドと変わらないのか。まぁ、同じ顔なんだけどさ。
「確かにな、十五にならねばどちらも入れぬことには変わりないしな。ゆっくり考えるがよい」
いや、だからなんで上から目線?王子だから?私のエドはそんな風には言わない〜。




