第12話 留年
入学からしばらくして、授業がはじまった。
いくら勉強できなかった私だって、小学生レベルだったら余裕でできる。てか、これ天才少女として名を刻んじゃうんじゃない!?
……とは、いかないのが現実の厳しいところであった。
「ジールお兄様!」
「てめぇまたいきなり……。今度はなんだ」
毎度のことに慣れてきたジールは、もう文句もなにも言わなくなった。代わりに、面倒くさそうにして顔も上げてくれない。
そんなことに構わず、ウィリアムへの挨拶もそこそこに机まで小走りで寄って、手に持ってたのを全て盛大に広げた。ジールが読んでた本の上に当然のことながら被さって、非難の声を上げられたけど聞いてられない。
「ご覧になって!」
「はぁ? ンだこれ、テス──……、」
そう、テスト。学校で、はじめての、テストが今日返ってきたんです。
余裕余裕って、そりゃ普通の勉強なら余裕だったけど、そこはソフィア王立魔法学院。不覚。
「…………エレナ」
「……」
「おまえこれ、留年じゃねぇか」
「えっ。……えっ!?」
なんだって!?留年!?
思わず後ろを振り返れば、無表情のロザリーに無言で目線を逸らされた。
テストを真っ先に見せたら、「ジール様の部屋へ行きましょう」と言われたから来たんだけど、そういうことか!ロザリーは気づいてたんだなこの事実に!
魔法学院とか言うだけあって、テストは全て魔法に関すること。そんなもん、もちろんやったことなんてないから、はじめて勉強するわけだ。でも、怠けてなんてなくて、テスト勉強だってちゃんとした。
ただ、小学一年生だからってナメてた感はあった。まさか、こんなに難しいテストだとは思わなかった。いや、難しかった。
いや、終わったことはもはやどうでもいい。そんなことよりも、だ。
そんなに酷いのこれ!留年するほどに!?ってか留年とかあるんだ小学生……!シビアだわぁ。
「え、ど、どうしましょうジールお兄様!」
「えー……」
ジールは珍しく言葉に詰まって、ただただ私のテストを眺めてる。うそぉ。
確かにひどかった。
ウィリアムだけが優しく微笑んで紅茶とケーキをテーブルに並べてくれてる。だけど、今は癒されてる余裕ない。あ、今日のおやつピーチタルトだ。おいしそう。
「わかった」
ぱっと顔を上げたジールが、目の前にお茶を運んできたウィリアムを見据えた。
「とりあえず、ウィリアム。おまえ、追試の勉強みてやれ」
「わたくしでよろしいのですか」
「俺はしばらく手が離せない」
かしこまりました、と一礼するウィリアムと、話は終わったとばかりに私のテストをまとめて突き出してきたジールに、私だけがついてけてない。
「ウィリアムは俺より優しいだろうから安心しろ。わかったらほら、帰れ」
つまり、ウィリアムが勉強教えてくれるってこと……?
「ジールお兄様、最近はお忙しそうですね」
「は? いつもだわ」
うん。まぁそうなんだけど。
再び本に集中しはじめちゃったジールの手元をなんとなく覗き込んだ。
「あ」
声、思わず漏れ出ちゃった。
ジールが読んでいたのは上級者向け魔道書。だけど、そこに反応したわけじゃない。ジールなら、普通にそれくらい読みこなしそうだし。
そうじゃなくて、ジールが丁度読んでいたその項目に見覚えがあった。
周りに書いてある文字はよくわからんけど、ちょいちょいある挿絵には、人が空中に映像を映し出す様が描かれている。
ゲームでのエレナの最後。それは、ヒロインへの嫌がらせの数々をこんな感じの魔法を使って晒され、断罪されるというもの。
これ、上級魔法だったんだ。当たり前のように攻略対象みんな使ってたな。あぁ、まぁ男がハイスペックなのは乙女ゲームのセオリーだけどな。
「エレナ?」
「ん?」
あ、やべ。普通に返事しちゃった。
けど、ジールはそこは気にせずじっと私のことを見てくる。え、なに?
「……えーっと、邪魔しちゃってごめんなさい。もう帰りますわ」
なんだかいたたまれなくなって、いそいそとテストをまとめた。ケーキ食べたかった。
部屋を出る瞬間、うしろから「なんだあいつ」って聞こえた。
ひえー!変な奴とか思われてそう。どうしよう。今更か!
追試はやりきったけど、なぜか留年宣告を受けた。嘘でしょ。




