第11話 ケーキ
五回生が一回生を校内案内するというのが、伝統のひとつらしい。担任の話があれだけなのも頷ける。
そして、さすがというべきか王立魔法学院。
教室が広いのは当然のこと、校内もありえないくらいでかい。一回生で使う教室と、魔法演習のときの特別教室、綺麗に整えられた広い芝生の庭、薬草園などなど……。
アンティーク調の細工が施された部屋を見て回るのは楽しかったけど、さすがに疲れた。しかも、これでまだ半分も見てないとか。
私、しばらく迷いまくってしょうがないかもしれない。
「最後は食堂で飯でも食って終わりにしようなぁ」
ニッと笑うベンジャミンに、後ろから「はーい」と元気な声が聞こえた。
えぇ〜……みんな元気。どうしよう、子供の体力に着いてけないぞ……。
「って、あれ。なにしてんだ、ジール」
両開きのドアが開け放たれた食堂の入り口付近。そこに、腕を組んだジールが立っていた。そうして、私たちを見つけると、相変わらずの無表情ですたすたと近づいてきた。
「おせぇ。待たせんな」
ぐいっと腕を引かれて、ベンジャミンと繋がれていた手が離れる。
「えー。お前、トムの奴と校内案内してるはずだろ?」
「知るか」
「だから俺言ったじゃん、アリス。こいつがそんなことやるはずねぇって」
呆れたように振り返ったベンジャミンに、アリスさんがキッと眉を跳ね上げた。
「私が決めたのではないんだから、ドーラ先生に言えるもんなら言ってみなさいよ!」
「あーぁ。俺、監督不行き届きで怒られんのかなぁ。そんときは、お前も道連れだからな」
「えっ、なぜ!?」
「俺がジールと組んでりゃよかったのに、お前がくじ引きで〜、とか言うから」
「うっ」
アリスさん、ベンジャミンと組みたかったのかな。わかるけどね、その気持ち。
あぁ、恋する乙女かぁ。可愛いなぁ。小学校五年生で早いと思うけど。いや、女の子はこんなもんか?おばさん、わからん。
「で、お前はなにしてたんだよ。エレナちゃんのこと待ってたの?」
「いや……」
「違うのかよ」
じゃあなにしてんの、って不思議そうなベンジャミンから視線を逸らしてジールは私を凝視してきた。
え、なに。やっぱ私のこと待ってたの?なんで……、あ!そっかなるほどな。
「ジールお兄様、ジールお兄様! ケーキ!」
腕にしがみついて急かすようにそう言えば、ジールはなんとなくほっとしたようだった。
「うるせぇ、行くぞ」
「はい!」
素直じゃないなぁ、恥ずかしがり屋さんなの?可愛いなぁ。可愛いなぁ!
……これ以上は犯罪になりそうだやめよう。
♯
ざっくり食感のパイ生地に、バニラビーンズたっぷりのカスタード、甘い蜜が絡んだ甘酸っぱい苺とラズベリー、ブルーベリーがぎっしり乗ったベリーパイ。
「おいしい……!」
はあぁぁぁっ!
これ、これが食べたかったの!カスタードの程よい甘さとベリーの爽やかな酸味が素敵。お皿に盛り付けられたストロベリーソースもまた違った甘さで私は幸せ。
「ジールお兄様!」
「わかったから騒ぐなうるせぇ俺は食わねぇぞ」
この感動を共有したくて差し出したのに、無下に断られてしまった。あれ、甘いの嫌いだった?
「ブレねぇなお前! エレナちゃん可哀想だろ」
「てめぇはなんでここにいんだ」
「エレナさん、こちらのチーズタルトも召し上がります?」
「んで、おまえは誰だ」
親切にも自分のケーキを差し出してくれたアリスさんに、なんて失礼な言い草!
「同じクラスだろ、なぁ……」
呆れ顔のベンジャミンを驚いて見上げると、「こいつ仕方ないだろ」と言いたげな目とぶつかった。
「これで自己紹介は五度目ですけれど」
さらっとおっしゃった、え、五度目!?五回も自己紹介させてんの!?なにしてんのうちの兄貴!!
「アリス・エルバートと申します」
「エルバート? エルバート男爵か? 女好きで有名な?」
「それを尋ねられるのも五度目ですが、おっしゃる通りです」
しかも、そんっな失礼なこと五回も言ってんのかよ!なにしてんのこの人!
だというのに、アリスさんはもう慣れてしまってるのか、答える声は淡々としてる。視線すらジールに合わせない。そしてそれを気にも留めないジール。おい、あなたは気にしなさいよ。
アリスさんのご関心は専ら、私にチーズタルトを食べさせることにあるようで、なぜかまた「食べますか?」と聞かれた。
交換しましょう、ひとくちずつ。
ケーキは約束通り、ジールが奢ってくれた。そして、思ってたよりも仲良くなれそう、アリスさん。




