日常変化 参
彼はパサッとかぶっていたフードを脱いだ。
中にいたのは"無"そのものであった。輪郭はしっかりと残っている、だが"中身がない"。眼や鼻と呼ばれている所には闇が広がり、それが人間ではないことを証明させている。
「…君が顔を晒すなんて珍しいね。相当上の連中に怒られたのかな?」
目つきを鋭くさせながら毒を吐く幼女神、彼はその言葉に反応せず何もない顔を下げ深々と謝罪する。
「私は『顔亡き神』。あなた方他種族の方からすれば"死神"と名乗ったほうが分かりやすいでしょうか。」
「死神…!」
この世界では知らない人は居ない、この世で生を終えた生物の大半は、死神によって魂の裁判を行われる。
良い行いを多くすれば来世はより幸福に、反対に悪い行いを多くすれば、積み重なった罪の重さに耐えながらの来世に。
そんな死の裁判神が、僕の目の前で頭を下げていた。
「おや。君にも礼儀なんてもんがあったんだね、これは驚いた。」
「口を慎めイーコール。貴様は本来"堕天"として処理される予定だったものを、母様が情けを掛けてくださったんだ。そのことを忘れるな。」
頭を上げ幼女神の方に向く死神。幼女神はなおも止まらない毒舌を撒き散らす。
「はっ、慈悲?母様が、慈悲を?…ハハッ違うでしょ?」
「"あの人は僕がいないと動かない"からでしょ?嘘をつくのは辞めようよ"顔無し"くん?」
嘲笑。まさしくその言葉が似合うような、幼女には似合わない嗜虐的な笑みを浮かべる幼女神。
「ねぇ、もうその辺で…」
嫌な予感がした僕は止めようとした。したんだ。
「━━━今の言葉、宣戦布告と受け取った。受けて立とうイーコール、"神々の血"などという高貴な身分に甘んじるその姿勢、幾らか教育しよう。」
…遅かった。死神の体からはどす黒い魔力が溢れでる、並の人間であれば、触れただけで気絶する量の魔力に圧倒される。
「ふふっ…教育かぁ、君も言うようになったね。あ、前みたいな不覚は取らないから安心してね?」
イーコールはイーコールで赤黒い魔力を溢れさせ、自身の身体を確かめるように這わせている。
「あのー、ここ僕の部屋だからさ。大人しくして…」
「━━━フフッ、舐められたものだな…!!」
僕の言葉はもう耳に届いてないらしい。死神は以前よりも大きく、多く、鋭い氷塊を瞬時に作り出し幼女神に叩き込む。それは幼女神に当たったと同時に、粉々に砕け散る、氷の砕ける音が激しく部屋を震わす。…だが。
「ふふ…!!なにこれ、体が軽い!何をやっても力が抜ける感じがしない!!」
霧散した氷の中からニヤリと笑う幼女神、ダメージは全く受けていない。赤黒い液状の何かを凝固させたものを幾つも取り出し、様々な放物線を描き飛んで行く。
死神は躱すことなくその場に立ち尽くす。が、赤黒い弾は当たることはなかった。"弾の方が避けた"のである。当然、後ろの壁に激突する。
━━━少し話が逸れるが、この家はほぼ僕一人で使っている。昔は兄さんと住んでいたが、彼が軍属してからは政府が運営している宿を使っているため帰ってくることは滅多になくなった。だから、色々彼が出てったあと、部屋を改造している。
もう少し話すが僕は魔法使いのため本をたくさん所持している。知識は宝であり、何よりの力なのだ。そしてちょうど、彼の後ろには本棚があった。つまり・・・。
つまり溜め込んだ知識が悉く破壊されていった。
瞬間ブチっと。頭の中で何かが切れる音がした。
「ねぇ君たち。」
事が終わった後聞いた話だが、幼女神曰く、強く握りすぎて血が見えるこぶしと、僕の怒りに満ちたその顔は。
「ちょっと表…出ましょうね?」
さながら…冥界神のようだと。