日常変化 弐
「久しぶりだな、唐綿。」
「久しぶり、兄さん。」
「今回の件は災難だったな、まさか外で魔獣と激突するなんて。しっかりと俺の顔は覚えているか?」
…あぁ、なるほど。そういうふうに処理されたのか。
「もちろん、兄さんの顔は忘れたくても忘れられないよ。」
そう、この男。劉神薊。俺の兄であり、俺と同じぐらいの歳で政府直属軍第一部隊隊長の座についた天才である。異例の事態に全国民に名が知れ渡り、今じゃ知らない人はほとんどいないだろう。
「お前たちはもう下がって良い。」
そう言って後ろの兵隊を下がらせ、部屋に二人だけの空間が広がった。
「…それで?本当はどうなんだ?唐綿。」
スタスタと僕の横に来てドスンと座る薊。顔は少し険しい。
「……ごめん、兄さん。実はその時の事はあんまり覚えてないんだ、記憶が曖昧で。」
嘘をついた、あの幼女神について言っても不審がられるだけだし、何より不思議な言動を取ると言われ、行動に規制が掛かるになるのは困る。
「…そうか。まぁ、お前が無事ならいいんだ。」
「ちなみに、現場はどんな感じだったの?」
何も知らない体で薊に問いかける。薊は更に険しい表情を浮かべた。
「…まず、血の量が凄かった、あれはお前一人の量では到底無理だろうな。」
「僕の魔術でも?」
「確かに多少は増やせるかもしれないが…あれは魔術で使う量ではないな、下手すれば即死の域だ。」
…ふむ。多分僕の血と幼女神の血だろうな。あの不思議な男の血は蒸発しているはずだし。
「それと、魔獣何てのも嘘っぱちでしょ?」
「あぁ、路地裏に魔獣なんかが忍び込んでいて誰にも気づかれないはずないだろ。」
だよな、そう思った。
「だが、それ以外にあの血の説明ができないんだ、魔獣との戦いで共倒れになったと考えるしか。」
肝心の魔獣の屍骸がないから不審な目で見られてるがな。と少し疲れた笑いを浮かべた。
「ごめんね、兄さん。」
「あぁ、お前が謝ることじゃない、むしろ被害者だろ。…まぁ無事でよかった。おれはそろそろ行くが、安静にしてろよ?」
「わかってるよ、心配症だなぁ。」
「あぁ、これでも兄だ、しっかり安心させろよな。」
そう言って兄は去っていった。
(「へぇ…あれが君の兄なのか。なかなか面白い魔力回路だね。」)
唐突に、幼女神の声が耳に広がった。
「はっ?…え、どこから声が!?」
痛い首を精一杯回してあたりを見渡すが誰もいない。
(「ちょっと、安静にしてなさいってお兄さんに言われたじゃないか!それに、そっちの痛みはこっちにまで届くんだからあんまし動かないでくれ!」)
キーン!!と耳鳴りのように幼女神の声が響いた。
あまりの煩さに耳を抑える。しかし…一体どこから声が?
「あの、女神サン?一体どこにいるんです?」
大人しくして小さな声で問いかける。
(「ここだよ」)
しれっと、そう言いながら"僕の体内"から出てくる幼女神。
「━━━はっ?」
「ほら、ここに居るよ。」
ぬっと、身体から出て隣に立つ幼女神。
「はぁぁぁ!?」
ガバッと勢い良く起き上がる。痛みはあったが、僕にはそれよりわけがわからないことが目の前で起こされてそれどころではない。幼女神は苦悶の表情を浮かべ目に涙を溜めてこちらを睨んでいるが。
「いたい!いたいってば!安静にしてくれないか!!?」
「いやそんなこと言われても!今どこから出てきた!?一体どんな魔術なんだ!?」
「説明する!しっかり説明するから!まずはあ ん せ い にっ!」
ボスン!と敷かれた布団に上半身を倒され、動かせないようにと膝枕をされた。
「…動かないんで膝枕やめてもらえます?」
「いやだね、これが一番安全にお話出来るじゃないか。」
「そうでしょうけどもぉ…。」
はぁ…諦めて話しを聞くことにしよう。
「それで、しっかり説明してもらえんスよね?」
「変な敬語は使わなくていいって言ったのに…。まぁいいか、そこら辺も含めて説明しなくちゃね。」
「まず君が倒されたあとの話をするよ、君に切り傷を負わされたアイツはあなたにとどめを刺そうとした、でもしなかったんだ、上からのお告げがあったんだろうね。その場で転移を使っていなくなっちゃった。私は急いで君に駆け寄った…いや、擦り寄った?まぁ、どっちでも良いね。結果として君は、既に亡くなっていた。でも、私の能力は知ってるでしょ?」
「…イーコール。"神々の血"。」
その血はどの様な病気も、呪いも、全ての
災いすら撥ねのけ対抗すると言われている。
生物の終わり"死"ですらも。
その証拠と言わんばかりに、幼女神も四肢が元に戻っている。
「そう、だからまず、"僕が君に血を分けたんだ"この行為によって、君はもう種族が"人間"でも"魔術師"でもなくなってる、"神"に近い存在に成ったんだよ。」
「僕が、"神"に?」
「そう、と言うか、君の話によると、この世で初めての存在。サード種とでも呼ぶのかな?になったんだよ。でね、その次は僕の問題だ、圧倒的に魔力が足りなかった僕が、君に血を分けたんだ、もう枯渇するかってぐらいにね。だから"僕の血を分けながら、君の血を分けてもらった"んだ。」
「なるほど、限りなく魔力と血液が一致しているから、霊体化が出来る神サマには僕の体に入れるのか。」
「うん、通常なら魂が拒絶しそうなもんだけど、血と魔力ほぼ一緒なら話は別だ、きっと君の魂も僕と君を同一視してしまったんだと思うよ。」
「じゃあ君も僕と同じ、サード種なんだね。」
「えっ?…あぁ、そうか!考えてなかった!」
慌てて自身の身体をペタペタと触る幼女神。…そういえば、今までいろいろあって気にしてなかったが、僕の服装ってどうなってるんだ?
「あー。これは酷いな…。」
半身無くなった方の服がなく、だが腕などは復活していて、実質半裸だった。しかも縦に別れてる半裸、明らかに不審者のそれだった。
「変えの服はあるけど…また買いに行かなきゃな。」
一通りの思考が終わると、幼女神の方も身体調査が終わったようだ。その顔は驚きと歓喜の狭間にあった。
「これは…凄い。凄いよ!君!!」
「えっと…何が?」
「無くなっていたはずの僕の魔力が全て回復した!それどころか2倍、いや、3倍にもなって戻ってきた!完全回復まではもう少し時間がかかると思ってたけど…これは…!!」
興奮して腕をぶんぶん振り回している幼女神。自分も魔力がどれぐらい戻ったのかを確認するために精神を集中する。
「…これは。」
自分でも驚いた、自分の魔力が完全回復したどころか、果てが見えないぐらいに広がっていた。最早魔力腸だけには収まり切らず、余った魔力が血液と一緒に全身を駆けめぐっている感覚だった、が、すぐにそれは違うということに気がついた。
「心臓から魔力が供給されている…!?」
それは体内で無限機関ができたことと同義である。大抵の魔術師は体内に取り込んだものからマナと呼ばれる部分だけを魔力腸に吸収し、溜まった分だけを使う。故に魔術師の果てを指すものがあるとすれば、体内で魔力を無限に供給出来るようになる事である。僕はその果てに、想いもよらない場所から辿り着いたようだ。
「ははっ…ははは。」
自然と笑いが込み上げる。
「神サマってのはすげーな…。」
「そうだろうそうだろう!でも君も今やその仲間と言っても過言じゃ無いぐらいの場所位置しているのを忘れちゃぁダメだよ?」
「あー、そうだったね、実感が全然わかないけど。」
二人顔を見ながら苦笑する。直後、背中に威圧感が漂った。
「━━━━では、たっぷりと分からせてあげましょうか?」
…どこかで聞いたことがある声が聞こえた。全身の身の毛がよだつ。
まずいな…魔力があったとしても体力が伴ってない…。
幼女神も顔が青ざめてる。
慎重に上半身を起こし、あたりを見渡す。だが誰も見えない。
「どこにいる、出てきなよ。」
「そんなに敵視しないで頂きたい。今日はお迎えに参ったのです。」
部屋の一角、日の光が当たらず闇ができている部分に靄が立ち込めてきた。出てきたのは当然、昨日のアイツだった。
「おはようございます。唐綿様。先日の私の無礼、どうか許して頂きたい。その弁償として、貴方を"御神の席"へど招待いたします。」
そんな言葉ともに、彼はフードをパサッと脱いだ。