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「マリアンヌ様をこちらへ。」
兵士に連れられ入ってきた人物に、一同目を疑った。
ボロボロで泥まみれの服を着て、靴も片方しか履いておらず、髪もボサボサになったその人物は、マリアンヌだった。
レティシアが参加しているのに、マリアンヌがいない。
ルカはようやくその時、マリアンヌの存在を思い出した。
ハイドローザ公も思わず、ヒッと悲鳴をあげた。
「ま、マリアンヌなのか?」
ハイドローザ公が恐る恐る声をかけた。
「なに?」
マリアンヌはぼんやりとしたままハイドローザ公を見た。
「な、なぜこんな姿に!王宮は何をしていたんだ!」
ハイドローザ公は王や王子に向かって吠えた。
「王宮?マリアンヌ様はもう王族ではないのですよ?面倒を見るはずがありません。」
ユリウスは淡々といった。
マリアンヌは反論する気力もないのか、黙ったままだ。
「き、きみがマリアンヌは王宮にいるってーー」
ハイドローザ公はハイドローザ夫人を驚いた顔で見つめた。
「私もそう思っていたのだけれどーー」
夫人は悲しげな顔をした。
しかし、腹の中ではマリアンヌに仕返しができたことにほくそ笑んでいた。
マリアンヌは夫人にとって道具に過ぎないのだ。
「ハイドローザ夫人。あなたにお聞きしたいことがあります。」
「な、なによ。」
「マリアンヌ様の髪色は、金ではありませんね?」
一斉にマリアンヌの髪に視線が集まった。
よくよく見て見ると、地肌に近い部分が茶色に見える。
「な、なにをーー」
マリアンヌの母は慌てていた。
マリアンヌには、頻繁に髪を染めるよう言い聞かせていた。
それが、王子との生活に熱を上げることで、染めることを忘れていたのである。
「髪を染める?そんな魔術が?」
ハイドローザ公は、そんな魔術があるはずないと知っており、ユリウスを馬鹿にするような表情をした。
「いえ、恐らく酒でしょう。」
「酒!?」
「マリアンヌ様は度数の高い酒を度々取り寄せていたようです。それを、毎回風呂場に持ち込んでいたことも調査済みです。」
マリアンヌの母はそれを聞いて、チッと舌打ちをした。
隣でハイドローザ公がギョッとした顔をする。
「ーーだから、なに?マリアンヌが金髪じゃないからって、なんなの?」
マリアンヌの母はただ、レティシアと取り替えたことがバレないようにマリアンヌの髪を染めていただけだった。
もはやマリアンヌがディオゲネス公の子でないことがバレている以上、染めていることが知られても大して問題にならないことに気がついたのだ。
しかし、王族は皆真っ青な顔をしていた。
「ハイドローザ公、あなたのその髪は染めてはいませんね?」
「あ、当たり前だ!」
ハイドローザ公の髪は、くすんだ金髪をしていた。
王族ほどの輝きはなくとも、金色が含まれていた。
「これは、差別が起きてはいけない、と伏せていたことですが、お話してもよろしいですね?」
ユリウスから目線を送られた王は、頷くしかなかった。
ユリウスの話は、ハイドローザ公や夫人に大きな衝撃を与えるものだった。
王族は代々金髪である。
王も、ダニエル王子も、レティシアも。
そして、マリアンヌはそれに合わせて金髪に染めていた。
だからハイドローザ公の子である以上、母親に似た茶髪でもおかしくないのでは、と。
しかし、王族は知っていた。
そうはならないことを。
金髪はただの遺伝ではない。
内に秘めた魔力が影響して、金色に輝くのだ。
家系によれば、金色ではなく青系の魔力が受け継がれる場合もある。
ユリウスの家系はそうだ。
父親もユリウスも青みがかった髪をしている。
ハイドローザ公に魔力がある以上、マリアンヌにも魔力の色が現れなければおかしい。
茶髪という、魔力がほとんどない家系に現れる色になるはずがないのだ。
「ーーま、まさか、」
ハイドローザ公の顔から血の気が引いた。
「う、嘘よ、そんな、そんなの嘘よ!」
「追加報告として、ディオゲネス家に招かれていた吟遊詩人などの数名が、夫人とマリアンヌ様と関係を持っていたことを証言しています。」
マリアンヌが王子の婚約者となる話が出て、マリアンヌへの素行調査が入っていた。
婚約者だったレティシアの調査からマリアンヌへとそのまま移行したというわけだ。
そこから芋づる式に、マリアンヌの母の素行まで分かってしまった。
証拠を突きつけられ、さすがに誰も次の言葉を発することができなかった。
往生際の悪い、彼女を除いてーー




