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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

七不思議の先輩

作者: 海老

90年代における不良学生の要素があるので、苦手な方はご遠慮下さい。

 小説家になろう、による夏のホラー2015用に、学校の怪談を書いている。

 学校を舞台にした怪談は、どうにもつかみ所が無い。

 実話系怪談では、怪異そのものがつかみ所が無いのはよくあることだが、学校というのはさらに突拍子もなくなる要素が強い。また、あったことをそのまま書いても陳腐でよくある話になることも珍しくない。

 怪談好きからすると、定番の地雷であるのが学校の怪談である。

 そんな難しいテーマなのだが、今回はなんだかよく分からないので発表を差し控えていた怪談を掲載することにする。


 筆者の友人に中学教師の田中がいる。

 実家は歩いて2分の距離。三歳くらいのころに一度遊んだ記憶がある。幼稚園から高校まで同じで、一度も同じクラスになったことがない。

 田中は女性で、学生時代にはなんの親交もなかった人物だ。

 同窓会で話した時に知己を得て、ホラーや怪談が趣味ということで意気投合し、そこから今回の話を伺うことになった。


 女教師の田中女史に、ミナミのショットバーでお話を伺った。PTAの絶対に来ない場末の酒場だ。

 筆者は梅酒のソーダ割りを、田中女史はマッカランのロックを頼んだ。

「学校やから、七不思議とかいっぱいあるんよ。そんなんどこの学校にも似たような話いっぱいあるから、わたしらの通ってた中学にもあったやん」

 と、田中女史が言うので思い返すと、たしかに一つだけあった。他の六つは思い出せない。

 生徒数の減少から物置になっている教室。日当たりの悪い東側の端っこにトイレがあった。その女子トイレは水も流れず完全に利用できないのだが、一番奥の個室はベニヤ板で封鎖されていた。

 曰く、女子生徒が自殺した。女教師が自殺した。

 まことしかやかに、レイプされた。という薄っぺらい設定があった。

 中学生の大好きな、どこにでもある噂話だ。

「あったなぁ、そんなん」

 実際のところ、筆者が中学生の時代には、そのトイレに近寄る生徒はほとんどいなかった。怖いではなく、単純に用がないからである。そうなると、「らしい噂」であっても、話題になることすら稀であった。

「わたしが教育実習でいった時な、生徒の間で噂なってて『まだやってんの』ってめっちゃ驚いてん。もう何年前の話やねんって」

「ははは、俺ら14くらいの話やもんな」

「そうそう、そん時でも10年以上前って設定やったやん」

「ええ加減成仏しいやって話やな」

「ああ、それやのよ。あの噂な、根も葉もないねんけど、みんな見てるねん」

 何やら、変な話になった。

 あのトイレで自殺した女生徒も女教師もないのは確かなことである。



 夜遅くまでの残業は教師にも珍しいことではない。

 件のトイレに入っていく女生徒がいるので注意をしようと追いかけたら、扉の封鎖された個室へ吸い込まれていった。驚いて固まっていたら、個室からけたたましい笑い声が響いて逃げ出した。

 よく考えたら、さっきの女子生徒はひどく古めかしいデザインの制服を着ていた。



 そんな、よくある話。

 学校の怪談なんてこんなものである。20年前、30年前からの典型に「古い制服」という要素が追加されただけである。

 田中女史は、がっかりしている筆者に向かって、にやりと笑った。

「でも、こんなんやないのよ、本当は」

「ん、どういうこと?」

 氷が解けて滑らかになったマッカランを舐めた田中女史は、口を開く。

「ガキの相手してたら毎日ストレスすごいんよ」

「そらそうやろなあ」

 教師の風変わりな犯罪というのは、よくニュースに上がる。ストレスの溜まる仕事だと、世間の人々もなんとなくそう思っているのではないだろうか。

 なんとはなしに、七不思議について問うてみた。夏のホラーという題材があったからだ。


1 階段


 どんな学校にも夜だと階段の数が増える場所の話がある。

 幾つかの学校を回った結果分かったのは、方角や日当たりなどの条件が一致して、そのような噂が立つ。

 田中女史いわく、子供が階段でケガをするのは当たり前。でも、イジメで死ぬような事故の起こる場所はどこもよく似ているのだそうだ。ただ、人が死んだという謂れは聞いたことがない。


2 学校に来るなにか

 授業中や仕事を終えて学校を出ると教師だけが見かけるもの。

 ボロボロになった、画用紙で造ったお面をつけている親子。

 毎日、駐車場に突っ立っている。

 授業中、ふと視線を感じて窓の外を見ると、校庭の樹の上で佇む女子生徒がいる。奇妙に歪んでいるため、カラスか何かが化けているのであろう。

 気にしても仕方ないので、見えても教師は無視をする。

 教室でひどいイジメが行われていたりすると、そういう奇妙なものが、学校を見にくる。


3 校庭にはびこる何か

 学校は明るい場所だけではない。

 これは田中女史も聞いた話だそうだ。

 とある小学校のじめじめとした一画に、特別なキノコが生える。

 子供たちの中で、食べてしまう者がいる。

 神通力を得るが、たいていは大怪我や大病を患うことになるそうだ。

 なんの謂れも無い。また。年かさの教師は知らない話であるため、最近出来た不思議の一つであるようだ。


4 ともだちの遺したもの

 卒業制作らしき何か。

 何年も前の卒業生の作った何かの中に、ひどく忌まわしいものが混じっている。が、それを作った 生徒はいない。いつの間にか、「なにか」の作った何かが紛れ込んでいる。

 こっそり捨てることで、何も起こらない。


5 いけにえ

 問題のある教師を嗤う怪。

 女生徒に手をつける教師、イジメを放置して見てみぬフリをする教師など。

 査定のために問題に対処しない教師や問題教師の背中に、満面の笑みを浮かべた幼児の顔が張り付いていることがある。

 小学校でも高校でも、その顔は幼児のものであるらしい。同じ顔だと怖いな、と言うと、田中女史は少し考えてから「あ、顔はなんか覚えてない。ちっちゃい子ってだけしか分からない」と言った。


6 いない生徒。

 夜中に遊ぶ、存在しない生徒。

 生徒の姿を見つけて早く帰るよう促そうと後を追うと、誰もいない。

 どこにでもある話だが、思ったよりも存在感が強い。お化けにはとうてい見えず、5人、6人とたくさんいる。


7 夢の中の友達

 いじめられっ子が見る夢。

 素敵な友達と遊ぶ夢を見る。

 寝ている時に見る夢に出ることもあれば、妄想を四六時中続けて不登校になることもある。

 それが続くと、引きこもりになるか、自殺するのだという。


◆7についての補足


「あれ、それ聞いたことあるわ」

 クトゥルフ神話というホラー小説の世界観の一つに、幻夢境、ドリームランドと呼ぶ夢の世界がある。

 ドリームランドは夢の世界で、現実とつながっている。そこの住人が現実社会で怪奇な事件を起こしたりするのだ。

 このドリームランドに酷似した怪談を、商業誌で読んだことがある。非常に完成度と恐怖度の高い良質な怪談であった。

 さらに、つい最近、筆者は友人からもそれに近いものを聞いていた。

「あれ、これも最近多くなった話やから、わりととっておきやってんで」

 田中女史はあからさまにガッカリした顔で言う。

「いや、中学の時の先輩で覚えてへん? ナッパ先輩、あの人に関することやで」

 ナッパ先輩とは、筆者の『海老怪談』でも紹介したが、筆者の地元では最強の称号を欲しいままにしていたヤンキー中学生である。

 いい年齢になった今でも、ナッパ先輩は憧れの人だ。

「えっ、ヤンキーやんあのひと」

 空想の友達を欲しがるタイプではなかったし、ナッパ先輩は孤独やイジメとは縁が無い人である。

「ボケ中の小山から聞いたんよ。スゴイで」

「教えて教えて」

 じゃあ、今度は筆者が階段を一席。

 そういうことになった。



◆8ナッパ先輩VSドリームランドの住人


 ナッパ先輩をご存じない方に簡単に説明しよう。

 ナッパ先輩というのは、筆者の中学時代の先輩である。中学生のくせにヒゲを生やしているというだけで、ナッパ先輩というあだ名がついた。

 とにかくケンカに強く、気の優しい頼れる兄貴分で、かなりバカな人であった。

 いつもチェリオをおごってくれと言ってくる困った人で、当時流行していた格闘ゲームの対戦で負けると『俺の代わりにアイツを倒してくれ』と百円玉を押し付けてくる。

 色々と助けてもらったこともあって、筆者にとっては今でも頭の上がらない先輩である。

 これは、筆者の友人である小山に起きたことである。


 小山が高校時代にうちこんだのは、暴走族である。

 背が低く、体格も今一つな小山は、ケンカとなったら無茶をすることで男を上げた。

 相手が死んでもかまわない覚悟を持って、棒で人を叩く。狂気で強さを演出していたのだ。

 最初は小山もヤンキー世界でうまく立ち回っていたのだが、ある時つまらないことから先輩と喧嘩をして仲間たちから距離を置かれた。

 仲間に捨てられたショックと、家の近所にまでやって来て隙を伺う先輩たちに、小山は半ば鬱状態になるまで追い詰められてしまった。

 外に出るのが怖くなり、引き篭もってシンナー漬けの毎日を送っていたそうだ。

 17歳にして暗い青春である。



 さて、シンナーの吸引による幻覚だが、幽霊や怪物の現れることはマレだ。ゲンキ玉を出せたり、有名な「波」を撃てたりというものが主である。しかも、複数人でやると人のゲンキ玉を取れたりするので、「俺のゲンキ玉とるなや~」とか言いながら高架下の薄暗がりでラリっているアホが当時はわりとたくさんいた。

 筆者の地元でシンナーは「ボケ」と呼ばれていた。分かり易い隠語である。



 一人でシンナーを吸っている小山は、ある時、自分の隣に女の子がいることを知った。

 自分なんかと仲良くしてくれないタイプの、真面目そうでカワイイ女の子だ。

 二人でゲンキ玉の取り合いをしたり、甘酸っぱい時間が流れていたそうだ。そのうち、その子の友達も来るようになった。

 聞けばおかしな話で、爽やかな男子生徒やカワイイ女の子たちが、シンナーを吸いにやって来る。

 酩酊から醒めると自分しかいないので、幻覚なのは分かっていた。シャブでもやらないと見えないような幻覚に「ヤバい」と小山も理解していたそうだが、孤独からシンナーを手放すことができなかった。

 ラリっている時にやってくる彼らと「ボケ連合」を結成した。シンナーで繋がる仲間たちだ。なにものにもかえがたい。




 不登校の小山は、朝の10時になるとコンビニへ出かけることにしていた。

 その時間は、誰ともかちあわなかった。

 フラフラと歩いていると近所の目が痛いが、つけ狙う先輩や同級生に姿を見られるよりはマシだった。

 シンナーを辞めたい。

 ある時思いついて、部屋にあったシンナーのストックを近所の空地に置いてきた。

 いつでも後で取りに行けるように、ダンボールに入れてそのまま放置したのだ。そんな根性の無い辞めるという決意だった。

 絶対に辞めてやる、そんな威勢のいい気持ちで歩いていると、曲がり角から制服姿の女子が現れた。

 あからさまに無視されるだろうな、と思った。

 ふと顔を上げると、あの子がいる。

「やめちゃうの? ボケ連合の仲間だよね?」

 と、責める口調で女の子は言う。

 何がなにやら分からない。これが幻覚なのか、それとも現実なのか。

 口をパクパクしていると、女の子は不意に笑った。

「はははは、ははははははははははははははは」

 ゲラゲラ笑うというのはこういうことか、と冷静に思った。

 笑い続ける彼女の口がどんどん広がって、耳まで裂けた。

 小山は逃げる。

 追ってくる。

 何度か髪をつかまれて、蹴りを入れた。確かに蹴った感触はあった。

 家に帰り着いて、あわてて鍵をしめる。

 何度も回るドアノブ。

 蹴りつけられるドア。

 頭を抱えて震えていることしかできなかった。

 静かになってから、母親がパートから帰ってくる。

「あんたの友達か、ドアのとこにゴミちらかしたんは」

 母親は、小山と目を合わさずに言ってため息をついた。母親が持っていたのは、シンナーの入った空き缶だった。

 


 怖くてシンナーを吸うことはできなくなった。

 飽きてしまったのか、怖い先輩たちは来ない。代わりにあいつらが来る。

 部屋にとじこもっていると、ベランダに気配を感じることがある。見れば、カーテンには髪の長い女のシルエットがあって、こちらを見つめている。

 よく、その女は歌を唄った。

 リズムはなんとなく覚えているが、どんな言葉だったかは今になっても思い出せない。

 怖くて、耳をふさいでじっとしているしかない。


 パートから帰ってきた母は、機嫌がよかった。

「さっき、下のとこにあんたの友達やいう真面目そうな子ぉから、早く外に出てきてって伝えてって言われたで」

 と、まともな友達がいたことに喜んでいる様子だった。


 奇妙な歌。

 母親の目の前に現れるなにか。


 小山は追い詰められて、部屋にあった木刀を手に取った。

 やるしかない、と思ったのだそうだ。

「ぶっ殺さないと俺がヤバい」

 それしか頭になかった。



 特攻服を着て、母親が寝静まってから木刀を持って外に出た。

 隠れてシンナーを吸っていた場所にヤツらはいるという確信があった。

 ずっと放置していた原付にまたがって、いつものシンナーの場所へ向かう。自販機の並ぶ細い路地である。

 ヤンキーの多い土地柄か、夜中はそこにまともな人は寄りつかない。

 人影を見つけて、原付をのりすてて奇声を上げて木刀をふりかぶる。

「ぶっ殺す」

 それだけが頭にあった。

 刃物や木刀を向けられると、ある程度のワルまでは「固まる」のだ。頭の中には「え、マジで?」しか浮かばない。そんな相手を思いっきり木刀で打ち据える。それが小山のケンカだ。

 だから、顔面に放たれた飛び蹴りには意味が分からなかったのだそうだ。

「なんやお前コラぁ」

 野太い声で言われてから、ボコ殴りにされた。

「チェリオこぼれたやろがっ。メロンソーダっ、メロンソーダっ」

 かなり殴られてから、それがナッパ先輩だと気づいた。

「助けてください」

 と、泣いてナッパ先輩にすがりついていた。



 ◆◆


 ナッパ先輩曰く、「なんでお前そんなんしとるん?」だった。

 当時、ナッパ先輩は高校を中退して、近所の居酒屋で働いていた。

 料理の修行だというが、酔漢の不良大学生を殴っておとなしくさせている様子は用心棒にしか見えなかった。

 ナッパ先輩は小山の話を聞くと、ヤンキーにありがちなネットワークで連絡を取りつけて、小山の知らないうちに手打ちにさせた。

「片付いたで」

 と、笑って言うナッパ先輩は顔に殴られたあとがあった。自分のために無抵抗で殴られてくれたのだと分かって、小山は泣いてしまった。

「俺が女だったらホレてます」

「気持ち悪いねん、お前」

 さて、次はあの怪物なのか人なのか分からない「ボケ連合」である。ナッパ先輩は小山の家に泊まって、それが現れるのを待つということになった。

 ナッパ先輩は仕事があるのだけれど、一人になるのが怖くて小山もついていった。居酒屋の店主は小山をバイトとして雇ってくれた。

 焼き鳥を焼いて、一緒に同じ家に帰る。ホモの噂が立った。

 最初は露骨に迷惑そうな顔をしていた小山の母親も、一週間もするとナッパ先輩のことを気に入って、手料理を振る舞うまでになった。

 二週間たっても、ボケ連合は現れなかった。

 全てが夢のようで、何もかもがシンナーの見せた幻覚のように思えた。


 小山は、思い切って一人でコンビニに向かった。

 コンビニでナッパ先輩の楽しみにしている少年漫画雑誌とコーラを買って帰る。

 昼日中、街の人たちもいるいつもの風景だった。

 あの曲がり角にさしかかり、やはり誰もいない。

「ははは」

 と、小さく笑う。

 全部は幻覚だ、と思った。

「ははははははははははははははははは」

 どうしてか、笑いが止まらなかった。

 苦しい。

 笑いたくないのに、勝手に体が笑い続けている。

「ははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 立っているのが辛くなってきても、笑いは止まらない。

 眩暈。そして、笑い声が重なる。

 女の子の鈴を転がすような笑い声。

 爽やかな男子生徒の朗々とした笑い声。

 笑いながら、目だけが動かせる。目の端に、いた。

 口は耳元まで裂けている女の子。

 血走った目に、嗜虐的な悦びに満ちている。

 もうダメだ、と思った。


「うるせええええっ」

 スパンと頭を小突かれて、小突かれただけなのに、ヘビー級のストレートを喰らったように小山は転がった。

 強すぎるツッコミのおかげで自由になった体で見た。

 ボケ連合の男子の胸倉をつかみあげるナッパ先輩を。

 あんなに怖かった怪物は、ナッパ先輩に詰め寄られて首を横に振っている。そして、怒号と共にパンチ。

 ナッパ先輩にしては優しいパンチだった。真面目そうな外見なので遠慮したのかもしれない。

 倒れた男は立ち上がれない。小山には分かる。

 体はまだ立てる。だけど、ナッパ先輩が怖くて立てないのだ。勝てないと分かるから、心より先に体が戦いを拒否する。ナッパ先輩の拳は、ただの怪物程度では、どうにもならないのだ。

「おうこらぁ。お化けの分際で俺のツレになにしてくれとんのや」

 あの女は何が起きたのか分からないという顔をしていた。

 ナッパ先輩に詰め寄られて、女はくるりと背を向けて逃げだす。

「まてやこらあっ」

 ナッパ先輩は女を追う。

 小山も走ってついていく。

 速い。二人はとんでもない速さで走る。

 ここで置いていかれたらダメだと、小山は「メロスも泣くほど」走ったのだそうだ。

 ぐんぐん距離を離されていたが、後ろ姿が見えてきた。息もたえだえに追いつくと、ナッパ先輩がお化けを壁際に追い詰めて、睨みつけていた。

「おっ、どないしてくれるねんっ。聞こえへんぞ、もっと大きい声で言えやぁっ。おっ、なんやまだ眠たいこと言うんかっ。どないや、どないすんねん」

 どうもこうもないだろう。

 ナッパ先輩は人を脅す時、言葉のバリエーションがなくなると「どないすんねん」しか言わなくなるのを筆者は知っている。

 お化けはうつむいて泣いていた。憎い相手ながらに気の毒になったという。

 小山も筆者も、ナッパ先輩にこんな凄まれ方をしたら泣いてしまうからだ。

「あの、ナッパ先輩、そのへんで」

「女やから殴らんけどな、こんなことしたら次はいてまうぞ」

 泣きながら、口の裂けた女は走っていった。

 とても泣いている人間の出せる速度ではなかったのが、ひどく印象的だった。

 それから、そいつらは現れない。


 筆者は二杯目の梅酒ソーダを飲み干して、そうしめくくった。

 田中女史はケラケラと笑っている。

 バーのママも笑っていた。

「なんやそれ、途中からナッパ先輩がメインやん」

「せやねんな。こいつらが出る話って他はめっちゃ怖いねんで。救いゼロやし。ナッパ先輩出たら、あかんねんなあ、強すぎて」

「コメディやん。でも、ナッパ先輩やと納得やわ」

 当時、筆者たちの通っていた三中の生徒なら分かる。ナッパ先輩なら、そんなことがあってもおかしくないのだ。

「でも、なんでナッパ先輩、そんなタイミングよく出てくるんよ。チェリオはいいとして、オチのとこデキスギやで」

「うん、毎週むっちゃ楽しみにしててんな、漫画。それで、コンビニ行ったって聞いて、早く漫画読みたくて待たれへんかってんで」

「なんよそれ」

「いや、あの時に流行ってたんよ。少年マ××ンの『ら××な』って漫画。俺も読んでたで、女の子がパンチラしたりするラブコメやねんけど」

「ナッパ先輩が、そんなん読むの?」

「いや、なんか、好きやったらしい」

 怖い顔をしていても、十代の少年なのだ。

 漫画が好きでも問題ない。


 小山は、今でも時折そいつらの影を感じる時があるのだそうだ。

 けど、そんな時いつも、ナッパ先輩と二人で撮ったプリクラを入れたお守りをギュッと握るのだそうだ。

 そうしたら、そいつらは逃げていく。

 小山はその後、すっぱりとシンナーからも暴走族からも足を洗った。

 高校は中退したが、居酒屋でバイトを続けて、出入りの酒屋の社長に気に入られて就職した。今も、地元の酒屋で働いている。

 ナッパ先輩は今、結婚して九州に住んでいる。

 伝え聞くところによると、ナッパ先輩は大人になったけれど、今もあのころの強さと男らしさを失っていないのだそうだ。

 中学時代の思い出が、怪談と共に蘇る。

 これはこれで、珍しいホラー話ではないかと思うのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  今更だけど漢気を上げると怪異も討てるのか。 [一言]  リアルフラグブレイカーすぎて笑うし、ホモ疑惑ついても後輩を守ってくれるナッパパイセン。そりゃ結婚する。
[一言] おおお!!!ナッパ先輩キター!!!!!!ナッパ!!ナッパ!!ナッパ!!
[良い点] Love・ひな\(^o^)/おーえす!おーえす!! [一言] U剣で師範になれそうな戦闘力のナッパセンパイにカンパイ(^-^)人(^-^)ブラックニッカシィクワーサー割り
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