思いがけぬ手助け
母スィルから、攻略の道具を与えられたパンパカは、すぐに塔へと戻った。パンパカは自分が考えている解決法を試してみる者の、失敗する。そこでさらなるリスクを背負い込もうと考え、止められる。止めたのは3つの影。見慣れぬその3つの姿に、パンパカは尋ねる。
「君たちは……?」
3つの影は不敵に笑い、攻略に手助けするのだった。
○5
パンパカがスィルに要望したのは、棒とロープだ。
棒。ある程度の長さがあって、結構細くて、頑丈であればある程よい。もしかしたら鉄の棒くらい持っているかも知れないと思っての相談だったが、渡された棒は、明らかに鉄とは趣を異にしていた。
「なんだろ、これ……」
長さは五十センチほど。太さは直径三センチ。大人が持つには細いが、十歳のパンパカが持つにはそこそこ太い。それでいてかなり頑丈そうだった。
試しに棒の端を持ってピュンピュン振り回してみたが、しなる気配も見せない。それでいて手にした触感は、木工職人が丹精込めて磨き上げた上質の木工細工のようだった。
「これは素晴らしい棒だ。だから『ナイステッキ』と名付けよう!」
次に、ロープ。長さはある程度欲しい。太さは、棒に巻きつけても「あ、鬱陶しいな」とならない程度の太さ。頑丈であればあるほど望ましい。パンパカは、麻で編んだ縄を想像していたのだが、渡されたのはこれまた見たこともない材質のロープだった。長さは十メートルほど、太さは直径一センチ。非常にしなやかでありながら、引張強度はトンデモナイ。繊維一本あたりの引張強度は数百キロを超え、一本で牛を吊り下げられるとのこと。それらが何十本何百本と編まれているのだから、十歳の少年が持つには度が過ぎていた品物だった。色彩は真っ黄色の蛍光色。後から塗装したものではなく、繊維自体の色だろうとパンパカは考えた。
「すごい黄色なロープだから、『イエロープ』と名付けよう!」
これら逸品が納屋を少し漁ったくらいで出てくるのだから、スィルの素性は底知れない。そのことに、パンパカは誇らしさを感じていた。
「前からスゴイスゴイとは思ってたけど、こんなにスゴイなんて」
とにかくこれで準備は整った、とパンパカは慣れた手つきで大樹を登る。危なげなく塔をよじ登り、拳ほどの穴の開いた地点へとやってきた。それでイエロープをナイステッキの中程に括りつけた。ぐいと引っ張り、決して解けないことを確かめる。
次にナイステッキを縦にして、するすると穴が開いた部分から塔内部へと吊り降ろした。ナイステッキが完全に中に入ると、今度はナイステッキを横に倒し、引っ張っても穴から出てこないようにした。
「よし、よしよし、これで後は引っ張れば……」
パンパカが考えたのは、棒を釣り針の『返し』のように扱い、塔内部から外へ破壊しようとする策だった。スコップで地道に自分が通れる穴を作るよりは、こうする方が効率的ではないか、と考えた。
再度イエロープを引き、結び目が確かであると確かめると、両手でしかと掴み、
「ふんっ!」
息んで勢い良く引っ張りあげた。
「――ぐぬぬぬ……!」
果たして結果は、失敗に終わった。
ナイステッキ、耐久度良し。軋みもしない。
イエロープ、耐久度良し。ちぎれる気配全くなし。
破壊を計画した塔の一部分、みしりみしりと壊れそうな様子ではあるものの、大の大人が引っ張らない限り、破壊は困難なように思えた。
「くっそー、あと少しなのになー」
パンパカは心底悔しがった。破壊の雰囲気を感じるに、方向性は悪くなさそうだ。もう少し自分に力があれば。もう少し体重が重ければ。ひょっとしたら、穴周辺を破壊することが出来たかもしれない。
「体重?」
パンパカは、ふと思い立った。
「いやしかし……」
その考えは、かなり危険だった。村でスィルに「危ないことはするな」と釘を刺されている手前、好き好んで危ないことはしては行けない。仮にもし上手く言ったとしても、穴の周辺は破壊されるかも知れないが、彼自身は大怪我は免れないだろう。ともすれば死ぬかもしれない。
「いや、しかし、なんだ……」
クロウズとの約束が思い出される。パンパカにとって、一番大切なのは、母スィルだ。それは昔も今も、未来も変わらないだろう。けれども、なんだ、この感覚は。クロウズとの握手を思い出すたび、どうしてもやってみたい衝動に駆られた。
「ぐ、ぐぐぐ……」
パンパカは無意識のうちに、視線を塔の外周へと向けていた。
正確にはその向こう、地上部だ。
恐れとスィルからの諫言が彼の歩みを鈍くしていたが、彼の歩みは止まらなかった。ゆっくりと塔の外周に近寄る。
手にはイエロープを持ち、足は震えている。
いや足だけではない。全身が震えていた。それが恐れか、武者震いかは、パンパカ自身にも分かり得ぬところだった。
四階建ての建造物の屋上から見下ろす地表は、かなり高い。もしここから飛び降りて、地面に叩きつけられでもしたら、大怪我ではすまないだろう。ひょっとしたら死ぬかもしれない。
だが、と。何度目かの逡巡に、パンパカは頭を振った。
レッドキャップ、グリーンハット。歴史に名を残す英雄たち。彼らと肩を並べたいのではないか。だったら、覚悟を決めるべきではないのか。
ロープを持っての飛び降り。
自らの体重を掛けてイエロープを引っ張ることで、穴周辺を破壊する。高いところから飛び降りれば、ひょっとしたら穴をぶち破れるのではないか。そんな確信めいた考えが、パンパカの頭の中を席巻した。
やれ、やれよ、やるんだ。
できる、できるさ、できるはずだ。
パンパカは意を決した。それでイエロープをギュッと握りしめ、外周から飛び降りようと、いざ足を踏み出した――
「やめろや」
突然の声に、パンパカはハッとなった。
慌てて後方に倒れこみ、事なきを得る。緊張で息が上がり、全身から冷や汗が噴き出る。
「いかんいかん、高ぶりすぎだ、僕は」
「せや、あんちゃんは冷静でなくちゃならん」
それにしてもこの声はなんだろうか。パンパカは頭を振ってあたりを見渡した。
「あんちゃん、こうやって話すのは、初めてやな」
声の主だろう存在は、置き去りにしていたバケットの隣に立っていた。だろう、というのは、その声の主があまりに意外で、彼が本当に声を出したのか半信半疑だったからだ。
「き、君たちは……」
芋菓子が山盛りで盛られたバケットの隣。
そこには見慣れぬ姿があった。
「わしの名前はイチロー。んでもって、こいつはジローとサブローや」
「兄さん、よろしゅう」
「どうも、どうも」
三羽のカラスである。
「あ、えっと、その」
パンパカは混乱していたが、震える足に鞭打って、イチロー、ジロー、サブローと名乗ったカラスに歩み寄った。
「どうも、はじめまして。僕はパンパカ・パーンといいます」
何丁寧に自己紹介しているんだ、とパンパカは思った。
三匹のカラスは鋭い眼光そのままに、話を続ける。
「えらい驚かせてしまったみたいやな。申し訳ないわ」
と謝ったのはイチローだろう。スラリとした体躯をしている。
「せやけど、兄さんが悪いんや。翼もないのに高いところから飛び降りようとするなんて」
こちらは多分ジロー。額には怪我の跡だろうか、切り傷のようなものが残っている。
「せや、せや」
となるとこれはサブローではないだろうか。サブローは他の二匹より大柄で力強そうだったが、その眼差しを見たパンパカは、一番純朴そうだと思った。
「カラスが喋られるなんて。驚きだ」
パンパカは驚きを隠そうともせず、三匹を見下ろしうんうんと頷いている。
「あんちゃん、わしらのこと、覚えてますかい?」
「ええと」
パンパカは貧弱な記憶力を駆使し、彼らのことを思い出そうと努めた。
「多分なんだけど」と前置きをする。「三年前の冬、どこかの樹の下で死にそうになってたカラス?」
冬も冬とて森を散策していたパンパカは、樹の下で死にそうになっていたカラスのヒナを見つけたのを思い出した。弱肉強食の自然の摂理とはいえ、可哀想に思えたパンパカは家に連れ帰りスィルを説得し、餌やら下やらの世話をしながら越冬させたのである。
(そういえば春先に、二羽のカラスがやってきたっけ。二羽に付いていく感じで、看病してたカラスも飛び立っていったような……)
「おれです」
と名乗りでたのは、大きな体のサブローだった。
「あの時は、世話になりました。今では元気な成鳥です」
「そうなんだ……! それは良かったね……!」
パンパカは差し障りない回答をした。
サブローにイチローが続ける。
「その時から、あんちゃんはわしらの中では同胞を救ってくれた恩人なんです」
「ですけぇ、そんな恩人が自殺しようとしてるのと見てられなくなって、止めたんです」
「ははぁ」
パンパカは頭をポリポリかいた。
「これは余計な心配を掛けてしまったね。さっきまでは、僕もどうかしてたんだと思う。功名というか、勝たなくちゃっていう気持ちで焦ってたんだと思う」
パンパカは大いに反省した。それから母スィルが言っていた、「危ないことはするな」との言葉を反芻した。
「別に僕には何の使命も与えらていない。英雄みたいにダンジョンは攻略してみたいけど、攻略の順番が負けたからって、楽しめない訳じゃない。僕は僕が出来る範囲で、危なくないような攻略をすれば良かったんだ」
「あんちゃん、分かってくれやしたか」
とイチローはばさりとはばたき、パンパカの肩にふわりと降りた。それに続いてジローも飛び立ち、パンパカの反対側の肩に降りる。大柄のサブローはそれを見て、じっとしていた。
「サブローはこないの?」
「いいんすか、兄者」
サブローは自分の体格が大きいことを気にしている様子だった。
「いいも何も、抱っこさせてよ」
「兄者……!」
サブローは感無量という感じに飛び立ち、ふわりとパンパカの腕の中に軟着陸した。
「兄者ァ! 兄者ァ!」
叫ぶサブロー。パンパカはよしよしとサブローの頭を撫でていたが、
(人語で叫ばれると結構来るものがあるな)
と思ったりしていた。
それはさておき、パンパカは三羽に体から降りてもらうと、棒が突っ込まれている穴に向き直った。
「ちょっと僕、浅はかだった。もう少し良く考える必要があったわ。母さんが言ってたみたいに、リスクマネージメントを徹底しないと」
「突破する妙案があるんですか?」
「さぁ、それはやってみないと分からない」とパンパカは言ったものの、ついさっきまであった、追い詰められたような表情はどこにもなかった。
「そのためには、三人」人かどうかは分からなかったが、「に協力して欲しいことがある」
三羽のカラスたちは互いに顔を見合わせると、こくりと頷いた。反対などあろうはずもなかった。
イチローとジローとサブローは、気づいたら勝手に出てきていました。三羽がなぜ話せるかというと、謎です。私にも分かりません。もし三羽に尋ねたら、
(え? 今更そこ訊く?)
(これから協力しようとしてるのに、そこ訊く?)
みたいな顔されると思います。パンパカは空気が読める子なので、訊きません。
この話では、パンパカは飛び降りる流れでした。そのほうがメリハリがつくし、パンパカ君の日常とのギャップに、キャラが立つかと思ったからです。けどやめました。