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努力の方向性

 パンパカは、どちらが早く塔を攻略できるのか、クロウズと決闘することになった。クロウズは正当に、パンパカは邪道に攻略することとなる。

 塔に選ばれたクロウズと別れを告げ、パンパカは自分のできることをなすため、活動を始めた。

○4

 パンパカは南の森へは六歳の頃から通っていた。正しくは五歳の頃だったが、当時彼は物心ついたばかりでそこそこ危険な森の中で生き抜く術など持っていなかったから、毎日森に入って木を切る樵のカックスについて一年間色々学んだのだった。学んだ後、パンパカは意を決して南の森へと進出したのである。


 全ては村から見上げる位置にある、丘の上に立つ古びた建造物――塔のため。あれは一体何なのか――村の大人に話を聞くと、村ができるよりずっと前から丘の上に建っていたという。建てられた目的は不明。けれども塔は不思議なチカラを放っているそうで、邪悪な意思を持つ魔物は近づけないという。塔の周りの森には、イノシシやクマは犬といった、目的がなければ人を襲わない、魔物に比べれば比較的温和な生き物が群生するようになったとか。森を開墾して作られた村の背景には、そういう塔の庇護を当てにしたフシがあった。


 とにかくパンパカは、六歳にして森を踏破し、丘の上に建てられた塔へ近寄ったのだが、塔は近寄られることを良しとしなかったようで、正面の門は今日に至るまで閉じられたままだ。村に伝わる秘伝の書に目を通したところ、どうやら選ばれた人間にしか開かれない扉であるようだった。また扉をくぐった先にも、挑戦者を選定する敵やら罠やらが満載しているようで、戦闘力皆無のパンパカには、荷が重すぎるように思えた。


 そもそもパンパカは選ばれた人間ではないのだから、挑戦する権利さえ与えられていないはずである。けれどもパンパカはそれを良しとせず、諦めることなく、暇な時間――スィルの講習が始まる前の朝方やら、村人の仕事の手伝いが終わった後の夕方やら――に、塔への挑戦を繰り返していた。


 具体的に何をしていたかといえば、


「穴、掘ってたのかい?」


 塔の前に立ったクロウズは、パンパカのこれまでの挑戦について耳を傾けていた。


「いいですか、クロウズさん。この建物はおそらく四階建てです。一階、二階、三階には、人が入れない位の大きさの窓があるでしょう。この建物内部が吹き抜けでないと仮定して、あれらの窓が採光のために設けられた窓だとも仮定すると、おのずと四階建てというのは分かります」


 パンパカの話を聞き、クロウズはウンウン頷いている。


「それで一階部分ですが、北側に進入のための扉があります。そして塔をぐるりと取り囲むように採光の窓がありますが、けれど窓から中を覗き見することは出来ません。なぜなら、結界が張られているからです」


 パンパカは足元に転がっていた手頃な小石を拾い上げると、塔の一階部分めがけて投擲した。投げられた石は、塔の手前一メートルくらいのところで、見えない壁にぶち当たり地面に落ちた。


「温厚に作られた結界です。何しろ触れても進行を邪魔されるだけで、ビリビリしたり炎が吹き出たりしないんですから」

「そうだろうね。王都の結界師なんかは、もっと攻撃的な結界を使えるしね」

「この結界は、おそらく選ばれていない存在を近づけないものだと思いました。結界は二階部分にも、三階部分にも施されていて、どんなに頑張っても採光窓からは中に入れそうにありませんでした」

「結界師はまぁ、そういうことをするね。王城も窓という窓には結界が張ってあるしね」

「けど、あれを見てください」


 パンパカが指差す先、塔のてっぺん四階部。屋上の縁にカラスが三羽止まっていた。


「鳥は塔に乗ることができるんです。おかしくないですか」

「おかしいね。カラスは選ばれしものでは無いはずだから、君や君がさっき投げた石のように、見えない壁に邪魔されてしかるべきだ」

「けどそうはならなかった。カラスだけなのかな? と思って、色々実験してみました」


 パンパカは語る。


「石を投げたり、森で拾ってきた虫やネズミを投げたりしました。するとやっぱり、四階部分から上の方には、結界が張られていないみたいなんです」

「過剰な結界だと思うよね。まぁ、世界の存亡をかけた封印の塔だから、過剰なくらいで丁度いいのかも知れないけど」

「建設者が想定していなかったのは、塔の横にある大木だと思います。あまりに長い年月が経ちすぎて、塔と大差ない大きさにまで成長してしまった」

「それでパンパカ君は結界が張られていない大木をよじ登って、封印の塔の四階、っていうか屋上に飛び乗ったのか」

「もし人間に反応して弾かれたら一巻の終わりでしたけど」パンパカは封印の塔の四階に視線を向ける。「実際、大木の枝葉は四階部分には普通に届いてましたから、分の悪い賭けとは思いませんでしたよ」

「で、よじ登ってからは毎日コツコツ、その腰のやつで掘っていたのか」


 パンパカは頷いた。腰のやつというのは、パンパカ愛用のスコップだ。寝るとき以外は腰にぶら下げ、いつでも穴掘りできるよう備えている。塔に挑戦する以外にも、畑仕事を手伝う時なんかはとても便利だ。


「ううむ、すごい執念だ」

「僕だってレッドキャップみたいになりたいんですよ。英雄になりたいんです。ダメですって言われたから諦めるのは、ちょっと往生際が良すぎます」

「ちなみに何年掘ってるの?」

「かれこれ四年ですね。母さんが病気とかして看病してた時は掘りに来ませんでしたけど、来れる時は必ず来て掘ってました」

「すごい」


 クロウズは素直に感嘆した。


「それなのに、これから私が攻略してしまうというのは、心苦しいなぁ」

「いえいえ、それはしかたないです」とパンパカは渋い表情を浮かべながら言った。「僕は万事を尽くしました。それで攻略出来ない、間に合わないなら、次に向かえばいいだけです。それにまだ僕は諦めてないですから」


 パンパカは塔の屋上から視線を外し、クロウズに向き直った。


「そろそろ貫通出来そうな感触があるんです」

「ほう、それは」

「クロウズさんが頑張って塔を攻略する間、僕も塔を掘ります。それでクロウズさんより早く四階にたどり着きます」

「うむ、その意気やよし」


 クロウズは頷いた。それでさっと右手をパンパカに差し出した。


「パンパカ君。私は君を好敵手と認めよう。私も全力を尽くして、塔を攻略する。君も全力を尽くしてほしい。それで、恨みっこなしだ。どちらかが先に攻略したら、攻略が間に合わなかった片方が、先に攻略したやつを賞賛しよう。私は私の祖先に誓うよ」

「分かりました」とパンパカは頷いた。

「僕もクロウズさんの祖先に誓います」


 パンパカは差し出されたクロウズの右手と握手をした。


 パンパカの誓いに、クロウズは眉をひそめた。


「私の祖先に誓ってどうするんだ」

「え、だって今、クロウズさん誓ったじゃないですか」

「君、誓いについて知らないなぁ?」


 クロウズは少し責めるような言葉遣いでパンパカに話した。


「誓いというのは、自分が一番大切だと思うものを引き合いに出すんだ。もし誓いを破ったのなら、自分の一番大切なものが、大切でなくなってしまうと覚悟すること」

「ふむふむ」


 パンパカは懐からメモ帳を取り出し、クロウズの言葉を書き綴る。誓いの詳しいやり方なんて知らなかったのだ。


 それから、自分の一番大切なものを思い浮かべてみた。


「じゃあ、僕は母スィルに誓います」

「ならば良し」


 クロウズは頷き、パンパカを一人置いて塔に歩み寄った。

 本来であれば見えない壁に邪魔されてしまうところ、クロウズの体が淡い光に包まれたかと思うと、何事もなかったかのように通過した。


 塔の入り口に立ち、懐から何かを取り出した。遠目だったのではっきりとはパンパカにも見えなかったが、何やら鍵のようだった。


 クロウズは鍵らしきものを入り口に近づけた。入り口を閉じていた扉は鍵の接近と共に、まるで幻のように消え失せると、その内部をクロウズの前にさらけ出した。クロウズはパンパカをちらりと一瞥すると、背を向けたまま手を振り、塔内部へと歩みを進めていった。




 残されたパンパカは、自分の内側に熱い何かが宿るのを感じた。それが闘争心であることに気づくのは、もう少し彼が成長してからになるが、とにかく彼はその熱い何かに突き動かされた。


 慣れた手つきで大樹を登る。そのまま枝を伝って塔の四階部分に取り付くと、器用に壁を登り屋上へと躍り出た。


 屋上には、パンパカが四年間かけて作り上げた、塔の内部へと続く発掘の跡があった。掘る――というより削る――感覚では、掘削部の厚さはそろそろとゼロに近づいているように思われた。掘り始めと今では、掘る際に響く音が明らかに違うのだ。


 パンパカは一心不乱にスコップを打ち付けた。


「今は昼過ぎだから、タイムリミットは四時間か」


 そうなれば夕刻だ。


「帰らないと、母さんが心配するからな」


 心配させるのは一番やっては行けないことだった。クロウズと誓いを立てたりしたが、そんなことより母スィルを心配させるほうが駄目な選択だった。


「クロウズさんには悪いけど、夕方になったら帰るわ」


 誰に言うでもなし、パンパカはそんなことを呟きながら掘削し続ける。


 数十分ほど経ったくらいだろうか。パンパカは、スコップから伝わる感触が、変化したことに気がついた。掘るのをやめて近づいて見てみると、


「やった! 穴が開き始めてる!」


 パンパカの拳が入るくらいではあるが、ようやくやっと、パンパカは塔内部への侵入を果たしたのだった。


「後は、この穴を大きくしていけば……」


 言うは易し行うは難し、である。


 確かにパンパカの言うとおり、彼の体が通るくらいに穴を開ければ、彼は塔四階――すなわち遺跡の最深部へと侵入することができるだろう。だが四年かけて掘り進んでようやく穴を開けられた程度。ここからパンパカの体が通過するまで広げるのに、また相当の月日が必要だろう。もし昨日の状態であれば、それでも良かったのかもしれない。


 しかし今日になって状況は一変した。パンパカと塔の攻略を競う相手が現れたのである。もし昨日までのように、「そのうち貫通するさ」といった甘い考えでいたのなら、きっと攻略は先を越されるに違いなかった。


 パンパカは頭をひねった。どうすれば穴を大きくすることが出来だろうか。それで、ある一つの賭けに出ることにした。


「まずは村に帰らないと」


 村への往復は一時間ほどだ。一時間も塔から離れるのは気が引けた。村になんか帰らずスコップで掘っていたら、そのうち穴が広がるのではないか。そもそも自分の考えが、封印の塔に通じるとも分からない。可能性なんかに賭けずとも、地道にスコップで掘削していれば良いのではないか――そんな考えが頭をよぎった。けれどもすぐに思いとどまる。


 全力を尽くす。クロウズとの約束が思い返されたからだ。


 勝てるかどうかは分からないが、勝つために全力を尽くす。


 自身の十年ばかりの人生が、このままスコップを振るっていては敵わないと警鐘を鳴らしているのだから、それに従うのが道理だろうとパンパカは思った。


 パンパカは芋菓子が盛られたバケットを屋上においたまま、いつものように、いつも以上の速度で大樹を下り、木々の枝々を飛び移りながら村へと一時帰還するのであった。




 村に帰ったパンパカは、すぐに家に帰った。スィルに相談するためである。


「母さん! ちょっと相談があるんだけど、聞いてほしい!」

「あらどうしたの、珍しい」


 王都からの来訪者の世話係をするというのは、すでにクレークから連絡済みだったから、今日に限ってパンパカが日中の青空教室に参加していなくても怒られることはなかった。


「パンパカ兄ちゃんどうしたの?」

「王都から来た人の案内役してるんじゃないの?」


 年下の子供たちから、どうしてこの場にいるのかと質問を受ける。


「ごめん、事情は説明する。だけど今は急いでいるんだ」


 パンパカはスィルに、二つの物を要望した。


「長さはこれくらいで、太さはこれくらい。強度は強ければ強い方がいい」

「そんなもの使って、何するのよ」

「いやその」


 スィルには正確な話をするべきか迷った。いつもはリスク管理がどうのこうの、君子危うきがどうのこうのとお説教のようなことばかり話すスィルだったが、パンパカがやりたいと言ったことには、だいたい賛成してくれ助言してくれる度量ももっていた。


 だが、それは違うと思った。あくまで村に帰ってきてスィルを頼ったのは、自分のアイディアを実現するためであって、スィルに知恵を借りるためではない。


「ごめん、今日の夕方、帰ってきたら説明するよ」

「はぁ、それは、ちゃんとしてもらいますけど……まぁ、いいわ。ちょっと待ってて」


 スィルは数秒、顎に手を当て考えこんだが、思い至ったのだろう、家に戻ると母屋には向かわず、隣に併設してある納屋に足を踏み入れた。納屋の鍵はスィルが持っており、納屋には誰も入ることが出来ない。スィルと付き合いの長い村人の話を聞いたところによると、スィルが村にやってくるよりも昔から持ってきたものを、とりあえずぶち込んでいる物置らしい。とにかく良くわからないもの、魔術的なヤツとか精霊的なヤツとか神術的なヤツとかがぶち込まれているそうで、何年かに一度は悪霊やら死霊やらを呼び寄せては、当時の村長に怒られることもあったとか。


「けど、僕はそんなの見たこと無いよ?」とパンパカが訝しがると、「そりゃあお前の母ちゃんになったからだろ」と村人は答えた。「お前の母ちゃんになってからは、適当に突っ込んでた納屋の中も、整理整頓して管理するようになったらしい。お前が生まれてからはそういう危ないことが起こらないように気を配ってるんだそうだ」


 そんな納屋の中で、スィルはパンパカがお願いした物を探している。パンパカはそわそわとスィルの様子を伺っていたが、ものの十分も経たない間に目的のものを手にしてパンパカの前に現れた。


「これ、あげるわ」


 パンパカが要望し、スィルが手配したもの。

 それは一本の棒と、ロープだった。


「え、いいの?」

「ほんとは貴方がもう少し大人になったら、全部譲ってあげるつもりだったのよ。ただ今は、その二つが必要なんでしょう。そんなに危ないものでもないし、いいわよ、あげる」


 スィルは棒とロープを受け取ると、破顔した。


「ありがとう、母さん!」

「いいのよ、それは別に」


 スィルは慈愛に満ちた眼差しをパンパカに向ける。それでパンパカの頭を、そろりそろりと撫で回した。


「だけどね、危ないことは決してしないでね」

「うーんと」


 すでに危ないことをしてるとは言えなかった。


 パンパカは曖昧な感じに頷いた。


「分かったよ、極力危ないことはしないようにするよ、うん、極力」


 スィルはとたんに険しい表情になった。


「だからいつも言ってるでしょう、そのどうとでも取れる話し方はやめなさいって」

「ご、ごめんなさい……」


 パンパカの謝罪を、スィルはじっと聞いていた。それから、ふっ、と儚げに笑った。


「仕方のないことなんでしょうね。十年間も口酸っぱく言ってきたのにちっとも改まらないんですからね。そのくせ、怒られた時は本気で反省しているようだし。もうなんか、好きにしなさいって感じよ」


「それはその、反省してます」

「なら直しなさい!」

「いでででで!」


 スィルはパンパカの頬をつねった。


 パンパカは痛みに涙目になった。


 ひとしきりつねると、スィルも満足したようで、パンパカを開放した。


「まぁいいわ。とにかく夕方には帰ってくること。もし夕方が駄目でも、日没までには絶対に村に帰ってくること。いいわね」

「わ、分かりました」

「なら行きなさい。どうせまた、ばかみたいなことに一所懸命になってるんでしょうから、最後までやり通しなさいな」

 日を跨いでしまってすみません。

 ご飯食べて散歩してたらこういう時間になりました。

 明日中には(もう今日ですね、すみません)、この続きを書きます。たぶん、封印の塔編は終わると思います。

 ようやっとパンパカ君の戦い方を書けたと思います。方針に変更がなければ、パンパカはこういうやり方で今後も戦っていくと思います。


 感想ご指摘があれば、お願いいたします。

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