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おもてなされない来訪者

 王都からやってきたのは、封印の使徒と名乗るクロウズという青年だった。自分が来たから大丈夫。自分がきたからもう安心。絶対亀裂は塞ぐから。クロウズの真摯な説得に、村の責任者であるクレークは心打たれる。全面的な協力を約束する。その一手としてクレークは、森に詳しいパンパカを遣わすこととした。

○2

 亀裂について、村人たちはすでにその存在に慣れていた。パンパカも同様で、依然南の森のなかにある塔には通っているが、その間割れ目に注意はするものの、恐ろしさは感じないようになっていた。


 だからその少年が「亀裂を塞ぎに来た」と言っても、「いやすでに塞いでいるんで」と答える村人が続出した。


 少年はクロウズと言った。聖王国の王都キーグラードから遣わされた封印の使徒であるという。


 クロウズはクレーク村長の家の客間に案内されると、出された芋菓子にも手を付けず、真剣な表情で話し始めた。


「今、この世界は大変なことになっています」

「はぁそうなんですか。どうぞ、妻が作った菓子です」


 クレークは芋菓子を勧める。その様子を、パンパカは台所からそろりと伺ってた。クレークに頼み込み、クロウズの世話係兼監視役となっていた。パンパカは、クレークの妻ミーナが淹れたお茶をクロウズの前に置き、クロウズの反応を観察していたのである。


「クレークさんも亀裂のことはご存知でしょう。あの亀裂は大陸中央のディロン山地から始まっています。四方に亀裂が走り、都市間の交通に悪影響を与えています」

「はぁ、なるほど。それで、菓子をどうぞ」

「私はキーグラードから遣わされた封印の勇者。皆さん、心配はありません。私に任せていただければ、数日中に亀裂を閉じましょう」

「なるほどなるほど、封印の勇者さまでしたか」クレークは眠たそうな眼でクロウズの全身を見やった。「しかし、とてもお若い。失礼ですが、何歳ですか?」

「十五歳です」


 クロウズは答える。


「しかし私には英霊から神剣術が、そして精霊たちからは精霊術が与えられています。ですので大人たちにも負けない力はあります」

「はぁ、そうですか。それで菓子をどうぞ」

「もし信用いただけないのであれば、どなたか腕の立つ方を連れてきて欲しい。戦って証明して見せましょう」

「ふむ……」


 クレークはクロウズをじっと見つめていたが、すぐにフルフルと首を振った。


「いえ、若いからちょっと心配しただけです。貴方とこうやって話してみて、分かりました。亀裂の件、貴方に任せましょう」


 クレークの言葉に、クロウズは恭しく頭を下げた。


「そう言っていただけると、助かります」

「いえいえ、せっかく王都からこんな僻地へ、遠路はるばる来ていただいたのです。まずは菓子でも食べて、ゆっくりと――」

「そうと決まれば、こうしては居られません。すぐに封印に向かいます」


 クロウズはすっくと立ち上がると、壁に立てかけてあった剣を腰に下げ、ちらりとクレークを一瞥すると、小さく頭を下げた。それからそのまま村長の家を出て、村の南に向かって歩き始めた。


 そんな様子を眺めていたパンパカは、そうっとクレークの表情を伺った。クレークは相変わらずの猫背だったが、その眼光には濁りのようなものが伺えた。クレークは面倒くさがりでサボりたがりだったが、あまり怒ったりしないことで有名だった。そんなクレークがこんなに怒気を発生させるのだから、クロウズの態度はよっぽど失礼だったに違いない、とパンパカは思った。


 それはさておき、パンパカはテーブルに残された芋菓子に目を向けた。芋菓子はミーナが作ったもので、その味はパンパカも知っていた。というか好みの味付けだった。豪奢な味付けなんて知らないが、素材本来の味を前面に押出し、それでいてガッツリ食べられるミーナのお菓子は、好きだった。


 パンパカはそろりと芋菓子に近寄ると、申し訳無さそうな声色で、


「すみません、これ、食べてもいいですか?」


 と尋ねた。


 勇者クロウズを視線で追いかけていたクレークは、パンパカの声に振り返った。その目には、怒りの色は無かった。いつものように面倒臭そうな、ところ構わず鼻くそをほじくるクレークがいた。


「いいぞ」


 とクレークは言った。


「おいミーナ、あまりがまだあっただろ。全部パンパカに包んでやれ」

「はい、分かりました」


 ミーナは台所から返事をした。数分立たず、芋菓子入りのバケットを持ったミーナが現れた。ミーナはクレークと対照的に、背筋がピンと伸びた女性だった。長身で冷酷そうな眼差しをしているが、それはただ無表情なだけだ。料理が好きで、暇を見つけてはいつも何か作っている。それで良くお裾分けという形で、スィルやパンパカの家にやってくることもあった。スィルは週に何日か、青空学校ということで庭先で村の子供たちに勉強を教えているのだが、その時は焼きたてのパンを持ってくることもある。寡黙で何を考えているのか理解されにくいが、スィル以上に優しいことをパンパカは知っていた。


 パンパカは嬉しそうにバケットを受け取ると、早速その一番上に載せられてある芋菓子に手を伸ばし、頬張った。予想に違わず、素材に使われている芋の優しい甘みが口いっぱいに広がる。何が良いかというと、口いっぱいに頬張れることだ。年に何回か、行商人が村にやってきて王都のお菓子を売ることもあったが、距離的な都合で保存の効く砂糖菓子ばっかりで味はいまいちだったし、なにより効果な砂糖を使っているせいで値段の割に恐ろしく小さい。そんなんではパンパカは満足出来なかった。そんな良くわからないお菓子より、ミーナが作ってくれる、出来たてで、口いっぱい頬張れるお菓子のほうが、パンパカ好みだった。


「ありがとう!」


 パンパカは満面の笑みでミーナに頭を下げた。ミーナは微かに微笑むと、パンパカの頭をそろりと撫でた。そんなパンパカに、クレークは口にする。


「いいか、パンパカ。お前将来冒険者になりたいとか言ってたな」

「え、まぁ、言ってましたけど」

「そうなると世界中を旅する必要があるが、出された食事は極力食べろ。お腹が減っていなくても、一口くらいは食べた方がいい」

「どうして? お腹すいてなかったら、食べなくていいんじゃないの?」

「そういうんじゃなくてだな……」


 直後、クレークは眉をひそめた。それで何かに思い立ったように、ハッとする。


「ちょっと待て、お前さっき昼飯たらふく食っただろうが! 『ミーナさんの料理は美味しいなぁ、もう食べられないよ』って言ってただろ!」


 なんとパンパカは無遠慮にも村長宅で昼飯をご馳走になっていたのだ。全てミーナの善意だったし、クレークもそれは承知していた。というかお互い様だった。パンパカの母スィルは異国の地出身で、村人が作れないような物珍しい料理を作ることが出来たから、クレークが「食べたいな」と思った時は、遠慮せずにスィルにご馳走になっていた。


 だから別にたらふく食ったことは問題ではないのだが、


「何普通に芋菓子食ってんだよ!」


 昼飯は一時間ちょっと前に食べたばかりだ。それなのに芋菓子を普通に食べるパンパカに、クレークは混乱した。


 パンパカは焦った。


 お腹がいっぱいだったのは、確かにその通りなのだが、ミーナが菓子を作ったとなれば別だ。


「まぁまぁ、まぁまぁ」


 パンパカは驚くクレークをなだめた。


「美味しいと思ったんです。だから食べられたんです。ほんと、マジでそうなんです。だからそう怒らなくてもいいじゃないですか」


「別に怒ってねぇよ。お前の意味分からなさに動揺しているだけだ」


 クレークは困ったものを見る目でパンパカを見やった。それから呆れたようにため息をつく。


「まぁいい。お前なら、世界中どこ言っても大丈夫だろ。とにかくだ、出された物には極力口をつけろ。怪しいと思っても極力だ。でも中には『あ、こいつ仲良くなりたくないな』ってやつがいるから、そういう奴がいた場合は、そいつ自身に先に食べてもらうようにしろ」

「ふむふむ」


 パンパカは懐からメモ帳を取り出すと、クレークの言葉を書き綴っていく。母スィルの教育の賜である。「いついかなる時もメモ帳を持ち歩き、メモをすること。その場で書き残すことで、後々に言った言わないという水掛け論を回避することが出来ますからね。もしそれでも『言ってない』と相手が言った場合、相手は信用のならない人物と判断して対話を終了して構いません。取引とは信用。信用のない人間と対話しても、それは取引ではなく上手く使われるだけになりますからね」とはスィルの言葉だ。これにならってパンパカは、重要な言葉はその場で書き留める習慣にしていた。メモ帳には、約束事やTODOリスト他、今回のような忠告・諫言も書き留める項目があった。


 とここにきて、パンパカはTODOリストの一項目に、分かりやすいようマルが付けられてあることに気がついた。そのマルには『旅人の世話係』とある。

 パンパカはクレークに無茶言って、クロウズの世話係になったことを思い出した。


「あ、クレークさん、僕あの人の案内しに行きますよ」

「あんな奴、ほっとけ」クレークは冷たく言い放つ。「人んちの家内が作ったものを無視するやつなんて、ろくなもんじゃねぇ」

「そうはいっても、一度決めたことなんで」とパンパカは口にした。「南の森は僕の庭みたいなもんですからね。僕が行けば、きっとクロウズさんも助かると思いますよ」

「まぁ、お前がそう思うんならそうしろ」


 これで話は終わりとばかりにクレークは立ち上がり、台所に入った。それで台所の隅に置かれてあった酒樽から手製の蜂蜜酒を注ぎ、ぐっと煽った。


「今日はいい天気だ。酒盛りするには気持ちが良いぜ」

「はぁ」

「あの坊っちゃんは相当強いからな」クレークの人物鑑は、クロウズの実力を相当と見積もっていた。「お前みたいなガキに守られないといけないなんてことはないと思うが、何かは手伝えると思うぜ」


 パンパカはクレークとミーナに頭を下げると、芋菓子が山盛りのバケットを抱え、クロウズが消えた南の森に向かって駈け出した。

 色々あって6月中は暇になりました。遅筆なのですが、頑張って執筆していきます。明日、明後日と同じペースで投稿できれば嬉しいのですが、どうなのでしょうか、厳しいでしょうか。すべてその場の雰囲気で書いているため、パンパカとクロウズの相性次第だと思います。二人が上手く掛けあってくれることを祈ります。

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