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パンパカ・パーンの冒険  作者: 八八八八八八八・八朔
第二章 パチモンスキー男爵領
21/30

交錯する思惑

○ 11

 蟻の騒動は方が付いたが、フィナンシェを巡る騒動は尾を引いた。というよりも、男爵領での蟻騒動が、とある問題に火をつけたのである。




 領主館の一室にて、一人の女性が物憂げに窓から領都フィナンシェを眺めている。


 フィナンシェの北部には、いくつもの野営キャンプが建てられていた。初めは布と支柱を使った簡素なものであったが、パチモンスキーの好意により木造とはいえ、そこそこ立派な一時宿泊所が造られていた。


「やっぱり、旦那様は素晴らしいお方」


 レプリアーノの専属侍女であるサリーだ。


 サリーはレプリアーノの専属侍女であったため、小さいながらもしっかりした造りの小部屋が与えられていた。ただ、十六歳という年齢にしては、豪華すぎる内装ではあった。


 そんな自室から、野営で騒ぐマヨナズ伯爵領兵士たちを見つめる。マヨナズの兵士たちはフィナンシェ北部の広場に逗留している。


 逗留を始めて二週間が経ち、蟻は一匹残らず全滅させた。蟻騒動は、完全に集結しており、兵士たちの中にはすでに帰還の準備を始めるものもいた。


 準備、といってもフィナンシェの街中を散策し、物珍しいものを買ってるだけなのだが。


 けれども兵士たちを率いるビロンビロンは、いつになっても帰還の素振りを見せない。


「マヨナズの領地は大丈夫でござるか? 拙者たちは大丈夫でござるよ」

「まぁまぁ、パチモンスキー男爵よ、久方ぶりの出会いである! もう少し楽しもうではないか!」


 レプリアーノが帰還を勧めても、当のビロンビロンは帰ろうとしない。


 パチモンスキー男爵領を、吸収しようとしている?


 サリーは危惧した。


 領地とは支配しなくては意味が無い。武力によって統治されない領地は領地ではなく、ただそこに居座っているだけである。


 他からの武力による侵攻を防げる武力を持ってこそ、支配は成り立つ。


 勿論、そんな力による侵攻を王国は認めていない。諸侯を領地に封じたのは国王であり、国王の承認なければ領地に変化はない。


 だがそれは、国王さえ認めれば、領地は変化することを示している。


 無理矢理に国王が領地を変更すれば、諸侯からの反発があるだろう。明日は我が身、正当な理由がなければ、領地は安々と変わらない。土着の貴族であれば尚更で、転封だって安易に出来ない。


 それはつまり、正当な理由を用意でき、国王を納得させられ、それでも反発する諸侯を押さえ込めることができれば、事は成ると言っても良かった。


 マヨナズ伯爵は、やろうと思えばそれが出来る人物でもある。


 鉱山開発で蓄えた膨大な資金を持ち、フィナンシェの有事の際には多くの兵士を連れて駆けつけ、騒動を解決に導いた立役者である。マヨナズ伯爵が国王に対し、パチモンスキー男爵の領地の運営に難があり、自分こそは正しく領地を運営できると主張したなら、それが通ってしまうかも知れない。


 マヨナズ伯爵が、兵士を千人も領地に引き連れて来ていることも問題だ。


 前述したように、マヨナズ伯爵がその気になれば、千人の兵士たちによって実効支配が行える状況にある。


 実効支配、騒動収拾の立役者、国王への奏上。


 三つの内、二つがすでに成立しているのである。マヨナズ伯爵が国王に、パチモンスキー男爵領の領有を主張したのなら、通ってしまうかもしれない。


 ただ不思議なことに、ビロンビロン=マヨナズはそれを行おうとする姿勢を見せていない。実効支配が可能な戦力を持ちながらも、それを行おうとせず、ただただフィナンシェ北部に逗まり、レプリアーノと毎日のように飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎに興じているだけだった。


 それどころか、蟻騒動のために遅れてしまった収穫作業に、自らの兵士たちを駆り出す始末だ。


 意味が分からない。


 それはマヨナズ伯爵の兵士たちも同じで、首を傾げながらも、自らの上司ビロンビロンに従っている。


 レプリアーノの動揺は、彼らよりもっとひどいものだった。


「ど、どうしてここまで協力してくれるでござるか? さすがにここまでしてもらう義理はないでござるよ!」

「まぁまぁ、我が親友よ。こやつらも戦が終わり、暇であるのだ。遊ばせておく手はない。それに毎日タダ飯を食らわせてもらっているのだから、これくらいは当然であーる!」


 それでもビロンビロンは協力を止めなかった。


 初めサリーは、ただビロンビロンがレプリアーノに恩義を感じているだけかと思っていた。だがビロンビロンが時折見せる、抜身の刀身を思わせる鋭い眼差しは、決してそれだけではないと伝えてくる。


 ビロンビロンは情に厚いかも知れないが、それだけではない。


 それだけのために千人もの兵士を他領地に逗留させる愚か者では無いと、サリーは感じていた。




 このことを、さり気なく領主館で療養中のパンパカに伝えてみることにした。彼ならば何か分かるのではないか、とサリーは思ったのだった。


「それを僕にいって、どうするんですか?」

「これから何が分かるか、予想出来るかと思いまして」

「うーん、そんなに信用されても……」


 パンパカは難しい顔をした。


「正直、今考えてみたんですが、分かりません」

「そうですか……」

「ただおそらくは、蟻騒動にまつわる何かをビロンビロンさんは警戒してるんだと思います。ビロンビロンさんは悪い人じゃないですけど、ただ助けを求められたからって千人も兵士を連れてきたりはしないでしょう……ってか、ビロンビロンさんを連れてきてもらえませんか?」

「えっ」

「だってビロンビロンさんが考えてることなんだから、本人に訊けばいいじゃないですか」


 サリーは時折、パンパカの臆面のない態度に呆れることがある。それは彼と一緒に旅をしてきたオブザビアという少女も同じようで、はぁ、というため息を漏らした。


「本人に訊けそうでないから、お前に相談したんじゃろう」

「本人が訊くなって言ったわけでもないんだから、訊けばいいんじゃないの?」


 サリーはパンパカの指示に従い、ビロンビロンに話を付けることにした。


「ほう、あの小僧が我輩と話をしたいと」

「というより、私が彼に相談したのですが」

「ふむ。……よかろう、パチモンスキーを救った小さな英雄殿のたっての願いであるからな」


 パンパカとビロンビロンの対談の場には、レプリアーノとケイマス、サリーも相席を許可された。ただし発言は極力止めて欲しいという条件付きで。


「我輩に考えがあるのは事実であーる。ただそれは、決して貴公らを不利にはせん。我が祖先に誓おう。ただ、吾輩としてもパンパカという小僧がいかなる人物なのか、興味があるのであーる」


 街を救った英雄の少年と、マヨナズ伯爵との奇妙な対談は、パンパカが要望してすぐに行われることとなった。


「っていうか、考えがあるならそれを教えてくれればいいじゃないですか!」


 パンパカの最もな意見に、ビロンビロンは頷いた。


「その通りであるな。ただなんというか、吾輩も退屈しているのである」

「ええ? 僕は退屈しのぎの相手ですか?」

「わっはっは、そうであるな!」


 不服そうなパンパカに、ビロンビロンは笑う。


「もし貴様にわしの考えが分かったのであれば、何か報酬を与えるであーる!」

「そんなんいりませんけど……はぁ、分かりましたよ。サリーさんのお願いですし」


 それでパンパカは、ビロンビロンと会話を交わした。


「まずビロンビロンさん、貴方は何かを隠していますね?」

「いかにも」

「それはパチモンスキー領にとって、不利益となりませんね?」

「うむ」

「さらに言えばパチモンスキー領に生きる人、領民やらレプリアーノさんやらケイマスさんやらサリーさんにも不利益になりませんね?」

「……ふむ」


 ビロンビロンは少し言葉を詰まらせた。


「なるほど、なんか不利益になる可能性は、あるかも知れないって感じですか」

「そうであるな」

「うーん……」


 パンパカは眉間にシワを寄せ、オブザビアに声をかける。


「オブザビア、僕のメモ帳を読んでもらっていいかな?」

「良かろう……全部か?」

「ええとね、蟻騒動が起こってから、ビロンビロンさんがやってくるまでを読んで欲しい」


 パンパカはマメな少年であった。何かが起こったり、人から話を聞いたりすると、それをいちいちメモにまとめていた。


 オブザビアはパンパカの指示に従い、メモを読み上げていく。メモには色々な事が書かれていた。レプリアーノの容姿やらサリーの服装やら、食べた食事の内容やら、色々だ。


 中でもその場に居た全員が眉をひそめたのは、蟻の体液にまつわる詳細な情報である。領民に協力してもらった検証以後も、ちょくちょくと検証を繰り返してたようで、その項目が変に細かい。


 体液を一としたとき、水の割合を変化させていって飲めるか飲めないか、飲めない場合はどうして飲めないか、飲める場合でも飲み心地がどんな感じかなど、普通は気にしないことを書き綴っている。


「これでおしまいじゃな」

「ありがとう、オブザビア」


 読み終える頃には、ビロンビロンの表情が険しいものになっていた。


「貴様……本当に十歳なのであるか?」

「再来月には十一歳になりますね。ええと、それでですね、多分ビロンビロンさんが考えていることが分かりました。っていうか書いてました」

「ほう……それは誠であるか」

「ホントかどうかは分かんないです」あっけらかんにパンパカは言う。「ただ、僕だったら、これだろうなぁ、って思ったので」


 パンパカは頭だけをビロンビロンに向け、尋ねた。


「冒険者関連ですね?」

「……ふぅむ」

「やっぱりそうですか」


 パンパカはビロンビロンの反応だけで、確信したようである。


「……あ、そうだ、レプリアーノさん、冒険者のことなんですけど、冒険者って何人くらいで行動するんですか?」


 レプリアーノはちらりとビロンビロンに視線を送る。発言していいかの許可が欲しいのだろう。ビロンビロンは頷いた。


「多くとも十人弱である」

「百人とか、千人とかで行動することは無いですか?」

「ありえんでござる。そんなことをしたら、メンバー間での報酬の分配で揉めるでござる」

「ああ、じゃあ間違いない」


 パンパカは、ぺろりと唇をなめ、確信めいた口調でビロンビロンに確認した。


「ヴィネガー公爵ですね?」






 その夜のこと。


 サリーは自室で、一通の手紙に筆を走らせていた。


 間に合うかどうか、微妙なラインである。それでも自分に出来ることは全てやっておきたかった。


 書き終わると、サリーはケイマスを呼んだ。


 ケイマスは影のように、音もなく素早くサリーの寝室へとやってきた。彼が失った左足には、すでに木製の義足が装着されている。騒動集結からの二週間を使い、ケイマスは義足への適応を完了していた。


 ケイマスは膝をつき、頭を垂れる。その姿勢からは、サリーへの絶対の忠誠を誓っているように見てとれた。


 彼の主人はパチモンスキー男爵であるが、まるでサリーこそが真の主人のようである。


「ケイマス、この手紙を、あの方に届けてください」


 手紙には宛名が書かれており、それを見たケイマスは、目を丸くした。


「お嬢様、よろしいのですか?」

「私も遊んでる場合じゃないってことよ。惚れた弱みってやつね」


 ケイマスは恭しく手紙を受け取ると、再びサリーに頭を垂れるのであった。

男爵領でのお話は、もう少し続きます。

伏せてますけど、もう分かる人は分かると思います。次への引きに使いたかっただけです。※


※20150705 引っ張るのが面倒だったので、普通に懸念を書きました。

※20150706 サブタイトル変更。まさか、結構続きそうになるとは……。

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