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鼻くその行方

 村に帰ったパンパカは、村を縦断する亀裂に怯える村人たちの姿を目にする。けれどもいつまでも放っておくと危ないため、村長クレークが率先して亀裂について調べることになる。ところ構わず鼻くそをほじり弾き飛ばす彼は、己の鼻くそを底知れぬ深淵へと弾き飛ばすのだった。

○1

 帰ってみると、村は大騒ぎになっていた。何しろ村の東西を分割するように割れ目が走っているのだから、驚きもするだろう。村の男も女も、少し離れたところから割れ目を注意深く見張っていたが、村に帰ったパンパカが興味本位で割れ目に近づくと、焦って止めた。


「待て待て、何が起こるか分からんぞ」

「そんなん言ったって、もう半日も何も起こらないんだから、何も起こらないよ。それより村の真ん中に出来たコイツ、邪魔すぎてどうするかしないと、困ると思う」


 パンパカの言葉はその通りで、割れ目はすごく邪魔だった。人がまたいで通る分には何も問題は無いのだが、馬車は車輪がガタッとなって鬱陶しいし、何より馬車を引く馬が亀裂を恐れて近寄らないものだから、男たちが馬車の代わりになる他なかった。仮に馬車を使わずにものを運ぶとしても、荷物を抱えながら亀裂をまたぐのは面倒だったし、もし間違えて足を引っ掛けようものなら、怪我するだろう。


「怪我したら危ないよ」

「確かに、危ない」

「そもそも、この亀裂ってなんなんだ?」


 疑問に思ったのは村長のクレークである。彼はひょろっとした長身で、猫背だ。いつも鼻の右側にあるほくろを気にしている。気にしつつ、鼻くそをほじる。別にほじるのは構わないが、ほじったクソを好き勝手に弾き飛ばすのは辞めて欲しいとパンパカは思っていた。


 クレークはぼさぼさの茶髪をがりがり掻きむしりながら、亀裂の際にしゃがみこんだ。それでおもむろに鼻くそをほじり、亀裂に弾き飛ばした。


 クレークは真剣な表情で耳に手を当て、亀裂の様子を伺っている。何をしているのだろうか、とパンパカは訝しがった。切れ目は土にあって柔らかいし、鼻くそもまた柔らかい。柔らかいもの同士がぶつかる音なんて、聞こえるわけないのに。


「そ、村長」


 見かねた男衆が村長に声をかける。


「鼻くそで何が分かるというのですか?」

「どれくらい深いか」

「音はしないでしょう」

「皆には言っていなかったが」クレークは立ち上がり、村人たちに向き直った。「おれにはおれの鼻くその場所が分かる特殊能力があるのだ。だから鼻くそを投下し、深さをしろうとしたのだ」


(のだ、って言われてもなぁ)


 パンパカはクレークの発言を訝しがったのだ。何しろ鼻くその位置が分かるのが本当として、そんな能力があるなら手を耳に当てる必要がないからなのだ。本当に鼻くその位置が分かるのならば、弾いた後は堂々と直立し、腕でも組んで目を閉じていればいいのだ。のだのだ。


 穴だらけの主張に、けれども村人たちは納得したように頷いた。


「それで、深さはどれほどあったのですか?」

「それが分からないんだ」パンパカはむせそうになった。クレークは話を続ける。「百メートル、二百メートルと落ちていくんだが、ちっとも底に当たらない。これはきっと、無限に続いているんだと思うぜ」

「むげん……」


 村人たちは息を呑んだ。絶対分かっていない、とパンパカは思った。いったいどれだけの人間が「むげん」を分かっているのか。本が好きなパンパカだって、数がすっごくたくさんあること、位にしか分からないのだ。本を読まない彼らにとって「むげん」という単語自体知らないだろう。


「とにかく深いってことですな」

「おう、そうだ。皆、気をつけろよ。この幅、落ちることは無いと思うが、何か大切なものでも滑り落ちたら、絶対に拾えないからな」




 その夜、パンパカはふと物音で目を覚ました。パンパカは母のスィルと二人暮らし。スィルは年老いていたが、非常に眠りが深く、寝ている間は寝息しか聞こえないほどだ。寝相も悪くない。それなのに物音がする。


 音は家の外から聞こえていた。


 パンパカは不思議に思って、スィルを起こさないように家を出た。音は亀裂の方から聞こえた。


(ま、魔物だ……!)


 とパンパカは思った。彼は生粋のヒーロー好きで、冒険譚が大好きだった。特に好きな人物は、かつて世界を救ったと言われる英雄レッドキャップと英雄グリーンハットだ。レッドキャップは亀の魔物を踏み潰し、グリーンハットは豚の魔物を切り裂いたという。将来、自分もそうなりたい。パンパカが毎日、村の南にある塔に通う理由でもあった。


 それはともかく、突如として現れた亀裂に不審な音とくれば、魔物しかないだろう。パンパカは身構えながらも音がする方向ににじみ寄った。当然、手には愛用しているスコップも忘れない。剣を使おうとしたこともあったが、パンパカはまだ十歳で子供だったし、子供が扱えるような剣は母スィルが頑なに買ってくれなかった。


「剣が必要になるような場所には行かないようにしなさい。もし必要になったとしたら、大人に助けてもらいなさい。それが嫌なら、早く大人になって自分で買いなさい」


 ぐうの音も出ない正論である。スィルはファイナンシャルプランナーの資格を持っていたから、支出には敏感だった。「力なき者が扱う力は、リスクにしかなりません。力ある者になろうとするほうが健全。適切なリスクマネージメントこそが、生き残る術なのよ」とは、パンパカが何度も耳にした言葉だった。


 ともかく、パンパカはスコップ片手に音がした方角へ歩いて行った。


 果たして、そこには魔物なんか居なかった。冷静なパンパカは、「魔物はちょっと大穴すぎるな、多分迷い犬くらいだろうな」と思っていたのだが、それも違った。


 村の女たちが立っていたのである。


 しかしパンパカは足がすくんで動けなかった。魔物と出会ったことのないパンパカだったが、時折森の中でイノシシやクマといった獣に出くわすことがある。その度冷や汗をかいて逃げ出すのだが、そんな獣より恐ろしい雰囲気が、そこにはあった。


「あら」


 パンパカの姿に気づいたのは、樵のカックスの妻ジーンだった。妙齢の美女で、村の誰からも人気があった。パンパカも彼女のことは姉のように慕っていて、森に入った時は良く果物なんかをお土産に届けていたりした。その他にも見知った顔の女達が、裂け目の両側に立っていた。その数四十人ほど。というか既婚者の女性は全員ここに集まっているのではないか? とパンパカは思った。


「あのう、皆さん、なにしてるんですか?」

「フフフ」


 ジーンは目尻のシワを少し深くして笑った。敵意は無いようだし、パンパカをどうこうしようという感じではない。パンパカは怖いもの見たさも手伝って、テクテクとジーンに歩み寄った。


「ええと、もし秘密の会合をされているのなら、僕は黙っておきます。ただ、なにしてるのか位は、知りたいです」


 パンパカはとにかく厄介事に首を突っ込むのを好んだ。自分のあずかり知らないところで事が進行しているのが、一番嫌いだった。そうなるくらいなら、自分から厄介事に巻き込まれる方が好ましい。そういうひねた考えの持ち主だった。


 ジーンは周りの女たちを見渡した。女たちは全員がコクリと頷いた。話をしても良いとの総意であろう。パンパカは、ジーンがおもむろに取り出した一枚の手紙を手にとった。


「これは……」


 手紙の宛先にはカックスの名があった。そして送り主の名は女性のもののようであったが、パンパカには見覚えが無かった。住所を見ると、王都と書いてあった。王都の女性から送られた手紙らしい。


「なんなんですか、これ」

「フフフ」


 ジーンは怪しげに微笑むと、パンパカから手紙を返してもらい、そのまま亀裂へと滑り込ませた。


「へっへっへ」

「クックック」

「ゴッゴッゴ」


 他の女性たちも同様で、手紙やら写真やら紙片やら何やら、色々な物を亀裂に放り込んでいた。ゾクリ、とパンパカは身震いした。彼らが発する悪意に当てられた。悪意の矛先は、パンパカではない。おそらくは夫だろうとパンパカは考えた。とにかくパンパカは、事態については把握してしまったので、もう興味が失せた。


「ええと、では僕はこれで。皆さん、お休みなさい」


 パンパカは女達に頭を下げると、一目散に家へと逃げ帰った。彼らが纏う雰囲気は、まるで氷で作った刃物のようだった。恐ろしくなったパンパカは、仰向けで寝ているスィルのベッドの中に潜り込んだ。


「……どうしたの?」


 スィルは優しい口調でパンパカに尋ねた。見上げた先には、見慣れたスィルの顔があった。スィルは村で最年長でおばあさんだというが、パンパカにはとてもそうは思えなかった。ともするとジーンよりも若く見えたし、初めて彼女を見た人ならば、二十代後半と評してもおかしくない肌ツヤをしていた。けれども大人たちは、スィルこそが最年長であるという。どういう理屈があるんだろうか、とパンパカは思ったが、別に若かろうが年老いていようが美しかろうが醜かろうが、スィルはスィルであり自分の母親だ。それ以外のことは、どうだっていい。


「いやその、色々怖くなったんすよ」

「そうなんすか、はぁ」


 スィルはパンパカの頭をなでた。それが心地よくて、パンパカはあっという間に眠りに落ちていた。




 夜が明けると、男たちは切れ目をどうするか議論を始めた。男たちの考えで、亀裂には蓋が被せることになった。こうすれば足を取られることもないだろう。村人総出で蓋を作り、切れ目の上に敷き詰めていく。その作業は二日ほどで終わり、その間、何も起こらなかったので、パンパカ含む村人たちは、安心した。




 訪問者が現れたのは、亀裂が発生して一ヶ月経った頃だった。

 封印の塔というと、著者はどうしても某スマートフォンゲームのマラソンを想像してしまいます。あちらもあちらで面白いですが、この小説もあちらに負けないくらい、面白いものにしたいものです。将来的にはパズル要素も入れたいと思います。


2015 6 23 変更。スィルの描写を増やしました。

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