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パンパカ・パーンの冒険  作者: 八八八八八八八・八朔
第二章 パチモンスキー男爵領
15/30

答えとは

○5

 オブザビアはため息をついた。やれやれ、と肩をすくめる。


「出血大サービズじゃ。限界まで話すぞ」


 説明を続ける。親指をピッと立て、


「グラトニーアントは、大まかに三種類に分けられる。先ほどお前らがバラバラにした輜重蟻。大きさは全長一メートルほどで、地上に出て行って大量の餌を巣穴に持ち帰る役割を持っておる」


 次に、人差し指を立てた。


「持ち帰った大量の餌によって生まれてくる戦闘蟻。これは主に餌場の確保の役割を持っておる。お前らの部下が領内を巡回しているように、穴から這い出て生き物という生き物を全て殺す。例外は無い。全長は三メートルを超え、強靭な大顎は、牛を胴体から真っ二つにするほどじゃ」


 戦闘蟻の説明に、レプリアーノたちはゴクリと息を飲んだ。


 オブザビアは、「最後に」と言って中指を立てる。


「女王蟻。蟻の長にして、蟻を大量に産み落とす、諸悪の根源じゃな。大きさは……巣の規模にもよるのう。際限なく大きくなっていき、最後には小さな町ほどの大きさにもなるとか。これについては、わしも見たことがないので、良う分からん。ただ全ては、こいつじゃ。こいつさえ排除できれば、蟻の繁殖は止まり、駆逐していけばそのうち掃討できるじゃろうて」


「つまり――」


 レプリアーノは座った目で、部下のケイマスと視線を合わせる。


「女王蟻が戦闘蟻を産むまでの間に、全てを終わらせなくてはならない、ということでござるな」


「しかしだな、旦那」


 レプリアーノの言い分は分かる。けれども、ケイマスは顔をしかめた。


「蟻の総数も分からず、巣の深さも分からず、かといって穴の大きさは立って歩けないほど。どうやって巣に潜って女王蟻を殺せっていうんだよ」


「ううむ」


 ケイマスの反論は最もだった。四つん這いで穴に入って、あれだけ頑丈で凶暴な蟻と戦えるはずがない。いわんや、蟻の猛攻をかいくぐって女王蟻を見つけ出し殺すなんて、もっと無理だ。


 ウンウンと唸るレプリアーノとケイマス。


 クロウズはどうだろうか、とパンパカは思って表情を伺ったが、彼もまた良案を出せずにいる様子。


「ちょっと整理しませんか。っていうか、僕がよく分かってないだけなんですけど」


 そういってパンパカは、サリーに紙とペンを貸してもらう。自分のメモ帳を開き、オブザビアが話した内容の整理を始めた。


「ちょっと喉が渇いたでござる。サリー、お願いできるでござるか?」


 ついでにレプリアーノは、サリーに飲み物を催促した。サリーは無言でロビーを後にする。


「ええと、まず絶対に倒さないと行けない目標は、『女王蟻』」


 紙の上に、大きな蟻を書き、頭に王冠を載せた。


「結構うまいのう」


 オブザビアが驚いているが、気にせず書き続ける。紙面の右側に、小さな蟻をたくさん描いた。


「女王蟻を見つけて殺したいけれど、現状それは出来ないんですよね。出来ない理由というのが、『輜重蟻が怖いから』。なんで輜重蟻が怖いかというと……なんでですか?」


 ケイマスは眉をひそめる。何当たり前のことを聞いてんだ、という感じに回答した。


「巣への入口は、這いつくばって進まないと行けないくらい細い。そんな中で戦えるわけがねぇだろ」


「『入口が狭いため、輜重蟻が恐ろしい』……他は、蟻の巣に入れない理由ってないですか?」


 パンパカはレプリアーノたちに確認する。レプリアーノはケイマスと顔を見合わせ、「無いと思うでござる」と返した。


 パンパカは頷いた。


「それで、今のように巣の穴付近で駆除していてもマズイことになる……時間が経つと、『戦闘蟻が生まれて襲ってくる』から、『戦闘蟻が生まれる前に、戦闘蟻を産む女王蟻を殺す』ことが、大切になってくる、と……」


 パンパカは今分かっていることを全て紙に書き起こした。


 現状では、何も良いアイディアは浮かんで来ない。だけども、これをじっと見ていれば、何か分かるかも知れないと思った。


「ねぇ、オブザビア」

「なんじゃ」

「戦闘蟻が生まれてくるのって、具体的にどれくらいかかるの?」


 それはレプリアーノも疑問だったようで、オブザビアにすがるような眼差しを向ける。


「もし生まれてくるのに一年とか二年かかるんなら、その間にどこかから救援に来てもらえばいいんじゃない?」

「……巣の周囲の環境による」


 オブザビアは語る。


「ものすごく豊かな土地だったら、一週間と経たず戦闘蟻は生まれるじゃろう。そこそこ豊かであれば、一ヶ月か。砂漠やら雪原といった、蟻の餌が少ない場所なら、一年近くかかる場合もあるようじゃ」


「ちなみに、オブザビアの見立てだと、フィナンシェの豊かさはどれくらい?」


 オブザビアは言葉を止めた。


「…………。」

「どうしたの、オブザビア」


 オブザビアは渋面を浮かべ、体の前で手を交差させた。


「現状に関する言及は、不可じゃ」


 話せないらしい。


(ここまで話して話せないのか)


 パンパカは訝しがりつつ、頭を捻る。何か、良い判断材料はないものか。


「クロウズさん」

「どうしたの?」

「クロウズさんって、王都から来たんですよね?」

「そうだよ」

「だったら、王国内の領地の豊かさの順番なんて、知ってたりしませんか?」


 パンパカの質問に、クロウズは眉間にシワを寄せる。


「――済まないが、詳しくは知らない」

「そういう順番みたいなのはあるんですか?」

「土地がどれだけ富んでいるかの指標はある。王都周辺とか、各地の要所なら覚えているが……フィナンシェがどれだけ豊かかは、分からない」

「だいたいでも分からないもんですか?」


 クロウズは必死に思い出そうとしている様子だ。ややあって、


「パチモンスキー男爵領から北上したところに、ヴィネガー公爵領がある。公爵領なんで覚えているのだが、そこは『そこそこ豊か』という指標だった。パチモンスキー男爵領も、同じ気候、同じ土壌にあるから、『そこそこ豊か』に分類されると思う」


 蟻が出現したのは一週間前。

『そこそこ豊か』な場所に巣がある場合、戦闘蟻は一ヶ月で生まれてくるという。

 そうなると、戦闘蟻の誕生は今から三週間後と仮定できた。


「……残された時間は、多く見積もって二十日強という感じですかね」


「サバを読んで十五日くらいが限界と見たほうがいいでござるな」レプリアーノは付け加える。「もし十五日経っても女王蟻を倒せない場合は……領民にはフィナンシェから脱出してもらうでござるよ」


(ちょっと短すぎじゃないのか)


 とパンパカは思ったが、領民全員を一緒に移動させるとなると、それくらい余裕を見る必要があるのかもしれない、と思い直す。


「で、この十五日以内に、誰かが助けてくれる可能性はあるんですか?」


 レプリアーノは首を振った。


「周囲の貴族たちは、わけの分からん蟻のために拙者を助けてくれんだろうでござる」


「可能性としては、王国軍だが……」


 クロウズは苦しげに顔をゆがめた。


「軍隊が動くとなると、どんなに早くても一ヶ月半はかかるだろうね。こっちから連絡兵を送ったのは七日前でしたよね? 早馬を乗り継いで言っても、到着にはさらに七日かかる……そうなると、王国軍がフィナンシェにやってこれるのは、希望的に見積もっても二ヶ月後だ」


「うーん」


 絶体絶命、という具合である。


 どういう手を打てばいいのだろうか?


「レプリアーノさん」


 クロウズはレプリアーノに提案する。


「まずはダメ元で、周囲の貴族に助けを求めてみてください。その際には私も同行します。私が依頼すれば、彼らもきっと動くはずです」

「かたじけないでござる」

「それと同時に、女王蟻を討伐するための案を思いつかなくてはなりません」


 クロウズの言うとおりであった。


 たとえ人員を補強したとして、できることといえば各自の負担軽減である。


 原因である女王蟻を討伐出来なければ、解決にはならない。


 たとえ屈強な兵士を集めても、戦闘蟻が生まれれば、とてつもない被害が出るだろうことは予想出来た。


 レプリアーノたちは未だアイディアを出せていなかったが、パンパカはどうにかひねり出せていた。


「僕にアイディアがあります。アホみたいなアイディアかも知れませんが、聞いて欲しいです」


 是非もなかった。レプリアーノとケイマスは、パンパカのアイディアを拝聴する姿勢を見せる。


 もはやパンパカのことを十歳の少年と思っている雰囲気はない。その光景に、クロウズは「ううむ」と呻いた。


「一つ目の案。巣を掘り起こします」

「掘り起こすでござるか?」

「『入口が狭いため、輜重蟻が恐ろしい』と書きましたが、これってつまり、『入口が狭くなければ、輜重蟻は恐ろしくない』ってことですよね?」


 パンパカのアイディアは、巣穴を一つ決め、そこを起点にひたすら巣を掘り起こしていくというものだった。


「お前、ホントそういうの好きじゃな」


 オブザビアは呆れたように声を漏らす。


「またコツコツコツコツ攻略しようというのか」

「けど、現実的じゃないんだよなぁ」


 自分で言って自分で否定する。


「巣の深さがどれくらいか分からないし、十五日で女王蟻まで到達できるかも分からない。それにスッゴイ人手が必要になる」


 パンパカが封印の塔でコツコツ頑張っていたのは、期限が無かったからだ。そのうち貫通できればいいかの精神で、そのうち女王蟻を見つけられればいいや、と掘るのはリスクが高すぎた。


「それは保留でござるな」


 レプリアーノもまた、実現可能性を疑っている感じだ。ただ完全に切り捨てず、脇に置いておく。


「次に……これは、その、あんまり僕も良くないと思うんですが……」


 パンパカはレプリアーノとケイマスの顔色を伺う。


 レプリアーノは頷いた。


「正直に話して欲しいでござる。別に、それを実行するわけでもなし」

「ええと……戦闘蟻は、たくさんの餌が必要になるんですよね? そのために輜重蟻が餌を集めていると、あってますよね?」

「……オブザビア殿はそう言っているでござるな」


 パンパカは、舌で唇を湿らせる。あまり言いたくは無いが、言わないと行けない。


「それなら餌を与えなければ、いいと思いませんか?」


「餌を与えない?」


「さっきレプリアーノさんは、『逃げるなんて考えられない』とおっしゃいましたよね。それともっと、徹底的にするんです」


 パンパカの二つ目のアイディアは、レプリアーノたちを驚愕させた。


「餌になりそうなものを、全部焼くんです。備蓄も穀倉地帯も家畜も、何もかも。それで最後に、蟻が餌になりそうな人間を街から逃せば、蟻は途方にくれると思いませんか?」


 ケイマスはゴクリとツバを飲み込む。


「てめぇ、本当に十歳か? 恐ろしいこと考えてんじゃねぇよ。蟻に食い尽くされるのと何も変わんねぇじゃねぇか」


「失うものが食糧と人間から、食糧だけになります。それに蟻たちだって何も食べずに行動は出来ないと思うので、早いうちに焼けば早くに蟻は餓死するんじゃないでしょうか」


「うむぅ」


 レプリアーノは呻く。そんなことをしたら、フィナンシェの街は終わりだ。そのことはパンパカも理解はしていたが、けれども他に案は思い浮かばない。


 すると、


「わはははは!」


 突如、オブザビアは笑い始めた。


「お前、なんじゃお前、本当に何なんじゃ」

「ど、どうしたのさ、オブザビア」


 オブザビアの変貌に、パンパカは戸惑う。


「いやいや、いやいや」オブザビアは笑いすぎてあふれた涙を指でぬぐう。「お前、本物じゃな。認めてやってもええぞ……くくく、まさかこんなクソガキが……」


 意味が分からなかった。


 オブザビアをなんとなく察することができるパンパカでさえ、今の彼女の考えが分からない。それなら今日はじめて彼女と出会ったレプリアーノたちはさもありなん。


「何がおかしいでござるか!」


 街の存亡に関わることだけに、さすがのレプリアーノもキレた。


「いやいや、こっちの話じゃ」


 オブザビアはひとしきり笑うと満足したようで、すぐに真面目な顔になった。


「わしからはもう、何も言うことはない。後はお前らで決めればよかろう」

「なんだお前」


 ケイマスは恐ろしい物を見る目をオブザビアに向けた。


「『全部焼き尽くす』って案が出た途端に、機嫌がよくなったってことは……まさか、それが『正解』なのか?」


「さぁ」オブザビアは愉快げに首をかしげる。「わしからはもう何も言うことは無い。後はお前らが決め、お前らが実行し、その結果を受け止めるだけじゃ。ただまぁ、今のわしはすこぶる機嫌が良いからの。最後に一つだけ、教えておいてやろう」


 オブザビアはニタリと不敵に笑う。


「グラトニーアントは、七つあると言われる大罪のうち、『暴食』を冠する魔物じゃ」

「そんなのがあるんだ」


 パンパカはあくまで冷静に、さらにオブザビアから情報を聞き出せないかと考えを巡らす。


「ちなみに他にどんなのがあるの?」

「ふんっ」


 オブザビアは鼻を鳴らす。


「最後に一つだけ、と言ったじゃろう。後はお前らで考えよ」


 それだけ言って、沈黙した。


 クロウズなら知っているのではないか、と思い、パンパカはクロウズに視線を向ける。


 クロウズは話し始めた。


「人間には、人間を堕落させる感情があるとされている。それが七つの大罪。『傲慢』『憤怒』『嫉妬』『怠惰』『強欲』『色欲』……それで最後に、『暴食』だ」


 クロウズの言葉に、パンパカは奇妙な引っ掛かりを覚えた。上手く口に出来ないが、何か奇妙だ。


 けれどもその違和感は、外からの要因によって霧散した。


「きゃああああ!」


 悲鳴だ。


 サリーの悲鳴だ。


 何が起こっているのか、その場にいた全員が察し、悲鳴の元へと駆けつけた。

 次の話で、パンパカが覚醒します。多分。っていうか長い。くどい。だけども皆が皆、勝手に話したがるから任せています。


 それにしてもオブザビアの設定がガバガバですね。何を話していいのか、何を話しては行けないかの基準を、前の話では決めてなかったせいです。

 後付け設定で上手く説明する機会があればいいのですが、なければオブザビアは気分屋で、こんなものだと思って欲しいです。


※2015/07/05 サブタイトル変更。

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