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パンパカ・パーンの冒険  作者: 八八八八八八八・八朔
第二章 パチモンスキー男爵領
11/30

レプリアーノという男

○1 パチモンスキー男爵領・領都フィナンシェ

 レプリアーノ=パチモンスキー男爵は、十年前にパチモンスキーの名を継承した三十二歳の男性だ。


 彼の趣味は装備集め。剣やら防具やらを、冒険者や商人から買い集めている。


「これは良い剣でござるな―」

「そうでしょうとも、そうでしょうとも。伝説の時代の遺物です。かの有名な剣豪アルバンが予備の予備として装備していたもので、切れ味バツグン、ちっとも曲がらず、それでいてお手入れ簡単な名剣ですよ」


 今朝は、初めてフィナンシェにやってきたという商人ラングから、伝説の剣の説明を受けていた。


「なんと、あの剣豪アルバンでござるか。拙者も好きでござるよ」


 レプリアーノはとりわけ、英雄の装備の蒐集を好んだ。


 彼は子供の頃、将来は冒険者になってブイブイ言わせるのが夢だった。王都の王立学園に通っていた時代は、周囲の同級生に「拙者はいつか、ビッグになってみせるでござる!」と語っていたものだった。


 そんな彼だったが、在学中に父・エフセイが病に倒れ、領地を継ぐため卒業後は領都フィナンシェに帰還。十年間父の補佐に勤めていたが、それも四年前に父が逝去し家名を継承、冒険者として世界を旅する夢はつゆと消えた。


 夢の残滓が、レプリアーノを装備蒐集に駆り立てているのだった。


「しかしラング殿、これは本当に伝説の時代の剣なのでござるか?」


 柄を右手に、剣身の切っ先からツバまでを舐めるように観察する。


「伝説の時代の武器の割には剣身が薄いように感じますな。それに柄の部分の意匠が麗美すぎる気がしますし、そもそも伝説の時代の武器にしては、武器自体の重さが足りていない気がしますぞ」

「そ、それは……」

「拙者が伝説の時代の装備が好きなのは、魔獣の出現で混沌とする戦乱の時代をバッタバッタと叩き潰した質実剛健という思想が背景にあるのでござるが、こんなに綺麗で切れ味に偏っている武器では、魔獣に対峙することが難しいのではござらぬか?」

「た、確かにその通りで……」

「そもそもアルバンは大柄な剣士として伝えられている人物。主な武装は大剣、副武装としては無骨なナイフを使用していたらしいですな。細身で長身となると、アルバンの物とは言えんでござろう」


 レプリアーノは冷静に商品の矛盾を突いていく。もしレプリアーノと懇意にしている商人がこの光景を見たならば、「辺境の下級貴族だからと馬鹿にしすぎたな」と鼻で笑うことだろう。


「それくらいで止めておいてはいかがですか、旦那様」


 そんなレプリアーノを制する声があった。女性の声だ。扉を開いて配膳車を押してくる女性は、レプリアーノの侍女サリーである。


 サリーは三年前にパチモンスキー男爵家の門を叩いた新人の侍女だったが、どういう訳か他のベテラン侍女を差し置いて、レプリアーノの専属侍女として彼の身の回りの世話をしている。


 ものすごく仕事ができるのか、と言われればそうではない。侍女として働き始めて一年は、結構失敗することがあった。


 当時十三歳だったのだから失敗することは当たり前だったが、どうして専属の侍女として侍女長が采配しているか、レプリアーノは疑問だったし、今でも疑問だ。


 今では失敗はほとんどしなくなったと言っても、もっと上手に素早く仕事をこなす侍女は、何人か知っていた。


 仕事に生真面目な侍女長のことであるから、そういうもっと出来る侍女を専属にするものとばかり思っていたが、三年経った今でもサリーはレプリアーノの専属侍女だったし、今後も変わる気配は無かった。


「しょ、承知したでござる」


 そんなサリーを、レプリアーノは苦手としていた。別に嫌いではない。むしろ真摯に侍女の仕事に取り組む彼女には、好感が持てる。決して出しゃばらず、気配りを忘れない彼女は、すでにパチモンスキー家になくてはならない人物だ。


 そんな彼女の何が苦手かというと、


「お、お美しいですな。ひょっとして奥様ですか?」


 かなりのレベルの美女であるという点だった。


「いやいや、そういうわけではござらんよ。彼女は拙者専属の侍女でござる」

「ははは、すみません、これは失礼いたしました。侍女服を来ていることを失念しておりました。いやそれにしてもお美しい」

「ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げるサリー。


 その姿を横目に見ながら、レプリアーノは焦っていた。サリーの美しさに、ホント焦っていた。


 レプリアーノは背が低い。一五〇センチくらいしかない。この低身長のせいで王立騎士団の試験を受けることさえ出来なかったくらい。低身長のせいで威厳がなく、学校の教師たちからは軽んじられていたくらいだ。


 その上、顔面はゴツゴツしている。道行く人が見たら、「岩が歩いてる!?」と驚くくらい、ゴツゴツしている。本当に人なのかと見紛うくらいだ。言ってしまうと、とても醜い。女に夜に見られて、悲鳴をあげられたこともあるくらいだ。領民からは「岩面男爵」と呼ばれているのも知っていた。


 さらに最近抜け毛が気になってきていた。三十台での抜け毛なんていうのは、かなりマズイ事態だ。低身長+抜け毛、というのがマジでマズイ。抜けていっている様が、誰の目にも明らかなのだ。


 そう、このサリーにも丸わかりなのだ。


 レプリアーノの身長は一五〇センチほど。

 サリーの身長は一七〇センチ弱。


 完全に見下ろされている。


 分からないはずがない。


 そのことが、レプリアーノにとっては悲しかった。


 今までモテたことが無くて美人と話したことも稀で、美しいサリーとどう話せば分からない上に、そんなサリーにハゲていっている過程を見られるのは、また辛い。


 とにかくレプリアーノのは、自らの劣等感に基づく理由により、サリーが苦手だった。



-----



 午後になって、レプリアーノはいそいそと物置に足を運んでいた。


「今日は見回りにいくでござるよ」


 そのためには、まず変装しなくてはならない。領主本人が街を歩いては、いらぬ緊張を与えるかも知れない。そんな気配りからの変装だった。


 一目惚れして購入した、伝説の時代のフルプレートアーマーを着こむ。背中には、かの有名な英雄ブラックバーサーカーが愛用していたという大剣「竜殺し」――の、レプリカを背負っている。本物だと剣身二メートル、厚さも太いところだと十センチ近くもあって、とてもではないが振ることが出来ない。そこでレプリアーノは、長さを自分の身長くらいにし、厚さも一センチくらいに薄くして背負った。


 ぶん殴れば痛いだろうが、切ることは出来ない。正真正銘のレプリカである。


 けれどもレプリアーノは高揚していた。かつて冒険者になりたいという夢を持っていたため、こういう姿格好をして、伝説の勇者にまつわる武器をレプリカと言えど装備しているのは、中々良かった。


「それではサリー、行ってくるでござる」

「お気をつけて、旦那様」


 屋敷は小高い丘の上に建てられていて、領都を一望することができる。正面から続く道は、ゆるやかにカーブしながら、街の東側に繋がる。


(正面から出ると領民に見つかるかも知れないでござる。今の自分は、正体不明の大剣使いの冒険者なのでござる)


 そういうことで、いつも裏口から出ている。裏口を守る兵士を労うと、コソコソ丘を降りた。ぐるりと丘を回って、領都の南側から入るつもりだった。



-----



 領都が近づいてくると、レプリアーノは変化に気がついた。


 一ヶ月以上前に、突如発生した亀裂が、少しばかり細くなっている気がしたのだ。


「ロントよ」


 レプリアーノは農地で農作をしていた老人ロントに呼びかける。


「はい、なんでございましょうか、領――」


 老人ロントは言いよどんだが、すぐに続ける。


「これはこれは、竜殺しのノーアさんでは無いですか。一週間ぶりですね。冒険の方はいかがでしたか?」

「それはもう、なんか竜三匹くらい殺したわ。一撃っていうか、グッとガッツポーズしたら死ぬ奴もいたわ。うん」


 レプリアーノは一週間に一度、領都に降りて領民の生活を観察していた。彼が領主になってからは欠かしていない。そのため領民のほとんどと顔見知りだった。


 初めは、顔を隠した大剣使いであることに恐れられ、敬遠されると思っていたが、全然そんなことなかった。


「それは凄い。さすがノーアさん」

「それよりも、何だか亀裂が細くなってはいないか?」


 一ヶ月前、突如として現れた亀裂は、幸いにも街自体を破壊することは無かったが、街の西方の穀倉地帯を綺麗に縦断した。


 幅にして一メートルほど。跨ぐことは難しい。飛び越えるにしたって、底の見えない奈落を好き好んで飛び越える輩はいないだろう。


 亀裂が発生した当初、レプリアーノは対応に急いだ。雇用している兵士全員に命令し、領地全域に亀裂の存在を連絡すると共に、亀裂に落ち込んだ領民や冒険者がいないか、確認を取った。


 パチモンスキー領は、目の前に有る領都フィナンシェ以外にも、ぽつんぽつんと村が散在していた。領主としては、全員の安否が心配だったのだ。


 幸いにも落下した人間は居なかった。そこでレプリアーノは、亀裂の東側と西側の行き来をしやすくするため、急造で橋を渡した。


 橋といっても分厚い木材の板を渡すだけだったが、十メートル置きに渡していたので、領民からの評判は概ね良好だった。


 一体、この亀裂は何なのか。


 レプリアーノは当初、ものすごく悩んだ。何か良くない存在が、亀裂から這い出てくるのではないかと心配した。


 しかしそれは杞憂だった。一週間経っても、二週間経っても何も起こらないので、三週間経つ頃には、領民全員が慣れきった生活をしていた。


 慣れないとやってられなかったのもある。


 現在、季節は秋。


 収穫の季節である。


 亀裂なんぞに怯えていては、収穫に手間取る。手間取ると、今度は冬の備えに遅れをきたす。


 だからフィナンシェの領民は、突如現れた亀裂に恐怖しつつも、レプリアーノの迅速な対応に安心し、いつもと同じように生活していたのだった。


 そんな亀裂が、細くなっている。


 気のせいではなかった。明らかに細くなっている。


「昨日まで一メートルはあったのに、今じゃ半分くらいの幅しかないぞ」

「今朝畑を見に来た時には、すでに細くなっておりましてな。今、街はそのことで持ちきりですよ」


(そんな話、聞いていないでござる!)


 レプリアーノは内心、憤った。


 街に変化が起こったとき、すぐに自分に報告するよう領都の守備兵には命令してある。


 特に亀裂に関しては、どんな些細なことでもいいので報告するよう、釘を刺していた。それなのに自分のところに報告が上がっていない。


 すぐに領都に行かねば、とレプリアーノは思った。


「教えていただきかたじけない」

「いえいえ、これくらいのこと、お安い御用です」


 レプリアーノはロントと別れ、全速力でフィナンシェの街めがけて走っていった。



-----



 悲鳴が聞こえる。叫び声が聞こえる。怒声が聞こえる。泣き声が聞こえる。


 領民は逃げ惑い、レプリアーノとすれ違う。


 変わり果てた街の様相に、レプリアーノは愕然とした。


「くそっ、なんだこいつら、硬え!」

「頭は無理だ、腹を狙え!」


 守備兵たちの声を聞き分け、そちらに走る。


 そこには、巨大な蟻と戦う兵士の姿があった。


 蟻。


 蟻だった。


 巨大な蟻だ。


 全長一メートルの大蟻。こんな蟻は、レプリアーノは見たことが無かった。


「一体何があったでござるか!」


 今しがた一匹の蟻の腹を掻っ捌いた兵士に詰め寄る。


 兵士は甲冑を着込んだレプリアーノを認めると、小さく会釈した。


「領主様、お待ちしておりました。兵長が待ってます。どうぞ兵舎へ。詳細は兵長が話すでしょう」

「いったい、なんなのでござるか、これは……」


 兵士は少し考え、一言でまとめた。


「魔物です」

 パチモンスキー男爵と事の発端を書きたくて、書きました。

 パンパカたちがやってくる一週間前の出来事です。

 分かりにくい表現があったらすみません。


※2015/07/05 サブタイトル変更。

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