亀裂の発生
辺境の村に住むパンパカは、どこにでもいそうなありふれた、ごくごくごく普通の十歳。村の南にあるという昔々の建物で、毎日の日課をこなしていた。
そんなところに、突如異変が起きる。地面が割れていったのだ。そのことに恐怖を覚えたパンパカは、一目散に村へと帰還する。
○0
――かつん、かつん、かつん。
朝日が目に入り、パンパカはスコップを持つ手を止めた。ぐっと胸を張り息を吸い込むと、朝の清涼な空気が肺に流れ込む。高台にあるこの建物の、それまた屋上近くから眺める村を取り囲む森の姿は、この場において少年だけのものだったし、突拍子のなさから将来に渡って誰のものでも無いだろう。頬をくすぐる薫風は、かすかに湿り気を帯び、それでいて肌寒かった。
夏も終わり、秋がやって来る。
そんな予感を感じ、パンパカはその場から降りることにした。
パンパカが立っている建物は、四階建ての石造りの立派な建物だ。いつからあったかパンパカは知らない。彼が物心ついた時には村の南側に鎮座していたし、大人に訊いても、パンパカと同じような事を言う。村で最年長だろう、彼の母親に尋ねても、全く同様だった。村が出来た頃から、この建物――塔は建っていたようであった。誰が何のために建てたかは分からないが、村で一番古い村長の家よりも古い時代に建てられたというのに、村長の家よりも新しそうな雰囲気だった。
パンパカは、転落しないように足元に気をつけながら、塔に並立する大樹へと飛び移る。幹の太さは大の大人が三人がかりで取り囲めるほど。それを何の苦もなくするすると降りていく。そして何事もなかったかのように、衣服についた土埃を払うと村への帰路に着いた。
その直後だ。
みしり、と誰の耳にも聞こえるような、何かが軋む音が聞こえたかと思うと、地面が微動した。パンパカは怯え、地面に這いつくばったが、その音は地面の底から聞こえてきているのだ。
ず、ずず。引きずるような、裂けるような、割れるような音。パンパカは奇妙な音に身をすくませながら、その音の終わりを待った。
音が終わった。
パンパカが安堵したかといえば、そうではない。むしろさらに驚愕した。かつて無いほどに震え上がった。それほど人知を超越した不可思議が、目の前に広がっていたのだ。
「地面が、裂けていく……?」
北に続く村への獣道。その向こうから、ほんの数センチの亀裂が走ってくることに。亀裂はパンパカの股下を通過すると、そのまま彼が先ほど登っていた塔にぶつかった。
ぎぎぎ、と錆びついた蝶番を、無理矢理に開け閉めするかのような、耳障りな音が森に響き渡る。それはまるで、大きな力をさらに大きな力で押し殺しているかのよう。
塔はひとしきり、不快な音をまき散らしていたが、しばらくすると何事もなかったかのように、静かになった。得も言われぬ神秘さと静けさが、そこにはあった。
塔から視線を戻したパンパカは、そしてようやく、眼前に広がる亀裂に注目した。
幅は五センチほど。無視するには太すぎるし、落ち込むには細すぎる。そんな亀裂の隙間からは、黒々とした闇が満ちていた。
パンパカは怯えながらも、闇を覗きこむ。
それで気づいた。覗きこんでいるのではないぞ、と。逆に、覗きこまれているのだと。それだけ亀裂が湛える闇は奥が見えなかったし、色彩が無かった。星空から星と月を取り除いたかのような、底冷えのする黒だった。
パンパカは恐ろしくなって立ち上がり、膝についた土も払わず、村へと駆けていった。
ファンタジー小説が好きで、指輪物語やナルニア、グイン・サーガのような重厚なファンタジーを目指していこうと考えています。他、ソード・ワールドのような剣と魔法で魔物を打ち倒すような、王道な物語を書いていきたいです。