021 草と悲恋 花隠し
時は戦国、所花も無き深雪の国。
一人の草がその国に入った。“草”というのは講談にあがる忍びのことである。
草の仕事、忍びの仕事というのは流言だったり間諜だったりと多岐にわたる。その草の仕事は国主に取り入り主のために腐敗させておくというものだ。
雪が深い国だ、そのため飢えというものに事欠かない。故、国の体を保つには国主の技量が問われる国である、と“草”は感じ取った。
治水に関して知識のあった“草”は国主に取り入り気に入られ客将という忍びにあるまじき出世をした。雪国であるため治水は需要があったが技術がなかったためだ。
重臣らからも侮りや畏敬の念を受ける。これではこれ以上忍びとしての道はないな、“草”は思う。
腐敗させろ、という主の言葉通り重臣らの弱点や寝返りの準備などを進めていく。
そんな毎日を送りながら、“草”は一人の女に出会う。
花も無き深雪の国に雪を割って健気に咲く気丈の花である、“草”はそう思って心を奪われた。
そして、後日国主から話があると言って呼び出された。
よもや、と思って“草”は内心穏やかではなかった。裏切りがバレたのか、後ろ暗い“草”は首が落ちることを覚悟して国主の下へと参った。
だが、思わぬことだった。
「娘と祝言をあげてくれぬか?」
それは困る、一言に語れぬ思いが“草”の脳裏をよぎる。“草”としての自分、男としての自分、恋を生きる自分、葛藤が起こる。
――まずは儂の顔を立てると思って姫と会ってみてはくれぬか?
口ごもっている自分に国主は声をかける。会うだけなら、と言葉にせずコクリと頷く。
そして、通された娘は――あの日見た花だった。
そのため話すだけ話してみる。話術も“草”には必要な技術だったため姫は喜んで面白おかしく会話になった。
「貴方様といずれ、行ってみたいですね」
他国の話をした時だ、姫はそう語った。その言葉に“草”は言葉をなくす。懸想している相手が都合よく好意を抱いている。
――けれども。
暖かな夢だ、微睡んでいたいと願うことは罪なのだろうか?
思ってしまい、時が来る。
真の主が軍勢を上げて攻め入ってくる。
“草”は――逃げなかった。
“草”であることからも、男として好いた女を守ることからも。
国主の忠臣である将に姫を託した。如才のきく男で姫を好いていることも“草”は知っていた。
「行ってください、姫」
嫌です、と姫はすがるように涙をこぼした。
拭い、まじないをとく。
「私は敵方の人間です」
呆けたように姫は“草”を見上げた。
――美しい花だ。
思い、無碍に散らすのは本懐ではない、とも。
「憎んでください、以後、あなたと会うことはないでしょうが」
そう言って見送る。
そして、国主が来る。
「なんじゃい、逃げなかったのか?」
つくづく難儀よの、国主は笑って“草”に声をかける。
「それは草にいう言葉ですか?」
切られるつもりでいた、“草”はむしろ切られたいと思っていた。
しかし、国主は――
「客将としてだ、儂は国主として失格であろうが人を見る目だけはある」
さて、国主は笑顔を深くして尋ねる。
「将として死ぬか? “草”として死ぬか?」
その答えを“草”ははなつ。
「叶わぬながら、将として」
内心で裏切りのとつけ、“草”は死んだ。
将として、討ち死にした。
――草が守った花隠し――
所は名も無き深雪の国でこの悲恋の詩が聞こえるという。




