花嫁姿は何処で見る
トモハルは、壁にもたれて待っていた。胸を撫で下ろし近寄ると、トモハルに注がれる視線に気付く。向かい側に居る女性二人が、トモハルを見つめていた、顔を赤らめて話をしている。雰囲気から察するに、声をかけようか迷っているのだろう。
マビルは、青褪めた。
慌てて駆け寄ると、トモハルは直ぐに気づいて顔を上げて両手を広げる。笑みを浮かべているその目の前で、マビルは悲鳴に近い声を上げた。
「だめ、駄目なの、トモハル!」
「え、え、え、え?」
何か自分の態度が気に入らなかっただろうか、と狼狽する。マビルは胸倉を掴んできた。
「こ、今度から一緒にトイレにも入って!」
「……な、何事!?」
わけがわからず、トモハルは必死にマビルの言いたい事を考えたが、見当つかずに首を傾げた。
「ひ、一人になったら駄目なのっ」
「お、落ち着いてマビル、何、何、ゴキブリに襲われたとかそんな感じ?」
「ち、違うのーっ」
何が言いたいのか全く解らない、流石にトモハルも困り果てた。だが、必死であることは間違いない。
そこを、先程化粧直し中にトモハルを噂していた女性二人が通りかかった。
「やっぱり彼女いるしー」
「だろうねー」
その会話を聞き、なんとなくトモハルは理解した。マビルを抱き締めると、そのまま口付ける。周囲で黄色い悲鳴が上がったが、関係ない。
当然の事にもがいて赤面したマビルだが、すぐに大人しくなった。
……安心したのだ、人前で恋人をアピールしてくれることが、これほど嬉しいとはマビルは知らなかった。
マビルの髪を撫でながら微笑むトモハルは、照れくさそうに笑う。ようやくトモハルにも、マビルの言いたいことが解ってきた。嬉しい事に、マビルは心配になったのだ。それは、嫉妬で不安で、トモハルを好きだからこそ、起こる感情だ。
感じ取れてくすぐったい、心変わりなど絶対にしないが、そんな些細な事で怯えるマビルが堪らなく愛おしい。
「さぁ、行こうかマビル」
手を繋ぐと、強めにその手を引いた。控え目に頷いたマビルだが、握り返して嬉しそうに微笑む。
カップルシートで映画を観て、二人で注文するコースを夕飯に食べ、夜景を観に出掛けて。夜景を観るどころか、始終車内でキスしかしていなかった気もするが、それはそれだ。背景がとりあえず夜景だから、善しとしよう。
「前。トモハル、あたしの花嫁姿見たいとか、言ったよね」
「うん。誰よりも似合うから」
マビルは。
躊躇いがちに、トモハルの身体を押し返すと、サイドミラーを見つめる。
「呼ばないからね、絶対! あたしの意見は変えないんだからっ」
トモハルの、手を強く握った。何度か深呼吸して、空いていた左手で頬を押さえ火照りを払う。
「で、でも、一箇所だけ、あたしの花嫁姿を見られる場所があるのっ……そこになら、居てもいいよ。い、いい? 結婚式には呼ばないんだからね! で、でも、でも」
簡単な、謎かけだ。
トモハルは手を優しく握り返した、サイドミラーを見ているマビルの顔を見つめるべく身体を起こすと助手席側へと重心を移す。気配を感じ、マビルは思わず硬直した。
謎かけの答え、その意味をトモハルは解いた。
花嫁姿を見られる場所、マビルが呼ばなくとも会場に居る為には。
……一つしかない。
マビルの隣で、新郎として立てば良いのだ。
「そこに、俺が居てもいいんだね?」
「ゆ、許してあげる」
「そう……ありがとう……狭いから、今度車買い替える」
ぼそ、っと呟いてトモハルはマビルを無理やり向かせることもなく、髪に頬に、優しくキスをする。耐え切れなくなったマビルが、ゆっくりとこちらを向いたので……トモハルは満足そうに微笑した。
「言い忘れたけど」
「な、何?」
キスの合間に、トモハルはマビルに語りかける。
「俺。相当しつこいから、マビルが今後俺の事を嫌いになっても、もう手放さないけど覚悟できてる?」
「な、何それ!」
再び、キス。
会話は一回だけ、キスをしたら次の会話が出来る法則。
「というか、もう、遅いけどね。もう離さないからね」
「あ、あたしを嫌いにさせないようにすれば、覚悟なんてあたし、しなくてもいいのにっ」
キス。
息継ぎのタイミングが難しいマビルは、呼吸が上がっている。
「なるほど、努力するよ」
「そ、そうしてっ」
キス。キス、キス、キス。いつしか会話はなくなった。
「帰ろうか、マビル。ところで俺の休暇は、あと五日あるんだ」
一体どれくらいキスをしていたのだろう。キスというか互いの着衣が乱れており、車内もくもっているのでキスだけではなかったかもしれないが、トモハルいわくの”キス”だ。
外から見て車が上下に揺れていたとしても、”キス”しかしていない。
「どこか、行ける?」
「旅行の支度するために、一度城に帰ろう」
「ん……えっと」
「最初の旅行は、タラソテラピー。……一緒に行ってくれますか?」
車を動かす、マビルは手を握ったまま、嬉しそうに笑った。
「し、仕方ないなぁ、そんなに行きたいならマビルちゃんが連れて行ってあげる!」
けれど、感情は言葉とは裏腹だ。一緒に行きたいのは、マビルの願望だ。
「来年のバレンタインディナー、予約しないと」
「ホント?」
例のあの店だ。二人で食べればきっと、美味しいだろうとマビルは胸を躍らせる。
赤信号で車が停車したので、トモハルは再びキスを繰り返した。
それが、とても心地良くて、日常的な愛を確かめる方法だと……二人はようやく気がついた。
残すところあと三話になりました、お読みくださりありがとうございました(^^)




