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◆あたし、田舎は嫌いなの

 オモチャは目を瞠り、俯くと口角を上げ、弱弱しい笑みを頬に浮かべている。


「オレのことなど、眼中にないと解っていた。それでもマビルを好きになった」


 うんうん、あたしを理解しているね。

 好きになるのは分かるよ、あたしは超絶可愛いからね。

 でも、もう。

 サヨナラだ。


「そっかー、じゃあね、バイバイ」


 爆音が周囲に轟く。


「きゃはははははっ! 燃えちゃえ、燃えちゃえ!」


 あたしは今までの鬱憤を晴らすべく、やりすぎたと思うくらいの魔法をオモチャ目掛けて叩き込んだ。

 要らないのだ、アイとかいう不明確なものは。

 あたしを傍に置いておきたいのであれば、目に見える綺麗な物を用意して。

 あたしのことが心から大事だと、あたしに解らせて。

 呆気ないほど、オモチャはあっという間に炭になった。

 抵抗しなかったのだ。

 驚くほど他愛なくて、退屈だった。

 もう何処へでも行ける、でも、結界外での威力を知っておきたくて、得意の火炎魔法を連発する。

 大丈夫、船では使えなかったけれど、元に戻った!


「うふふっ、楽しっ!」


 一番高い建物を蹴り飛ばすと、面白みなく崩れて大勢の人間が下敷きになった。

 やだぁ、脆い! 華奢なマビルちゃんの足で壊れるくらい、脆弱なのね。

 地面は炎の海で、逃げ惑う人間が焼け焦げている。

 黒煙が空へ向かってのぼり、キナ臭さが鼻についた。

 あちらこちらで聞こえる悲鳴に鼻を鳴らし、灰燼に帰する街を一瞥すると、あたしはその場から立ち去った。

 惨状など知ったことではない、脆弱な人間が悪い。

 それに、崩壊した場所を見ていると、心が落ち着かない。

 なんだろう、とても気持ちが悪いのだ。

 胸の中を、鋭利なもので掻きまわされているみたいに。


 それからのあたしは、気ままに別の街を見てまわった。

 場所が変わると販売品も微妙に異なるらしく、その土地の特徴が出ている。

 何より気温が違う。

 知らなかった、世界はどこもかしこも、同じ気候なのだと思っていた。

 でも、何処へ行っても物珍しいものがあったし、行く先々にお金を使ってくれるオモチャが存在したので困らなかった。

 人間の男からしたら、あたしは希少価値のある宝石なのだろう。

 醜いオモチャに遭遇した場合は、散々貢がせてから忽然と姿を消すことを覚えた。

 多くは泣いて終わるけれど、執拗に追ってきた場合は、心臓目掛けて手を突き刺す。

 人間は脆いから、華奢なあたしでも心臓を握りつぶして簡単に殺せるのだ。

 殺した後はお財布という、お金を入れる物を頂戴している。

 これは、あたしに殺してもらえた代金と、手を汚した罰金だ。

 ね、安いものでしょう?

 このお財布があれば、あたしもお買い物が出来ることに気づいたのだ。 

 便利! もっとお財布が欲しい!

 さぁ、次はどんな街へ行こうかな?

 大丈夫、あたしは可愛いから何処でも生きていける。


 ある日、山奥の貧相な村へ到着してしまった。

 やー、なんかね、お金を払ってくれる人をとっかえっこして点々と移動していたら、いつの間にか山岳地帯へ来てしまった。

 山の麓はかなり寒いので、ガタガタと震えている。

 困ったな、マビルちゃんの蠱惑的な身体を隠したくないので、いつも薄着なのだ。

 でも、この寒さでは外套で覆うしかない……。

 それにしても、人間というのは想像以上に強欲である。

 どのオモチャも最終的に声を揃えて『好きだ、何処へも行くな』って言うの。

 ……いつぞやの、赤髪魔族を思い出すね。

 逆鱗に触れたので、全員殺してきた。

 あたしの傍にいる条件は、容姿端麗かつお金持ちが必須だというのに。

 肌を擦りながらお店を探していると、興ざめするほど田舎だった。

 魔界で囚われていた頃の、森を彷彿とさせる。

 雰囲気がそっくりだし、冗談抜きで何もない。

 どれもこれも狭すぎる小屋のような家屋、村を流れる心許ない小川、美味しいご飯屋さんも、可愛いお洋服を売っているお店も、何もない。

 のんびりとして退屈な空気の中、家畜が走りまわり、遠くで鳥が鳴いている。

 最悪、退屈すぎる。

 あたし、こんなトコ嫌。

 軽く見て歩いたけど、直様引き返そうと思ったんだ。

 ただ、寒いから防寒着が欲しいなぁと足を止めてしまった。

 お店がないから、どこかの家で拝借するために。


「おぉ! これはこれはっ! よう参られましたな、どうぞこちらに!」

挿絵(By みてみん)

 は?

 あたしの顔を見たおっさんが、突然背を押して村の中へ連れていく。

 な、何? なんなの!?

 追撃するように駆け寄ってきた子供に手を引かれ、村中央の少し大きな小屋へ案内された。

 奥に座らされ目を白黒させていると、次々に料理が運ばれてくる。

 くぅ。

 お腹は正直なので、湯気の立つ食事を前に反応した。

 とりあえず、出されたものは食べることにする。

 地味な色合いだけれど、一口食べて激震。

 すっごく美味しい! 

 なにこれ、あっさりとしているのに口内に広がって、飲み込んだ後の余韻が素晴らしい。

 全部お野菜なのかな、見た目は悪いけれど、全部好きな味だった。

 キラキラしたお店で食べたお料理より、断然美味。

 馬鹿にしてごめんね、ここ、料理だけは最高!

 夢中で食べていたら、大勢の人間が集まってきた。

 あたしを見て、嬉しそうに拝んでいる人間もいる。

 ……だから、なんなの?

 あたしが美しすぎて、神と間違えているのだろうか。

 でも、雰囲気的にそうは思えない。


「お久し振りでございます、アサギ様」


 …………。

 今、なんつった。

 アサギ? 

 名前を聞いた瞬間、手が止まった。

 ……この人間たちは、おねーちゃんのことを知っているらしい。

 もしかして、間違えられてるの?

 酷い屈辱だ、微塵も似ていないじゃんっ。

 歯ぎしりをして、魔界で見かけた『本物』のおねーちゃんを思い出す。

 瞬時に力の差を歴然と見せ付けられたあの日は、心臓が締め付けられるようだった。

 今でもブルリと悪寒が走る。


「まさか、またお越しいただけるとは思いませんで……」

「流石勇者様ですなぁ、我らの危機を感じて戴けるとは。ありがたやー、ありがたやー」

「創造主様、神様、アサギ様ー」


 煩いなぁ、黙れ。

 涙を流しながらあたしに平伏す人間どもを見ていると、これはこれでスカッとするけれども。

 ただ、どう考えても面倒なことになる気がした。

 よし、お腹は満たされたし、逃げよう。

 あたしはごちゃごちゃ言っている人間たちを他所に、颯爽と立ち上がって外へ向かう。

 妙な事に巻き込まれたくない。

 あの化け物が出現した魔界が現在どうなっているのか気になるけれど、この人間たちから情報を得るのは危険な気がした。


「おぉ、早速やってくださるのですな! 流石はアサギ様」

「ありがたやー、ありがたやー。情が深い御方だー」


 だから、なんなの。

 あたしは殺すつもりで振り向いた、そう、殺すつもりで.

 だって、面倒だから。


「今宵も出てくるでしょう、お願いいたしますぞ」

「アサギ様、お任せしました!」

「頑張ってくださいね! 村が被害を被らないよう、離れた場所で戦ってください」


 トンッと背中を押され、貧相な家屋から放り出される。

 丸くて淡い光を放つ月が妙に綺麗で、あたしは思わず見入ってしまった。

 そうしたら。


 ゴォォォォォォ……。


 奇怪な遠吠えが響き始め、思わず身構える。

 皮膚がビリビリと突っ張り、足が震えた。

 今の、何? 

 身の毛がよだち、あたしの本能が『逃げろ』と囁く。

 声は迫る。

 何、誰。

 周囲を伺っていたら、山から転げ落ちるように何かがやってきた。

 見て、唖然とする。

 声なんて、出ない。

 頭が三つもある巨大な犬が、目の前にいた。

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