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両想いデートの始まりはカフェから。

「とにかく、その人に合わせて」


 チェックアウトの時間、五分前。慌ててシャワーを浴びた二人は、急いで衣服を着替えると空腹のまま部屋を出ようとした。朝食は無料で注文できたのだが、システムを理解していない二人は知らなかった。まぁ、注文していたところで、食べている余裕もなかっただろうが。

 身なりを整えながら、毅然と言い放つトモハルに、ようやくマビルはまどろみから抜け出す。青褪めた、言い訳を探して瞳が宙を泳ぐ。


「う、うーん……と」

「説得するから、会わせて。今日行こう、仕事は何時に終わる人なの?」

「えーっと、じゅ、十八時くらい?」

「解った、とりあえずモーニング食べに行こう。その時間まで地球で時間を潰そう、行くよマビル」

「……あ、あのね、トモハル。そ、その、あ、あたしがちゃんとお断りしておくから、だ、大丈夫。うん、わざわざ会いに行かなくてもだいじょ、ぶ」


 一難去って、また一難だ。

 マビルは自分がついた嘘を、どうにかせねばならなかった。彼氏など、存在しない。吐いた嘘は架空の人物を創ってしまった。マビル好みの地球の男、という虚像をトモハルは追いかけている。

 必死に抵抗を試みるマビルだが、トモハルは一向に諦める様子がなく、彼氏に会わせろの一点張りである。


「一人で会いに行って、監禁されたらどうするんだ!」

「し、しないよ、そんなことっ」

 

 なんとかせねばと思うのだが、真実を告げることに勇気がいる。願わくば、彼氏がいない事実を知られることなく、トモハルと共にいたい。虚勢なのか、自尊心の防衛なのか……いや、そうではなく。嘘をついたことを知られて厭きられたり怒られたり軽蔑されることが、ただ怖かった。そんな人ではないと解っているが、どうしても言葉が出てこない。

 

「とにかく、彼氏にメールしてよ。『仕事終わったら会いたい』って」

「うぐぐぐぐぐぐ……んぐー」


 言われた通り渋々メールを送る、震える手でトモハルの様子を除き見しながら、眉間に皺を寄せて。じっとこちらを見ているので、下手なフリは出来ない。

 と、言っても送信相手はトビィだ。

 マビルの携帯電話には、トモハルと奈留、トビィの三人しか登録されていない。他はエステにサロンなど、店舗ばかりである。


『助けてトビィ! あたしの彼氏のフリをして』

『全力で断る』


 間入れず戻ってきたメールを見て、電話を思わず握り潰したくなったマビル。怒りが込み上げるが、今文句を言う時間などない。

 携帯電話が点灯し、メール着信を見逃さなかったトモハルは小姑のごとく詰め寄ってきた。


「何だって?」

「きょ、今日は忙しいって」

「忙しい? 別れたくないだけだよ、会社に乗り込もう。察知しているんだ、回避して伸ばし続ける気だよ。冗談じゃない」

「ぇ、ええええええええええええええ」


 チェックアウト、三十分経過。延長時間中である。


「殴られよう、でも、マビルだけは貰い受ける。罵倒されようが、殺されようが、絶対にマビルを手放してもらう」

「こ、殺されたら一緒に居られないよ……」


 というか、トモハルを殺すことが出来る人物など、限られてくる。少なくともアサギかトビィか、同じ勇者辺りではないと、無理だろう。地球の銃も一斉乱射されなければ交わすことが出来るだろうし、そもそも日本人で銃器の所持を許されている人物など限られてくる。

 目が据わっているトモハルに、狼狽してマビルは携帯電話を強く握り締めるしかなかった。


「どうやって認めさせよう、俺のほうが愛しているって解ってもらわないと」

「あー、えー、んー……んんー……」


 壁に、全身鏡。ふと、目を移せば。

『マビル。悪いと思ったら、嘘をついて悪かったと思ったのなら。謝りなさい』

 アサギの、声がした。

 鏡に映っているのは自分だった、けれど、その言葉は昔聞いたことがあった。見つめていると、鏡の中で叱咤しているアサギが見えた気がした。

 肩をすくめると、喉の奥で小さく悲鳴を上げる。ゆるりと唇を開き、大きく頷いたアサギに背中を押されるように、マビルは言葉を発した。


「と、トモハル、あの、えと、その、あの。……嘘、なの」

「え? 本当は今日仕事が休みだって?」

「ち、違うの、そうじゃないの! ……彼氏なんて、いない、の。あ、あたしの、嘘なの……」

「庇わなくてもいい、俺はその人を殺したりとかしないから、多分」

「多分って何っ! ……そうじゃないの、違うのっ、本当に、本当にあたしの彼氏なんて、いないのっ。ごめんなさい!」


 マビルは、大声で叫んでから床に座り込んだ。

 言った。

 昔ついた嘘を、ようやく明らかにした。

 項垂れて床に座り込んでいるマビルに、トモハルも狼狽するしかない。


「……え?」


 意味がわからなくて、見下ろしていた。マビルは小刻みに震えながら深呼吸を繰り返しているが、決壊したダムから流れる水のごとく、一気に言葉を放出する。

 嘘をついたことで嫌われたくなかったので、必死に弁解に入るしかなかった。


「この間の旅行は、奈留と行ったの! か、買って貰ったバッグとかは、そこらへんの人にっ。も、もちろん何もしてないよ、可愛いから物買ってくれるっていうからっ! ほ、ホントなの……いないの、彼氏。

 全部、嘘。さっきのメールは、トビィなの、ほら見て、私のアドレス帳には、登録がこれだけしかないし、ほら見て、着信とか受信メールとか……」

「えええええええええええええ」


 脱力し、床に盛大に転がったトモハルをそっと見つめ、マビルは涙目で鼻をすする。

 延長一時間が決定した。


「……マビル」

「うん」

「単刀直入に言おう、今誰とも付き合っていないのなら、俺と付き合って」

「……え、と」

「結婚を前提に付き合って欲しいんだ」

「はぁう」

「返事は今しなくてもいいから。とりあえず……出よう」


 マビルを抱き起こして、トモハルは出入り口にあった自動会計システムにカードを通し清算を済ませる。手を繋ぎ車に向かうが、時折足がふらつき壁に激突していた。後ろから見ていたマビルは、不安で仕方がない。こわばった表情のトモハルを、静かに見つめて固唾を飲む。

 車に乗り込み、トモハルはゆっくりと発車した。ナビで示されていた近場のコンビニに立ち寄ると、マビルを車内に置いて店へと向かう。


「何食べたい? ご飯? パン? 他のもの?」

「オレンジジュース、飲みたい」


 駆け足でコンビニへ行き、紙パックのオレンジジュースを買ってきたトモハル。手渡されたマビルは遠慮がちに受け取ったが、他にも何か買ったらしく、ぶらさげているビニール袋が気になった。

 ジュースを飲み、気分を落ち着かせたマビルは少しだけ余裕が出たので窓を開けて風にあたる。

 トモハルは無言で車を走らせ、適当なカフェに駐車するとコンビニで買ったものを手にして車を降りた。

 案内された四人がけのテーブル、片方のソファの奥にマビルは座った。当然正面にトモハルが座ると思えば、隣に座ってきたので驚いて赤面する。そんな様子はおかまいなしに、コーヒーとロイヤルミルクティーを注文するとコンビニ袋から雑誌を取り出し広げる。


「ほら、さっき買ってきたよ。あんまり今の情報には詳しくないからさ、雑誌を見てマビルと行き先を決めようと思って」


 微笑し、マビルの手を握り締める。徐々に顔を近づけ、慌てふためくマビルを見下ろした。


「……本当に、彼氏はいないの?」

「い、いないの……その、あ、あたしは。あの、時に」


 どうしても、言えない。

 頼んだドリンクとモーニングサービスでついてくる、バタートーストとサラダ、それにゆで卵が運ばれてきた、店員がくすくす笑いながら寄り添っている二人を見た。見ている側が恥ずかしい。


「寂しかった……のか、ごめん」


 俯いて何も言わないマビルを抱き締め、耳元で囁く。弾かれたようにその腕の中で、トモハルを見上げた。



お読み戴きありがとうございました!

28日完結予定です(^^)

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