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嘘をつき続けた代償

 旅行から帰ってきた、寂しい思いを抱きながらもとりあえず愉しみ、お土産を買い込んだマビルは早速部屋に広げて物色を開始する。

 全部コスメである、自分用の。

 満足そうに笑ってマビルは部屋を出た、すぐさま通りかかったトモハルと擦れ違う。気まずそうに互いに顔を見合わせた。


「おかえり、楽しかった?」

「うん、ちょー楽しかったよ! 流石あたしの彼氏っ」

「よかった……ね」

「うん」

「…………」

「…………」


 沈黙が訪れた、外から聞こえる鳥の鳴き声が妙に大きい。言葉を失った二人はそこでじっと、立ち尽くす。

 折角なのでマビルは言おうと思った、あの例の城下街の教会の話を。

 けれども、それを告げたらトモハルはどうするのだろうか。

 怖くて、言えない。『トモハルが結婚式をあそこで挙げたら、みんな結婚式挙げてくれるよ!』などとは、とても言えない。

 言えずにいたら、トモハルのほうが笑みを浮かべて一人で頷き始めた。


「うん……うん」

「な、何が『うん』なの?」

「あ、いや……なんでもないよ」


 笑顔を浮かべてトモハルはそのまま通り過ぎていった、追いかけても仕方がないのでマビルは歩き出す。

 ただ。

 ただ、一言だけ言えばいいのだけれど。

 それはマビルにだって解っているのだが、どうしても言葉が出てこない。

言いたいことはある、いや、言わなければならないことがあるのだけれど。

 大きくなった嘘は、簡単に止められない。

 マビルはその後姿を見送ると、そっとトモハルの部屋へ向かった。

 鍵はやっぱり開いていた、無防備にも程があるが部屋に盗られる物が何もないから、というトモハルなりの考えだった。地球の金銭は、トモハルとマビル以外には必要がない。こちらの通貨はトモハルの部屋にはない。

 綺麗に片付けられている部屋を見渡した、この間の日記を探しているのだ。どうしても読んでみたかった、そこに、真実が書いてある気がした。

 机の上には日記と、他に書類が置いてある。読みたいものはそれではない、それよりも前の古い日記だ。何処かにしまってあるのだろうけれど、派手に漁っても気づかれる。

 右往左往していると、写真が目に留まった。

 この間も見ていた写真だ、仲良く写っているトモハルとマビルの写真。


「……あそぼ」


 ぼそり、と呟いて机の上の日記を開いてみる。追加されていた。


『気分が悪い。少し休憩しようかと思って申告したら休暇を貰えた。遊びに行って気晴らししてこよう』


 二行だけ追加されている、日記を閉じベッドに転がっていたら眠くなってきたのでマビルは慌てて重い体を起し、立ち上がろうとした。

 早く退室しないといつトモハルが帰宅するか、わからないからだ。

 しかしその時運悪くドアが開きトモハルが入ってきた。

 視線が交差し硬直する二人。上手い言い訳を考えるマビルと、唖然としているトモハルの二人の間に重苦しい空気が漂った。


「お、お金、ちょーだい」


 苦し紛れにマビルがそう言ってみる、それしか言うことがなかった。


「う、うん。また何処かへ行くの?」

「そ、そう! あ、あたし。色んなとこ、行きたいから」

「……待ってね、今用意するからね」


 トモハルはクローゼットからマビルとお揃いで購入した高級ブランドの財布を取り出し、中から一万円札を数枚出す。そのままマビルに手渡し、困ったように立ち尽くして頭をかいた。


「……いってらっしゃい」

「う、うん」

「……他に用はあるかな?」

「別にないよ」

「そうか、なら……もう、お帰り」


 苦笑いしたトモハルに、マビルは泣きたくなった。つまり、出て行け、ということだろう。用事はないが、会話しても良いじゃないかと思ったのだが。そういうわけにもいかないらしい、会話は二人以上いないと成立しない。

 トモハルは会話したくないのだと思った瞬間に、マビルは勢いよく立ち上がると思い切り睨みつけた。悲しいと思ったことなど振り払うように。


「き、気味悪いから! あたしの写真剥がしてよ! 貼らないでよ、あんたなんかに見られたくないんだから!」

「ごめん」


 マビルは、がむしゃらに立ち上がって壁の写真に手をかけた。その写真は、アサギと一緒に写っている。

 ふと、急に何かを思い出し。剥そうとした手が、止まった。


『もし。悪い事をしたと思ったのなら、謝りなさい。嘘をついてしまって、悪かったと思ったのなら。謝りなさい。後からでも構わないから、思えた時に謝るようにして』


 姉の声が聴こえた、以前言われたことだ。躊躇した、それは姉からの警告だ。

 しかし小さな溜息と共に手が伸びて、トモハルが写真を丁寧に剥がし始める。

 その様子をじっとマビルは見ていた。

 壁の写真も、机の写真立ても、綺麗に無くなってすっかり殺風景になった部屋で二人は言葉を交わすこともなくその場に立っている。

 本当は、剥がして欲しくなかったのかもしれないが、剥がされてしまった。マビルではなく、トモハル自ら剥してしまった。


「……早くお帰り。彼氏以外の男の部屋に居るもんじゃないよ」


 ドアを開いて、トモハルはマビルの手を躊躇いがちに引くとそのままドアから連れ出して微笑する。


「いってらっしゃい」


 数歩下がって部屋に戻ったトモハルを見送りながら、マビルは手に貰ったお金を力強く握り締めた。ドアが閉められる。

 簡単に写真を剥がしてしまったことが、腹立たしくも、哀しい。追い出されたことが、とても……辛かった。



お読み戴きありがとうございました(^^)

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