運命の恋人は、運命に打ち勝つか
――排除、致します。本来あるべきものではない、運命の歯車に紛れ込んだ異物を、排除します――
惑星クレオで最も活気がある都市といえば、シポラが真っ先に上げられるだろう。若き国王は要の勇者であり、器量良く真面目な為人気が高い人物だ。新しい都市に夢を抱いて移住する者達も多く、連日賑わっている。
そんな城内の一室ではメイド達が騒いでいた、マビルは呆れ顔で近づくと壁にもたれて聞いている。
話の内容は、国王であるトモハル。
マビルには全く理解が出来ないが、人気があるのでうら若きメイド達は常に若き有能な国王の話をしている。
田上奈留との旅行から帰宅したマビルは、小腹が好いたので食堂へ向かう途中だった。思わず足を止めてしまったのだ。
「ねぇ」
苛々しつつも思わず声をかけたマビルに、メイド達は一斉に振り返る。たじろいだマビルだが、唇を尖らせながら眉を潜めて訊ねた。
「あいつの何がそんなにいいわけ?」
メイド達は顔を見合わせて、クスクスと笑っている。
それが勘に障った、『どうしてわからないの?』なんだかそう言われている様だった。訊いた自分が馬鹿だった、とそっぽを向く。
「訊き返しますけど、何がそんなにお嫌いです?」
まさかそんなことを言われるとは思いもよらず、返答に一瞬詰まったが憮然とした態度で一言放った。
「全部」
そんなマビルにメイド達はやはり、クスクス笑う。
「何がおかしいわけ?」
腹が立ったので壁を叩いて大声を出してみたが、メイド達は笑うばかりだ。短気なマビルは危うく魔法を放ち全てのメイドを一掃しようと思ったが、それでは殺人罪を科せられる為、必死に魔力を押さえつける。今にも火を放ちそうな右腕が、ブルブルと震えていた。
「全部お嫌いなら、この城にいらっしゃらなくてもよろしいのに」
「便利だから、使ってやっているだけだけど。アイツお金はあるしね」
鼻の穴を多少膨らませて、額にじんわりと浮かぶ汗を拭いつつ余裕の笑みでマビルは答える。しかし。
「では、お金だけ仕送りしていただけばよろしいのでは?」
「ココにはあったかいベッドもあるし、広い部屋もあるし」
「お願いすれば何処にでも、いくつでも別荘くらい買ってもらえますよ? 試しにお願いしてみては如何でしょうか。何不自由なく恙無く暮らす事ができるように、一流の執事達も用意して頂いて。そうしたら嫌いなトモハル様のお顔を見ることなく、暮らせますのに」
言葉に、詰まった。
確かにそうだ、お金だけ適当に毎月巨額貰えればそれでよい。けれども何故、自分はここにいるのか疑問に思ってしまう。
言葉に詰まったので、話題を逸らすことにした。マビルは口で言い返すことが苦手だった、特に不利だと判断した場合は。
「あんな、誰にでもへらへらしてる男にきゃーきゃー喚く、あんた達の気が知れない」
きょとん、とメイド達顔を見合わせた。そして再びクスクスと笑っている、いい加減その態度にマビルが我慢の限界を超えた。
青筋立てて噛み付くように身を乗り出し、机を叩く。馬鹿にされている感がたっぷりなこの状況である、しかも味方が誰一人としていない。
「あんなの彼氏にしたいと思う? あたしは、絶対嫌!」
「え、私は彼氏にしたいです」
「えぇ、私も」
皆口々にそう言うので、マビルは流石に拍子抜けした。洗脳されていないか? 勇者という後光にやられていて、トモハル自身を見ていないのではないか? そう思ってメイド達を睨みつけるが。
「あれ、皆揃ってどうしたの?」
この場にトモハルがやって来た、手をヒラヒラさせて部屋に入ってきたので、マビルは直様その場を去ろうとする。これ以上腹立たしい事はゴメンだったからだ。
しかし、クイッと身体が後ろへと引き寄せられる。すり抜ける腕をトモハルに捕まれたのだ、驚いて振り払おうとした、が不意に瞳を見つめられて一言。真剣な眼差しで囁かれる。
「マビル、好きだよ」
またこれだ。
舌打ちしてそう零すと、マビルは思い切り腕を振り払った。振り払ってそのまま、怒涛の勢いで立ち去る。掴まれた腕の見えない汚れを落とすかのように、力一杯擦りながら。
そんなマビルに更に追い討ちがかけられた。
「うん、みんな今日も可愛いね」
唇を噛み締めて走り去る、あんな”女とみれば誰にでも可愛い”を連呼する男の何が良いのだろうか、そう思って。
騒がれたいだけの優男、ナンパ師、ろくでもない。勇者かもしれないが、本来見事な働きをしたのは今は不在のアサギであり、トモハルは支えていただけだった。
その夜、再びメイド達が色取り取りの菓子を摘んで会話中だったので、こっそり混ざることにしたマビル。懲りていないが、菓子に惹かれたのだと自分に言い聞かせていた。
今もトモハルの話題だ、何が良いのか解らないマビルは菓子を大量に手繰り寄せると無我夢中で食べ始める。地球でいうマカロンだ、マビルが地球からここへ持ち込み、トモハルが城下町の菓子屋に作らせたものが今流行している。
「ねぇ。誰にでも可愛いって言う男の何がいいの?」
ぼそり、と呟く。聴こえなければそれで良い、と思って呟いたのだがメイド達の耳に届いていた。そもそも本来ならばこのような場所にいるはずがないマビルだ、そ知らぬ振りして皆マビルに集中している。聞き逃すはずがない。
しかしメイド達はマビルに聴かれない様に耳元で何か顰めきあったので、非常に居心地が悪くなった。気まずそうに菓子に手を伸ばし貪っていると、意見がまとまったのか数人が口を開く。
「可愛い、って言われると私は嬉しいですけど。また言われるように努力したくなります」
「私は嬉しくはないけれど、女の子扱いされてるんだ、ってちょっと気分は良いかな?」
「トモハル様のあれは、ただの挨拶でしょう? 城へ初めて来て緊張で身体が強張っていたらトモハル様『ようこそ可愛いメイドさん、よろしくね』って、気さくに話してくださいました。最初は、私だけ特別なのかと思って、勘違いも甚だしいですが期待してしまったのですけれど……トモハル様を目で追いかけていたら、すぐに気づいたのです」
ザワザワ……加速を増したメイド達、女の終わらない長話は白熱する。マビルは半ば興味なさそうに聞いていた、自分と意見の合う人物がいないので頷くことは出来ないし、反論しても多勢に無勢で畳み掛けられるので無視した。
「私にだけ言って欲しいって思いましたけどねー」
「うん、思うよねー。でも」
「うん、でもねぇ」
ほらみろやっぱりそうなんだ、とマビルは鼻を鳴らして聞き耳を立てる。トモハルへの不満が始まるに違いないと期待した、それならば参加出来そうだった。しかし。
「あんな露骨に比較されたら、もうねぇ」
「ホントにねー」
比較? マビルは思わず声を出した。一斉にメイドの視線が自分に集中したので、尻込みしてしまう。
「いつも、笑っておどけてらっしゃいますけど、お一人だけ。……真剣に見つめている人がいらっしゃいます」
居たっけそんな人? マビルは首を傾げたというよりも、捻った。
「”可愛い”は誰にでも言いますよ、トモハル様の口癖みたいなものですから。でも、”好き””愛している”の言葉は、お一人にしか告げられていません」
「えぇ。お一人にだけ、確実に」
そうか? マビルは、再び首を捻って低く唸って頭を抱える。眉間に皺を寄せると癖になって肌の老化が早まるのは、地球の雑誌で読んだが止められなかった。
「見ていて、お分かりになられませんか?」
「私達にはよぉく、解るんですけどねぇ?」
「なので、思うんです」
クスクス笑うメイド達は、口を揃えてこう言った。
「意地悪してます、可愛い可愛い国王様が一人の女性の物になって欲しくなくて。きっと、トモハル様はその人を手に入れたら、私達に可愛いも言ってくださらなくなりますから」
「今のままなら、少しだけ、夢を見られますから”みんな平等に”」
頭を抱えているマビルに、一人のメイドがそっと近寄って耳元で囁いた。
「私達の言うトモハル様への好き、は。トモハル様がその人へ言う『好き』と、感情の種類が違うのですよ。言っている意味、解りますか?」
マビルは、反応しなかった。ただ、頭をかく。
「お一人にだけ、他の感情を表されますから本当に解り易いです」
「最優先ですしね、姿を見つけると。私達の存在など、あの方の前では無意味です。あの方しか目に入っていませんもの。悔しいですけど」
意味が解らないマビルは、ゆっくりと立ち上がるとそのまま顔を顰めて部屋を出た。テーブルに残っていた菓子を何個か手にすることを忘れずに、だ。
その菓子を食べながら、歩いて部屋へと向かう。
みんな同じ態度を振りまいている様にしか見えないが? ブツブツと小言を呟きつつ、部屋に戻るとベッドに転がる。
”お一人”が、誰かさっぱり分からなかった。好きと、言われている人物は大勢いる筈だ。自分も含め、他のメイドもその筈だ。
メイド達の言葉を、マビルは信用しなかった。




