◆好きか嫌いか愛していたのか”愛しているのか”
薔薇を見ていたの。指に息を吹きかけて、震えながら置かれた薔薇を見ていたの。
ステンドグラスのおねーちゃんを見上げたら、泣いてるみたいだったの。寒くて、動けなくなったの。
でも何処かへ行かないと、お城へ帰らないと寒いから一生懸命歩いたの。
手に力が入らなくてドアに体当たりした、ドアが凍るように冷たくて。
外は誰も歩いていない、雪が降ってた、街の灯りもほとんど消えてて真っ暗。さくさく、雪の中をお城を目指した。
頭、痛いよ。とても、寒いよ。喉、痛いよ。目が、霞むよ。お腹、痛いよ。
あたし、一生懸命歩いたの。歩いたの。
そして、不思議な夢を見た。トモハルが必死になってあたしを看病してくれていた。それが嬉しくて、くすくす笑ってた。
ずっと傍に居て欲しかったから、抱きついたら、抱き締めてくれたの。
でも、キスはしてくれないんだ。変な人。
でもね、髪の毛引っ張って必死にお願いしたらキスをそっとしてくれた。触れているのか触れていないのか、わかんないキスを。
多分、きっとこれ、『好き』なんだよね。あたし、きっと、トモハルが好きなんだよね。
良くわかんないけど、一緒に居たいと思うよ。
とても、優しく丁寧に抱いてくれたから。とても、甘くて優しいキスしてくれたから。
とても、とても、幸せだったよ。
……?
目が覚めたら、お城のいつものあたしの部屋で、一人眠っていた。
枕元にあのディナーで貰った花束が生けてあって、薬とか果物とか置いてある。
夢だった、凄く、変な夢を見た。……変だけど、嬉しい夢だった。
『好きだよ』トモハルが、そう言ってくれた夢だった。
寝返りを打ったら、何かが香る。あたしの香りじゃない、お花の匂いじゃない。
何処から、香る? あたしから、香っている。
トモハルの、匂いだ。
思わず、唇に触れてみた。夢なのか、夢じゃないのか。ゆ、夢じゃないなら、あ、あたし達あれがそれであーなって、あれこれそれこれな事をしてしまったのだけど。
……そんなわけ、ない、よね?
頭を押さえて起き上がった、解け切った氷の中に入ってたマンゴージュースを瓶ごと飲み干して、ふらつく足でローブを羽織ると部屋を出て彷徨う。
そしたらなんだかみんな忙しない。慌しいな、なんだろな。
「マビル様、お身体は大丈夫ですか?」
「んー……大丈夫じゃないけど、平気。お腹空いた」
「何か作りましょう、お部屋でお待ち下さい」
「ねぇ、どたばたしてるけど、なんかあるの?」
「何でもありませんよ、ただ、トモハル様が風邪を引いて倒れただけです」
「そ、そうなんだ。えーっと……サラダ食べたいから、お部屋に置いといてね」
「承知致しました、ロバートと申します」
「ん」
や、別にあなたの名前は要らないけれど。
トモハル、風邪なんだ。し、仕方ないからお見舞いに行ってあげようかな。
トモハルの部屋へ足を向ける、場所は解るよ。入った事ないけど。
歩きながら思ったんだけど、なんだか身体がダルい。なんか背中も痛いし、まだ風邪治ってないのかな。
部屋に行ったら、人だかり。とても、あたしが入れる場所がない、元々狭い部屋だし。
突っ立っていたらメイドに声をかけられた、何処かで見た顔だ……あぁ、あの年増メイド。
「マビル様、皆の邪魔になりますのでお部屋に御戻り下さいませ」
「…………」
「マビル様が出来ることなど、何もありませんよ?」
腹立つメイドだな、それくらい知ってる。ただ、少し、顔が見たかったの。
年増メイドと睨み合いの攻防を繰り広げていたけど、立っているのが辛かったからお部屋に戻った。
「私、シェリーと申します。”ただのメイド”ではありませんから。家族を不幸な火災で失くし、今は独りきりでございます」
やっ、貴女の事など私はどーでもいいのだけど。自己紹介されても困るな、最近名乗るの流行っているのかな。
サラダを運んできてくれたロバートって人に、他にも色々頼んでみる。
目の前でサラダを混ぜ合わせて取り分けてくれたから、世話焼きさんかと思って。
「あ、これ美味しい」
「それはようございました」
「……トモハルと地球で良く食べたサラダに似てるかも。これ、多分トモハルも好きよ」
「そうですか、解りました」
トモハルはその日のうちに地球に運ばれたらしくて、あたしはお見舞いにも行けなかった。
けど身体が治ったから、地球のトモハルの家へ行ってみた。ただ、どうしても入れなくて宙に浮いて窓から中を覗いたの。
昔、ここから部屋に入ったね。懐かしいな。
じっと、覗けば一人で眠っていた。あんまりよく見えないけど、苦しそう。辛そうだな、心配だな。
「あれ、マビル?」
心臓が口から出るかと思った、下を見ればミノルがいた。
「ここから入れよ、窓開かないと思うけど」
「か、風邪移されると困るから、いいっ」
「だろうなぁ」
大慌てであたし、その場を離れた。
仕方ないから奈留のトコ、遊びに行ったら。
……取り込み中? 御客さんがぞろぞろと。
「何してんの?」
「やほーぃ、真昼、良く来てくれたよねっ。一大事、ちょっと一緒に戦わない?」
「た、戦う?」
暇だったので、奈留の話を聞いてみることにした。そして一つ返事で助けることにしたのだ、困っていたから。
あたしは奈留のトコで頭悪そうな変な敵と戦闘を繰り広げて、一つの病院を破壊して来た。一件落着、任務完了、おめでとうございます。
思いの外、それが長引いたからトモハルの風邪はもう治ってるよね。
お城に戻ったら案の定メイド達と触れ合って楽しそうにしてたの、ホント……なんていうか。
呆れて何も言えずに突っ立っていたら。
「マビル!」
「何?」
あの日教会で、真剣な眼差しで告白していたトモハルみたいに。そんな視線を投げかけられた。
思わず顔が熱くなる、胸がね、ドキドキしてしまった。真っ直ぐにあたしを見て、何を言い出すかと思えばとんでもない事を言い出した。
「愛しているよ」
はぁ!?
思わず硬直、思考回路停止。何を言っているんだろう、コイツは。おねーちゃんへの、あの日の熱い想いは何処へいったっ。
見れば、メイド達とクルクルなんか、馬鹿みたいに踊っているし。
気に食わない。……見ていて思ったんだけど。
「おねーちゃん、あたし、やっぱり『好き』って良く解んない」
写真を観ながら部屋でクロロンとチャチャと、おねーちゃんに語りかけた。
あたし、トモハルの事好きだった?
さっきの態度を見ていたら、あまりのいい加減さに嫌気が差してしまったの。あんなのを一瞬でも好きだと思った自分が、情けない。
誰にでも愛しているなんて、好きだなんて言えるものなんだー。ちょっと、かっこいいと思ったのに一気に興醒めだ。
そんな、まどろっこしい感情は、あたしには要らない。
一瞬好きと錯覚してしまったけど、もうトモハルとメイド達を見ても苛立つ事もない。だって、興味ないもの。
地球で可愛い猫用のお出かけ籠を買ったから、それにクロロンとチャチャを入れて遊びに行く事が増えた。
街の公園で二匹を籠から出して、シートの上で転がっていたら。
「フランソワ!」
血相抱えた女の子が両親と一緒にこっちに走ってきたから、思わず……首を傾げる。
クロロンを抱き抱えて泣いている女の子が、説明してくれた。クロロンは、この子の猫だったらしい。飼い猫だった。
嫌がるチャチャをあたしは必死で抱き締めて、クロロンを見送った。
ずっと、ずっと、鳴いているチャチャを観ていたの、ずっと、ずっと、鳴いているクロロンを観ていたの。
堪えられなくて、あたし。
「あ、あの! この子、チャチャっていうの。凄く仲が良いから、一緒に、一緒にいさせてあげてくれないかな……」
思わず、そう言った。
だ、だって。
この二匹は、一緒に居たいんだよ。……可哀想だ。
チャチャを観て渋っている一同に、必死に言い続けた。
「俺からも宜しくお願いします」
隣で、何時の間に来たのかトモハルが頭を下げている。
流石国王様だね、一発でOKだよ。……あたしとは、違うね。
トモハルがあたしの肩を叩いたから……あれ。
涙が出たよ。
「大丈夫だよ、きっとまたクロロンは遊びに来てくれるし。チャチャが一緒だから寂しくないからね」
「うん」
「チャチャがクロロンの傍にいるから、あの二匹は大丈夫だよ。マビルは……我慢しよう」
「うん」
その後、クロロンとチャチャの子猫が一匹、お城に届けられた。トモハルがマジョルカ、と名付けてくれた。
バレンタインのディナーの招待状を、トモハルがくれたから奈留にあげた。だってあたしには、必要ない。
後日美味しかったかと訊かれたから、美味しかったよと答えておいた。そうしたら嬉しそうに微笑んでいた、ごめん、あたしは食べていない。
あたしは、このお城に居てもいいらしい。トモハルとは結婚しているんだって。結婚って、一人の人としか出来ないんだって。いつになったらこの結婚とやらは解消されるのか、わかんないけど。
適当に、遊ぶ。
まぁいいや、だってあたし誰のことも好きにならないもーん。おねーちゃんとはちがうもーん。
冗談じゃない、あたしは好きに生きるんだ。あたし、可愛いしー、面倒なの大嫌いー。
トモハルも、他の男の人もあたしの為に色んなの買ってくれるんだー。
わーい。わーい……わーい。
なんだか良くわかんないけど。急に、ぽっかり何かを失った気がした。
好きだ好きだと連呼するトモハル、それを軽く聞き流せれるようになって。相変わらず女の子大好きトモハル国王様は、楽しそう。見ても平気になってしまった。
ホント、変な奴。
「マビル、愛しているよ」
はいはいはいはい、解ったから。笑顔でそう言って来るトモハル、もうなんなの。あんたがそう言う度に、あたしが憧れていたおねーちゃんの像が崩れるからさ。
気楽に好きとか愛してるとか、言わないで。
あたしのおねーちゃんは、そんな簡単にその言葉を言わなかった。
手紙を、書いた。欲しいものをたくさん書いて、トモハルに手渡した。別に、そこまで欲しくないけど、ともかく色々。
トモハルは上機嫌で紙を持って地球へ出て行く、あたしに手を振りながら、去っていく。
いってらっしゃい。
例えば、高級バッグは、あたしに相応しい。きらきらしたもの、ふりふりしたもの、高くて可愛いもの、全部あたしに相応しい。
だってあたし、可愛いしー、お姫様だしー。美味しいものも、頂戴、たくさん色々食べたいわ。
好きに生きるの、あたし、自分の事大好き。
ただ。
不可解なことに。
偶に、仲良さそうな恋人を見ると、ボケーっと見つめてしまう癖が出来てしまった。
そして偶に、トモハルの夢を観た。あの日のトモハルはとてもかっこよかったので、美化一億五千万なその夢のトモハルは。
……なんだろう、面倒だ、考えるのをここでいつも止める。
手紙を書いた。
『つまらないから、遊びに行く。当分帰らない、さよなら』
奈留のトコへ行こう。以前遊びに行ったら何故か戦闘に巻き込まれたから、今度は武器を持参する。
おねーちゃんから貰った武器・フィリコ。……を、入れるバッグを探していたら。
『これ、はい』
数年前に、白鳥のボートに乗りながらトモハルがくれたバッグが出てきた。丁度、フィリコを入れるのにぴったりー。思わず、それを眺める。
照れくさそうに、これをくれたのだ。あたしは、とても嬉しくて、何が嬉しかったか、思い出した。
トモハルが、約束したことをちゃんと護ってくれたから。
「ありが、とう」
小さく呟いたら何故か、泣けてきたの。あたしは、やっぱり、好きだったのかな。
……やめた、そういうことは考えない。頭痛くなる。
フィリコを押し込んできつく握る、適当な着替えも持参した。
奈留の家へ、行くんだ。あそこは居心地が良いから。マジョルカはトモハルに任せればいいよね、あたしよりもトモハルに懐いている。
お城を飛び出した、あたしは自由だ。
早く何処かに行こう、ここではない何処かへ。
奈留は上機嫌で鼻歌つきで、車に何かを押し込んでた。
……旅行か、マビルちゃんを置いて行くなんて許さない。するりと助手席に乗り込んで。
「さて、出発進行ー。みゅーじっくぅぅ、スタート!」
「とりあえず、昼はフレンチ、夜は寿司」
驚愕して、顔が歪んで、ぶっさいくなことになっている奈留にあたしは軽く笑ったのだ。
いってきまーす、またね、トモハル。……ばいばい。
お読み戴きありがとうございました!
Σ(’’)はっ!
>大慌てであたし、その場を離れた。
(中略)
>あたしは奈留のトコで頭悪そうな変な敵と戦闘を繰り広げて、一つの病院を破壊して来た。一件落着、任務完了、おめでとうございます。
この辺ですが、別の話があるのです。
妖怪宴、という大学生の男の子一人称です。
紙に印刷したものなら手元にあるので、そのうち連載を開始したいと思います。




