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◇滑稽勇者

 そこから、覚えてない。

 気がついたら地球の俺の家、俺の部屋。今はもう懐かしい天井を見つめていた。

 一日経過していたらしい、ミノル達が来ていてゲームしていた。

 ……おい、俺病人ですが。

 マビルの風邪が移ったらしく、記憶はないけど病院で診察もしたそうだ。身体中が軋む、久し振りの高熱だった。

 マビルは元気になったらしい、ミノルから聴いた。よかった、それなら安心だ。


「国王急病にて……到底代わりにはなれないけれど僕とダイキでなんとかするからさ、一週間くらい休みなよ。過労だよね」


 ケンイチが苦笑いしている、ありがたく頷いた。

 罰があたったんだ。あんなこと、したから。

 マビルに、逢いたいな。

 覚えているのだろうか、覚えていたら一生会って貰えないのかな。

 それでもマビルに、逢いたいんだ。

 俺の部屋は、高校を卒業してクレオへ移住してからほとんど戻っていないけれど、そのままの状態で。マビルと俺の写真が数枚飾ってあったりする。

 あの頃は、とても楽しかった。何処へ行くにも一緒だった、サッカーの試合も観に来てくれた。色んな奴に声をかけられていたから、慌てて連れ戻しに行った。

 ……マビルに、逢いたいんだ。

 良く考えたら、マビルが居なくなったら俺は国王でいる必要などないのではなかろうか。マビルがお城に住みたいと言っていたからなっただけだし。

 俺、今後何しよう。必死で働いてきたけれど、無意味になった。

 アサギ、国王交代してくれないかな。無理か。

 地球の実家で、ごろごろする。昼前に起きてテレビを見ながら、朝昼兼用の食事、テレビを見ながらうとうとして、夕飯を食べてまた眠る。

 ひょっとすると熱なんかもうなくて、健康体かもしれないけれど、動きたくないんだ。

 けれど数日が経過してカレンダーを観て、いい加減戻る決意をした。

 バレンタインから、二週間経過。

 俺は、今後何をしたらいい? 何を目標にすればいい?

 動機が不純でも一応国王だ、俺は……やるしかないのだろう。


 戻ったら戻ったで、ケンイチとダイキから二週間の出来事やら、会議の内容を聞いて慌しい毎日の開始。

 マビルはやはり、もう居ない。

 あの日の出来事を覚えているのか、いないのか知らないまま数日が経過した。


「体調管理くらい、ご自分でなさって下さい。家臣以下国民その他、迷惑しますんで」

「君、いちいち俺につっかかるね」


 一人で夕食をとっていると、ぶっきらぼうに料理の皿を出してくるコック見習い。以前俺にマビルの様子を教えてくれた同い年くらいの奴だ、こいつは俺に対して全く遠慮がない。一応敬語というか丁寧語を使ってくるけど、毒が織り込まれていたりする。

 見習いの割には腕がいいのか、最近はまかない食だけでなくこうして俺の食事も作ってくれて話す機会が増えた。あまりの口の悪さに一度料理長に叱られていたけど、俺的にはこういうのも悪くないから……というか、居て欲しいから仲裁した。

 崇められるような男でもないし、こういう風に気兼ねなく接してくれる人も、正直欲しい人材だ。コック兼、この世界での友人になってくれるといいなとか思っていたりするかな。

 コイツはどう思っているか知らないけど。


「それから、トモハル様。メイド達が浮き足立つので甘い言葉を連発なさらないで下さい」

「いつ俺がそんなことしたかな」

「自覚がないのでしょうが、女性の心理とは非常に複雑なもので、男が思っているより単純に錯覚から恋へと進展してしまう場合があります。”私にだけ優しい”と思い込まれると、大参事ですがお気づきですか?」

「だから、いつ俺がそんなことしたかな? ……っていうか何、君の好きな女の子が俺に惚れているから毎回突っかかってくるわけ?」


 ガシャン、皿のものがこぼれる勢いで二皿目がテーブルに置かれた、サラダだ。トマトにアボガド、卵の角切りに色んな豆とチキン、ブラックオリーブが彩り良くレタスの上に並べられている。

 美味しそうじゃないか、食べようとしたら手をはたかれた。なんだコイツはっ。

 唖然と観ていたら、ドレッシングをかけて丁寧に混ぜ合わせてから小さな皿に取り分けしてくれた。


「どーぞ」

「……どうも」

「適当なまかないですが」

「ありがとう、これ好きだよ。チキンよりベーコンのほうが好きだけど」

「ですから、まかないです」

「はい、ごめんなさい」


 オリーブオイルとビネガーが主のドレッシングだ、マビルも好きだったはず。これにサーモンのソテーとコンソメスープか、豪華だな。

 黙々と食べていたら、始終コイツ舌打だよ。何なんだ。


「ともかく、トモハル様に本気で惚れてしまったメイドに悪いでしょう。以後、慎んでください」

「いや、だからね?」

「自覚はなくとも。……基本的にあなたは誰にでも優しすぎるのですよ。だからマビル様に愛想つかされるのです」

「それとこれとは」


 物凄く機嫌が悪そうなコイツ、遠慮なさすぎじゃなかろーか。大袈裟にあからさまに溜息と吐くと、テーブルを指でコンコンと叩きながら未だに舌打ちを連発している。


「俺、好きな子いるから他の女の子は興味ないんだ」

「トモハル様はそうでも、メイドは違います。そもそも、その方とは不仲ですよね」

「う……」

「トモハル様の態度が数人の女性を傷つけている事、いい加減自覚なさって頂きたいのですが」

「い、一応マビルと結婚しているんだ」


 そうだよ、マビルとは結婚している、って形になっているんだ。

 実際は違うけどさ。


「えぇ、でも”不仲”ですよね」

「うぅ」

「若くて器量の良い、元勇者の国王。あのアサギ様と親しく、かつその双子の妹マビル様を”妻”として。けれども、マビル様とは”不仲”だ。そこを狙って自分がもしかしたら……と淡い想いを抱くメイド達が世の中には存在してしまいます。恐るべき玉の輿ですよ」

「気をつけるよ。具体的にどういうこと?」

「気安く身体に触れながら、微笑むのをおやめください」

「それだけじゃ普通人は惚れないよ」

「惚れる人間も存在します。中途半端にそこで終わるから、妄想が先走って期待するメイドがいます」

「ホントかよ」


 美味しかったから直ぐに皿は空になる、無造作に皿を片付け始めたソイツ。変な奴。


「ところで君、名前、なんていう?」

「……ロバートと申しますが」

「教えてくれてありがとう、ロバート。あ、今度マビルにもさっきのサラダ出してあげて、きっと気に入るから」


 いつ戻るか解らないけれど。


「マビル様が……解りました」

「で、どのメイドさんに惚れているのか知らないけどさ、大丈夫だよ。俺と恋仲になる可能性は0だから、振り向かせる努力しろよ」

「……トモハル様もそうしたらどうです?」

「俺は」


 俺の相手にはすでに恋人がいるんだ、どうにもならない。


「想いだけでも、言い続けるべきだと思いますが」

「…………」


 俺は、そのまま席を立った。歩きながら、考える。

 通り行くメイドさんに手を振った、擦れ違ってから二人組みのメイドさん、キャーって声を上げていた。……これは惚れているとかではなくて、国王と話せたからというアイドル的な感覚なのではなかろーか。


「いかがされました、トモハル様」

「あーうん、ちょっと」


 一番親しい、年上のメイドさん。落ち着いて微笑んで、思わず肩の力を抜く。


「俺、誤解されやすい?」

「唐突ですね」


 話を聞いてもらった、ロバートに言われたことを告げてみる。苦笑いしながら、軽く相槌を打つメイドさん。


「確かに、トモハル様を尊敬の眼差しで観ているメイドも居れば、仄かな恋心を抱いて観ているメイドもおりますよ」

「そ、そうだったんだ」


 知らなかった。呆然としていたら、弟をあやすみたいに頭を撫でてくれる。


「もっと、冗談っぽく……接してはいかがでしょう?」


 冗談っぽく?

 玉座に座りながら考えた、意味を考えた。難しいな。

 夕食後、メイドさん達と広間で遊んだ。最近、ダンスが流行っているらしくてその練習だ。


「みんな上手だねー、可愛い可愛い」


 くるくる廻るメイドさん達、全員に平等に微笑んだ。


「あら、マビル様」


 メイドさんの一人が、指差した方向に久し振りのマビルがいた。

 ……マビルだ。何故か、泣きたくなった。怒っているだろうか、何を思っているんだろうか。

 ロバートの言葉が、甦る。


「おかえり、マビル」

「ただいま……」


 立ち去ろうとしたから、名前を呼んだ。


「マビル!」

「……? 何?」

「愛しているよ」


 メイドさん達から、キャーという黄色い悲鳴。ざわめく中で、マビルは唖然と俺を見ている。

 愛しているのは、マビルだ。

 これで、メイドさん達に誤解されることもないだろう。言いたいことだけ、伝えてみた。

 笑顔でマビルに手を振る、硬直して突っ立っていた。


「一緒に、ダンスの練習しようよ。楽しいよ、ほら」


 近くに居たメイドさんの手を取って、くるくる廻る。

 けれどもマビルは、そのまま去っていった。

 好きなら、好き、か。言いたい言葉だけは、言ってもいいかもしれない。どのみちマビルには届かないんだ、溜め込むより気が楽だ。好きだと、言い続けてみよう。

 そうしていれば、メイドさん達にも誤解されない。

 もしかしたら俺は、いい加減な男に見られるかもしれないが、それで良い。寧ろ、極力そう振舞うようにしてみようか。

 そうしたら、誰も誤解させずに済むだろう。誰も惚れたりしないだろう。

 マビルだって、気が楽に違いない。ずっと自分を想い続けている俺がいたら、気味悪がりそうだ。


「女の子は、可愛いよね。みんな可愛いんだ、男は護るべきだよね」


 でも、愛する護りたい女の子は唯一人だよ。いつも、ずっとマビルだけを想っているよ。


 ……マビルは、偶に城に帰ってきた。だから、今まで通り何も変わらずに過ごすんだ。

 欲しいものがあれば、全部買ってあげるよ。何でも言えばいい。大丈夫、”妻”なんだから、この城に居ればいいんだ。

 何も変わっていない、俺とマビルの関係は。もともと……友達というか、姫と従者。


「やー、マビル、可愛いねぇ今日も。大好きだよー」

「煩い、チャラい、ウザイ」


 気楽に好きだと言えるし、ロバートとあのメイドさん……シェリーさん曰く、メイドさん達も俺に対してキャーキャー色めきたつけれど恋心は抱かなくなったらしい。

 良好。

 例のバレンタインディナーの葉書が、地球に届いていたからマビルに手渡した。


「去年、美味しかったディナーだよ。これがあれば先行予約できるから、彼氏と行っておいで」

「……ありがとう」

「大事な愛する妻の為だからね、何でもするよ」

「妻って言ってもカタチだけの、でしょう? あたしは好きな事をしていればいいのよね?」

「うん、好きなときに戻っておいで」

「……そう」

「愛しているよ、マビル」

「ウルサイ」


 数日後『つまらないから、遊びに行く。当分帰らない、さよなら』という手紙が玉座に置いてあった。

 束縛さえしなければ、マビルは戻ってくる。暇が出来たら戻っておいで、俺、マビルに会えればそれでいいんだ。

 あの日の出来事はマビルはやっぱり憶えていないみたいで、正直安堵している愚劣な自分がここにいる。

 だから、いいんだ、俺。

 もし、他に、マビル以外に誰か好きな子が出来たら。その子の為に頑張ろう、その子の為に必死になろう。

 でも、本当は待っているんだ、マビルが恋人と別れるのを。

 例えば今の俺は、どっからどう見てもナンパ師みたいなチャラ男なのかもしれないけれどさ。

 ……そのほうがね、誰も傷つかないで済むんだよ。

 どのみち、マビルが俺に振り向く事はないのだろうし、いい加減な男を演じていても不都合はないさ。

 だから、いなくならないで。どんな関係でもいいんだ……偶に、姿を見せて欲しい。俺に微笑まなくてもいいよ、幸せでいてくれればそれでいいんだ。

 彼氏とは上手くやっているんだろうな、実は少し心配してた。

 以前、「マビルさんくださいーっ」って入れ替わりに変な男達が来たんだよね。マビルは心底嫌そうにして俺の背に隠れていたから、追い払っておいたけど。

 ……彼氏と上手く行ってなくて、適当に遊んでもらった結果なのか、ただのマビルのファンなのか。詳細を話してくれないから、マビルが嫌がる男は国王の権力を持って廃除しました。

 便利だ、国王。


「あぁっ、彼女がいないと俺は生きていけないというのにっ」

「煩いです」


 マビルの手紙を握り締めながら、大袈裟に倒れて一芝居。

 通り過ぎるメイドさん達がクスクス笑いながら、俺に声をかけてくれる。

 メイドさん達が去って、箒を手にしたロバートが俺の頭部を殴りつけた。

 ……ピエロみたいだろ、でも、これで丁度いい。滑稽かもしれないけれど、俺にはこれが心地よい。

 マビルのことを好きだと言えて、冷たくされたら大げさに落ち込める。誰もホントの俺には気付かない。


「……もう、誰もいないので。愚鈍な男を演じる必要ないですよ。あぁ、元々非常に滑稽で大馬鹿で愚鈍で阿呆ですがね」

「ロバート、俺国王。愚弄しすぎ」

「えぇもう、本当に傾倒に値する国王様ですね」

「嫌味、ありがとう」


 静まり返ったそこに、俺とロバート。ロバートだけが、知っている俺の秘密、俺の完璧な演技。

 そのままゆっくり身体を床に寝転ばせて、天井を見上げた。

 何処に居て、誰と居てもいいんだ、でも。偶に帰ってきて、姿を見せてくれ。それでいいから、何処へも、行かないで。

 彼氏を連れてきてもいいよ、笑顔で迎えるよ。マビルのこと、大事にしてくれる人なら、大歓迎だ。我慢するよ、大丈夫だ、覚悟は出来ている。

 猫が、鳴きながら俺に近寄ってきたから抱き寄せる。


「おいで、マジョルカ」


 クロロンと、チャチャの子供だ。クロロン譲りの黒い綺麗な瞳に、チャチャの茶色い毛、女の子。

 猫達は、上手く行ったんだ。よかった。


 数日後、暇を貰って地球へ一人で遊びに行った。マビルと出遭ったあの街で、一人でぶらつく。小学生の頃は買えなかったバッグだって、買える大人になった。

 マビルが良く立っていた場所、ビル同士の隙間に立って、行き交う人混みを眺める。手にはマビルの好きなブランドのバッグ……が入った紙袋、つい癖でまた購入してしまったんだ。

 帰ってきたら、渡そう。

 マビルが好きだった洋梨のソフトクリームを食べながら、暫し遠くを眺める。明日はミノル達と遊びに行くんだ、まだ寒いけれど温泉に浸かってさ、他愛のない話をして。

 冬も好きだけど、俺は春が好きだ。春を待ち侘びて、春になったらまた来年の春を夢見て。

 何故ならばマビルと再会できたのは、春だった。

 マビルはいないけれど、友達と春を待つ、ビルの隙間でぼんやりと考え願う事は。




お読み戴きありがとうございました!


http://ncode.syosetu.com/n6354by/

リンキ


短編を投稿いたしました、トモマビに出てくる”とある人物”の一人称です。

読まなくても問題はありません。


もう少しだけ、お付き合いくださいませ。

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