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◇自己嫌悪満載ごめんなさい

 マビルが、熱を出していなければ有り得ない。

 キスをしたら、風邪は俺に移るだろうか、マビルは治るだろうか。……思ったけれど流石にそれは、出来ない。

 代わりに、手の甲に口付けた。

 ……マビルが、微笑した気がした。

 もぞもぞ動いて、きゅ、って。背中に、手。マビルが、しがみ付いたんだ、俺に。

 反射的に、抱き締めてしまった。強く抱き締めた、額がかなり熱い。

 呼吸も苦しそうだ、けれど顔を覗き込んだら……笑っていたから。嬉しそうに、笑うから。

 胸が、キリリと痛んだ。

 マビル、相手を間違えているよ。俺、マビルの彼氏じゃないよ。あぁ、そういえば眠る時彼氏が始終こうして抱き締めていてくれるのだったね。

 こうしてマビルは微笑むらしい。初めて見た、こんな表情。一番長い間いたのは俺な筈なのに、不思議なものだね。

 息が、出来なくなりそうなんだ。

 マビルが俺に抱きついてくれていてさ、嬉しそうに笑っているのに。

 涙が止まらないんだ、情けないな俺。言ってやれよ俺、相手が違うと。物凄く酷い事をしている、彼氏の振りしても仕方ないだろ、俺。

 でも。

 今日だけでいい、今だけでいい。卑怯者でいいから、どうか。


「今日だけ、今だけ。……抱き締めさせて」


 明日になったら、本来の居場所へ帰すから。

 唇を痛いくらいに噛み締める、それでも、痛いのは胸。最低な事くらい、解っているよでも。


「……とても、大好きなんだ。誰のとこにも行かないで……欲しいんだ」


 呟く、震えながら苦し紛れに声を出した。届かない願いを、言えない言葉を衰弱しているマビルに投げかける。

 こんな時位しか言えない自分に、笑えた。


「すーき」

「え?」


 強く抱き締めて、馬鹿みたいにうわ言のように大好きなんだを繰り返したら、マビルが何か言うから。何かを繰り返しているから、耳を唇に近づけた。

 ……好き、と言っているらしい。

 マビルは、こういう声で『好き』というみたいだ。初めて聞く、甘えたトーンの声と言葉。


「……好きだよ」

「すーき」


 間抜けで卑怯でどうしようもなく愚かな俺は、好きだと、返した。

 キスしたいんだ。でも、駄目なんだ。

 マビルの彼氏と仕方が……違う。俺は下手で、あちらは上手だから。夢心地のマビルを、壊すわけにはいかない。

 無邪気に笑っているマビルは、なんて可愛いんだろう。

 相手の男が羨ましくて羨ましくて羨ましくて仕方ない、固く瞳を閉じたら相手への嫉妬で胸が一杯になった。

 自分の不甲斐無さにも嫌気がさして、気が狂いそうだ。


「好きだよ。ずっと、きっと、これからも。……愛しているよ」


 言ったら、マビルが微笑むんだ。

 やめろよ。

 例えば、それはさ。マビルと彼氏がこうして抱き合っているのを、傍から見るよりも辛い事な気がする。俺が羨望して渇望して願い続けた居場所、こうして”体験している”けれど。

 マビルの瞳には、俺が映っていないんだ。

 熱が、下がるまで傍にいよう。熱が下がったら、早く元の居場所に戻るんだ。彼氏もきっと、心配している。仲直りは出来たんだろうか、それが気がかりだ。

 今日だけ、今だけ、恋人気分。恋人の代わりを、振りを、してみよう。

 寂しがり屋の可愛い黒猫、一人ぼっちにならないように傍に居よう。

 片手で口を塞いで、自分の手の甲にキスをした。何度も何度も、キスをした。髪にキスを、頬にキスを、額にキスを、瞼にキスを。


「おやすみ、マビル」


 ミノル達が買ってきてくれたスポーツドリンクを飲ませる、氷の上に乗っている苺を食べさせる。

 湯煎にかけてあるけど、温くなったポタージュを飲ませてみる。……薬を飲ませたら、苦そうに顔を歪めていた。

 一緒に眠ろう、ちゃんと傍にいるよ。


「どうしてキスしてくれないの?」

「え?」


 不意にマビルがそう言うから、驚いて顔を見た。どうしてと言われても、俺、彼氏じゃないんだ。どうもこうもないだろう、当然だ。

 黙っていたら、マビルが泣き出した。泣き出して暴れるから……どうすればいいんだ。彼氏のところへ連れて行けばいい、そうすれば何も問題はない。

 でも、今のマビルを外へ連れ出していいのかどうか以前に、俺はその人を知らない。何処へ行けば良いのかが解らない。

 マビルの言いたい事は解るんだ、でも。幾ら振りをするっていったって、して良い事と悪い事があるだろう。

 眠らせようと思って強く抱き締めた、動かないように抱き締めた。薬が効けば、眠くなる。早くて三十分、それまでの辛抱だ。

 おやすみ、マビル。目が覚めたら、きっと治っているから。

 腕の中でマビルは始終、泣いていた。何か言ってるから、必死で聞き取った。


「あたしのこと、好きじゃないの?」


 好きだよ、大好きだよ、愛しているよ、でも俺はマビルの彼氏じゃないんだよ。

 マビルが、泣き止まない。大人しくしてくれないんだ。

 希望に応えてあげたいのは、本音……正直、そうしてあげたいけれど。抱いたら、俺以外の男の名前をきっと呼ぶんだ。

 堪えられない。

 名前を呼んで、嬉しそうに微笑むんだろう。

 堪えられない。

 大きく息を吐いた、耳元で囁いた。


「熱が下がったら、治ったら。だから、おやすみ」


 無難にそう告げてみる。お利巧さんに、してくれないかな。

 動きが止まったから納得してくれたみたいだ、ほっと一息。

 ……したのも束の間っ。


「今。今して欲しいの」

「痛っ! いたたたたたたたたたたたたたたぁっ」


 頭部に激痛、髪をっ、俺の髪をマビルが思いっきり引っ張るからっ。目が合った、怒気を含んだマビルの瞳、でも何故か泣きそうに顔が歪んでいる。


「ちゃんと、今して」

 

 何を。

 きっと多分、俺は。

 それは数十秒だった、いや、数秒だったかもしれないけれど、一時間位見つめあった気がして。

 マビルが、涙を浮かべながら好きとか、キスしてとか、抱き締めてとか言うから。

 言うから。

 震えながら言うから、弱々しく言うから、泣きながら言うから。

 ……多分、人として最低な行為をしてしまうんだろう。

 マビルが、正気に戻って事実を知ったらどうなるんだろう。ショックで気を失うんだろうか、一生口を聞いてもらえなさそうだ。

 相手の男にだって申し訳ない。

 けれど。

 マビルが、瞳をふわりと閉じるから。

 ごめん。

 そっと、キスをした。



お読み戴きありがとうございましたー、もう少しお付き合いくださいっ。

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