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◇ドレスの採寸難しい

 城へ戻ると珍しい来客が来ていたので、思わず爆笑する。


「ちーぃっす、お久し振り国王様」


 親友のミノルが片手を振って立っている、彼は現在大学生活を満喫中だ。客室に通して照れ笑いをしているミノルを座らせると、仕事を抜けさせてもらって会話を始める。

 ここへ来た理由は。


「トモハル、これ買う気ねぇ? 一人三万」

「何だこれ?」


 手渡された紙を広げる、それはバレンタイン・ディナーの知らせだった。


「知り合いがさ、彼女の為に買ったのはいいけどフラれて必要がなくなったんだと。で、俺がココと行こうと思ったんだけどほら、そのメニュー……。

メインが二種類とも食べられないらしくって、それの引き取り手を探してるってわけ」


 ココっていうのは、ミノルの彼女だ。アサギとも仲が良かった、俺らより年上の人。どういうわけか気がついたら付き合っていたから、周囲が驚いたっけ。肉弾戦が得意で男勝りな人だけど、好き嫌い多いのか、知らなかった。


「メインって……オマール海老のローストと、仙台牛の炭火焼?」


 海老と牛が駄目なんだろうか、首を傾げるとミノルが肩を竦める。


「それは食べられるけど、それらのソースがなぁ。オマールのが黒トリュフで、仙台牛が黒胡麻。それが駄目なんだってさ」

「そっちか」


 メニューに最初から目を通す、マビルがとても好きそうだ。


「ココって何でも食べそうだけど、意外だった。……これならマビルが好きなものが多いし、俺、買おうか?」

「マジで!? 助かる! 誰も引き取り手がいないと、運が悪いと自腹になるっていうからさぁ。アイツがキャンセルしてトモハルが買えば、誰も損はしないよな。……そういえば、マビルは好き嫌いないわけ? 」


 マビルは好き嫌いがほとんどなかったりする、見た目我儘お姫様だから勘違いされがちだが。

 同じものしか食べていなかったせいか、初めて見る食べ物はすぐに食べたがるし、不味くない限りしっかり完食するんだ。

 と、いうのも。


「ないよ。アサギがきっちり躾けていったし、美味しいものが好きだけど何でも食べられるんだ。この鱧の大葉包みとか、鮑のバターソース、キャビア添えとか、物凄い好きだよ」

「じゃ、そういうことでー。チケットの名前を松下朋玄に変更して貰って、届き次第持って来るな」


 六万を手渡す。

 他愛のない話をして、陽が暮れた頃ミノルは帰って行った。貰った紙を再度確認する為、食後ベッドに転がる。

 バレンタインに音楽を聴きながらディナー、という洒落た趣向だ。テーブルにはそれぞれ花が置かれるらしく、それは持ち帰り可能とのこと。

 正装での出席に限られる、か。

 写真を観る限り、会場もマビルが好きそうな豪華さ。こういうの好きだもんな、やはり女の子はキラキラしているのが好きなのだろう。

 よかった、これならきっと喜んでくれる。

 ……バレンタイン、か。

 昔はチョコを貰ったけど、高校卒業してからはずっとこっちの世界だし、貰ってない。この世界には、そんな日本と同じチョコレート業界が定めたイベントなど、あるわけがない。

 そもそもマビルはそんな習慣知らないし、知っていても人にはあげないだろう。

 いつか、マビルからチョコを貰ってみたいな。……買うところとか予想出来ないけど。

 まぁ、それはいいんだ。何か喜ばせる事をしてあげたいと、思う。喜ぶ顔が観たいから、喜ぶ事を、してあげたい。

 よし、言いに行こう。

 ベッドから起き上がって、部屋に向かった。

 ……マビルは、居なかった。深夜は戻ってきていたけれど、起こすのも可哀想だったからそのままにする。

 言えないまま数日が過ぎて、ミノルがチケットを持ってきてくれた。


「言うの忘れてたけど、これさ、毎年人気なんだって。なかなか予約が取れないから、欲しい人が居たら譲るってことだったみたい」

「必死で予約したけど、ミノルの連れは行けなかった、って事か」

「ん、タイミングって難しいな」


 そんなに人気なら、きっと美味しいだろう。今地球のことには疎いから、とても助かる。

 俺はようやく昼間にマビルを捕まえることが出来た、不機嫌そうだけど仕方がない。案の定、マビルは行きたくないみたいだった。

 ……俺と一緒だし、当然かもしれない。でも、きっと来てくれると思う。じっと、メニューを見ていたし、大丈夫だ、一緒に参加してくれる。

 そして俺は考えたんだ、突き飛ばして去っていったマビルを見て思ったんだ。思いついたぞ!

 仕事後、部屋のとある場所から一通の封筒を取り出した。取り出してそれを眺め、封筒を傾けると中から落ちてきたものを受け止める。

 壊れた安物の苺のネックレス。

 昔、俺がマビルにあげたものだ。とても使えないからこうして俺が持っている、それを握り締めた。

 急にドアがノックされた、慌てて封筒をしまって来客を招き入れる。


「お待たせいたしました、トモハル様。これが現段階での可能出荷表です」

「ありがとう。ええっと」


 訪れたメイドさん二人は、笑顔だった。受け取った報告書に目を通し、思わず俺も笑みを浮かべる。

 大丈夫だ、薔薇の出荷は完璧だ。


「着実に進んでいますね、計画」

「後は……ドレスですか。いい加減マビル様に採寸させていただかないと」

「だから秘密なんだよ、これ」


 困惑して苦笑いしているメイドさんに、俺も釣られて苦笑い。


「建設はどうかな? 間に合いそう?」

「はい、そちらは滞りなく」


 二人が去った後、机に報告書と計画図を並べて、コーヒーを煎れる。といっても地球から持ってきた、ただのインスタントだけど。

 封筒がしまってある場所を、見た。思わず、息を大きく飲み込む。緊張する、なぁ。

 一枚一枚、報告書に視線を落として最終チェックだ、時間は迫ってきている。

 マビルは、知らない。

 街に、一つ教会を模した結婚式場を建設している。完成日は、二月十四日。地球でいうバレンタインデーだ。

 ここの街興しも兼ねているんだけど、恋人達の場にしようと思って。

 メイドさん達に、薔薇の花言葉や意味を聞いた。赤にピンク、黄色にオレンジに白。五色の五本の薔薇を、贈る日にしようと思ってね。

 初の試みだけれどそれが定着して、恋人や両親、友達など、自身にとって大切な人に贈られればいいな、と思ってさ。

 だから今年はまず、街の花屋で試験的に一部を売り出し、俺からメイドさん達に贈ってみる。偶然その日訪れた来客にも、感謝の意を込めて贈る。

 大量の薔薇の手配は整った、こういうイベントを作って定期的に様々な店に仕事を振り分ける。

 元は、マビルが薔薇が好きだったから思いついたんだけど。

 教会を模した式場も、薔薇を散りばめた。自慢できる設計になった。

 瞳を閉じて、完成を思い浮かべる。

 コーヒーを飲み干し、俺はいつかの隠しておいた衣装を取り出した。

 白のタキシード。

 身に纏ってみる、気合入れて高いのを買ってしまったけれど……似合っているのか、これ?

 鏡の前に立ち、瞳を閉じて咳をして。


「……結婚を前提に付き合ってくれないか、マビル」


 ずっと、考えていた台詞を呟いた。言ってから、床に蹲って一人で爆笑する。これを本人を目の前にして、どう言えばいいんだろう。

 耳が、熱い。上手く言えるだろうか。咳き込みながら、床に倒れて天井を見る。

 このままでは、駄目だと思っていたんだ。壁に飾ってある、マビルの写真を観た。

 ずっと、好きだ。

 アサギがいなくなって、マビルには頼れる人物がいなくなった。アサギの次に親しい俺だから、一緒に居てくれた。

 多分マビルは俺を、都合の良い男くらいにしか見てないだろう。

 願いを叶えると子供のとき約束したから、一つ、一つ叶えようとした。難関は”城に住みたい”だった。そうしたら丁度、国王募集のこの城が浮上したから、夢中で立候補し城を手に入れた。 

 ただマビルがここに住む為には、豪華な部屋を用意してあげるには……俺と何らかの形で繋がっていないと駄目だった。

 だから。

 結婚を持ちかけた。断られるのが前提だ、けれども偽でも良いから証拠が必要だった。他人が見て、納得出来る証拠を造らねばならなかった。

 普通に話しても却下されそうだったから、婚姻届にサインをしてもらって。手に入れたんだ、俺とマビルの婚姻届。勿論、提出していないけれど。

 偽装の婚姻届を披露し城の者を納得させる、その時点でもう必要はなくなった。役所に提出するわけでもないし。

 本音、一緒に居て少しは意識してくれるといいなと思い、願って。

 けれど、元から俺の存在はマビルにとっては多分世話係。恋愛に進展するようなものではない、それはマビルの好きなタイプの男が俺ではないからだとも心得ている。

 けれども僅かな可能性にかけて、俺のこと、少しでも気にしてくれれば嬉しいなと思って。

 俺は、マビルが好きだ。

 好きだから、好きになってくれとはとても言えないけれど、せめて。一緒に居たいと思ってくれたら、居て楽しいと思ってくれたら。

 少しずつでいい、好きになって欲しい。恋愛感情でなくても構わない、拠り所になることが出来たら良いのに。

 けれど、マビルと俺は離れていくばかりだ。

 城というこの居場所は必要だけれど、俺自身は必要でないのかもしれない。

 あぁせめて、もう少し。俺がマビルの理想の顔立ちをしていれば。

 でも、無理だから。整形したところで性格は変わらないし。

 それでも今回、告白をする。

 食事で釣るわけではないけれど……ディナー終えてから、完成した式場で、大量の薔薇の花束を抱えて。

 想いを解ってもらう為に、上手くいかなくてもほんの僅かな可能性にかけて。


「マビル、一緒にいようこれからも。好きなんだ、当然」


 呟いた。

 上手くいったら、世界中の女の子が羨むドレスを作ろう。何を着ても似合うけれど、やっぱり純白の薔薇を模したドレスだ。マビルを思って、デザイナーの人に習ってデザインもした。

 ウエディングドレスじゃないんだ、ただマビルに似合う、ドレスを。お姫様のドレスを。

 問題は、サイズが解らない。地球で買ってあげる服なら、サイズ解るんだけど。けれど、あれもブランドによって若干大きさが違うから試着して確かめていた。マビルは腰が細いけど胸は大きいしな……。

 特にドレスは身体にフィットしているデザインだ、簡単には作ることが出来ない。なんとかしないとなぁ。


「あー、君君、ちょっと!」

「え、私ですか? いかがされました、トモハル様」

「少しごめんね、失礼」

「!?」


 新顔のメイドさんを真正面から抱き締めた。

 うーん……。


「マビルのほうがもっと肩が華奢で、腰も細い、胸も大きい。身長はこんな感じだけど、もっと腰の位置が高い」


 後方のメイドさんにそう伝える、抱いていたメイドさんを放した。


「あぁごめんね、協力ありがとう」

「…………」


 唖然としているメイドさん、うん、ごめん俺が悪かった。深い溜息と共に、採寸メイドさんが代わりに説明してくれる。


「ごめんなさいね。……マビル様の体型に近い人を捜しているの、こうして抱き締めて」

「はぁ」

「これでもトモハル様必死だから、怒らないであげてね。物凄く効率悪いけど」

「はぁ」


 マビルの体型に一番近いのは当然アサギなんだけど、トビィ曰くあの二人も若干違うらしい。そもそもアサギはいないしな、どうにもならない。

 身体にフィットするデザインだから、正しい寸法じゃないとドレスが作れないんだよ、困ったな。


「トモハル様、諦めましょう。マビル様の身体を採寸します」

「だ、駄目だよ! もう少し待ってよ」


 驚かせたいんだ、どうしても。採寸したら、訝しがられるよ!


「……あの。マビル様の体型なら測った事があるので解りますよ?」


 控え目な声に思わず俺は聞き間違いかと思った、さっきの新人メイドさんがはにかんで笑っている。


「私、城下町の服屋にいたんです。マビル様は常連のお客様でしたので、宣伝も兼ねてマビル様の寸法で服を作りました。あのお店に行けば、採寸記録がありますよ」

「な、なんだってー! ありがとう! 何処のお店!?」

「ええと、漣通りにあるお店で」


 彼女の両手を思わず握り締める、なんてことだ、助かった!

 目の前の彼女が、神々しく見える。女神だ、奇跡の慈愛の女神だ!

 不意に、後方に何か視線を感じたから振り返って見上げる。

 マビルだ、思わず手を振った。けれど、思い切り睨みつけられてそのまま消えてしまった。

 ……機嫌が良くないみたいだ。


「あのぉ、トモハル様」

「ん?」

「以前からお伝えしようと思っていたのですけど、マビル様ヤキモチやかれていますよね」

「ヤキモチ?」


 焼き餅とは。

 ①焼いた餅

 ②嫉妬

 ん……?


「マビルが俺に嫉妬しても仕方ないだろ」

「自分と親しい人物が、他人と仲良くしているのを穏便に見ていられない人もいますよね、トモハル様。恋愛感情の好きかどうかは別としまして」

「ヤキモチ、ねぇ」


 メイドさんと俺が仲良くしているから? ヤキモチ?

 ……ははは、そんな馬鹿な。有り得ない、俺マビルの中で存在感ないから。

 でも、そうだとしたら?


「可愛い、なぁ」

「…………」

「とても可愛いよね、マビル」

「…………」

「マビルしか見ていないけれど、他の人間正直どうだって良いけれど、いっやー、ヤキモチねぇ。可愛いなぁ……」


 デヘヘ。追いかけて、抱き締めたい衝動に駆られたけれど。やめておこう、そんなことしたら殴られる。

 ともかく、城下街へ出向かないと!

 嬉しくて、色々と幸せでとにかく心が熱くなって、顔がにやけた。



お読み戴き有り難う御座いました、もう暫く色々と勘違いをしているトモハルにお付き合いくださいませ。

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