◆あたしの好きな人は
歩いていたら変な場所を見つけた、新しい建物だった。
初めて見たんだ。何時の間に建てられたのか、入口は小さな扉、高い高い、建物。
恋人達が、ちょこちょこ、そこへ出たり入ったり。出てくると、幸せそうな顔をしていた。
あたしには、不釣合いな場所だろう。一人きりだし、でも……何だろう。
じーっと、その場に立っていた。人が少なくなったのが解ったから、入ってみた。
「わぁ!」
思わず感嘆。高い天井、正面に綺麗なステンドグラス。薔薇の香りが仄かに漂う、綺麗な綺麗な、場所。中央に一本の道、左右に長いすが沢山。中央の道はピンクの薔薇がガラスの床に埋まって、薔薇の絨毯みたい。
ゆっくり、歩く。
長いすはピンクのリボンに、赤い薔薇で飾られて。ここは、なんだろう。
左にピアノ、道の先に、祭壇? 結構広いんだ、ここ。
道を歩いた、薔薇の道を歩いた。祭壇の向こう、ステンドグラス。その手前に綺麗なふんわりした薄い布が天井から吊るされて。薄い布をひょい、っと持ち上げてそれを見上げれば。
「おねーちゃん」
おねーちゃんだ。
おねーちゃんを模してあるんだ、これ。大事そうに武器の”セントラヴァーズ”掲げて、穏やかに微笑んでいるおねーちゃんだ。
その場に座り込んで、ぼけーっと、眺めた。
バッグからチョコを取り出した、二つ入っていたハート型のチョコを、一つ口に含む。
「苦い……」
甘くない。生ちょこ、甘くない。苦くて、苦くて、喉が渇いて。
あたし、ひたひたと流れる涙を止められなくて、そのままおねーちゃんを見上げていた。
おねーちゃん、おねーちゃんなら。あんな状況でもトモハルに「好き」だと、言えた?
……言うだろう、おねーちゃんなら言うだろう。好きなら好きと、言うだろう。その先を怖がらずに、恐れずに、言えるんだろう。
でも、あたしは。マビルだ。アサギでは、ない。
出来損ないの、双子の妹。お馬鹿な、妹。
「にがい、よ」
情けなくて、笑った。痛いんだ、胸が痛んだ。何をどうしたって、痛いんだ。
痛くなくなる方法、わかるけど。
出来ない。無理だ。
トモハルが、あたしを、も一度好きになってくれたら。そうしたら、きっと、痛くなくなる。
でも、それは、無理なんだ。
「にがいーよぉー」
痛い、痛い、苦しい、苦しい。口の中のチョコ、何でこんなに苦いのだろう。苦しくて、縋るように見上げた先に。おねーちゃんが、微笑んでいた。
タスケテ。
カツン、カツン……。
不意に、後ろから足音。思わずあたし、身を屈める。祭壇があたしを隠してくれるから、見られることはないだろう。
足音は、一つだった。パタン、って何かが閉まった音がした。後方が、微かに明るくなった気がした。
その人の、咳。
……あれ?
薔薇の香りが急に濃くなって、今の咳に疑問を感じ。
「薔薇を、君に、薔薇を。とても似合う薔薇を」
思わず凍りつく。トモハルの、声だった。
「みんなに、聞いたんだ。知ってる? 薔薇の花言葉と、花の持つ意味。若干違うんだって。華やかで、何処に居ても目立つ君だから、薔薇を選んで薔薇を調べた」
そっと、そっと。静かに祭壇から顔を覗かせた、まだ布があるから、少しだけなら大丈夫。
真っ白い、タキシードに。大輪の薔薇を抱えたトモハルが、立っている。赤とピンクの薔薇をベースに、黄色に白、オレンジの薔薇。何本あるんだろう、すごく、大きい花束だった。
「初めて、君を見た時に。あまりにも可愛くて、そのままついていったんだ。君は覚えてないだろうけど、あの場所で話しかけて、怪訝に俺を見た君は。可愛かったけど、寂しそうで不安そうで。
それで、もう、駄目だったんだ。……とても、好きで、急すぎる想いに戸惑いを感じた。
でも、一瞬でそれも終わってさ。急でもなんでもいいから、近づきたかったんだ。
笑わせたいって、思った。一緒に歩きたい、って思った。手を繋ぎたくて、軽く握った君の手は、柔らかくて暖かく。
……手放したくないと、その時に確信したんだ。
君は笑うだろうか、たかが小学生の分際でそんなこと思った、って知ったら。会う度に、君の表情はクルクル変わって、でもやっぱり寂しそうで。
手をもっと強く握ったら、少しは楽になる? 抱き締めたら、安堵して眠ってくれる? 君の好みの男ではないと、知っていたけれど。
それでもずっと傍に居たら、もしかしたら少しくらいは気になってくれるのかな、と思ったんだ。無謀な期待、淡い希望、もしくは。
……好きになってくれなくても、傍に居たいと思った。可愛い君だから、始終ハラハラしていた。この想いが成就されなくても、君が俺を必要とするのなら、傍に必ず居ようと誓った。
けれど、どんな綺麗事を言ったところで。願う事はやっぱり、君と恋人同士になれたら、と。
それだけで、それしかなくて。ずっと、好きだったんだ。初めて、見たときからずっと、好きだった。
例え君が、俺ではない誰かを見ていても、好きだ。けれど、君の幸せを壊してまでも傍に居るわけにはいかない。
でも、好きだ。だから、好きでい続けようと思う。今は君しか見えないし、この先もそうなんだろうとは思う。
知ったら、気味悪がられるだろうけど、好きなんだ。
君を護る役目など、最初からなかったんだけど、それでも。
好きだ。
……愛してる。君しか、愛せない」
あたしは、思わず祭壇に隠れた。胸が、どきどきする。あたし? あたしの、コト?
震える身体を抱き締めた、期待してもいいだろうか。
あたしだよね? あたしのことだよね? だって、あたしと、トモハルの。
「アサギ」
! ……それは、とても長い時間で。トモハルの声で、名前が呼ばれた。あたしの名前は、マビル。
アサギという名は、双子の姉の名。
あぁ、そうだ。間違えちゃったね、あは、ははははは。あたしなわけ、ないんだ。
そうだ、薔薇が似合うのはあたしだけではない。
「君に、薔薇を。愛する君に、薔薇を。想いを籠めて、君に薔薇を。
赤い薔薇に情熱を籠めて。ピンクの薔薇に優しさを籠めて。黄色の薔薇に君のイメージでもあるから、素敵な魅力を籠めて。白い薔薇に素直な想いを籠めて。オレンジの薔薇に君に想いを伝える意志を、籠めて。
好きだよ、大好きだよ、愛しているよ。……どうか、幸せに。
呼べば必ず、助けに行くから、迎えに行くから。何処に居ても、必ず護ろう。愛する君が寂しい想いをしないで済むように、遠いけど近くに居よう。
俺を思い出したら、その時は。戻っておいで。愛する君に、俺の想いを。抱き締めて、口付けを」
勝てない。とても、敵わない。
あんな想いを抱くトモハルと、その相手のおねーちゃん。どう足掻いても、勝てるわけがない。
こんな、あたしが。勝てる、わけがない。
おねーちゃん、おねーちゃん。トモハル、いい奴よ? 付き合って、あげたら?
「好きだよ」
好きだよ。
「大好きだよ」
大好きだよ。
「愛しているよ」
…………。
生チョコ、苦い、な。喉、渇いたな。
何時間、こうしてた? 立ち上がって、布から顔を出したら祭壇に、薔薇の花束。
綺麗。とても、綺麗だ。
ぽたぽたと、花束にあたしの涙が零れて。
朝露の、薔薇。
あけましておめでとうございます、本年も宜しくお願い致します。




