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◆戻ってきてよ、トモハル。

 あぁ、そして、そんなこと言われたいらしいあたし、大嫌い。

 今日は夢に出てこないでね、夢の中までイライラしたくないから。

 何度かベッドから出て、お水を飲んだ。

 でも、眠れない。

 少し寝れた。

 でも、またすぐに目が覚めた。

 明日から、どうしよう。彼氏がいるなら、あんまりこの城にいないほうがいいよね。

 何処へ行こう。何を、しよう。

 急に、不安になってしまった。ううん、平気だ、一人でやれる。

 あたしは、気にせず生きるんだ。あんなののコトなんて、気にしないで。

 今日だって、直ぐに男の人達に声をかけられた。大丈夫、あたし可愛いからー。

 けっこんゆびわ、とやらを外して放り投げる。窓か壁に当たって、カン、って音がして転がって何処かへ指輪消えた。

 だって、要らないもーん。あたし、彼氏出来たんだからー。

 思い知らせてやらなきゃね、アイツに。

 あたしはこんな窮屈な場所で、飼い慣らされる為に産まれて来たわけじゃない。もとい、おねーちゃんに生き返らせてもらったわけではない。

 そうだよね、確かにあたしとイチバン親しいのはアンタだよね。

 あたし友達いないしね。おねーちゃん、いないままだしね。

 でもさ、だからって一緒に居る義理はないよね。

 ベッドの上で、寝返り。涼しそうな顔のアイツが、憎い。本当に、憎い。

 どうしてあたしばっかりが、苦しい思いをしなければいけないのか。

 そもそも、何故苦しいのか。別に、好きじゃないから。

 好きじゃないんだから、絶対。

 イライラする。眠れないあたしに、イライラする。イライラする原因のアイツを思い出したくないのに、思い出す。


 仕方ないのであたしは、翌日から頻繁にお城に戻らない日を作った。

 でも時折帰ると、部屋にプレゼントが置いてあった。毎回、戻るたびに何かが置いてある。

 こんなことするのは、アイツしかいない。中身は様々で、思わず失笑。

 物で、どうにかなると思っているその考え、どーにかしたらどうなんだろう。

 あたし、可愛いので。色んな人がこぞってあたしに押しかけた、あは、気分いい。

 貰った物を、わざとアイツに見せ付けた。アイツは、あの日以来急に干渉しなくなって、ホント、どうでもいいみたいで。

 肩の荷が下りた? あたしの子守しないで済むから、楽なのかもしれない。

 いつ見ても、メイド達と楽しそう。肩も抱いて何か話してる。

 あー、やだやだ。

 昔のあたしの小屋に、寝床を作ってそこに居た。寒いし、寂しいけど。

 だって、あたし。居場所ないもの。


 ホント、ろくな事が起こらない。

 というか、ホントは自分でも解っている。

 あたしがついた、嘘。彼氏なんていないのに、嘘ついた。後に引けなくなって、お城に居られない。昼間不在で夜戻ればいいのに、それが出来ない。

 戻れば、トモハルが居る。……楽しそうにしてる、トモハルがそこに居る。目で追っているつもりは全くないけど、視界に入る。

 そうすると、嫌な気分になるんだ。

 でも、見えないなら見えないで、何故か不安なのは。

 あたし、変なんだろう。きっと、一度死んで再生したから何か変になったんだろう。

 まぁ、昔から意地張りな自分だし。何も変わってないのかもしれない、ね。

 迎えに、来ない。捜しに、来ない。迎えに来てくれたら、戻ってあげる。捜しに来てくれたら、戻ってあげる。

 でも、トモハルは来てくれない。

 だから、トランシスが羨ましい。トランシスに好かれているおねーちゃんが、羨ましい。

 トランシスなら、きっと。あたしを捜しに来るだろう、嘘の彼氏を殺すために躍起になるだろう。それは、トランシスが間違った感覚でもおねーちゃんを愛しているからだよね。

 じゃあ、来ないトモハルは?

 ……やめた、考えるの。

 メンドイ。


 そうこうしてたら、ばれんたいんになった。今日は、美味しいものが食べられる。

 アイツは、キャンセルしたなんて言ってきていないし、きっと行けるだろう。

 朝癪だけど、部屋に戻って選んだドレスを着た。

 あたし、一緒に行きたいのだろうか? ううん、美味しいものが食べたいだけ。

 とりあえず。美容院にエステに、ネイルにマッサージ。……してもらおーっと。

 べ、別に浮かれているわけじゃない。ただ、お、美味しいものが。美味しいものが食べたいだけ!

 た、たしか始まりは十八時半ってなってた。十六時くらいまでに戻ればきっと、大丈夫だよね。

 べ、別に久し振りにトモハルとお出かけだから綺麗にするわけじゃないから。『わー、女の子とても可愛いですねー』って、出掛けた先で言われたいだけだ。トモハルなんて、あたしの引き立て役なんだからっ。

 えーっと、とりあえず。全部一箇所で出来ないかな。全身アロママッサージに、ハンドマッサージでエステ、ヘッドスパしてブローしてもらって、メイクでしょ、その間にネイル。うん、それだ!


 奈留に聞いて、良いお店を教えて貰って飛び込みでやってもらうことにー。この日に勝負をかけているのか、女の子達で賑わっている。

 ともかく、ばれんたいんが女の子から告白する日、というのは解った。

 で、なんでそんな日にディナーなんかあるんだろ?

 それで、来月の十四日がほわいとでーという、男が主体の日だというのも解った。

 三倍返しが普通なんだって、バレンタインの。や、あたしは別に何もあげないけどね。でも、なんか欲しいね。


「ピンクのハートのこのネイル、如何ですか?」

「わぁ、可愛い!」

「お客様のイメージにぴったりですし、お洋服にもお似合いかと」

「うん、これがいい!」

「有難う御座います」


 あたし、お姫様。お姫様になったら、王子様が迎えに来るんだって。

 元からあたし、可愛いけどー。もっともっと、可愛くして貰うんだ。

 トモハルがさ、びっくりしてさ、顔を赤らめて、ぎゅーって。

 ? ……ぎゅー、ぎゅー、ぎゅー。

 トモハルは、可愛いって思ってくれるだろうか。おねーちゃんより、可愛いって思ってくれる? 可愛いって思ってくれたら、そしたら。

 ちゃ、ちゃんと嘘ついたこと、話してあげる。

 や、それはあたしのプライドが許さないから、彼氏と別れたことにしてあげよう。

 そ、そしたら、今日はお城に戻って。手を繋いで眠る事を許してあげる。

 許して、あげる。だから、ちゃんと、トモハルは。それに応えなきゃいけないの。

 ……うん。


 お腹が空いたので、近くの可愛いカフェに入ってみた。

 ランチを注文して、一人で食べながら窓に映ったあたしを見てみる。外で男の子達があたしを見ていた、ので、気分良くて手を振ってみた。

 嬉しそうに手を振り返してくれた、あはっ、あたし、可愛いよね! 大丈夫だ、何処の誰よりあたしは可愛い。や、もとから可愛いけどさ。

 嬉しくて、あんまり観た事なかったけど雑誌を手にしてみる。文字、あんまり読めないけど平仮名とカタカナなら読めるし。

 えーっと。何々?

”意中の彼を振り向かせるために~バレンタイン大作戦~”

 ……あ、あたしには関係ないけど一応、読んでみようかな。えーっと。ふむふむ?

”これはNG! 異性に嫌われる態度ベスト5!”

 ……あ、あたしには関係ないけど、一応読んでみようかな。えーっと。ふむふむ、それで?

”私はこれで彼氏をゲット★ 必殺口説き文句”

 ……あ、あたしには、関係ないけど一応読んでみようかなっ。ふふふふふん。特に大した情報はないけど。

 ま、まぁ折角読んだし、頭の角は置いといてあげようかな。

 占いも、一応見ておこう。

『意中の彼がいる人は、嘘に注意! 強がりは駄目、素直になってね』

 ……それが出来たら世の中苦労しないってば、何この占い。

 雑誌が面白かったので、思わず四冊も読み漁ってしまった。バレンタイン一色な雑誌、感化されたんだね、あたしもね、うん。浮かれてないからね、勘違いしないでね。


「あれ?」


 お会計していたら、隣のケースに何か可愛いものを見つけた。思わず食い入るように見つめていたら、話しかけられた。


「当店限定で作った生チョコです。御客様が召し上がったホットチョコと同等のチョコで作ってあり、甘さ控え目で御好評を頂いております」


 小さな箱に、ハート型の生チョコが、二つ。大きいのと、小さいの。可愛くリボンをつけてくれるらしい。

 か、買って、みようかな。べ、別にトモハルにあげるわけじゃないからね! お土産、お土産!

 あたしの今日のおやつだ。ここのチョコ、美味しかったしねっ。それに、一生懸命説明してくれた店員さんにも悪いしね!

 最後の一個みたいだし、買ってあげるよ、マビルちゃんが。


「こ、これ、くだ、くださ、い」

「はい、有難う御座います」


 お店を出て、歩いた。バッグに、産まれて初めて買ったチョコ。トモハルに、あげるわけじゃないから。

 ま、まぁ、どうしてもって言うなら、二個あるからあげてもいいけどさっ。小さいほうのハートをね。おっきいのは、あたしが食べる。

 通り過ぎる人達の話に、耳を傾けてみた。

 手を繋いでいるカップルは、バレンタインでくっついた二人みたいで、テレながら歩いてる。早歩きしてるその人は、今から渡しに行くのかな。

 こうしてみると。この日って、物凄い日だと思った。なんだろ、オトメの原動力というかなんというか。

 うん。あたしは、こういうの、良いと思うよ。

 さ、さて。お城に、帰ろうかな。深呼吸する、頑張れあたし。「ただいま」そう言うだけだ、うん。


 てくてく、お城まで歩いた。お城の門を潜って、トモハルを捜しに城内をうろつけば。トモハルがいた、いたんだけどさ。


「も、もう少し待ってもらえないかな?」

「お急ぎ下さい、トモハル様」

「う、うん、そうなんだけど」


 何? 妙に慌しいな。ってうか、早く着替えたら、トモハル。ディナーは地球だよね? そんなマント着用してたら変だよ。

 あたしの姿を見つけたのか、トモハル、一目散でこっちへ来た。

 わ、わぁ。なんだか久し振りでドキドキする。ただ、様子が……。


「あ、あの、あのさ、トモハル」

「よかった、会えて! これ、なかなか渡せなくて。……楽しんでおいで」


 あたしを見つけた時、目を丸くした。可愛いって、思ってくれたのかな。

 でも。

 軽く微笑んであたしの手に握らされたもの、それは。


「何これ?」

「覚えてない、よね。これ、今日の十八時半からあるディナーのチケットなんだ。これがないと、入れないんだよ」


 お、覚えてるよ。だからここに戻ってきたの。早く行こうよ、覚えてるよ。


「渡そうか迷ったけど、お金払ってあるし……。バレンタインならあんまり彼氏もディナーなんて、予約しないだろうからさ。行く場所、あるのかもしれないけど、予約してないならこっちへ行っておいで。

 きっと、美味しいから」

「…………」


 混乱。目の前でトモハルはそっとあたしの手にそれを、握らせた。

 手の中で、紙ががさがさ、って。な、なにこ、れ。


「彼氏は地球の人だよね、バッグが地球のだったから。気をつけて、行ってくるんだよ。……って、はは、護ってくれるから、大丈夫か」


 吹き出して笑ったトモハルは、そのまま。

 踵を返して。

 あたしから、離れていくの。

 あたしは。どうしていいのか、わからなくて。


「と、トモハルは?」


 名前を、呼んだ。振り返ったトモハルは、左右にお城の人達。


「会議があるんだよ、大事な。

 マビルに行く人が居てよかった、無駄になるとこだったから。……じゃあ、楽しんでおいで」


 笑った、トモハルは。あたしから、遠く、遠くに。離れて行ったの。

 あたしは。

 一人、そこに取り残されて。

 横をメイド達が通り過ぎていって、トモハルにぴたり、と寄り添った。

 あたしは、後姿を眺めながら、手の中の紙を。そっと、開いたんだ。

 今日の、十八時半から。予約名、松下朋玄様。

 紙の、向こうに。トモハルの、笑顔が見えた。い、一緒に行けない。

 あたしは、誰と行けばいいの? トモハルは、あたしを置いて。何処かへ、行った。

 あ、あたしは、ご飯が食べたかったわけじゃなくて。

 ただ。トモハルと、トモハルと。どこ、どこかに、行きたくて。

 あたしは、それが、とても、楽しみで。きょう、一日、待っていた。

 ずっと、待っていた。多分、楽しみにして、浮かれてたの。

 行けると、思っていたの。トモハルは、一緒に、行かない。

 あたしに、彼氏と、行っておいで、って。

 あ、あたしに、彼氏なんて、いないの。ど、どうしたら、いいのかな。

 一緒に行く人、トモハルしか、いないのに。

 それに、トモハルは。……あたしが、誰と何処へ行き、何をしようと。笑って、送り出してくれて。

 あたしは。あたし。あたしなんて、どうでもいいんだ。

 部屋に、戻って。鏡に映るあたしを、見た。

 可愛いの一言もなく、いつものように笑ってトモハルは。

 ガンッ!

 バッグを、鏡にぶつけた。こ、こんな着飾ったって、意味がないじゃん。

 髪についていたピンを無理やり剥ぎ取った。

 涙が出ていたから強引に拭って、メイクが落ちた。

 ネイルが一個、剥がれて転がった。


「戻ってよ……」


 部屋のドアへ走って、叩きながら大声で叫んだ。


「戻ってきてよ、トモハル!」



お読み戴きありがとうございました、来年一月中に完結します。

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