◆あたしは輝かしい勇者様の出来損ないの妹です ★
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お城はとても居心地が悪いから、嫌。
街を散策するのは楽しいけれど、気を遣わせてしまっているようで、申し訳ない気持ちでいっぱいなってしまう。
そんなあたしは、ふらりとアイツに会いに行くことにした。
トランシス。
おねーちゃんが愛した、たった一人の男。
あたしもむかーし、欲しいと思った。
トビィに似て、顔がきれーだから。
ただ、性格は最低で最悪だ。
……おねーちゃんは、男の趣味が悪いのだと思う。
トビィを愛していたら、幸せになれただろうに。
よりによって、なぜあんな外道を愛してしまったのだろう。
確かに顔はいいけども、おねーちゃんが顔で選ぶとは思えないし。
一体、何に惹かれたんだろうか。
理解不能だ。
いや、本当に、謎。
おねーちゃんが消えてしまった後、トランシスは発狂した。
その前から精神は壊れていたけれど、拍車がかかって。
目を離すたびに自ら命を絶とうとしていたから、トビィが必死に止めたっけ。
でも、あたしは死んで当然だと思ったよ、好きにさせればいい。
どのみち、あの男はおねーちゃんがいないと生きていけないと思うから。
生かされることが苦痛なことだってある。
……いや、生かすことで拷問にかけているのかも。
目を離すとすぐ死ぬ他の超迷惑トランシスは、現在も天界城で監禁されている。
何故トランシスに会いに行こうと思ったのか、分からない。
でも、会ってみたかった。
会うためには神クレロに許可をとらねばならないので面倒だったけれど、頑張って手続きをする。
「おやマビル、珍しいね。……彼に面会するならば、護衛をつけよう」
「護衛? 監禁中でしょ? 平気だよ」
クレロがさらっと言うので、あたしは首を傾げて断った。
護衛なんて窮屈だし、収監されているのだから、あたしの身は安全だ。
険しい顔をしたクレロに背を向け、あたしはトランシスがいる場所へ向かう。
監禁場所は数年前から変わっていないので、迷わず辿り着いた。
そこは、牢獄という言葉が似つかわしくない幻想的な場所なのだ。
「ねぇ」
「…………」
大きな鳥籠にも見える檻の中で、ぼーっと宙を見ているトランシスに声をかけたけれど、反応はない。
紫銀色の髪が、キラキラと光っている。
久しぶりに見た瞬間、「可哀想だ」そう思った。
魂が抜けている感じ。
つまり、生きているけれど生きていないのかも。
トランシスにとって、おねーちゃんの存在は魂の一部だったのかもしれない。
「ねぇってば」
「…………」
反応はないけれど、折角出向いたので、聞きたかったことを呟く。
「以前から気になっていたの。トランシスもおねーちゃんを愛していたでしょう? それなのに、何故酷いことをしたの?」
この男がおねーちゃんにしたことを、あたしはほとんど知らない。
物凄まじいことだったので、トモハルもトビィも詳細を教えてくれなかったのだ。
ただ、身体的暴力だけでなく、ありとあらゆる手を使っておねーちゃんを苦しめ、挙句の果てに殺しかけたと聞いている。
昔のあたしも殺されかけたし、それは嫌というほど理解できる。
この男は虫の居所が悪いと癇癪を起し、目の前のものを破壊したくなるのだ。
そういう奴。
……あれ、誰かに似ている?
「ねぇ」
待っていたけれど、返事はない。
ただ、あたしは暇なので、期待せずに目の前のトランシスを見ていた。
目の前のトランシスは無表情で、純真無垢な赤ちゃんにも見える。
以前の毒気がない、というか。
こうしていると、見惚れるほど端正な顔立ちのままだ。
顔も身体もかなり痩せこけたけれど。
「なんだ、マビルか。……アサギは?」
不意に視線が交差して口を開いたから、ドキリと胸が弾んだ。
まるで眠りから醒めたみたいに、トランシスの瞳に光が宿る。
瞬間、総毛だった。
「い、いないよ」
何故だろう、あたしの声が震えている気がする。
足も、力が入らないような。
「……そっか。なぁ、トビィは?」
「知らない。忙しいみたいだから、飛びまわっていると思う」
「だろうな」
それだけ言って、トランシスは口を噤んだ。
僅かに正気を取り戻したのかな、普通に会話が成立して驚いた。
反応がないのならあたしの話をベラベラ喋ろうと思ったけれど、気分が削がれたので。
「じゃあね、もう会うこともないかもだけど……バイバイ」
一応挨拶をすると、知らず安堵の溜息がこぼれた。
なんだろう、緊張しているのかな。
「誰よりも深く愛している。だから、酷いことをした」
「は?」
流暢に喋り出したので、呆気にとられてトランシスを見る。
でも、意味が分からなくて眉を顰めた。
目が合うと、奴はクスリと嗤う。
「マビルには分からないかー」
煽るように言われ、腹が立つ。
「どういう意味? 愛しているのなら、大切にしたいと思うのが普通でしょ」
そうだ、おねーちゃんはいつもそうだった。
怪訝な声で反論すると、トランシスは薄ら笑いを浮かべ、ねっとりと唇を開く。
「なぁ。愛する人に一番されたくないことって、……なんだと思う?」
一番されたくないこと?
なんだろう、悪口とか暴力とか、酷いことじゃないの?
考えあぐねていると、再びトランシスが喋り出した。
「存在を忘れられること……だろ?」
存在を忘れられる? それは確かに悲しいけれど……。
素直に頷くことが出来ず、瞳が泳いでしまう。
「分からない? 簡単なことだ。甘い言葉を囁いたり優しくするのは、誰にでも出来る。だから、すぐに忘れてしまう。でもさ……酷いことをされた記憶は、絶対に忘れられない。だから、その心に深く刻み、恐怖を植え付け、事あるごとに思い出させる。オレはね、アサギを独り占めしたいんだ。怖がられても恐れられても嫌われてもいいから、傍に置いておきたい。深く愛しているから。分かる?」
トランシスは狂っているから、この男の言う『愛』も、狂っている。
ただ、愛を失いたくないという心の叫びはなんとなく分かる気がしたの。
「なぁ。マビルの好きな男って、誰?」
「い、いないよ、そんなの」
口の端にいやらしい笑みを浮かべ、全てを見透かすような瞳で問われたから、咄嗟にそう答えた。
「ふぅん? まぁいいや、その脆弱な頭で想像しろよ。もし、マビルの好きな男が、自分以外の誰かに優しくしてたら……嫌で嫉妬するだろ」
色々と失礼な奴。
でも、なんとなく理解できる。
あたし以外の女と仲良くしているトモハルを見るのは、とても嫌。
全身に怒りが満ちてしまうの、触らないでって言いたくなるの。
怒りを堪えるあたしが黙っていたら、トランシスは微かに嗤った。
「嫉妬しない奴は、相手のことをなんとも思っていない。無関心、つまり、好意を抱いていない」
遠い目をして告げるトランシスから、視線を逸らせなかった。
「それならさ、関心を抱いてもらうために、強烈に印象づけないと。毎日、いついかなる時でも思い出してもらえるように。眠っていても、恐怖で飛び起きるくらいに」
ん? 思い出してもらえるのは嬉しいけれど、恐怖は違くない? 嫌がられてるじゃん。
「だから、痛みを植えつける。首を絞め、死なない程度に剣を刺す。うまくいけば、激痛は唯一無二の快楽となるし。頭を踏みつけ腹部を蹴飛ばし、罵倒して存在を否定すれば……。あはは! いいね、あぁ楽しいなぁ。あの時は、楽しかったなぁ。興奮し、何度も絶頂を迎えたっけ、死ぬほどの愉悦に浸れたね」
まって、この男ヤバい。
理解出来ない、精神が錯乱している。
「あぁ、まいったなぁ。どうしてあの時、アサギを殺しておかなかったんだろ。いや、何をしても死ななかったんだよなー……。今からでも遅くないかなぁ。……で、マビル。
オレのアサギは、何処へ行った?」
途端に、トランシスの声色が変わった。
腹の奥底に響くドス黒い声を聞いた瞬間、喉の奥で悲鳴を上げる。
全身が怖れおののき、歯がガチガチと鳴った。
マズい、殺される。
トランシスは檻の中に入っている、それは分かるよ。
でも、本能で理解した。
コイツに檻というものは関係ない。
軽々腰を上げ立ち上がったトランシスは、あたしのほうへ向かってくる。
反射的に後方へ下がるけれど、足がもつれて上手く離れられない。
「答えろよ、マビル。オレのアサギは何処だ」
そんなの、あたしが知りたいくらいだよっ!
おねーちゃんは、あの日消えたでしょっ。
ガーベラと一緒に、トランシスも見ていたじゃんっ!
「し、知らないっ」
腑抜けだけれど、トランシスの能力はおねーちゃんとほぼ互角らしい。
これがもう一つの監禁理由で、何かの拍子に狂乱状態になってしまうから危険だと。
いや、もともと狂っているけどねっ! さらに危険な奴になるらしいっ。
これが恋焦がれた者の末路であるならば、恋心なんて存在してはいけないのではないかと思ってしまう。
それほどまでに、禁忌な感情。
「嘘だ。お前、知ってるだろ」
「し、知らないってばっ」
生きた心地もしない。
これはマズい、今は逃げよう。
このあたしですら、恐怖で硬直してしまうほどの殺気を放っている。
護衛が必要と言われた意味が、今分かった。
無様に転んでも、あたしは懸命に離れる。
もつれながら檻から遠ざかるあたしの背に、トランシスの嗤い声が降ってきた。
嗤い声は矢のように、あたしの身体を床に縫い留めて。
「可哀想なマビル、アサギの影に埋もれて。消えてもなおアサギの存在は強烈に眩く、これから先もお前は独りだ。お前の存在は軽くて薄くて、何をしてもアサギには勝てない」
……そうだけど、さ。
だから、どーした。
唇を噛み締め、這いつくばって逃げる。
おねーちゃんになりたいなんて、あたしは思っていない。
勇者だの、魔王だの、神だの、そんなの面倒だもの。
ただ。
「気づいているだろ? だからオレに会いに来たんだろ? オレとマビル、似てるんだよねー。構って欲しいのに、上手く感情を表せないから後悔する。いつかお前は、オレと同じことをするよ?」
うっさいなぁ!
トランシスみたく、なるもんかっ。
心外だ、似てるだなんて酷い侮辱っ。
あたしは馬鹿だけど、こんなに狂っていない。
「嫉妬して欲しいのに、してこないのは。……簡単なことだ、お前だってとっくに気づいてるだろ? 『トモハルがアサギを好きだから』、それだけ」
腕の力が抜ける。
耳から離れないトランシスの声が、あたしの身体の自由を奪った。
頭部を掴まれているように、ぎこちなく振り返ってしまう。
誰か助けて、怖い。
身体が言うことを聞かないの。
「知ってるだろ? トモハルがマビルの傍にいるのは『アサギに頼まれたから』だ。触れない、口づけない、放置状態。可哀想に、虚しいよなぁ? 触れられたいよな、口づけて欲しいよな、抱かれたいだろ? 分かる、オレにはその気持ちが痛いほど分かるよ。でもな、興味の対象外だから求めても無理だ。好きでも嫌いでもない、単純に、マビルはアサギの代わりなのだから」
諭すような声に導かれ、四つん這いのあたしはトランシスの檻へ近寄った。
そうしたら、トランシスは嬉しそうに優しく微笑んだ。
まるで、救いを求める者に手を差し伸べる神様みたい。
昔、その微笑を見たことがある。
……何処でだっけ?
「好きだったら、マビルのことを放っておかないだろ? 傍にいろ、って叱るだろ。少しくらい強引に迫るだろ。その指輪は偽りの証、本当の指輪はアサギの物。トモハルはマビルを通し、アサギを見ている。……いい子だから、ここからオレを出せよ。助けてやる」
吸い込まれそうなほど美しい瞳が、怪しく光った気がした。
ううん、そんなことより。
あたし、おねーちゃんの、代わり?
トモハルにとって、あたしはおねーちゃんの、代わり。
おねーちゃんの、かわ……。
「馬鹿かマビル、目を覚ませ」
ふらふらとトランシスの檻に手を伸ばした、その時だった。
子供みたいに目瞳を輝かせるトランシスは、そっと檻から指を出していて。
それに触れようとしたら、後ろから引き寄せられて……正気に戻ったの。
逞しい胸に抱きとめられ、知っている香りに気づき、その名を呼んだ。
「トビィ」
「護衛もつけずにマビルが向かったと、クレロから連絡があった。……案の定これだ。しっかりしろ、耳を貸すな。デズ、マビルを連れて行け」
耳元で聞こえた声は、トモハルではなくトビィだった。
見上げれば、険しい顔でトランシスを睨んでいる。
伝わる体温があったかくて、思わず足の力が抜けた。
よかった、あたしはまだ生きている。
緊張で強張っていた身体に、熱が戻ってきた。
目の前で微笑むトランシスは、尻尾を振る子犬みたく無邪気に手を伸ばしている。
「おかえり、トビィ。で、どう? オレのアサギは見つかった?」
「見つからない」
「ここから出せよ、一緒に探すよ」
「駄目だ、お前は狂っている」
「酷いなトビィ、オレは正常だ」
「残念だな、その状態は一般的に異常だ」
デズデモーナに抱きかかえられ、あたしはそんな二人を見守った。
トビィが大きく肩を落とし、踵を返す。
その後ろ、檻の中にいるトランシスは笑い転げていた。
その顔はどこまでも純粋な邪悪に満ちている。
……うっさい。
あたしは思わず耳を塞いだ。
あの笑い声、大嫌い。
声はいいのに、不愉快極まりない。
「デズ、トモハルに連絡しろ。迎えに来てもらう」
トランシスの監禁部屋を離れてから、トビィが軽い溜息と共にそんなことを言うから、カッとなったあたしは即座にデズデモーナを振り払った。
冗談じゃない。
「馬鹿にしないでっ! 子供じゃないっ」
「蒼褪め、足が震えているのに?」
「こ、これは武者震いっ。平気なのっ! あんな奴、叩きのめしてやる」
「そうか。だが無理はするな、……少し休んで行け」
肩を叩いて立ち去るトビィの後ろを、忠実なデズデモーナがついていく。
ゆっくり歩くその姿を睨んでいたら。
「マビル、常に警戒しろ。アサギに最も近いのは、お前だ」
妙に真剣な声でトビィが言うから、あたしは言葉を飲み込んだ。
『アサギに近い』
近い、か。
そっぽを向いて、トビィと反対方向に歩き出す。
独りで歩いていたら、トランシスの言葉が甦ってきて。
……駄目だ、身体が重いし、気持ちが悪い。
鼻を鳴らすと、お花の良い香りが漂ってきた。
あぁ、ここは中庭だ。
噴水に腰掛けて一休みしよう、眩暈がする。
「……アサギに、近い」
トビィの声とトランシスの声が、脳内でこだましている。
もし。
トモハルがあたしを好きなら。
嫉妬するのかな?
もし。
あたしがトモハルを好きなら。
嫉妬するのかな。
い、いやだ。
これじゃ、あたしがトモハルを好きみたいじゃん。
で、あっちは好きじゃないんだ。
『好きなんだ、最初に見たときから、好きなんだ』
……って。
昔、昔、あたしが一回死ぬ前に、トモハルはそう言ってくれた気が……するけれど。
好きだったのかもしれない、その時は。
でも、あたしは幾度か暴言を吐いてしまったから、それで。
……呆れてしまい、好きという感情があっという間に蒸発してしまったのかも。
ううん、それより前。
あたしがいなかった、空白の約三年間。
その、間に。
トモハルとおねーちゃんは、更に親密な仲になっていたのかもしれない。
だって、対の勇者様だもの。
似て非なる武器を所持する、勇者の要。
狂ったトランシスより、何処か抜けてて馬鹿でお人よしそうなトモハルのほうが誰が見てもいいに決まっている。
……いや、まてよ?
顔ならトビィやベルーガのほうが……いやいや、その他諸々、二人が上か。
でも、トビィは『兄』で、ベルーガは『先生』だもの。
おねーちゃんにとって、世間一般的に極上の男である二人は恋愛対象外。
それに引き換えトモハルは、友達だったのかな。
ただ、誰にでもアホみたいに優しいから、おねーちゃんのことも傍で支えていたんだろう。
友達から恋愛関発展する関係を、日本のドラマでよく観た。
つまり、よくあることなのだ。
そういえば、この指輪をくれた時もさ。
好きとか、そういう言葉をくれなかったしさ。
「あたし、知ってるよ」
トモハルのお城と無関係なあたしは、輝かしいおねーちゃんの妹であっても、住むことは出来なかったんだよね。
それで、トモハルは慌てた。
あたしを城に入れるために理由を考え、仕方なく『結婚』を思いついたのだろう。
そうすれば、お城であたしが暮らしても問題ないから。
おねーちゃんにあたしのことを任されたトモハルは、その責任感から大事に裕福に育てるつもりだったんだろうか。
そうだよね、お城にいれば安全だものね。
でも、さぁ。
そうじゃ、なくて。
噴水に手を差し入れた。
水が冷たくて、少しブルッてなったけど。
不意に。
「あ、あれ?」
水面に映ったあたしが。
……おねーちゃんに見えた。
「へ? えええええ?」
水中で漂っているようなおねーちゃんを掴もうと、全力で手を伸ばす。
『……、……。…………』
唇が動き、おねーちゃんが喋った。
でも、聞こえない、何を言ったの。
瞳を開いて見つめていたけれど、分からない。
あたしはそこで眠ってしまった。
そして、夢を見たの。
おねーちゃんと、トモハルと、あたし。
三人一緒。
それは、とても贅沢な夢だったかもしれない。
けれど。
……とても、哀しい夢だったの。
だって、トモハルはおねーちゃんを見ていたから。
お読みいただきありがとうございました!




