◇身勝手な願い事
離れ離れになってしまったけれど、マビルの様子を見るために、こっそり部屋を訪れた。
もしかしたら入れてもらえる、そんな愚かで淡い期待を持っていたこともある。
けれど、寂しくて泣いていないかが心配だった。
昔から、マビルは独りを恐れていたから。
ところが、マビルは部屋にいなかった。
帰ってこない。
何処にいるんだろう、何処へ行ってしまったんだろう。
心配で、何も手につかない。
暫くして、トビィから連絡があった。
『迷子の黒猫に居つかれた。迷惑だから引き取ってくれ』
黒猫?
クロロン?
いや、クロロンは今日も庭でチャチャと遊んでいたし、海を渡らないとトビィの家には辿り着けないから不可能だ。
『迷子の黒猫』というのは、マビルのことだった。
「遅い」
慌ててトビィの家へ向かうと、マビルが爆睡していた。
それも、ソファの上で。
重苦しい溜息を吐き俺を睨むクレシダ、しかめっ面で舌打ちを繰り返すオフィーリア、蹲って微動だしないデズデモーナ、そして、壁にもたれて項垂れているトビィ。
険悪なムードが漂っている。
何があったんだ。
「ごめん……っていうか、なんでここに?」
「知るか、本人に聞け」
大きく肩を竦めて告げるトビィに頭を下げ、眠っているマビルを背負った。
起きないから、相当疲れているらしい。
「お、お邪魔しました……」
「はなはだ迷惑です。次に来たら即刻追い返しますゆえ、監視してください」
珍しく気が立っているクレシダに冷たくあしらわれ、すごすごと城へ戻る。
背中に突き刺さる彼らの視線が痛い。
……マビルは何をしたんだ。
部屋に入りベッドに寝かせると、久し振りに手を握った。
「んー……」
身動ぎしたから、慌てて離したけれど。
それでも、再び握ったらマビルが微笑んだ気がしたから。
床に座り、子供の頃のように過ごす。
そっと、指で手を撫でた。
細くて長い綺麗な指は、以前と変わっていない。
離れがたくて、ずっと触れていた。
手から伝わる体温が強張っていた心を溶かし、幸せだ。
あぁ、でも。
小鳥のさえずり、窓から忍び込む朝陽。
タイムリミット、ここまでだ。
マビルが起きる前に、繋いだ手をそっと解いて個室へ向かう。
……おやすみ、マビル。
知られたら、また「嫌いだ」と罵られる。
けれど、俺はその日からマビルが眠っている頃を見計らって手を繋ぐために部屋へ戻った。
ベッドに入ると気づかれるから、毛布に包まって床に座り、手を握る。
気色悪いと自覚しているし、身勝手な自己満足だけれど、幸せだった。
これだけは譲れない。
「ふふふ」
心なしか、マビルも嬉しそうで。
時折、笑った。
そんなわけ、ないのに。
きっと、楽しい夢を見ているのだろう。
だから、俺にも少しだけ夢を見させて。
好きにならなくてもいい、傍にいてくれたら十分だ。
マビルの願いを、俺に叶えさせて。
もし、いつか。
マビルが俺を少しでも気にしてくれたら、それで十分だから。
だからどうか、俺の事を忘れないで。
とても、好きだよ。
言えないけれど、大好きだよ、愛しているよ。
死ぬまでマビルを愛しているよ。
死んでからも、マビルを愛しているよ。
幾度生まれ変っても、マビルだけを愛し続けるよ。
お読みいただきありがとうございました、次はマビルです。




