◇突然の出来事
深い溜息とともに、憂鬱な一日が始まる。
結局、先日の二人は解雇ではなく、謹慎処分とした。
というのも、彼らについて分かったことがあった。
国に有益な人たちだから……それは勿論だけれど、惜しくなったのではなく。
彼らの娘さんたちが、マビルのファンだそうで。
彼女たちから、俺に謝罪があったためだ。
父を許せないと泣きながら俺に話してくれた彼女たちに免じ、現在は自宅待機を命じている。
俺の知らないところで、マビルは自分の魅力と能力を示し、支持を得ていた。
城内にいる者たちに浸透していないのは悔しいが、城下町での人気は抜群らしい。
何気なく店内に入り、商品を手に取り、試し、購入し、感想を伝える。
マビルはずっと、そんなことを繰り返していた。
ただ、本人はそれを仕事と思っておらず、趣味の一環として出向いているようだ。
忖度なしの意見に救われた店は多々あるようだが、最近はマビルが店に足を運んでいるというだけで人気が出ているとか。
目立つ容姿をしているから、自然とマビルを目で追うらしい。
そして、何をしていたのか気になるから店に入り、同じ物を買い求める者も少なくないという。
「私の店は、マビル様のおかげで持ち直しました」
号泣して父の愚行を謝罪した女性は、城下町で服飾雑貨店を営んでいるそうだ。
嫁ぐことなく仕事に精を出す彼女を疎ましく思い、たまに顔を合わせると小言を言われ。
そんな父親に嫌気がさしていたものの、指摘された通り経営難に陥っていたらしい。
値が張る衣服はなかなか売れず困っていたが、ある時やってきたマビルがたいそう気に入って買い求めたことから、状況は一変した。
「『店内に入り手に取れば素敵な商品だと分かるけれど。店構えがイマイチだから客が入らない』……マビル様はそう仰って、幾つか案を出してくれたのです」
服屋と分かる看板を取り付け、閉めていたドアを定期的に開き、刺繍をしている様子を通行人に見せる。
商品は汚したくないので、衣装のデザイン画を外壁に飾り、興味を持ってもらうことにしたらしい。
日本の衣服を気に入っているマビルは彼女たちにファッション雑誌を見せ、似たようなデザインの衣服を作ってもらっていたようだ。
合点がいった。
最近マビルが来ている服は、地球っぽいデザインなのに布地に違和感があって。
何処で購入したのか不思議だったけれど、謎が解けたよ。
この世界では珍しいデザインに刺激され、次々と湧き出すイメージを商品化するのが楽しいと笑顔で話してくれた。
それは、『女性が着たい時に着られる服』。
普段着でも仕事着でもドレスでもなく、動きやすく、仕事にも着ることが出来て、友達と遊びに行く時にも使える万能衣装だという。
手作業なので制作に時間を要するが、最近は注文がたくさん入っているので嬉しい悲鳴を上げているとか。
つまり、プチ流行中らしい。
「経営が安定してきた時に『マビル様が助けてくださった』と……私が付け加えておけば、こんなことにはならなかったのに。忘恩の徒と蔑まれても仕方のないことでございます」
項垂れる彼女だが、真実を話したところで、難癖をつけた可能性がある。
何しろ、マビルのことを信用していなかった彼らだから。
「マビルと共にいてくれて、ありがとう」
俺がそう伝えると、彼女は嗚咽をもらした。
他にも桃を売っている店を救っただの、様々な報告が上がってきている。
マビルはこんなにも国の発展に尽くしていたのに、護れなくて不甲斐ない。
もっと、頑張ろう。
あの一件以来、マビルが会議に顔を出すことはなかった。
誘ったけれど、「忙しい」の一点張りで来てくれない。
余程恐ろしかったのだろう、だから、無理強いするつもりはない。
けれど、マビルは案を書き留めたノートを見せてくれた。
びっしり書かれたそれに驚嘆し、不安げなマビルを撫でる。
やはり、真面目な子だ。
結局、部屋で打ち合わせをし、マビルの意見を俺が会議で話している。
いつかこの場で、マビルが堂々と発言できる日を願って。
この場所に、不要な人間は一人もいない。
全員が、それを理解できますように。
……難しいけれど、ね。
朝、マビルと食事して。
昼食は別々だけれど、時折庭で会って。
夜、マビルと食事して。
就寝前に、二人で会話。
そんな日々の繰り返しが俺にはとても大事で特別で、手放したくない時間だった。
ずっと続くと思っているし、願っているし、信じているよ。
努力家のマビルに感謝の気持ちを伝えたいけれど、何が喜ぶだろう。
女性はサプライズが好きらしいけれど、どんなのがいいかな。
不謹慎だけれど、仕事の最中にぼんやり考えているものの、良い案が浮かばない。
現在、国発信の冊子計画が立ち上がっている。
城下町の店舗に配布し、国民はもちろん、旅行者も気軽に読める雑誌のようなものだ。
発案者はマビル。
内容は城下町の観光案内だけれど、女性客が喜ぶ特集をする案が出ている。
というのも、例の服飾雑貨店を目当てに来る人がちらほら出てきたからだ。
女性の口コミというものは、本当にすごいな!
とはいえ、肝心の俺は女性の好きなものにとても疎い。
なので、メイドさんに聞き込みを始めた。
「君、少しいいかな?」
「いかがされました、トモハル様」
休みの日に何をしているのか聞き、人気が出てきた城下町の店に出向き、こっそり調査をしている。
仮にも国王なのでバレないように旅人を装っているけれど、たまに気づかれるから逃げた。
マビルにも協力してもらおう。
二人で歩きまわれば、デートみたいで楽しいな。
俺は浮かれていた。
けれど、マビルは忙しそうだ。
城下町ではインフルエンサー扱いを受けているようだし、頼りにされているのだろう。
空いている時に、俺にもつき合って欲しい。
その日、夕飯時にマビルがいなかった。
先に食べて部屋へ戻ったと料理人からきいたので、俺は適当なまかない食を作ってもらい、一人で食べる。
入浴を終えて部屋へ向かうと、マビルはすでに眠っていた。
随分と早い就寝だから、風邪をひいたのか心配になって。
明日元気だったら、ゆっくり話をしようと思った。
起こさないように、静かに布団に入ろうとしたら。
「……一緒に寝るの?」
悲鳴を上げそうなほど、驚いた。
大きな瞳を開き、こちらを見ている。
起こしてしまったのか不安になったけれど、意識ははっきりしているようだ。
もしかして、起きていた?
「うん、いつも通り、一緒に」
そう答えると、豪速で枕が飛んできた。
あっぶな!
反射的に受け止めると、マビルの香りがした。
「来ないで。あたしは一緒に寝たくないの」
「え?」
起き上がったマビルは、俺の枕を手繰り寄せて投げてきた。
動揺していた俺は枕を受けとめ損ね、脇をすり抜けて床に落下した音を聞く。
今、『一緒に寝たくない』と言われた気がする。
聞き間違い?
「えっ、どうして? ほら、手を繋ごうよ。一緒に手を繋いで眠ると、安心できるだろ?」
焦ってしまい、不自然なほど早口になる。
隣で眠らない日も幾度かあったけれど、あんな悲しい思いは二度とごめんだ。
「ウザッ。もう子供じゃないから、そんなことしなくてもいーのっ! 出てって! ここから出て行ってよっ」
跳ね起きて、俺の目の前に来たマビルは、懸命に俺を押した。
ベッドから、いや、部屋から追い出そうと必死になっている。
待ってくれ、どうしたんだ。
一体、何があったんだ。
か弱いマビルの力では、俺は動かない。
そもそも、出ていきたくない。というか、俺出て行きたくないよ。出て行きたくないから、動かないよ
「マビル、落ち着いて。急にそんな」
「急じゃないっ、前から思ってた! あたしたち、もう子供じゃないっ。手なんか、手なんか、要らない!」
「ふ、二人だと暖かいし」
「あたしは寒くないっ!」
「で、でも」
「だから、さっきから言ってるでしょ、うざいの! 顔を見たくないの! 一緒に寝るなんて、絶対に嫌っ」
怒鳴りながら懸命に押してくる。
まずいぞ、これは……本気だ。
お読み戴きありがとうございました、次もトモハルです。




