◆結界は、消えてしまったの
ムーンライトノベルズで連載している 本編DESTINY 第一章~それぞれの路へ~ 最終話近辺の、ネタバレになります。
内容を知りたくない場合は、読むことをお勧めしません。
尚、第一章は年内完結予定となっております。
地鳴りがして、地面が呆気なく崩れてしまったような感じだった。
何が起こったのか分からず、悲鳴を上げる。
情けないけど、理解が追い付かなくて身体がガタガタと震えた。
「誰よ、あたしの邪魔をしたの! 折角気持ち良く寝てたのにっ」
日差しが心地よくてお昼寝をしていたあたしは、気分を害されて腹が立った。
寝ぼけ眼で見渡すと、上から降ってきた葉っぱがおふとんみたいになっている。
葉が落ちるほど、揺れたってこと?
唖然として一瞥すると、地面の様子がおかしい。
平らだったのに隆起していて、木々が斜めになったり倒れていたり、散々なことになっている。
「はぁ!?」
驚いて、声が出てしまった。
こんなの、見たことがない。
身体は揺すられたみたいに気持ちが悪いし、あたしは口元を押さえて空へ飛びあがった。
すぐに地面が生き物みたいに波打って、木の根っこが露出し、鳥たちが大慌てで何処かへ去っていく。
何が起きたのか、さっぱり分からない。
状況を把握するため、そのまま上空へ急ぐ。
すると、耳を劈くような轟音が響き渡った。
森の動物たちが、一斉に北へ向かっていく姿が見える。
動物だけじゃない、魔族たちもだ。
尋常ではない煙がそこかしらで上がって、眩いばかりの炎も見える。
今にも、この場所を飲み込んでしまいそうな。
ゾワゾワと背筋から寒気が広がって、息を飲む。
あれは、魔力の激しいぶつかり合いだ。
この魔界で、大規模な動乱が起こったらしい。
あたしは部外者なので、呆然とその光景を見ていたんだけど。
騒がしいことこの上ない、まだ眠いのに。
「誰よ、ド派手にこんなこと仕掛けたのは」
魔族が死んでも、動物たちが被害を被っても、あたしには関係ない。
でも。
「あーっ! ちょっと、なんてことしてくれんのよっ!」
森の中のあたしのおうちが、裂けた地面に吸い込まれていくさまが見えた。
お気に入りだった赤色の屋根が剥がれて、室内が丸見えになっている。
あたしのお洋服や宝石、保管しておいた美味しいワインが消えていく。
地面に空いた大きな口が、全てを飲み込んでしまった。
瞬時に、沸々と怒りが湧いてきた。
騒ぎに興味はないけれど、このあたしに喧嘩を売ったので許さない。
「ぶっ殺すっ!」
指と肩を鳴らして、土煙が上がっている方角を見つめた。
あそこは、魔王アレクの居城がある辺り。
……まさか、おねーちゃんが魔王になるためにこんなことをしているんだろうか?
だとしたら、そろそろおにーちゃんが駆けてくるだろうし。
何が起きたのか、誰か教えて欲しい。
歯痒くて舌打ちし、形を変えていく地面を見つめていた。
ふと、身体中を突き抜けるような衝撃を覚えて天を仰ぐ。
まるで、心臓に一本の矢が突き刺さったような、鋭利な痛みが走った。
そして、気づいた。
「……結界が」
森に張り巡らされていた、あたし専用の結界が薄くなっていることに。
一部が、消えかかっているのだ。
怖気が走り、両腕を抱き締める。
「誰かが……死んだ」
でなければ、結界は壊れない。
次から次へと襲い掛かる事態に、あたしの心は乱れている。
結界が消えてしまえば、あたしは自由の身。
だから、嬉しいはずなのに手放しで喜べない。
心臓が煩いほどバクバクして、足の爪先から血の気が引いていくようだった。
知るのが、怖い気がした。
それでも、焦りながら恐々と精神を集中させる。
そう、この時あたしはすでに予感していたのだ。
だから、知りたくなかったのだ。
死んだのは。
「おにーちゃんだ……」
頭を岩で殴られたような激痛に、意識が飛ぶ。
おにーちゃんの気配が、何処にも感じられない。
つまり、死んでしまったんだ。
だから、非常事態だというのに姿を現さないのだ。
「え?」
事実を受け止めるのに混乱し、あたしは浮いたままぼんやり周囲を眺めていた。
そこまで仲が良いわけではない、けれど、嫌いではなかった。
口煩いし、おせっかいだし、すぐに怒るし、あたしの魅力に気づかないし。
けれど、嫌いではなかったのっ!
顔も、声も、嫌いではなかったの……。
突然、身体が震え出す。
おにーちゃんの死、それは現実だ。
放心状態でいたら、森がざわめいた。
一瞬ガクンと身体が下がって、内臓が口から飛び出そうになる。
結界がまた、薄くなった。
今度は……一体、誰?
あたしは、慌てて再び魔力で探ることにした。
ただ、指先が氷のように冷たくて、上手く集中出来ない。
「え、ええ?」
次いで消えたのは、魔王アレクだった。
現魔王が死ねば、魔界は混沌に陥る。
そうすると、出てくるのはおねーちゃんだろうか。
予言が今、真実になる。
おねーちゃんは新たな魔王に、そしてあたしはその影武者に。
足掻いたところで、無駄なことだった。
この馬鹿げた予言は覆せない。
ぼんやりと、そんなことを考える。
嫌だなぁ、楽しいことをして生きていきたいなぁ。
あたしをマビルとして見て、一緒に過ごしてくれる人が欲しいなぁ。
「…………」
でも、待って。
魔王アレクとおにーちゃんが死に、この結界はすでに意味を成さない。
あたしが全力でぶつかれば、この程度なら内側から破壊できる気がする。
そう考えたら、悲観することもない。
あたしは、あたしだ。
おにーちゃんが、そして魔王が死のうが関係ない。
今こそ、あたしが動く時。
もう、ここに留まっている理由はないのだから。
あたしの存在を知る人物は、弟のトーマだけ。
トーマは人間界へ遊びに行ってるから、ここには当分戻ってこないだろう。
戻って来たところで、結界の中に居ろと言うような子じゃない。
つまり、あたしは自由!
トーマが死ぬことはないだろう、飄々として雲を掴むように動く子だ。
人間界にいれば、いつか何処かで再会出来るかもしれない。
そうだ、名案が浮かんだ!
あたしだって、色んな場所を旅してまわりたい。
だから、よく分かんないけど人間界へ行ってみよう。
予言なんてクソくらえ!
嬉々として、思い切り上昇する。
今まではこの辺りが限界だったなぁ、と怖々腕を伸ばした。
結界の壁に阻まれて、これ以上高く飛べなかった。
けれど、さわさわと指を動かして見えない壁を探しても、ない。
壁は、ない!
消えているっ!
興奮し、身体が火照ってきた。
無我夢中で、空を飛ぶ。
グングン飛行し、阻まれなかった現実に歓声を上げた。
行けた! あたし、出られた!
嬉しいっ、楽しいっ!
あはっ、自由だ!
「ねぇねぇ、おねーちゃん。助けてもらわなくても、あたしは一人で出られたよ? ……嘘つき」
何が『そこから出してあげる』だ、馬鹿らしい。
あたしは、自分で何でも出来る。
可愛いくてお利巧さんで、最強なのであるー。
くるりくるり、空中で回転した。
あぁ風が気持ち良い!
魔界イヴァンというのは、こんな場所だったんだ、知らなかった!
あそこにお城らしきものがある。
……燃え盛っているし、崩壊しているけど。
あんな場所で魔王として君臨するおねーちゃんは、申し訳ないけれど馬鹿だと思う。
復興に時間がかかるじゃんね、阿保らしい。
あたしは、ここから去る。
絶対に関わらないっ。
爆ぜている城に背を向ければ、青い水が広がっている光景が見えた。
「あれが、海! そしてあれが、港町!」
魔界イヴァンは南半球に位置する島で、海路で人間界へ行くにはあの港から船で出立するしかないと、以前おにーちゃんが教えてくれた。
つまり、あそこへ行けば晴れて自由の身。
ただ、港は喧騒に包まれているように見える。
魔界から脱出しようとしている魔族が押し寄せているみたい。
他に行く宛もないので、行くしかないけれど。
まぁ、マビルちゃんは可愛いから、地面に降り立てば崇めたててもらえるだろうし、気にしなくていっか。
不意に、妙な気配を感じた。
全身がビリビリ痺れて、喉が詰まる。
なんだろう。