◆あたしを見て。
「マビル、誕生日に旅行に行こう! ほら、このホテルに宿泊するよ」
「か、勝手に決めるなーっ。今、あっちの世界は寒いじゃんっ」
あたしの誕生日はおねーちゃんと同じ、一月十一日。
地球でいう十二月に入ったら、トモハルが笑顔でそんなことを言ってきた。
嬉しいけれど照れくさかったから、逃げた。
差し出されたパンフをチラッと盗み見たけれど、とても素敵な高級ホテルだった。
建物はかなり大きいし、今は寒くて入れないけれどお庭にプールもあったし、お食事も美味しそうだったし、お部屋も素敵だったし、スパもあるって書いてあった。
ほ、ほーぅ。
マビルちゃんの好みを把握していて、偉い!
仕方がない、行ってあげるよ。
ウキウキ気分で逃げたあたしは、部屋に戻ると一冊の雑誌を手にとった。
先日地球へクロロンとチャチャのご飯を買いに行った時に、立ち寄った書店で見つけたもの。
表紙の写真が気になって、つい購入してしまった。
「トモハル、あたし、行きたいとこあるの! もうすぐ終わるから行きたい、今日行きたいっ」
トモハルのもとへ戻ったあたしは、雑誌を見せた。
あたしが行きたい場所は、期間限定のイベントで。
雑誌を広げて必死に指すけれど、トモハルは困った顔をしている。
えっ、あたしが行きたいって言っているのに、どうして首を横に振っているの?
「今日は無理だよ……。外せない会議がある」
「えー! 休んでよ、終わっちゃうよっ。面白そうなの、これ、行きたいのっ」
「次の休みまで待てないかな? どうにか調整するから……」
「終わっちゃうって言ってるじゃんっ! ……もぉいいっ! 他の人と行くっ」
昔は、あたしの願いをなんでも叶えてくれたのに。
最近は仕事仕事仕事仕事で、あたしのことは放置。
……あたしは、トモハルとここに行きたいの。
他の人と行く、なんて捨て台詞を吐いたけれど。
駄目なのだ。
このイベントは。
「……恋人・夫婦専用って書いてある」
クロロンとチャチャを連れ出し、庭の椅子に座って雑誌を眺めた。
これは、遊園地で毎年開催されているイベントで、客足が遠のく冬限定のものらしい。
冬といっても期間は短くて、赤色の服を着た人で街が溢れるクリスマス前後だけ。
「あたしはトモハルとしか参加出来ない」
他の人では駄目なのだ。
参加条件に当てはまる男は、トモハルしかいない。
そもそも、一緒に参加したい相手はトモハルだけ。
……だから、トモハルが行けないのであれば、あたしは行かない。
あぁ、どうお願いしたらいいのかな。
「これね、夫婦で参加するイベントなのー。だから、あたしと一緒に行こっ。きゅるるるるるんっ」
おねーちゃんを真似して練習をしたけれど、駄目だ。
なんか違うし、キモい。
あぁ、どうしたらいいの。
あたしを、解って
あたしを、見て。
ずっと一緒にいたでしょ、あたしの性格を解っているでしょ?
離れていかないでよ。
もっと遊んで。
もっと構って。
隣にいて。
……よし、もう一度、きちんと『ここへ行きたい』って言おうっ。
クロロンとチャチャを部屋に戻してから、雑誌を片手にトモハルを探す。
何処にいるのかな、執務室かな?
「もー、トモハル様ったらっ!」
……いた。
正面玄関、入って直ぐの広い廊下の中心に。
フリフリ衣装の女どもに囲まれて、デレデレと鼻の下を伸ばしながら、大馬鹿野郎が立っている。
あたしの全身から、奮い立たせた意気込みが一斉に消失した。
あぁ、だめ。
なんだか馬鹿らしく思えてきた。
雑誌を持つ手に力が入り、今にも破り捨ててしまいそう。
あたしはか弱いので、雑誌を破る力はないけれど。
そんな、感じ。
「マビル! よかった、話が」
ニヘラニヘラと笑いながらこちらへ走ってきたけれど、なんなの。
何故、女どもに触れられていたの。
どうして嫌がらないの。
あたし以外の女に気安く肌を許さないでよ。
イライラする。
ムカムカする。
だから、目の前から消えて。
一緒に過ごしたいと願ったあたしが、とてもみじめ。
「マビル、行きたいところがあるんだろ? 明日休みを」
「もういい、行かない。楽しめない気がしたから」
「えっ、そうなの? それなら、他の場所に行こうよ、明日」
「トモハルとなんて、行きたくないっ! あたしは何処にも行かないっ」
トモハルを睨みつけたあたしは、床を破壊する勢いで歩いた。
硬直している女たちの脇をすり抜け部屋に戻ると、今度こそ雑誌を破り捨てる。
「にー……」
怯えた声に、手が止まった。
ごめんね、クロロンとチャチャ。
あたしが怖いよね。
でもね、今は許して。
あたし、怒りで身体がはじけ飛びそうなの。
「こんなもの、こんなもの、こんなものっ」
一生懸命、破った。
粉々に破って、『恋人』や『夫婦』の言葉が視界に入らないようにするんだ。
『試練を乗り越えゴールへ辿り着いたお二人には、ハート型の絵馬をプレゼント! 再度愛を誓い、愛の神社へ奉納してください。また、ゴール横のカフェで使える無料ドリンク券もついています。蕩けるような時間をお過ごしください』
……あぁ、楽しそう。
破っていた手が止まり、再度雑誌に目を落とす。
寒い中、遊園地を駆けまわってスタンプを集めるだけのイベントだけれど、きっと、楽しい。
だって、恋人か夫婦と認められた二人だけが参加できるのだから。
大きな水滴が雑誌に零れた。
あぁどうしよう、止まらない。
ボタボタボタボタ、雨のように落ちてくる。
……キライだ。
気持ち悪いんだ。
この感情が何かわかんないんだ。
ずっと胸が痛い、痛いよ。
「う、ぅっ。うー、うーっ」
行きたいけれど、絶対に行かないっ。
トモハルなんて、大嫌い。
デレデレしちゃってさ、醜いったら。
阿保、馬鹿、間抜け!
ベッドに寝転び、枕に突っ伏す。
「行きたかった、な」
床には、雑誌の残骸。
あんな男のことで泣きたくないのに、自分は馬鹿だと思うのに。
ずっと、泣いていた。
千歩譲って、お出かけ出来なくてもいいから。
だからお願い、他の女と仲良くしないで。




