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◇誕生日にいさせてくれてありがとう

 今日は日本の一月十一日で、マビルの誕生日。

 彼女は十九歳になった。

 盛大な誕生日パーティーを開き、届けられた多くの品物に囲まれて、とても嬉しそうだった。

 子供の頃に約束した通り、この日は地球に戻ってマビルと旅行を楽しむ。

 これは、数ヶ月前から計画していた。

 日本の一月は寒いから嫌だと唇を尖らせ、不機嫌だったけれど。ロイヤルスイートルームを予約したと伝えると葛藤し、渋々ついてきてくれた。

 こういう時くらいしか金を使えないので、贅沢をする。

 たくさん買い物をして、美味しいものを食べて。

 超絶美少女のマビルは何処へ行っても目立っていた。アサギと違って見られることが好きだから、多くの視線を浴びて嬉しいのかも。

 出掛ける前より機嫌は良く、俺の隣で薄く微笑んでいた。

 見てまわりたい場所は多々あったけれど、雪が降ってきたから慌てて車に乗り込み、ホテルへ向かう。

 誕生日記念プランを申し込んだから、到着が楽しみだ。


 外観からして高級感の漂うホテルに、マビルは嬉しそうだった。

 雪の中でもホテルを見上げ、陶酔している。

 よかった、一刻も早く部屋も見て欲しい!

 案内された部屋は最上階。

 部屋はピンクゴールドのバルーンで装飾されており、ベッドの上にはバラの花束とメッセージカードが添えてある。

 ここを選んでよかった、男の俺から見ても素敵だと思う。


「わぁ、可愛い!」


 感嘆するマビルに、顔が緩む。

 ディナーの後は、誕生日ケーキが部屋に届くよ。

 子供の頃にやりたかった夢を叶えることが出来たから、嬉しいなぁ。

 俺は大人になれただろうか。

 マビルが望むスマートでラグジュアリーな男に少しは近づけているといいけれど。


 浮かれていたから、予定以上に連れまわしてしまった。

 疲れただろうから早目に寝かせたい。

 ベッドはツインだ。今日は手を繋いで眠れないけれど、仕方がない。

 一緒に旅行できたから、それくらいは我慢しよう。


「マビル、おやすみ。明日はこの水族館に行く予定だよ」

「うん、わかった。おやすみ」


 水族館のパンフレットを見せてから、俺は隣のベッドに横たわった。

 マビルは早々に眠っている。高級ベッドだから、寝心地が良いのだろう。

 先程、外を見たら吹雪いていた。

 ……明日、大丈夫かな。

 積もると困る。一応スタッドレスタイヤだけれど、俺の車はFRだから雪道に弱い。

 とはいえ、心配したところで天候が変わることはない。

 俺も寝よう。

 マビルの寝息を聞きながら、誕生日を一緒に過ごせたのだから、少なくとも他人ではないと自惚れる。

 嬉しいな。

 嬉しいけれど、すさまじく眠い。

 運転が久しぶりで疲れたこともあり、俺はすぐに深い眠りに落ちていった。


 ん?

 目が覚めたら、俺の真横でマビルが寝ていた。

 妙に暖かいなと思ったら、手も繋いでいる。

 ……なぜ。

 寝ぼけているのかな、確かに別々のベッドで寝たはずだ。

 何が何やら意味不明、跳ね起きた俺は位置を確認する。

 ここは間違いなく昨夜のホテル、夢ではない。

 マビルは窓側で寝たはずだが、そのベッドは空。

 つまり、俺が寝ていたベッドにマビルが入ってきたということ?

 ……トイレに起きて、間違えたのかな。

 身体が大きく震え、室内が寒いことに気づく。

 思い出した、乾燥でマビルが喉を痛めるといけないから、エアコンを三時間設定にしておいたからだ。


「さむっ」


 寒さと衝撃で完全に目が覚めてしまった。

 加湿器とエアコンをつけてから、俺が飛び起きたせいでずれている掛け布団を直すべくマビルに近寄る。


「ん?」


 マビルは全裸で眠っていた。

 間違いない、全身は見ていないけれど、何も身に着けていない。

 どういうこと?

 動揺し、首がもげそうなほどの勢いで窓際のベッドに目を移した。

 暗くてよく見えないけれど……ベッド付近の床に、ローブや下着が散乱しているような気がする。

 つまり、寝ぼけて脱いだのだろうか。

 暑くて? 下着も?

 どういうこと?

 ……深呼吸を繰り返し、頬を叩く。

 俺はマビルに布団をかぶせ、窓際のベッドに移動した。


「へっくし」


 小さなくしゃみが出た。

 妙に寒いな……と思ったら、自分も全裸なことに気づいた。

 どういうこと?

 唖然としマビルを見ると、近くの床に俺が着ていたローブと下着が無造作に落ちている。


「は?」


 えっ、俺も寝ぼけて脱いだのか?

 そんな癖はなかったはず……。

 誰か説明して欲しい。

 これは一体どういうことだ。

 何があったんだ。

 駄目だ、混乱している。


「ぅーん」


 マビルが寝返りを打ち、こちらに背を向ける。

 今だ!

 ……何が『今』か分からないが、俺は必死の形相で腕を伸ばし、床に落ちている俺の下着とローブを引き寄せた。

 大急ぎで着用し、布団にもぐりこむ。

 あぁ、下着もローブも布団も冷えている。

 さむっ。

 ヘッドボードに飾られている時計を見ると、四時を過ぎたところだった。

 起きているには早すぎるので、どうにかして眠ることにする。

 朝食は八時に食べに行くから、三時間は余裕で眠れる。

 寝ろ、寝るんだ俺。

 温もりが消えたローブに包まれながら、思い出した。

 先程まで、全裸でマビルと眠っていたことを。

 煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散。仏説摩訶般若波羅蜜多心経。観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄。舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利……。


 般若心経を唱えていたら、眠れた。

 凄いな、今後も不眠時に試してみよう。

 七時にアラームが鳴り響いたので、欠伸をして止める。


「ん?」


 妙に温かいので横を見たら、マビルがいた。

 は?

 夢なのか、それとも寝ぼけているのか。

 どういうこと?

 狼狽しつつもベッドから這い出した俺は、シャワーを浴びようと歩き出し、くしゃみをする。


「へっくし」


 寒いと思ったら、また全裸だよ!

 妙だな、四時に冷たい下着とローブを着用したはずだ。

 寒くてエアコンをつけたけれど、上質な羽毛布団だったから暑くて脱いだのだろうか。

 自分の寝相はいいはずだ、そう自負している。

 ただ、マビルの寝相はすこぶる悪い。昔は蹴られ殴られ、壁に叩きつけられ、引っかかれ、散々な思いをしたなぁ。

 けれど、全裸になることは一度もなかった。

 混乱してきたので、水を飲んで一息する。

 寒いけれど、このほうが頭が冴えそうだ。


「ねぇ」


 思案していると、マビルの声がした。

 軽く振り返ると、ベッドの上で上体を起こしている。

 わぁ、案の定何も着てない!

 全裸だ!

 懸命に視線を逸らしたものの、不機嫌そうなマビルの顔が気になった。

 かなり怒っているような。

 ……当たり前か。起きたら全裸だったんだ、普通の人は脱がされたと思い激怒するだろう。

 でも、俺は無実だ。

 

「ねぇ、朝の挨拶は?」

「お、おはよう?」


 怒気が含まれる声に怯えつつ、頭を下げる。


「あのさ、他に言うことはないの?」

「……ご、ごめん」


 何故謝っているのか、意味不明。

 沈黙、気まずい、空気が薄い、呼吸困難、窒息しそう。


「あのさ」


 言いかけたマビルを振り切り、俺は浴室へ逃亡した。

 頭を冷やそう。

 身体は冷えているのに、脳は沸騰している。

 熱めの湯を頭から被り、深い呼吸を繰り返した。

 落ち着け。

 今日も一日中マビルと一緒だ、気まずいままの旅行は嫌だ。

 シャワーを浴びて恐る恐る浴室を出ると、マビルはすでに支度を終えていた。

 可愛い服だな、似合っている。

 どんな服を着ても似合うけれど、格段に可愛い。

 胸元に大きなリボンのついているキャミソールは、ふわふわで暖かそうだ。羽織っているグレーのカーディガンも品が良い。何より美脚を強調しているショートパンツが、とても健康的で可愛いなぁ。

 可愛いなぁ、本当に可愛いなぁ。

 って俺、シツコイね。

 けれど、そんな可愛いマビルは……。

 テレビを見ていた。

 その横顔は、なんだか悲しそうで。

 朝から気分を害したら、そうなるよな。


「ご飯、食べに行こうか」


 精一杯の明るい声を出した、掠れていたけれど。


「うん」

「雪は止んだから、大丈夫だよ」

「うん」

「……その、何もしてないからね、大丈夫だからね、安心するんだよ」

「は?」

「いや、その、なんだ、きっと、何もしてないから。うん」

「……あたし、寝ぼけたの」

「うん、そうだろうね」

「別に、アンタと寝たくてそっちのベッドに進入したわけじゃないんだからねっ」

「うん、知ってるよ」

「……きーっ!」


 突然、クッションを投げつけられた。

 反射的に受け取ったら、顔を真っ赤にしたマビルが立っていて。

 何か言おうと口をぱくぱくさせていたから。


「だ、大丈夫だよ。弁解しなくても、マビルは寝ぼけてたんだ。俺、勘違いしたりしないから、念を押さなくても大丈夫だよ。ごめんね、暑かったり寒かったりしたから、無意識で体温調整をしたのかもね。配慮出来なくて申し訳ない」


 もしかしたら、マビルは。

 寒かったから、寂しかったから、俺のベッドに来たのかもしれないけれど。

 そう思われるのが嫌なんだろう、調子に乗る俺が迷惑だから……そう考えた。

 すると、マビルは力なく肩を落とし、またテレビを見始める。


「お腹空いた」

「うん、そうだね。待ってて、今着替えるから。ここのホテル、朝食も美味しいと有名だから、きっとマビルも気に入るよ」

「……うん」


 すこぶるマビルの元気がない。

 そんなに空腹なんだろうか。

 俯いてテレビを見ているけれど、多分見ていない。


 その日のマビルは、始終元気がなかった。

 寝ぼけていたとはいえ、好きでもない男のベッドに入り込んでしまったという事実を許せないのだろう。

 水族館で大きなイルカのぬいぐるみと、真珠のピアスを買った。

 マビルは笑って受け取ってくれたけれど、やはり元気がない。

 元気づけようとして、昼食も高級店のコースを選んだ。

 次々と出てくる魚介類に舌鼓を打ちながら、マビルの様子を窺う。

 けれど、怖いくらいに静かだ。


「美味しい?」


 不安になって訊ねると、「美味しい」と答えるけれど。

 どうにも声に張りがない。

 困ったな、どうしよう。

 そんな調子のまま、帰宅することになってしまった。

 マビルの誕生日はこれで終了だ。


「た、楽しかったよ、ありがと……」


 萎れた声で、マビルはお礼を言ってくれた。

 楽しかった、か。

 本当かな、自信がない。

 でも、嬉しかった。

 気を使わせてしまったかもしれないけど、その言葉は救われる。


「…………」


 マビルが何か呟いた。


「ごめん、聞こえなかった。何?」

「眠いから寝る」

「うん、寝てて」


 助手席で静かに眠っているマビルを一瞥し、運転に集中する。

 起こさないよう、安全運転で行こう。

 疲れたよね、おやすみ、ゆっくりしていてね。

 マビルの誕生日にいさせてくれてありがとう。

 大好きだよ。

お読み戴きありがとうございました。

ムーンライトになりますが、この話のR指定バージョンがあります。

18歳以上で気になった方は、お手数ですがムーンライト”裏DESTINY”へお越しくださいませ。

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