◆「助けて」なんて言うもんか
挿絵は七夜くろ様です。
著作権は七夜様に帰属します。
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寝転がって、お空を見つめた。
青い空の中を泳ぐように、黒い竜と緑の竜が優雅に飛行している。
名前はデズデモーナとクレシダ……だった気がする。
あたしは記憶力がいいので、おにーちゃんから教えてもらったことは大体記憶してしまうけれど。
名前を覚えたって、いいことなんか何もない。
「い」
ズキリと全身が脈打って、身体がもげそうな痛みが走る。
痛い、痛い。
間抜けだ、まさか自分の魔法で痛手を負うなんて。
容赦なく跳ね返ってきた、最悪。
痛い、痛いよ。
目に見えない結界が、あたしの存在をことごとく消そうとしてくる。
忌々しい。
腹が立つけど、それより早く治療しないと。
美しいあたしの肌に、傷が残ったら大変だ。
腕を動かすと痛い、でも、自分で治すしかない。
ここには、他に誰もいないから。
一緒にいたオモチャは、跳ね返った魔法を喰らって吹き飛んでしまった。
役立たずだ。
「いたい、いた、い」
震える手で、治癒の魔法を降り注ぐ。
ほんわりとした温かい光に包まれ、安堵した。
でも。
痛い、痛いってば。
あたしは知らず出てきた涙を腕で拭いながら、唇をぎゅぅっと噛み締める。
深呼吸をして、震える脚で一生懸命立ち上がると、よろよろと脚をもつれさせながら、おねーちゃん見に行った。
もし傷を負ったのがおねーちゃんなら、誰かが魔法をかけて助けてくれるんだろうな。
考え出したら、涙が止まらなくなった。
あたしはいつも、ひとりぼっち。
おねーちゃんたちは食事を終えて、なんか……丸いもので遊んでた。
みんなで輪になって、頭部くらいの大きさの球体を、投げたり受け止めたりしている。
何あれ、楽しいの?
あたしは首を傾げて、初めて見るその光景を眺めた。
何をやっているんだろう、あんなの知らない。
みんな笑顔で丸いのを追いかけて、ぽーんと高く上がったそれに歓声をあげている。
理解出来ない遊びだけど、でも。
「……楽しそう」
あたしは、あんな風に数人で飛び跳ねて遊んだ事がない。
隣の人と手を叩いて喜んだり、失敗しても励ましあったりしたことはない。
だって、ここには壊れるオモチャしかないんだもん。
あんなこと、出来るわけないじゃないか。
おねーちゃんは、色々出来るんだ。
あたしに出来ないことが、出来てしまうんだ。
毎日楽しくて幸せで、誰かに護られて撫でられて、生きていけるんだ。
あたしに似てるのに、全く似ていないモノ。
悔しい。
非常に虚しい。
どうして、あたしはここにいるの。
どうして、あたしはあそこへいけないの。
そんなの決まってる。
あそこに、おねーちゃんが居るからじゃないか!
おねーちゃんのせいで、あたしはここに閉じ込められているんじゃないかっ。
おねーちゃんの存在が、あたしを苦しめる。
消えろ。
死んでしまえ。
あたしを、ここから、出して。
出してよ!
苛々する、身体中の体液が沸騰してるみたいで、むしゃくしゃする。
産まれながらに特別な才能を持った者は、幸福に満ち足りた生活を送れるなんて、冗談じゃない!
気がついたら拳を強く握り締めていた。
自慢の輝く爪が掌に刺さって、激痛が走る。
あぁ、駄目だ。
自分で自分を傷つけるなんて、愚者の極みだ。
冷静にならないと、痛いのは嫌だから。
けれど、けれどね。
声がしたの、声がするの。
――ほらごらん、あれのせいで、“また”君は一人ぼっちだ。
そんな声が聞こえるの。
また?
あたしは頭を横に振って、目の前の見えない結界の壁に拳を叩きつけた。
嫌よ、一人ぼっちは惨めだから嫌なのっ。
「あ、ごめんだぐー」
「大丈夫ですよ、とってきます」
結界を殴りつけていたら、丸いのがこちらへ飛んで来た。
結界の手前にある小さな木に当たって、地面で転がっている。
おねーちゃんが、笑顔で息を切らせてこちらへ向ってきた。
「……!」
凝視しているあたしの足元で若干揺れているそれを、拾い上げる。
反射的に、結界を叩いた。
代わって、いや、せめて気づいて欲しくてバンバンと叩いたの。
手が痛くなるほど叩いているのに、音すら鳴らない結界だもの。
誰も気づかない。
「ねぇっ! あたしを見てよっ!」
間抜けなほどのか細い声は、親に捨てられた小鳥のよう。
生を否定され、死を待つだけの悲しい存在。
けれど、立ち上がったおねーちゃんは、不意にあたしを見た。
あれ……眼が合った?
偶然だけど、眼が合ってる!
じぃ、と何かを探るように、こちらを見ている。
あたしは振り返って後方を見たけど、特に何もない。
何をまじまじと見てるんだ、変な女。
それにしても。
……あぁ、近くで見てもあたしのほうがどうしたって可愛い。
だから、鼻で嗤ってやった。
「…………」
蔑んで睨みつけているのに、目の前のおねーちゃんはこちらを一心不乱に見つめている。
ひどく真剣な顔つきで、心がざわめいた。
おねーちゃん? 何、何を見てるの?
あたしが見えているの?
ぺたり。
どぎまぎしていると、腕を伸ばしたおねーちゃんが掌を結界に添えた。
「……は?」
あれ、おかしいな。
あたしは遮断されるけど、おねーちゃんは入って来られるんでしょ? そっちからは来られるのでしょう?
けれど、あたしたちを隔てるように見えない何かがそこにある。
訝しみながらも、あたしはその貧相な掌に重ねるようにして、掌を突き出した。
身体が、動いてしまった。
震える手を、おねーちゃんに添えた。
冷たい壁に遮断されているはずなのに、何処となく温かく感じられる。
清冽な眼差しの瞳と交差すると、背筋が凍りそうになった。
「えっ、本当に見えているの!?」
そんな筈はないっ!
一瞬焦ったけれど、落ち着けあたし。
もしかしたら、おねーちゃんには見えているのかも。
影武者を演じなくてはならない、哀れな双子の妹が。
あぁそうか、見下して嗤ってるのか。
そうだよね、影武者の存在くらい知ってるかもね。
あぁ、そうですよ、あたしがあなたの影武者ですー。
あんたが生きている以上、あたしはここから出られないのっ!
ねぇ、どんな気分なの?
満足した? 早く行けよ、目障りだっ。
「待ってて、必ずソコから出してあげる」
睨みつけたら、おねーちゃんはそう言った。
「……え?」
今、なんて言った?
誰に向かって、喋ったの?
あたしは唖然とし、口を間抜けに開いたまま。
「…………」
助けて、出して、と。
言いたくなってしまったけど、悔しいから言わなかった。
勝手なこと言うな、出来もしないくせに。
そもそも、助ける気なんか微塵もないくせにっ。
でも、ちょっと待って。
本当にあたしの姿が見えてるの? 解るの?
目の前の双眸は、あまりにも強烈な光を宿していた。
見返していると、助け出してくれそうだと期待してしまうほどに。
あたしは、この瞳を知っている気がする。
この声も、聴いていた気がする。
とても懐かしく思えて、こんこんと涙が溢れる。
あれ、あたし、知っているよ。
おねーちゃんは、以前も助けてくれたよ。
間違いなく、あたしに向かって手を伸ばしてくれたよ。
「た、すけ、て」
嗄れて不様な声が、喉の奥から出てしまった。
おねーちゃんは、悲しそうに苦しそうに目の前で涙を一筋零して、「大丈夫だから」って言った。
見えてる?
解るの?
本当に?
やっぱりあたしは、知っている。
この鋭利で力強く、揺ぎ無い瞳を知っている。
そして、以前も“救いを求めた”気がするの。
「……早く助けてよ」
泣いている暇があるなら、ここから出して。
急に、あたしの心は冷え込んだ。
危うく、絆されてしまうところだった。
涙を流す目の前の似て非なる双子の姉らしき人物に、吐き気がする。
一瞬の気の迷いだ、こんな貧弱な奴があたしを助けるだなんて、馬鹿げている。
あぁ、でも。
もし、ここから出してくれるのなら、お礼に殺してあげるね。
あんたを殺せば、あたしは助かる。
そうだ、助けると言うなら、あたしの為にその身体を差し出して。
感謝なんてしないよ?
長い間ずっとここに居たんだ、助けてくれても、絶対にお礼なんて言わない。
あたしはお利口で素直だから、大人しくここで待っていてあげる。
だから、いつでも殺されにおいでよ、おねーちゃん。
だってね、耳の奥で声がするの。
――誰も助けてくれないよ。自分の足で歩かなきゃ、いつまでたっても君は救われないよ。
うん、奇遇ね。
あたしもそう思う。