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◇破壊の姫君なんて、信じない!

【注意】

DESTINY本編をお読みの方へ。

現在最終章、最終回直前です。内容を知りたくない方は読まないようにお願い致します。

 マビルと楽しむアサギを、間近で凝視した。

 ……どう見ても別人で、アサギではない。

 喋り方や癖を真似しているようで、胡乱なのだ。

 だから、気になってトビィに報告した。

 トビィなら、アサギの些細な変化にも気づくだろうから。

 でも、真顔で「そうか、オレが調べる」と言っただけだった。

 特に驚きもせず、すでに受け入れているような口ぶりだ。

 トビィもリョウも、俺たちに重要なことを隠しているような気がする。

 気になって仕方がなかったから、単刀直入にアサギに聞くことにした。

 二人に訊いても、時間の無駄だと思ったのだ。


 決心した途端、アサギから会いに来た。

 それは、鈍い月光が周囲を暈し惑わせるような夜だった。

 あまりにも都合がよくて、吃驚する。

 まるで、俺が何をするのか監視していたようで怖い。

 目の前に立っているアサギは以前より大人びた雰囲気で、無邪気さが欠けている。

 誰しもを魅了する朗らかな笑みが消失しているどころか、近寄るものを突き刺す尖った空気をまとっている気がした。

 顔が綺麗だから余計に怖く、脈が狂うほど薄気味悪い。

 注意したつもりだけれど感情が顔に出てしまっていたのか、アサギは酷薄な笑みを浮かべた。


「トモハルにお願いしたいことがあるのだけれど」


 お願い?

 いよいよ嫌な予感がして、背筋を伝い落ちる冷たい汗に震える。


「……何?」

「約束して欲しいの。()()()()()()()()()

「え?」


 ……なんだ?

 真顔で言われ、反応に困ったけれど身構える。

 約束と言われても、俺はマビルを今度こそ護るつもりだ。

 気になったのは、『自分がいなくなるから、代わりによろしく』と聞こえたこと。


「聞いていた? 返事をして」

「アサギ?」


 瞳を細め、睨みつけるように見る。

 見ていたら……反射的に剣に手を伸ばしていた。

 掌にじんわりと汗が滲み、額から吹き出た汗が頬を伝う。

 否応なしに、身体が小刻みに震え出した。

 俺の呼吸が乱れ、荒くなっていく。


「もう一度言うね。マビルを、よろしくね」

「その言い方、なんだよ! アサギもいるんだから俺に任せなくてもいいだろう? 言われなくても護る気でいるけどさ、いちいち……」


 言い終えないうちに、アサギが唇の端を軽く持ち上げて笑う。

 笑った後、一瞬だけ泣きそうになったのを見逃さなかった。

 相手が何者なのか、皆目見当がつかない。


「約束できるのか、返事を頂戴」

「返事はYESに決まっているだろっ。次は俺の番だ、訊きたいことがある」


 でも、告げた時にはもう、能面のように俺を見ていた。


「何? トモハルの知っているアサギとは別人だと言いたい? 私は、()()()で間違いないけれど」


 抑揚もつけずに、訊けなかったことを先に言ってきた。

 こちらの考えは全て見透かされているようで、気色が悪い。

 ただ、目の前のアサギは嘘を言っている。

 

「違う、お前は誰だ。俺の知っているアサギじゃない。一体……何をする気だ」

「トモハルは面白いね、私はアサギ。それに、特に何もしないけれど」

「嘘だ! 何か隠してるだろっ」

「何も」


 叫ぶ俺を前にしても、アサギは表情を変えずに淡々と喋っている。

 咄嗟に剣を引き抜き、アサギの喉元に添えた。

 剣が微妙に振動した気がして、手に力を籠める。

 顔色を変えないアサギは微動だにせず、喉元の剣先を見ることなく開口した。


「これは?」

「放っておくと、アサギがマビルを泣かせそうな気がするから! お前、誰だっ! アサギじゃないだろう」


 脅すつもりで剣先を押し付けると、アサギは恐れもせず前進してきた。

 慌てて後退したけれど、アサギの喉元からじんわりと鮮血が流れ出している。

 斬れたのに、無表情のまま俺を見ていた。

 目の前の相手は『恐ろしい』、その一言に尽きる。


「何度も言わせるな、私はアサギ」

「嘘だ。俺は約束通りマビルを護るし、泣かせたりしないし、傍にいる。だから……説明してくれないか、俺に解るように」


 念を押すように震える声で告げると、相手は若干舌打ちをした気がした。

 舌打ち? アサギは舌打ちなんてしないぞ。


「トモハル、誰に剣を向けているのか分かっているか? お前は仲間に剣を向けるような男だったか?」


 潔くアサギの真似を止めたのか、急に口調が変わった。

 痛いほどの殺気を放たれ、全身が引き攣る。


「お前は俺の友達で仲間のアサギじゃない、だから剣を向けている」


 情けないが、声が震えるほど俺は動揺している。

 それなのに、隠す気をなくした相手は平然としていた。

 

「なるほどだな。では問おう、マビルを護るために真実を知りたいか?」

「正体を現したな、きちんと説明してくれ。……お前は一体、誰だ?」


 勝ち誇ったつもりで叫んだけれど、剣を持つ手が震えている。

 あぁそうとも、とても怖い。

 以前魔王と対峙した時以上、いや、マビルを失った時以上に、恐怖を覚えている。

 この場から立ち去れと、第六感が訴えていた。

 アサギの両腕は下がったまま、そして武器は所持していない。

 優位なのは俺だ、けれど、防御の態勢をとらなければならない気がしていた。 


「……合格としよう。マビルを泣かせるかもしれないアサギを()()()()()()()ところまでは、誉めてやる。ならば腹を括り、最期まで足掻け。でも、トモハルでは無理だ。だから何度でもアサギからの言葉を伝えよう、『約束して、マビルをよろしくね』」


 声が止まると、俺の剣が弾かれた。

 剣を握っていられないほど左手が痺れ、唖然と謎の相手を見やる。

 目の前に、アサギの姿をした者が発光する鞭のような武器を手にして立っていた。

挿絵(By みてみん)

 所々に深紅の薔薇が咲いている、植物で出来ているような鞭だ。

 けれど、美しさよりも禍々しさが目立つ。

 鋭利な棘が至る所に付着し、凶悪な光を放っているのだ。

 ……何だ、あれ?

 アサギが所持する武器は、俺と対のセントラヴァーズという武器のはずだ。

 だが、目の前にある武器は違う。

 俺のセントガーディアンが反応しない、いつもなら、僅かに振動するのに。


「私に勝つことが出来たら、教えてやろう。到底無理な話だが」

「そんなの、分からないだろっ!」


 俺とアサギが勇者として召喚された、惑星クレオの荒野で。 

 アサギのフリをしている人物と対峙した。

 あつらえたように、ここには動物は勿論、植物すらほぼ生えていない。

 被害を顧みることなく、戦える。

 なんとしてでも勝ち、目の前の相手に根掘り葉掘り聞かねばならない。

 遠慮してはこちらがやられると直感し、全力で戦うことにする。 

 久しぶりにこんな大魔法を扱うから、精神力が持つか不安になってきた。

 でも、リョウに魔力の扱いについて教えてもらったから、いける気もする。

 俺の属性は、光。

 膨大な光をイメージして、身体中にまとう。


「未知なる領域、混沌の調べ。気高き天空の長により、幾多の神々しき光を我の手に」


 先手必勝。

 相手の名前は分からないけれど、『私はアサギ』と名乗っていたし、どうにか動きを封じたくてこの禁呪を選んだ。

 禁呪の欠点は、威力が高いぶん詠唱に時間を要する。

 一対一の戦いでは不向きだけれど、一か八かで賭けた。

 これは以前アサギからもらった魔導書に記載されていた禁呪で、魔界にあったものらしい。

 初めて使う相手がアサギに似ている者だなんて、皮肉だ。


「麗しの音色聞こえれば、闇夜を切り裂き眩き光が。我の敵を貫く為にと、幾多の矢となり地上へ降り注がん」


 長い詠唱だが、アサギはその場を動かずにこちらを見ている。

 まるで、禁呪の扱いが正しいか見守っているように。


「時は来たれり、今この瞬間に。我の敵の名“アサギ”、彼の者に鉄槌を!」


 完成した!

 上空に眩い光の集合体が出現し、そこから何本もの光の矢がアサギへ降り注ぐ。

 流星に見えるそれは、術者からしたらとても美しい。

 降り注ぐそれを搔い潜ってこちらに来そうだから、剣を構えて呼吸を整える。

 けれど、禁呪を見上げたままの相手は微動だしなかった。

 全てを受け止めるようにして、突っ立っている。

 流石に直撃を受けたら一溜も無いので焦った、その矢先。


「……我の敵の名“トモハル”、彼の者に鉄槌を」


 瞬時に、全く同じ禁呪を放った。

 しかも、短詠唱で!

 恐らく、相殺する気だろう。

 轟音が鳴り響き、押し潰されそうな勢いで光が溢れた。

 視界が閉ざされた中、這い寄る殺気に剣を下段で構える。

 腕が痺れ、何かを弾いたことを知った。


「フッ、フッ……」


 相手も見えないだろうに、この威圧感はなんだろう。

 蛇に睨まれた蛙ように怯え、息を乱しながら警戒した。

 爆発音が鳴り響き、微かな音は聞こえない。

 己の感覚と勘を頼りに、防御に徹した。

 クソッ、これじゃ視界が晴れるまで持久戦になってしまう。

 二回ほど受け損ね、右の手足に傷を負った。

 案の定棘が肉を抉り、ジクジクと痛む。

 相手の精神をすり減らし、甚振るような攻撃法は、アサギと真逆だ。

 

「お前は一体誰なんだっ」


 答えないだろうけれど叫ぶと、後方の空気が揺らいだ気がした。

 振り向きざまに剣を振ると、鈍痛が剣を伝って腕に届く。

 何かに弾かれた、背後にまわられていたんだ。

 

「そこっ」


 位置を確認するため、光の球を指先から放った。

 光に照らされ、アサギの偽物がぼんやりと浮かび上がる。

 

「っガッ!」


 姿を捕らえた瞬間に、腹部を貫かれるような激痛が走った。

 重すぎる攻撃に、吐瀉物とともに地面にへたり込む。

 一撃受けただけで、このダメージか。

 まずい、殺される。

 呼吸すらままならない、これでは防御が出来ない。

 不愉快なボゴォッという音とともに、顔近くの地中が抉り取られた。

 僅かでもずれていたら、呆気なく死んでいただろう。

 こんなところで死ぬつもりはない、歯を鳴らしながら治癒の魔法を詠唱し、ふらつきながら立ち上がった。

 目の前には、種別を判別出来ない武器を手にしたアサギの偽物が立っている。

 静止すると槍、しかし柔軟に動く鞭。

 どちらもリーチが長く、厄介だ。


「トモハルに託した禁呪を、アサギが使えないとでも思ったか?」

「……そうだね、俺だけの禁呪だと思い込んでいたけど、そんなわけないよね。流石、要の最強勇者様だ」


 皮肉めいて告げると、彼女は眉を顰めた。

 感情に揺らぎが見えた瞬間、一気に地面を蹴り上げ間合いを詰めると、剣を真横に振るう。

 入った!

 僅かに喜びが込み上げたけれど、剣先は届かない。

 垂れていた鞭が槍へと変化し、難なく剣を受けていた。

 ただ、彼女の髪を数本切ったらしく、ハラハラと地面に落下していく。

 彼女はそれを一瞥し、微妙に口角を上げた。


「勇者トモハルに問おう。……最初に召喚された際、何故勇者が六人いたと思う? 惑星の数に対し釣り合わないと思っただろう?」

「え?」


 渾身の力で剣を振っている俺には、考える余裕がない。

 そうでなくとも、突然の問いかけに面食らい、口篭っていただろう。

 彼女は俺の剣を難なく弾くと数歩後退し、抑揚のない声で続ける。


「魔王に蹂躙された救うべき惑星は、四つだった。それなのに、当時の勇者は六人。()()()()()。何故だと思う?」


 数が合わないことは、当時から疑問だったけれど。

 武器は六つあったから、そういうものだと思い込んでいた。

 皆目見当がつかないので、ぎこちなく首を横に振る。


「では、アサギの髪を切り落とすほど成長したトモハルに、答えを教えてやろう。()()()()()()()()()()()()


 本当の勇者は四人だった?

 想定外な彼女の言葉に、俺は言葉を失った。


「つまり、()()()()()だ。一つの惑星に勇者は一人、それが道理」


 彼女の声が耳に届くたびに様々な疑問が浮かび、消えていく。

 上手く言葉に出来なくて、戦いの最中だというのに呆けた顔で彼女を見やった。


「『破壊の姫君』は考えたのだ。勇者の中に何食わぬ顔で混ざり、弱点を掴んでやろうと。さらに、仲間として共に過ごせば、情け深い彼らは手出し出来ないだろうと」

「は?」


 不愉快なことを言おうとしている彼女の口を、塞いでしまいたい。

 それなのに、彼女の唇は設定された機械のように言葉を紡ぐ。


「ただ、それは勇者たちにも好都合だった。共に戦えば、偽勇者の実力や癖、そして弱点を見極めることができただろう? 互いの手の内は見せているのだ、あとは容赦なく偽りの仲間を潰すだけ」


 尋常ではない汗が吹き出し、滝のように流れていく。


「得心できなかっただろう? 魔王を倒したのに、新たに『破壊の姫君』なるものの存在が浮上し、勇者を続行することになった。当然だ、トモハルたちが呼ばれた目的は、魔王ではなく『破壊の姫君』を倒すことなのだから」


 破壊の姫君と告げるたびに、彼女は指先で胸を軽く叩いている。

 

『つまり、私だ。私を倒せ』


 言わずとも分かれと、強要されている。


「アサギが一人混ざるだけでは、余計に疑われてしまう。ゆえに、当時アサギの傍にいたユキも勇者とし、六人で異世界へ行くことにした。ユキはカムフラージュだったが、所詮はその場しのぎの偽物。勇者の器ではない彼女は、早々に離脱することになった」


 ユキの名が挙がり、俺の身体が硬直する。

 ユキというのは、いつもアサギと一緒にいた()親友の物静かな美少女だ。

 彼女も勇者と知った時は体力がなさそうだし絶対無理だと思ったけれど、魔法のエキスパートとして戦っていた。

 勇者になって旅の途中で恋が芽生え、ケンイチと恋仲になったものの、突然豹変して勇者を辞めたんだ。

 アサギのことが昔から大嫌いだったと告げて。

 嫌いだけれど、仕方がなく傍にいたと嘲り笑って。

 

「ユキも気の毒だ。嫌悪するアサギの親友を演じていたせいで、異世界へ引きずられるという被害を受けた。相当な鬱憤が溜まったろう、自業自得だが」


 べらべらと語り続ける彼女だが、訊けば聞くほどどうにも腑に落ちない点が多々出てきた。

 ……これ、作り話じゃないか?


「ま、待ってくれ」


 口を挟むと、彼女は意外そうに瞳を開いた。


「なんだ、要の勇者トモハル」

「その言い方はやめてくれ、印象操作に思える」

「私は正しいことを告げているが、嫌ならやめてやろう」


 案外素直だ、話せば分かるタイプの人かもしれない。


「アサギにもユキにも、勇者の石が存在した。彼女たちが偽物なら、そんなものは存在しない」


 俺たちは、それぞれ勇者の石を持っている。

 それこそが、勇者に選ばれた証だった。

 自信をもって告げると、彼女はあからさまに落胆する。


「分からないか? 逆だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ」


 驚きのあまり、声が出なかった。


「勇者の石という胡乱なものが、お前たちに何をした? 単に、『勇者は六人』だと信じ込ませるだけの道具にすぎない。リョウは遅れて惑星マクディの石を所持しただろう? そうしなければ疑念を抱かれると思い、わざわざ持たせたのだ」


 そんなことを言われても、異世界から石に導かれて勇者を探しに来たって聞いたから……!

 石自体がフェイクだなんて、誰も気づかないだろっ。

 絶望する俺を見やり、軽い溜息を吐く彼女は続ける。

 

「破壊の姫君が勇者として潜り込むために用意した、壮大なシナリオの一部にすぎぬ。アサギが所持する武器を用意したのも破壊の姫君だ、思い返せば思い当たる節があるだろう?」


 挑むような口調で言われ、俺は瞳を泳がせた。

 アサギの持つ武器は、俺たち他の勇者の剣とは異なる形状をしている。

 一見、()()()()()()

 綺麗なブレスレットで、望む形状の武器を取り出せるという非常に便利だけれど不可解な物だった。

 そこまで思い出し血の気が引くと、彼女がいやらしく口角を上げる。


「あの武器を手にした際、トモハルたちは思っただろう? 『これをどうやって使うのだろう』と。だがどうだ、アサギは()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()。当然だ、自分の為に生み出した武器なのだから。だからあれは、アサギにしか扱えない」


 釘を刺すように言われ、当時の光景が目の前に広がった。

 産まれた時から所持していたように武器を使いこなしていたアサギに、戦慄としたことを。


「勇者である必要はなくなったので、今はこれが新たな武器。鞭であり槍でもある、名は『フィリコ』」


 パシンと音を立てて無造作に地面を打つと、地割れが起きた。

 地面が豆腐のようだ。


「ここまで話すと、用意周到で狡猾な破壊の姫君には勝てないと絶念するだろう? だがな、所詮破壊の姫君というものは()()なのだ。不要物を排除するために、世の中は上手くまわっている。それこそが、勇者であるそなたたちの使命。破壊の姫君から未来を取り戻し、運命の歯車をまわせ」


 彼女は1/fゆらぎの声を持っているように思える。

 恐ろしいことを話しているのに心地よく、脳が麻痺してしまうような不思議な感覚になってきた。

 思考を奪われる、それが正しいのかもしれない。

 けれど、考えろ俺!

 彼女の話には、おかしい点が幾つもある。

 最も奇妙なのは。


「……勇者に紛れ込むなんて面倒なことをしたのに、何故俺に全てを話しているんだ? 話さなければ、いや、もっと早い段階で俺たちを仕留めることが出来た。アサギには誰も勝てなかった、魔王ですら魅了した。ハナから思い通りに動けたのに、どうして」


 暴露する理由が見当たらない。

 縋るような瞳で彼女を見つめると、リョウの言葉が蘇る。


『……最も、()()()()()()

 

 これは、アサギと戦うことになるという意味だったのだろう。

 陰鬱な空気が心臓にまとわりつき、ギュウギュウと絞めてくる。

 言いたくないけれど、俺は拳を強く握って口を開いた。


「貴女は俺たちに勝って欲しいと、アサギを倒すことを躊躇するなと後押ししている気がする」


 真っ向から彼女を見やると、嬉しそうに微笑んだ気がした。


「さぁ? どうだろう」


 けれども、声には感情が含まれていない。

 何も信じられなくて、寒気を感じつつ後退る。


「結局、お前はアサギが覚醒した破壊の姫君という存在なのか?」


 彼女は瞳だけを動かし、斜め上を見てから俺に向き直った。


「覚醒ではない。言っただろう、()()()()()だと。トモハルが知っているアサギは、環境に適応する為に一般的な小学生女子を研究し、そう振舞っていた偽りの人格だ。誰からも好かれ慕われる、才色兼備な娘など存在すると思うか?」


 確かにアサギは人間離れしたところがあった。

 でも、今の言葉を鵜呑みにしてはいけない。

 『誰からも好かれ』は、間違いだ。

 ユキを筆頭に、一部の同性から嫉妬されていたのだから。


「アサギの髪が変色した時に不気味に思っただろう? 日本人にこのような髪色の人間が存在するか? 異常だろう、あの時点で殺しておくべきだったのに、慈悲の心は厄介だな」


 新緑のように美しい髪を摘み、大きく肩を落とした彼女は言った。

 アサギの髪は、日本人とは思えない色をしている。

 それも、途中で変色したんだ。

 でも、似合っているし、綺麗だ。


「……さぁ、惑星クレオの勇者トモハル。光の勇者であり、勇者の要。私はアサギであってアサギではない、誰を殺そうと心は痛まない。愛するマビルが死ぬところを二度も見たくなかったら、私を止めてみろ。ゆえに、最期まで足掻け」


 鞭を大きく振りかぶり、地面に叩きつけた。

 途端に地面から鋭利な岩が突き出し、俺目掛けて向かってくる。

 話は終わり、ということだろうか。

 こんなもの防ぎきれない、咄嗟に高く宙に飛んで避けた。


「だから何度も言っただろう、『マビルをよろしくね』と」


 浮遊する俺を見上げ彼女が腕を振り上げると、地面を走っていた岩柱が軽々と浮き、一斉にこちらに飛んできた。

 彼女は俺を殺す気なんだろうか。

 いや、でも絶対に違う。

 俺には、マビルを助けて欲しいのか、それとも自分を助けて欲しいのか分からなくなってしまった。


『トモハルはマビルだけを護って』


 今になって、リョウの言葉がずしんと響く。

 当たり前だと思っていたけれど、状況によっては『マビル()()』なんて無理だ。

 マビルはアサギが大事だ、アサギを傷つけたら泣くに決まっている。

 アサギはマビルの双子の姉だろ、二人を救うべきなんだよっ。


「俺はどちらか片方なんて、選べないぞっ」


 苦々しく吐き捨て、ハイリスクな賭けに出た。

 目の前の彼女が、破壊の姫君を演じているアサギだとしたら。

 右の指を滑らかに動かし、熱を込めるように集中する。

 俺の属性は光だ、でも、簡易な炎の魔法なら扱うことが出来る。

 拳大の火球を生み出し、彼女に向かって投げつけた。

 彼女にしたらしょぼい魔法で、こんなもの痛くもかゆくもないだろう。

 けれど、注意深く観察すると眉を顰め余裕が消えていることに気づいた。

 間違いない、()()()()()()()


「アサギ!」


 大声で叫び、無我夢中で腕を掴んだ。

 剣先を喉元に突きつけ、一先ずこの戦いに終止符を打つ。


「勝ったよ、色々と確認したいことがある」


 大きく肩で息をしながら、掠れた声でアサギを覗き込んだ。


「……な、さ。ご」


 顔面蒼白で怯える姿は、アサギそのものだった。

 大きな瞳が揺れ、唇が真っ青になり、過呼吸になりかけている。

 卑怯な手段だった、アサギは火が怖いんだ。

 恋人のトランシスが火の使い手で、あの馬鹿が嫉妬するたびに幾度も焼かれたから。

 捕まえるためとはいえ、ここまで怯えていると罪悪感に苛まれる。


「……甘いぞ、トモハル。これではマビルを任せられない」


 手を緩めた瞬間、鳩尾に重い拳を叩き込まれた。

 あ、まずい、これ。

 ダメだ、耳鳴りが酷いし、目の前がグワングワンとまわっている。


「…………」


 意識が遠のく中、アサギが耳元で囁いた。

 ごめん、聞こえないよ。

 今、なんて言った……?

 目の前にいるのは本物のアサギで間違いないと確信しつつ、俺は意識を手放した。

お読みくださりありがとうございました、まだ続きます。

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