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◇再会した友人と、……ゆうしゃ?

 小学生から中学生って、ものすごく大人になった気分だ。

 高校生になる時も、そう感じるのかな。


 一年も経てばすっかり中学生活に慣れ、それなりに充実した毎日を送っていた。

 勉強と部活で忙しいけれど、(ミノル)と一緒にサッカーをやっている時は夢中で、童心に返ることができるから問題ない。

 ただ、何故だろう。

 二人でボールを蹴り合っていると、()()()()()()()気がして心が落ち着かない。

 俺と実は家が隣同士で、子供の頃から一緒にサッカーをやってきた仲だ。

 他に気心の知れた奴なんていないはずなのに、どうにも違和感を覚えてしまう。

 俺たちの間に、誰かがいた気がする。

 いや、誰かというか、……数人で一緒にいた気がする。

 これは一体、何の記憶だろう。

 前世の記憶が蘇ったりする、俗にいう中二病なんだろうか。

 アホらしい。


「なーなー、お前また告られたって?」

「うん。断ったけど」

「次は誰だよ」

「三年の先輩で、知らない人。美人だったよ」

「腹が立つほどモテるな、お前」

「モテてもなぁ……。断るのも結構しんどいし、正直困る」


 実とそんな会話をしながら、空を見上げた。

 青黒い夜の空が、こちらへ徐々に伸びてくる。

 まるで、異世界へ繋がっている空のようだ。


「それ、人前で言うなよ。反感を買うぞ」


 呆れたように俺を見ている実も、それなりに告られている。

 けれど、確かに俺は異様に多い。

 自慢ではなく、嬉しいという感情はなくて、本当に困っている。

 何故ならば、確実に断るから。

 試しに付き合って欲しいと言われても、できない。

 そんないい加減な気持ちで付き合うというのは嫌だし、相手にも自分にも失礼だと思う。

 俺が求めているのは、この子たちじゃないから。

 心から好きな子と付き合いたい。


「なぁ、そろそろ架空の彼女を作ったら? そのほうが楽じゃね?」

「あー……。小学生の頃、遠方に引っ越した女の子と遠距離恋愛をしているってことにしようかな」

「それいいじゃん。ただ、写メ見せろとか言われたら困るな。女は恐ろしい、証拠がないと引き下がらない。親戚にいねーの? そういうこと頼めそうな人」

「うーん……かなり年上か、幼女しかいないな。そうだ、実が女装するのはどうだろう」

「は? お前は馬鹿なの?」


 大げさに身を震わせ蒼ざめる実に吹き出し、自宅に帰るため歩き出した。

 冗談だよ。

 でも、そうだなぁ。

 ミノルの言う通り、そろそろ対策をしたほうがいい気がしてきた。


「お前の兄貴の友人はどう? 年上の女性なら、協力してくれそうな人いそうじゃん」

「確かに兄貴は交友関係が広いけど……」


 兄貴は大学生で、今は家にいない。

 大学が遠いから、寮に入っている。

 たまにふらっと帰ってくるけれど、その時に連れてくる彼女は毎回違う。

 我が兄ながら、嫌悪感すら覚えるふしだらさだ。

 軽そうな感じだけれど全員顔もスタイルもいいから、常に容姿端麗な女性ばかりを選んでいるんだろうな。

 だから長続きしないんだよ。

 多分フラれていると思うけど、見栄を張っているのか「価値観が違ったから別れた」と聞いてもいないのに説明してくる。

 そんな兄貴にも、高校生の時は夢中になっている女の子がいた。

 薄緑色のボブヘアーで、華奢だけど胸が大きい、ロリっぽい感じだけど尽くす系の清純派キャラだ。

 その子は、エロゲの主人公。

 つまり、二次元のキャラ。

 めちゃくちゃはまっていて、グッズを買い漁っていた気がする。

 あのキャラが強烈すぎて未だに引きずり、近しい女性を求めているのかもしれない。

 どう考えても無理なのに、現実が見えていないのかな。

 とはいえ、俺も見たこともない女の子を捜している気がするから、これは血筋なんだろうか。

 ぅぐ、……嫌だな。


「お前の兄貴、節操がないっけ。女に恨まれている感じ?」

「……大体合ってる」


 言い澱んで沈思していたら、微妙に誤解をされてしまった。

 いや、兄貴の知り合いには頼めない。

 兄貴が連れてきた彼女たちは、高確率で俺にSNS交換を求めてくるからだ。

 それも、秘密裏に。

 言い方は悪いけれど、兄貴と俺とを天秤にかける気なのかもしれない。

 そういう時の彼女たちは、決まって目が怖いのだ。

 肉食女子というのは、彼女たちのことを指すのだと思う。

 隙を見せたら、喰われてしまう。

 なので、毎回きっぱりと断っている。

 そんな彼女たちに頼みごとをしようものなら、余計に面倒なことになるだろう。

 恐ろしい。

 ……という話をわざわざ実にする必要はないと思ったので、黙っておくことにした。


「まぁいいや、その件はそのうち。それより、明日は何時に行く?」

「十一時に出よう」

「おぅ。じゃ、明日な」

「うん、また」


 家の前で別れ、軽く手を振る。

 実はガサツで口も悪いから誤解されやすいけれど、根はいい奴だ。

 彼女が出来たら、俺よりも大事にするだろう。

 でも、実は実で妙なんだよな……。

 告白されるとすぐ付き合うくせに、毎回大喧嘩になって別れている。


『違う女の名前を呼んだ』


 という罵声を聞いたことがあるけれど、一体誰の名を呼んだんだろう。

 俺たちに、恋というものはまだ難しいのかもしれない。


 翌日は祝日で、部活も休みだ。

 約束通り、俺と実は新しいスニーカーを購入するために街へ出掛けた。

 人が多くて息苦しさすら覚えるけれど、嫌ではない。

 奇妙なことに、生きている感じがする。

 普通は風光明媚な自然景観の中で思うことだろうに。


「いいよなぁ、朋玄(ともはる)は金持ちでさぁ」


 何店かまわったけれど欲しいスニーカーが予算オーバーだったらしく、恨みがましい視線を送られた。


「そんなことないよ、貯金が大変だし」


 苦笑して返すと、怪訝に眉を顰められる。


「は? 貯金? 何で貯金してんの?」

「あぁ、それは」


 説明しようとして開いた口から、声が出てこない。

 何故貯金をしているか?

 それは……。

 なんでだっけ。

 何を買うつもりでいるのか思い出せず、全身から嫌な汗が吹き出す。

 思い出すことが出来ないのなら貯金せずに使えばいいのに、使えない。

 小学生の時に購入した五百円玉貯金を、ずっと続けている。

 ()()()()()()()()()に。

 口籠っていると、実が人込みを縫うように移動した。

 こういう時、詮索しないから助かる。


「なぁ、彼女がこういうの欲しがったらどうする?」

「ぇ?」


 怪訝な顔で何を見ているのかと思えば、女性用のバッグがずらりと並んでいるブランド店だった。

 綺麗な色のバッグが、人の目に留まるように並べられている。


「強請られても、俺は買えねーぞ、こんな高いの」

「そうかな、案外喜んでプレゼントしそう」

「金がない」

「今は無理でも、社会人になったらさ」


 ふてくされる実に話しかけようとして、声が止まる。

 ……あれ? 


『大人になったら買ってあげる。それまで、待っていて』


 ……この店で、以前誰かにそう言ったような気がする。

 俺は、誰に言ったんだ? 

 そう告げて、俺は()()()に微笑んだ記憶がある。

 急に足元から悪寒が駆けのぼり、吐き気がして口元を押さえた。

 どうして思い出せないんだろう、気持ちが悪い。

 それ以前に、そんな事を言う仲の女の子なんて俺にいたっけ?

 この記憶が正しいのか自信がなくて、自分が不気味なものに思えた。

 まるで、俺が俺ではないみたい。

 思い出すなと、頭の中を杭で攪拌されているみたいだ。

 不意に振り返ると、何処かで見たビルの隙間が瞳に映った。

 ……ビルの隙間?

 喉から妙な音が出て、足元から崩れ落ちそうになる。

 俺はあそこで、可愛い女の子を待っていた。

 間違いなく待っていたのに、誰を待っていたのか思い出せない。

 俺は何故忘れているんだろう。

 あんなにも嬉しくて、幸せで、楽しみに彼女を待っていたのに。


「おい、朋玄。顔色が悪いぞ、大丈夫か?」


 みっともないほど狼狽していると、耳を劈くような悲鳴が後方で聞こえた。

 我に返り、実と振り返る。


「動くんじゃねぇぞ、お前らぁっ」


 ドスのきいた声が響き、人々が蜘蛛の子を散らすように離れていく。

 ……勘弁してよ、何だあれ。

 逃げ惑う人々の先に見えたのは、道のど真ん中で刃物らしきものを振り回しているオッサンだった。

 ヤク中かアル中か、明らかに正気ではない顔つきだ。

 厄介なことに、その男は俺たちと同じ年頃の女の子を抱えている。


「ヤベェ奴じゃん、人質までとってる」


 女の子は怯え、今にも倒れそうなほど青白い顔をしていた。

 彼女の友達らしき子たちが、近くで泣き叫んでいる。


「警察、まだかよー」


 (みのる)が呆れた声を出した。

 おっさんが刃物を振りまわしているので、誰も近づけない。

 とはいえ、男はその場から動こうとしなかった。

 逃げる人、遠巻きに見守っている人、そして、スマホで撮影をしている人。

 警察に連絡した人たちもいるけれど、これだけ人がいるのに誰も女の子を助けようとしない。

 その男は屈強とは言い難い身体つきだから、大人が何人かで囲めばなんとかなりそうなのに。

 でも、下手に刺激して、逆上したオッサンが女の子を刺したらまずいか。


朋玄(ともはる)、俺たちも離れようぜ」


 実が俺の服を引っ張る。

 流されるように頷いたけれど……、それで本当にいいのかな。

 あの子を助けるべきなんじゃないのかな。

 だって、……泣いてるじゃないか。

 警察が来るまであの子をあのままにしておくなんて、可哀想だよ。


「ギャー、朋玄(ともはる)っ!?」


 反射的に、俺は走り出していた。


「な、なんだ糞餓鬼っ、この包丁が目に入らねぇのかっ」


 なんだコイツ、水戸黄門みたいな台詞を言って。

 それは正義の味方の台詞だろ。

 狼狽しているおっさんを、躊躇せず蹴り飛ばした。

 意外な攻撃に不意を突かれたのか、武骨な手から包丁がするりと抜ける。

 浮いた包丁を目で追い、手刀で叩き落とした。

 カラカラと音を立て、包丁が離れていく。

 よし、いけるっ。

 悲鳴を上げている女の子の腕を掴み、こちらに引き寄せた。

 咄嗟に背に隠し、再度オッサンに蹴りを喰らわせ距離をとる。

 

「怪我はない? 動けるなら、ここから離れて。友達がいるのなら、その子たちのところへ」

「は、は、はい、だいじょ、ぶ。あ、ありがと」


 ひっくり返っているオッサンを見て安心したのか、女の子は掠れた声ながらも返事をしてくれた。

 彼女の背を押し、後方へ促す。

 ふわりとした甘い香りが鼻についた。

 あぁ、違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もどかしさすら覚える奇妙な感覚に、俺の意識は一瞬もっていかれそうになった。

 でも、拳を強く握って集中力を取り戻した。

 油断は禁物だ。

 後ろから、喜びの混じった甲高い声が聞こえてきた。

 彼女は無事、友達に保護されたらしい。

 怪我はないみたいだ、よかった。

 近くにいた男性が、地面に転がっていた包丁を取り上げてくれた。

 これで凶器の心配はなくなった、あとは身柄を確保するだけ。

 よかった、順調だ。


「すごい!」

「かっこいい!」

「よくやった!」


 歓声が次々と上がり、盛大な拍手が巻き起こる。

 軽く溜息を吐くと、今頃緊張感に襲われた。

 無茶をしたかな、警察に怒られるかもしれないな、学校にも連絡がいくのかな。

 でも、全員無事だし……これでよかったんだろう。

 ただ、動画をネットに上げるのは勘弁してほしい。


「だからっ、お前はツメが甘いんだよっ!」


 実の怒涛の叫び声に、我に返る。

 性懲りもなく、オッサンは立ち上がっていた。

 誰も拘束しなかったらしく、その身は自由。

 しかも、今度はバタフライナイフを手にしている。

 どんだけ凶器を持ってるんだよ、これは計画的犯行なのか?


「偉そうな餓鬼が生きているだけで、腸が煮えくり返るんだよおおおおおおおおおおお!」


 そんなこと、知るか。

 周囲はどよめくけれど、俺の心は沈静している。

 先程沸き上がった緊張はなく、血走った瞳で睨んでいるオッサンごときに負ける気はしない。

 こんな奴、()()()()()()()()()()()()()だ。

 鋭く見据えると、オッサンが怯んだ。


「ったく、やるなら最後まで気を抜くなよ」


 俺の横を実がすり抜け、見事な脚力で跳躍し……踵落としを決めた。

 そういえば、実はパルクールが得意だっけ。

 最近、サッカーの練習ついでにやってるって言ってたな。


「フギャ」


 蛙が潰れたような声を出し再度ぶっ倒れるオッサンに駆け寄り、実と共に手首を踏みつける。

 物騒なバタフライナイフは蹴って引き離し、紳士的なおじさんが拾ってくれたことを確認した。

 ここでようやくわらわらと人が集まってきて、オッサンが暴れないように拘束してくれた。

 もう安心だ。


「お前なぁ、油断するなって」

「ははは、ごめんごめん。でも、実もいるし、大丈夫さ」

「はぁー……」


 やがて、警察が来た。

 無鉄砲だと怒られたけれど、周囲の大人が庇ってくれたから助かったよ。


「頑張ったね、立派だったよ」

「最近の若い子は野次馬根性で動画を撮るだけだと思っていたよ。すごいことだ」


 オッサンが連行されると、人々が口々に褒めたたえてくれた。

 そんな中で、小さな男の子が俺たちの服を引っ張り、瞳を輝かせている。


「おにーちゃんたち、せいぎのみかた? ゆうしゃなの?」

「え……」


 ゆうしゃ?

 ぶふー、勇者だって!

 なんだか照れくさくて、実と顔を見合わせて笑った。

 正義の味方の勇者、か。

 この年頃の男の子なら憧れるよな、RPGや特撮ヒーロー、俺も大好きだった。

 彼の祖父らしき人が、俺たちに微笑みかける。


「君たちは格闘技を習っているのかい?」

「い、いえ……。サッカー部だから脚力に自信はありますが……」

「そうなのかい? 私は若い頃空手を習っていたけれど、重くて鋭い蹴りが見事だと思ったよ。とても素人には思えなかった」


 そんなことを言われ、実と顔を合わせる。

 無我夢中だったけれど、異様に落ち着いていたな。

 実戦経験があるように、見事な連携だったとも思う。

 怖くはなかった、ただ、泣いている女の子を助けたかっただけなんだ。

 根掘り葉掘り聞かれて解放されると、今度は女の子たちの群れが押し寄せてきた。

 うぬぼれでもなんでもなく、彼女たちの瞳にハートマークが浮かんでいる気がする。

 あ、駄目だ、これは面倒なことになる。


「に、逃げよう」

「えー、いいじゃん。女子に囲まれるの、新鮮」

「馬鹿かっ」


 まんざらでもなさそうな実を全力で引きずり、その場から逃げ出す。


「あの子たち、サッカーの試合で見たことがあるよっ。顔がいいから覚えてるっ」

「えっ、えっ、うそっ、中学生? 高校生?」

「星ヶ丘中だと思うっ。妹に確認してみるねっ」


 うわっ、個人情報漏洩の危機!

 顔を隠して走る中、瞳の端に()()()映った。

 懐かしい気さえする、花の蜜のように甘い香りが鼻先をくすぐる。

 匂いを辿って視線を走らせると、人だかりの中に一際目立つ女の子が立ってる。

挿絵(By みてみん)

 でも、()()()()()()()


 中学生活は、あっという間に過ぎていった。

 高校受験に向け、猛勉強が日課になっている中。

 中学三年、春の最後の試合。

 一応サッカー部キャプテンになっていた俺は、(みのる)と打ち合わせ後に会場をぶらついていた。

 遠くで揺れている菜の花が、絨毯のようで美しい。

 緊張しているのか、ありふれた風景でも涙腺が緩んでしまう。


「うわ、実に朋玄(ともはる)!? なっつかしーっ!」


 すっとんきょうな声に振り返ると、懐かしい顔が瞳に映った。

 大きく手を振っている、屈託のない笑顔の男。

 身長は伸びているけれど、幼い顔つきは変わっていない。


健一(けんいち)! ひっさしぶりだなぁっ!」


 小学生時代の同級生、健一だ。

 俺たちの小学校は、住所によって中学が分かれる。

 互いの自宅は結構離れているから、何処かですれ違うことはなかった。


「中学はね、陸上部に入ったんだ。近所の先輩に頼まれて、強引に」

「それで今まで、会場で会うことがなかったのか……」


 健一も俺たちと一緒にサッカーをやっていたけれど、まさか道を違えていたとは。

 今日の競技場で偶然出会わなければ、そのまま疎遠になっていただろう。

 久し振りの再会に胸が熱くなったけれど、照れ隠しをするように他愛のない話をした。

 懐かしいなぁ、心が痺れてしまうくらいに感極まっている。

 健一は一見大人しそうに見えるけれど、怒らせると誰よりも怖いんだ。


「この後、大樹(だいき)があっちの会場で試合なんだ。一緒に観に行かない?」

「剣道?」

「そう。めっちゃ強いよ」

「おー、観に行くよ!」


 全ての試合が終わると、俺たちは一旦別れた。

 けれど、改めて集合することになっている。

 自転車に乗り、実と共に懐かしの小学校を目指した。

 数年しか経っていないというのに、小学校の近くには俺が知らない公園が出来ているという。

 なんだか、急に取り残されたような気分になった。

 

「あれじゃね?」

「ほんとだ、公園だね。ここ、何があったっけ……」

「駄菓子屋があった気がする」


 まるで、知らない土地に来た気分だ。

 異界にでも迷い込んだように、不気味な感じがする。

 不穏な空気を払うように、自転車を停めて歩き出した。

 滑り台、ブランコ、鉄棒……ありきたりな遊具しかないけれど、公衆便所と自販機は設置されているし、綺麗だ。

 人気はほぼなく、数羽の鳩が自分たちの縄張りのように歩いている。

 この空気が、余計に恐怖心を煽るのかもしれない。

 俺は一体、何を恐れているんだろう。

 周囲は民家で埋め尽くされているのに。


「お待たせ!」


 健一と大樹が遅れて到着し、俺たちはジュースを片手に再会を喜び合った。

 早々に連絡先を交換すると、現状も交えて思い出話に花を咲かせる。

 中学で離れてから疎遠になっていたけれど、俺たち四人は適度に仲がよかった。

 六年生の時、俺と大樹は同じクラスだったっけ。

 そういえば、応援団長として戦ったこともあったような。

 すっかり忘れていた、記憶ってあてにならないなぁ。

 談笑していると、耳障りな音がして全員硬直する。

 俺たちが一斉にそちらを見ると、一台の自転車が通過していった。

 自転車自体は古いように見えないけれど、チェーンの油ぎれかなぁ。

 一瞬だったし音に気を取られていたけれど、見覚えのある横顔だった気がする。


「三河(りょう)だ」


 健一がぽつり、と呟いた。

 そうだ、三河亮。

 同じクラスになったことがないから関りはなかったけれど、アイツも同小だっけ。

 特に目立つこともなかったし、印象は薄い。


「ねぇねぇ、高校ってどこを受ける?」


 健一がそう訊いてきたから、進学の話になった。

 すると、驚いた。

 四人とも志望校が一緒だ!

 スポーツに力を入れている高校だから、必然かもしれない。


「嬉しいね、高校生活が楽しみだ」

「絶対に受かろう!」

朋玄(ともはる)は余裕で入れるよな。……俺は駄目かもしれない」


 情けなく頭を抱える実に、三人で吹き出す。


「今日出会えたことといい、なんだか運命っぽい。こういうの、僕は好きだなぁ」


 しみじみと健一が告げるので、俺は頷いた。

 そうだね、他人が見たら些細なことかもしれないけれど、俺たちには重要なことだ。


「さっき通った亮も同じ高校だよ、確か」

「へぇ、そうなんだ。他に同小で行く奴っている?」

「えーっと……。あっ、()()()()もだっけ?」

「あぁ、確か田上も同じ高校だったような」


 田上真昼(たがみまひる)

 俺は実と顔を見合わせ、肩を竦める。

 一度だけ同じクラスになった気がするけれど、正直、どんな子だったか記憶がない。

 いつも一人でいたような気がするな。

 まぁ、俺たちには関係ないことだ。


「田上、ねぇ……?」


 何かがひっかるらしく、苗字を復唱した実は渋い顔で夜空を見上げる。

 砂金のような星々が輝くほどに、時間は経過していた。

 今日はお開き、けれど、すぐに会えるだろう。


 以後、何かと四人で会う機会が増えた。

 志望校は同じだし、一緒に勉強も出来る。

 何より、小学生の時以上に親しくなれた気がして、とても嬉しく思えた。

 ずっと昔から、四人でいたような気さえする。

 どうして忘れていたんだろうと思うほどに。

 俺だけかと思ったけれど、三人も同意してくれた。

 こういうのを、絆っていうのかな。


 灼熱の夏が目前に迫った、六月二十九日。

 目的もなく五百円玉貯金をしている俺は、コンビニで雑誌を買ったお釣りで手に入った五百円を、いつものように棚に置いてある貯金箱に入れた。

 これは、十万円が貯まるという貯金箱だ。

 ガチッ。

 硬貨を穴に差し込んだけれど、奥まで入らない。


「ん?」


 持ち上げて見つめると、硬貨が詰まっていた。

 つまり、貯まったんだ!

 やった、十万円だ!

 感動し、胸がいっぱいになった。


「これで()()()()()()()()


 自然と口から漏れたけれど、……俺は何を買おうとしたんだろう。

 十万円は貯まったのに、購入予定の物を思い出すことが出来ない。


「小六から貯めていたことは覚えているのにな……。俺は何が欲しかったんだ?」


 ソファに座ってしげしげと眺めて見たけれど、貯金箱には何も書いてなかった。

 分からないものの、ひとまず中身を取り出すことにする。

 本当に十万円貯まったのか、数えてみたくなったのだ。

 この手のタイプは、取り出し口がないので破壊するしかない。

 つまり、貯金箱は二度と使えない。

 記念にこのまま保管しておくべきか迷ったけれど、中が気になる。


「どれどれ……」


 十万円かぁ、何を買おうかな。

 卒業旅行を豪華にしてもいいかなぁ。

 ザラザラと音を立てて出てくる五百円玉を見ていると、心が躍った。

 塵も積もれば山となる、だ。


「……何だ、これ?」


 貯金箱の中から、五百円玉ではないものが姿を見せた。

 銀色に光るものではない、熱によってひしゃげたようなそれは焦げているように見える。


「は? 俺は何でこんなものを入れたんだ?」


 訝って摘まみ上げる。

 壊れているけれど、これはペンダントかな?

 ほぼないけれど、チェーンが付属されているような……。

 俺のじゃないぞ、なんだこれ。

 気味が悪くて、思わず手放そうとしたけれど。

 これを握り締めた俺の手は、動かない。

 手放すことを拒むように、開かないんだ。


「ッ、いって……」


 斧で割られたように、頭に激痛が走った。

 割れた部分から何かが飛び出してくるような悍ましさが、全身を駆け巡る。

 胸を押さえ、床に倒れ込んだ。

 ヤバい、痛みで何も考えられない。

 でも、あの時、()()()()()()()()()()()

 ごめんよ、マビル。


「マビル、痛かったよな……俺のせいで」


 手の中のペンダントを、改めて強く握る。

 ペキッと軽い音を立て、役目を終えたようにそれは半分に割れてしまった。

 そうだ、これは俺がマビルにあげた苺のペンダントだ。

 恐々掌を開き、ペンダントの残骸を凝視する。


「マビル」


 一気に膨大な量の記憶が脳に流れ込む、いや、湧き上がる、膨れ上がる!

 勢いについていけず、絶叫する。

 走馬灯のように流れていく忘れていた記憶の中で、いつの間にか隣に立っていたマビルが俺を見つめていた。

 そのマビルは、悪戯っぽく笑っている。


「……思い出した」


 綺麗な艶のある黒髪、大きな猫目、きらきら光る唇に、どんな服を着ても似合ってしまう可愛い顔立ち。

 ドキドキするような身体つき、寂しがり屋の意地っ張りで……。


「マビル!」


 思い出した、()()()()()! 

 俺は、愛しい女の子の名前を叫んだ。


 俺の名前はマツシタ トモハル。

 惑星クレオの勇者の片割れで、伝承の剣セントガーディアンの所持者。

 ()()()()()()、異界に召喚された勇者だった。

 魔王を倒し、それでも異変が続く異世界で調査をし、そして。

 マビルという魔族の女の子に出逢い、恋をした。

 けれど、彼女を護ることができなかった。

 産まれて初めて好きになった女の子の記憶は消去されたけど、想いが強ければ思い出すって……。

 神クレロは言っていた。

 何もかも全て、思い出したよ。

 俺は記憶を消される前に十万が貯まる貯金箱を買い、この元苺のペンダントを入れたんだ。

 異世界に関わるものは没収されたから、本当はこれも神に渡すべきものだったのかもしれないけれど、俺はこっそり死守した。

 これは俺とマビルしか知らないものだ、だから隠し通せた。

 これが拍子で記憶を取り戻す、それを信じて。

 自信があった、俺は絶対に十万を貯めるだろう、マビルと約束していたから。

 記憶を消されても、それだけは守るだろうと。

 俺がマビルにあげた物、マビルが死に際まで持っていてくれた物。

 俺の、宝。


「思い出したよ、マビル」


 いてもたってもいられなくなって、窓を開けた。

 目の前には幼馴染のミノルの家。

 彼は惑星ネロの勇者だ。

 ミノル、思い出してくれ、ミノル!

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