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◆おねーちゃんの名は、アサギ。

挿絵の著作権は常闇久遠さまに帰属します。

AI学習、無断転載、トレス、加工、保存、自作発言等、『見る』以外の行為は禁止します。

 コンコンコンコン。

 暇だったから、結界を叩いてみた。

 いつも通り、軽い音がする。

 ここには、見えない壁があるのだ。

 壁というのは、死んだ両親に兄のアイセル、そして弟のトーマ、ついでに魔王アレクが施した、ご丁寧なあたし専用の結界のこと。

 結界というと聞えはいいけれど、あたしをここから出さないための牢だ。

 囚われた、悲劇のお姫様。

 この向こうには、あたしの知らない世界が広がっている。

 お話を聞くと、とても楽しそうなの。

 魔族が大勢いて、活気溢れる町があったり、海っていう大きな湖があったり、とても楽しそう。

 見てみたい。

 色んなものを見る為に、ここから出たい。

 それなのに、出られないの。

 何も悪いことをしていないのに、どうして。

 あたしはこの場所に縛られて不自由な生活を送っているのに、おねーちゃんは随分と自由そうじゃない?

 理不尽だよね。

 だからね、殺して成り代わるか、生きたまま立場を交換するか。

 どちらかを選択する日がきっとくる。

 でないと、あたしは一生息を潜めて日陰で目立たずに生きるしかないのだと思う。

 この結界から出られる時は、おねーちゃんが魔王として君臨するからで。

 あたしは影で控え、いざとなったら身代わりとして矢面に立たされるのだろう。

 冗談じゃない、そんなの、絶対に嫌っ。

 ……もし、そうだとしたら。

 一体あたしは、何のために産まれてきたの?


 あたしは結界から出られないけれど、魔族や人間がここへ入ることは可能だ。

 これは、あたしだけを遮断する、忌々しいモノ。

 ちなみに、外からこの場所を見ると、鬱蒼とした森が広がっているだけで、立っているあたしは見えないらしい。

 御気の毒ね、美の結晶であるあたしが見えないなんて!

 だからね、こんなにも眩いあたしがここにいるのに、誰も気がついてくれない。

 でも、『呼ぶ』ことを覚えた。

 手招きしてね、「こっちへおいで」、って呼ぶとねぇ、ふらふらと結界の中に入ってきてくれるの。

 偶然通りかかった、見た目がキレーな、男の魔族とか人間を呼ぶの。

 麗しいあたしの存在は、何処にいても異彩を放っているのだー。だから、呼べてしまうのだー。

 それで、退屈しのぎに彼らと遊ぶんだ。

 仲良くなるとね、色んな物を持ってきてくれるんだよ。

 いいね、男の子って。

 とっても便利で従順だから、可愛い!

 高貴な魔族と違い、人間は卑しい種族だけど、魔界にいる人間はそこそこ美形ぞろいだ。

 魔族は稀に人間を魔界へ連れてくると、おにーちゃんが教えてくれた。

 その用途は様々で、食用だったり、奴隷だったりするけれど、容姿が際立って麗しければ、愛玩人形になるそうだ。

 恐らく、あたしが見てきた人間はそういった目的で連れてこられたのだろう。

 人間は短命なうえに脆弱だから、不要になったら簡単に殺せるのが唯一の利点だよね。

 さてさて!

 今日は珍しく六日も生きている、金髪に赤い眼のオモチャと一緒。

 これは魔族の男で、あたしのことを幾度も「可愛いね」って誉め、頭を撫でてくれる。

 あたしが可愛いなんて、当然。

 だから不服なのだ、最大の言葉であたしを褒めちぎって欲しい。

 当たり前のことを連呼されても、萎えてしまう。

 このオモチャの問題点は、語彙力が乏しいのが問題ね……。

 まあそれでも、顏がいいし、身体つきもすらっとしているのに筋肉がそこそこついてて逞しいし、身体の相性もいいし、何より絶倫だし、気に入ってるの。


「マビルは今日も可愛いなぁ。明日も明後日も、ずっと永遠に可愛いね」

「うふふ、ありがとう」


 いつも通り転がって戯れていたら、妙な感覚に身体が震えた。

 上に乗っかってたオモチャを突き飛ばして起き上がり、本能の赴くままに走り出す。

 息を切らせて辿り着いた先にあったもの、それは。

 黒いふわふわの髪が、風に揺れている。

 大きな黒い瞳が、様々な光を捕らえてクルクル回る。

 華奢な手足が軽やかに宙を舞って、踊ってるみたいだった。


「……おねーちゃん」

挿絵(By みてみん)

 そう、間違いない。

 初めて見たけど、解る。

 これは、おねーちゃん。

 勇者アサギ。

 一目で解った、確かに……あたしに似てなくもない。

 けど。


「あ、ああああああ、あたしのほうが絶対可愛いじゃんっ! どうしたって、こっちのほうが美少女じゃんっ」


 思わず叫んでいた。

 そうなのだ、目の前のおねーちゃんは……なんかポヤポヤしてて、鈍臭そう。

 つまり、華が無い。

 髪の艶だってあたしのほうが綺麗、瞳だってあたしのほうがおっきくてキラキラしてる、唇もぷっくら艶やかなのはあたし、胸だってあたしのほうが絶対大きいし。

 誰がどう見ても、あたしの勝ちだ。

 けれど、問題はそこじゃない。

 あたしが驚愕したのは、風に吹き飛ばされそうなほどひ弱な魔力だ。

 愕然とした。

 あんなの、魔王になれるわけないじゃん。

 このあたしなら、確実に一瞬で殺せる。

 間近で見て確信した、それが出来る。

 ただ、腸が煮え繰り返るほどの敗北感を味わった。

 苦汁を嘗めるってこういうことらしい。


「……キレーなオモチャが、いっぱい」


 そうなのだ。

 醜女なおねーちゃんの周りには、あたしがさっきまで一緒だったオモチャ以上のオモチャが、数人居た。

 あたしは、それらに見惚れた。

 だって、格が違うんだもの。

 おにーちゃんから聞いたから、誰なのか大体解る。

 あの、黒の長髪男が魔王ハイ。根暗そうだしおっさんだけど、顔立ちは良い。

 そっちの銀髪に角が生えてるのは、魔王リュウ。馬鹿っぽいし、目つきが悪いけど体格はいい。

 女はどうでもいいから置いといて、その隣に居るのが魔王アレク。生粋の王族、美貌の魔族の王。ただ、思ったよりなんか気弱そうだし病弱に見える。

 それから、性根は腐ってそうだけど、あの途轍もなくキレーなの。

 この中で一番若い紫銀の髪の男が、類を見ない人間のドラゴンナイトであるトビィとかいう奴!

 以前、おにーちゃんが誉めていたから記憶してる。

 人間なのに筋が良くて、そこらの魔族より腕が立つって。

 落ちた影に気づいて上空を見上げれば、二体のドラゴンが飛行していた。

 あれが、トビィの相棒だ。

 いいなぁ、愉しそうだなぁ……。

 おねーちゃんの周りには、これだけ上玉のオモチャが揃っている。

 とっかえひっかえ出来るし、このオモチャたちは多少無茶をしても死んだりしないだろう。

 いいなぁ、なんて羨ましい。

 いや、とっかえひっかえというか、常に何人ものオモチャを侍らせているに違いない。

 とにもかくにも、羨ましい! 

 あの極上の男共が群がる様を想像したら、涎が出た。

 いいなぁ。

 いいなぁ、いいなぁ。

 あたしは、行けるトコまでその眩い集団を追いかけた。

 一体、これから何が始まるというのだろう。

 おねーちゃんは楽しそうに笑いながら、トビィと手を繋いでいる。

 そこらへんの雑草で作ったみすぼらしい花冠を嬉しそうに頭に乗っけて、幸せそうにしていた。

 あたしは、あんなの絶対に要らないけど。

 汚くて貧乏たらしいものに悦ぶだなんて、理解不能だ。宝石がじゃらじゃらついた冠くらい、用意してもらえるだろうに。

 見ていたら、なんだかお腹の上あたりがムカムカしてきた。

 あたしのほうが可愛いのに、どうしておねーちゃんばかりを可愛がるの?


 やがて、おねーちゃんたちは手頃な場所に座り込んで何かを広げ始めた。

 あれは、食べ物だろうか? 

 えっ、こんな場所にわざわざお昼ご飯を食べに来たの!?

 唖然としている目の前で、みんなで仲良く輪になって、見たことのないものを談笑しながら食べ始めた。

 あの白い丸っこい食べ物、なんだろう? 美味しそう……。

 なんだか、いい匂いがする……。


「アサギは料理が上手だなー、はっはっは!」


 魔王ハイが涙を流して食べている。

 どうやら、おねーちゃんが作ったらしい。

 あたしは、お腹を軽く押さえた。

 くぅ、と悲しげな音が鳴る。

 お腹、空いた。

 セツナイ。

 トビィが優しく微笑みながら、おねーちゃんにお肉? を食べさせたり。

 魔王リュウが、苺を勧めていたり。

 魔王ハイが、豪快に無我夢中で幸せそうに料理を食べていたり。

 魔王アレクとその恋人らしき女が、愉快そうに笑みを浮かべて。

 そして、中心におねーちゃんが居て、とても、幸せそうに……。


「ムカツクっ!」


 腹に据えかねて、魔力を解放し呪文を繰り出した。

 得意の電雷の呪文、最大級。

 でも、結界に阻まれて届かない。あたし自身も、その魔力も、ここから出られない。


「あぁ、もうっ!」


 わざわざ幸せなところを見せつけに来たの? 性格悪すぎるじゃんっ! 

 あたしはまだご飯を食べていないし、いつも一人ぼっちだし、オモチャなんてすぐ壊れちゃうし!


「くそっ、くっそっ!」


 がむしゃらに、何度も呪文を繰り出してみる。

 何度かやってみたら、結界が崩壊するかもしれない。


「天より来たれ我の手中に、その裁きの雷で我の敵を貫きたまえ。眩き光と帯びる炎、互いに呼応し進化を遂げよっ! 我の前に汝は消え行く定めなり、その身を持って我が魔力の贄となれっ」


 両手に集中、爆発させるんだ、あたしの全てをっ。

 標的はただ一人、おねーちゃん。

 死んでしまえ、だいっ嫌いだっ。

 大きく振り被って、最大の呪文を繰り出した。

 けれど……駄目だ。

 結界はあたしを嘲笑うかのようにそこにあって、魔力が跳ね返ってきた。

 逃げられなかったあたしは、その威力の半分を自身で受け止める形になった。

 自分が一番知っている。

 あたしの魔法の威力は、半端ない。


「ぎゃんっ」

 

 身体が痺れて、焼けて、遠くへ放り出されて地面に叩きつけられた。

 流石、あたしの魔力。

 つよーい、つよーい。

 あたしは、すごい。

 ……あぁ、これをおねーちゃんにぶつけられたら、絶対即死するのに。

 届かない。

 あたしの声も姿も、魔力も。

 何もかも全てが、誰にも届かない。


「さみ、しい……いた、い……いたい、よ……」

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