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◆「トモハル」

★挿絵の著作権はしらゆき様に帰属します★

★AI学習・トレス・自作発言・保存・加工等、『見る以外の行為』は一切禁止です★

 理解が追いつかない、おねーちゃんが何を考えているのか、さっぱり分からない。


「その予言家を知る者は、今の魔族にはいない。ならば、『マビルこそ、魔界を統治する者』と変えたとしても誰も疑問に思いません」

「な、何を言っているの? そんな非常識な」


 唖然としたけれど、おねーちゃんは真顔だ。

 信じられないけれど、本気で言っている。


「予言とは、未来の物事を予測すること。ただし、正確ではないと思っています。いくらでも捏造出来ます」


 えええええ、勇者が予言を捻じ曲げちゃうの!?

 許されることなの!?

 止める言葉が出てこないあたしを他所に、会話は進む。


「トビィお兄様。ナスタチューム様に協力を申し出ましょう。マビルを“聖魔族で大事に扱われていたアレク様の遠い親戚”とすれば、問題はないのでは」

「マビルを正当なるアレクの後継者、とするのか」

「はい。私が仮の魔王となった意味が分かった気がします。きっと、この為です」

「アサギの言う事であれば、皆は信用する。……その自信があると?」

「信用して頂けるよう、努力します」


 ナスタチュームが誰か知らないし、何を言っているのか分からないけれど、ここで止めなければおねーちゃんは強硬手段に出そうだ。

 あたしの身を案じてくれているのだろうけれど、手放しで喜べないっ。


「ま、待って、待って! あ、あたしは別にそんな」


 確かに、女王として君臨することを夢見ていた時期もあったケド。

 でも、今となっては興味がないの。

 それよりも、予言など忘れて普通に暮らしたいのっ。

 あたしが欲しいのは、いつもそこにある温もりっ。

 あと……出来れば、コイツと一緒にいたい。

 傷は塞がっているけれど、ぐったりしている脆弱勇者を見下ろす。

 きっと、血を流し過ぎたのだ。

 コイツはこの通り弱いけれど、美味しい飲み物やご飯を作ってくれるし、何かと便利だから。


()()()()な予言だとは思うが……」

「予言や運命に縛られるのは嫌です。変更して、()()()()()()

「あ、の」


 あぁどうしよう、話がどんどん進んでいく!

 言わねば離れ離れになってしまうのかな、嫌だな。

 でも、恥ずかしくて言い出せないな。

 どうしたらいいのかな。

 魔界では、また独りぼっちになっちゃうのかな。

 違うの、あたしはそんなものいらないから。

 だから。


「私が新たに予言をしますね」

「はぃ?」


 眩い笑顔を見せて微笑むおねーちゃんに、狼狽える。


「マビル、()()()()()()()()()()()()()。先の予言は誤り、こちらが真実です」

「あ、あたしはっ。もう女王になんか」


 怯えて首を横に振ったけれど、途端におねーちゃんの顔が強張る。

 

「ですが、マビルは罪を犯しました。償わねばなりません」


 ……あぁ、やっぱりそうなのか。

 調停者のような雰囲気に飲まれそうで、身体中が凍りついた。

 怖い、と思った。

 魔界で見た、得体の知れない時の雰囲気に似ている。

 どちらが本当のおねーちゃんなのか、分からない。


「そ、それは……。ごめんなさい」


 謝って済むものではないと、もう理解しているよ。

 でもね、あたしは寂しかった。

 言い訳になってしまうけれど、思うままに行動しなければ、生きる事を手放してしまいそうだったの。

 寂しくて、怖いのは、嫌なの。


()()()()()()()()()()()()()()()


 不安げにおねーちゃんを見やると、そう言われた。


「だって、おねーちゃんが『悪い事をしたと思ったのなら、素直に謝りなさい』って教えてくれたから」


 キィィ、カトン。


 ん?

 なんだか奇妙な音が鳴ったぞ?

 何、今の。

 木製の何かが回転した際に出す、軋む音だった気がする。

 そんなもの、ここにはないのに。

 トビィも訝って周囲を見渡しているから、聞き間違いではないみたい。


「……()()()()()()()()()()()()?」

「うん、おねーちゃんに」

「私に?」

「うん」

「……あれ? ()、そう話した気がする」

「うん、教えてもらった」


 間違いなく、おねーちゃんに教えてもらった。

 ……でも、変だな。

 会話をしたのは今回が初めてなのに? 

 どういうこと?

 あたし、誰かと勘違いしている?

 いや、そんなはずはない。

 そう教えてくれたのは、目の前のおねーちゃんだ。


「あたし、ちゃんと憶えていたよっ。偉いっ?」


 こうすれば、おねーちゃんはあたしを褒めてくれる。

 ()()()、そうだったから。

 ……以前って、なんだっけ。


「よくできました。もう、大丈夫だよ。おいで、マビル」


 まぁいいや。

 あたしは、広げられたおねーちゃんの腕に飛び込んだ。

 肺いっぱいに空気を吸い込むと、陽だまりのように柔らかな香りがする。

 そして、あたしを包み込む優しい腕に酔いしれた。

 あぁそう、これよ、これ!

 おねーちゃんはね、あたしが眠れるまで頭を撫でてくれるの。

 傍にいてくれたら、ちっとも寂しくなんかないわ。


「情け深いアサギの、救いたい気持ちは分かる。しかし、皆にどう説明する。犯罪者の過去は消えない」


 トビィの声に、現実に引き戻される。

 そうなのだ、あたしは悪いことをたくさんした。

 魔界や人間界で魔族や人間を殺し、時に街を燃やした。

 人間たちは怒っているだろうし、魔族だってあたしを受け入れるとは限らない。

 道徳に反することをしてきたから。

 面倒だから、おねーちゃんとてあたしを見放すだろう。

 いくら信頼の厚い勇者であっても、あたしはきっと、手に負えない。

 恐々おねーちゃんを見やると、困惑している。

 ほら、なんにも言えない。

 だってあたし、悪い子だから。

 仕方ない。


「俺がなんとかする」


 胸がズキズキ痛んでいると、小さくそんな声が聞こえた。

 低くて掠れていたけれど、よく通る声だった。

 これはね、あたしがとても好きな声だよ。

 よろけているけれど、ようやく起き上がったコイツはトビィを睨みつけている。

 ……よかった、動けるみたい。

 よかった、本当に……よかった。


「本っ気で斬っただろ、トビィっ。死んだと思ったっ」

「オレは常に本気だ。()()()()()()()()()なら、妥協せずに強くなれ。それでは無理だ」


 ……へ? 

 好きな、女? 


「アイツと違って、()()()()()()()()だろ」

「そうだね、その点は」


 トビィと会話していたけれど、あたしには内容が入ってこない。

 護る? 

 おねーちゃんをでしょ?

 挙動不審ながらもコイツを見上げると、目が合った。

 好きな女って、おねーちゃんのことだよね?

 じぃっと見つめ返してきたから、思わず息を飲む。


 キィィ、カトン。


 また、奇怪な音が鳴っている。

 ただ、あたしは。

 コイツから目を逸らすことが出来ない。

 音が気にならないほど、引き込まれている。


「とっ、ともかく。全力で俺がなんとかするからっ」


 陰鬱な空気を振り払うように、コイツが叫ぶ。


「何も思い浮かばない、けれど、絶対に方法はある。俺がそれを探すから、頑張ろう。一緒に暮らしていこう、マビル。もう、手を離さないから」


 コイツは、あたしの名前を呼んだ。


「で、でも、アンタは」


 頭の中が、ぐちゃぐちゃ。

 コイツの唇から零れた名前は、“アサギ”ではなかった。

 考えつかれて額を押さえると、おねーちゃんが優しく背中を擦ってくれる。

 待って、落ち着いて。

 あたし、この感覚を知っているの。

 以前もね、コイツの背中を見ていた。

 その近くにはおねーちゃんが居て、眩い二人はいつも一緒だった気がする。

 でも、コイツが護っていた人は、誰だった?

 本当に、おねーちゃんだった?


『どうか、ご無事で。健やかにお過ごしください』


 あたしに告げられた声が、聴こえた。

 何時の記憶なのかわからないけれど、あたしはコイツを産まれる前から知っていた気がする。

 だから、逢えるのを待っていた。

 もしかしたら、あたしはコイツに逢いたくて、生きる道を選んだのかもしれない。

 何をしてでも、生き延びるために。 

 サラサラの髪が綺麗で、あたしだけを真剣な眼差しで見つめてくれる瞳が尊くて、何もかもが好きだったのだ。

 って、考えてから頭を横に振る。

 何だ今の、あたしは甘い夢想家じゃないのにっ。


「あんたは、よ、弱いから、嫌い! あたしに操られていた、不甲斐無い奴っ」

「弱いかもしれないけど、操られていたわけじゃないよ」 


 何を今更っ。

 しれっと言ったコイツに腹がたったので、胸倉を掴む。


「あたしを、おねーちゃんと間違えていたくせに!」

「いやいやいやいや、間違えてないよ! ひょ、ひょっとして、だから名前を教えてくれなかったの!?」


 細くて下がり気味の瞳が、零れるほど大きく開いた。

 あたしの手をやんわりと包み、軽く咳込んでからそう叫んだコイツ。

 ……不意に、出逢った日を思い出した。


『ねぇ! なんて呼べば良い?』


 去り際のこれは、あたしの名前を教えてってことだったの!? 


「ま、紛らわしい! 名前を教えてって言ってくれたら、あたしだって答えたのに」


 勘違いが恥ずかしくて、コイツの身体を大きく揺する。

 ……最初から、あたしがおねーちゃんじゃないってわかっていたの?

 嘘だ!


「ご、ごめん。だって、()()()()()()()()()()()から、そんなこと思わなかったし……」 

「う、嘘だ! あたしを間違えなかったのは、おねーちゃんを悍ましいほど溺愛していてるトランシスだけだっ」

 

 これじゃ、あたしが間抜けなだけじゃん。


「横やりを入れてすまないが、オレも間違えない。ついでに、そこらにいる奴らも間違えない、間違えたら馬鹿だ。微塵も似ていない」

「うっさい、トビィは黙ってて!」

「ごめんマビル、ミノルも解ってたよ? 部屋で遭遇した時『どちらさま』って叫んだでしょ?」

「う、うっさいっ! だ、だって、惑星クレオの人間たちはあたしを「アサギ様」って崇めたもの」

「それは、間近でアサギを見たことがなかったからじゃ……。そもそも、今は髪の色が違うし」


 髪の毛の色? あぁ、確かにおねーちゃんの髪は黄緑色だよねっ。

 あたしは黒髪だから、間違えないよねっ。


「びええええええ、これじゃあたしが馬鹿みたいじゃんっ! そもそも、傀儡の術をいつ解いたのよっ」


 穴があったら入りたい。

 ムカつくから、コイツの胸を叩き続ける。

 

「傀儡の術って、もしかしてキスの魔法のこと? あれは……」

「キス!?」


 しどろもどろ告げるコイツに、周囲が鋭く叫んだ。

 外野うるさいっ、静かにしてっ。

 顔面が真っ赤になったコイツは、両手で顔を隠している。


「あれ、意識は飛んだよ。けど、術にはかからなかった。好きな子にキスされたら、誰だって放心状態になるだろ」


 さっきから、周囲が色めき立つそれはなんなのよ。


「キスって何」


 訝って訊ねると、瞳を宝石のように輝かせたおねーちゃんがグイグイと近寄ってきた。


「キスとは、口づけのことです。そうでしたか、トモハルとマビルはすでに口づけをする仲なのですね!」

「ききききき曲解しないで! あれは口づけじゃなくて、傀儡術よっ」


 うっとりとあたしを羨ましそうに見つめるおねーちゃんは、別の意味で怖かった。

 根掘り葉掘り訊かれそうなのだ、勘弁してよっ。

 

「荷物を掻き集めたり、食事を運んだのは俺の意思だよ。色々大変だったんだ……」


 確かに、あまりにも能動的で妙だなぁとは思っていたけれど。

 コイツは項垂れるように、顔を両手で覆ったままくぐもった声を出した。


「寝室が一緒で、緊張して眠れなかったし。俺の服をパジャマがわりにしてると、肩が出て色っぽかったし。家族に見つからないようマビルの服や下着を洗って干すの、目を瞑っていたけれど恥ずかしかったし。とにかく大変だった……」

「ど、どうして私に相談しなかったの」

「多分……二人でいたかったから、相談しなかったんだと思う……」

「そっか……それなら仕方がないね……。気持ちは分かるから何も言えない……」

「流石アサギ、ありがとう」

「とても好きなんだね」

「うん……」


 えっ、何この会話、恥ずかしくて身体中が痒いっ。


「うううううううう、嘘だ、嘘だ! でたらめだっ」


 本当に、最初から効いていなかったの?

 ……駄目よ、これは出任せだ。

 信用するな、あたし。

 ()()()()()()()()()()()()()()、そんな苦い思いはもうたくさんでしょ?

 突き動かされる感情に身を委ねて殴り掛かったら、右手を難なく掴まれた。

 顔が近づき、長くて綺麗な睫と色っぽい唇が間近に迫る。

 そうだね、鎖骨や手も存外イイ感じよね。

 ぅ……きゃーっ! 

 びええええ、近寄るな、近寄るな、近寄るなっ!

 鼓動が狂って呼吸がままならないから、近寄らないでっ。

 あたしは、変だ。

 何これ、何これ!? 

 胸がきどきど……ではなくて、どきどきするっ!


「マビルは、とっても素敵な女の子なんだよ。俺は知ってる。マビルのこと、大好きだよ」

「はわ、はわわわ」


 近い近い近い近い近い!

 仰け反っても顔がついてくる!

 くっそ、そんなに優しい瞳で見ないでっ!

 

「好きなんだ」


 ボン、って、音がした。あたしの頭の中で、何かが爆ぜた音がした。顔が、熱いよ。

 

「好きなんだ。最初に見たときから、好きだ」


 な、なんなの!?

 身体が言うことを聞かないよぉ、このままだとあたしは飛散して消えてしまうよぉ!


「傍にいたい。マビルのこと、護りたい。俺が勇者になったのはこの為だ」


 身体が震えて、脳が痺れ、顔が熱くて溶け出しそう。

 あたしはどうなってしまったんだろう。

 脚から崩れ落ちそうだったけど、おねーちゃんが支えてくれた。

挿絵(By みてみん)

「マビル。私とトモハルで、貴女を必ず護ります。罪を消すことが出来なくても、償うことは出来ます。辛いとは思いますが、一緒に頑張りましょう」

「俺とアサギで、絶対にどうにかするから」


 コイツが強く手を握ってくれた、おねーちゃんが頭を撫でてくれた。

 あぁ、あたしはようやく安住の地を見つけたのかな。

 

「あたし。……一緒にいいてもいいの?」

「もちろん」


 気付いたら、泣いていた。


「うっ、うぅっ」


 伝えたいことはたくさんあるのに、声が出ない。

 息をするので精一杯だ。

 本当に大丈夫?

 あたしは、お荷物じゃない?

 心を入れ替えて頑張るから、どうか見捨てないで。

 あたし、光の中を歩けるように努力するから。 

 コイツを見たら、照れくさそうに微笑んでいた。

 その笑顔を、信じても良いの?

 あからさまな深い溜息が聞こえたから見やると、トビィが苦々しい顔をしていた。


「アサギがそう言うのなら、仕方がない。不本意だが、協力しよう。……まぁ、こうなるのは想定内だ」

「アサギ様がいる以上、厄介事は必然ですしね」


 周囲に集まってきた人間たちと、トビィの竜が笑ってる。

 ……憧れ望んだ世界に、あたしが居てもいいのかな?

 その輪の中に混ざっても、許されるのかな。


「悪かったな、斬りつけて」


 どぎまぎしていると、トビィの鋭利な視線があたしに突き刺さった。

 怖いけれど、でも、口元は優しい気がする。

 コイツの衣服を握り締めながら、見返した。


「言い分を聞こうと思ったが……売られた喧嘩は買う性質なんでね。そもそもアサギに傷を負わせた時点で終わりだ、仇名すなら斬る。当然だろ?」


 言いたいことは山ほどあるけれど、おねーちゃんを傷つけたあたしを敵とみなしたのだろう。

 この男は、おねーちゃんを溺愛しているから。

 おねーちゃんには、トランシスという恋人がいるから不毛なのに。

 でも、今ならなんとなく分かる気がする。

 好きな気持ちって、簡単に消せるものではないんだね。

 簡単に生まれるのに、不思議だね。

 あれ?

 そういえば、トランシスは何処?  

 どうしてここにいないんだろう?


「ただ、トモハルの本気を見たかったこともある。その女を護りぬくと誓ったのなら、命くらい賭けてもらわないと」


 コイツは言葉を飲み込み、項垂れて頭を下げた。

 でも、その顔は何処となく嬉しそうに見える。


「惚れた女が弱み。気持ちは十分解るが、言葉足らずだ。早い段階で相談していたら、大事にならずに済んだだろ。……その辺り、今後考慮しろ」


 突っ走ったことを反省しているのか、コイツは縮こまっている。


「トモハルは……これでも可愛い弟子みたいなもんだ、悪女に翻弄されても困る。そっちの女がどう反応するか見定めてはみたが、一応合格にしておこう。何が好いのか、オレにはさっぱりだが」


 ん?

 今、さりげなく侮辱された気がする。


「っ! あの悪魔みたいな奴と同じこと言わないでっ!」

「悪魔……? トランシスか。止めてくれ、それ以上言うと今度こそ息の根を止めるために斬る」

「どこまでも失礼な奴らっ! 二人共()()()()!」

「だ、駄目だよマビル。それはトビィに禁句だから」

「だって、髪も瞳も色が同じだもんっ。性格が歪んでいるところもっ、おねーちゃんの前でだけ愛想がいいのもっ」


 ぎゃーぎゃー騒いで、我に返った。

 あれ、あたしはすでにこの輪の中に馴染めている?

 まるで、()()()()()()()()()()()に、自分を曝け出して。

 嬉しい! 

 誰かと一緒にいられるって、とても幸せ。

 明日からは出来る限り罪を償えるように、努力しよう。

 コイツやおねーちゃんの隣にいても笑われないように、頑張ろう。

 簡単なことではないけれど、やってみせる。

 もう、泣かないぞ!

 指先で涙をすくったら、トビィが目を丸くした。


「あぁ、今の笑顔はごく僅かだが、アサギに似ていた。……かもな」

「マビルのほうが可愛いよ」

「それは聞き捨てならん」


 コイツとトビィは、笑い合っている。

 そっか、険悪な仲に見えたけど、違う。

 実はとっても、仲がいいんだ。

 ここの仲間たちは互いを信頼しているから、憎まれ口を叩いても平気なんだろう。

 いいな、すごいな。

 あたしもそこに混ざることが出来るかな。

 そっとコイツを見上げたら、優しく微笑んでくれた。

 わぁ。

 ……嬉しい、とても幸せ。

 おねーちゃんに成り代わらなくても、あたしが欲しかったものはちゃんと手に入るんだ。

 嬉しくて、泣けてきた。

 けれど、泣かないの。

 我慢する、恥ずかしいから。

 明日からは、心穏やかに笑って過ごせる素敵な世界が……あたしにも訪れる。


「まず、何から始めようか」

「クレロ様に報告かな。天界城に監禁されたら困るけど、断固として反対するから大丈夫」

「あとは住む場所だよね。秘密基地の俺の部屋はどうかな。あっちはそんなに使ってないから、マビルの大量にある荷物を置けそう」

「荷物? ……そんなに?」

「うん、ものすごく多い。今、俺の部屋大惨事」


 おねーちゃんと話すコイツだけれど、いつものようにあたしと手を握ってくれていた。

 クレロ様って、誰だろう?

 天界城って、なぁに?

 分からないことだらけ、でも、おねーちゃんはきちんと教えてくれるだろう。

 だから、心配することはない。

 それに……大丈夫。

 コイツはあたしを大事に思ってくれている、だから傍にいてくれる。

 嘘じゃないって、分かるよ。

 心強いし、嬉しいよ。


「マビル。もう分かっていると思いますが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。嘘をついてしまって、悪かったと思ったのなら、遅れてでも構いません。きちんと、思いを伝えてね」

「うん、分かってる。あたし、もう間違えない」


 大きく頷いたけれど、心に靄がかかっている。

 以前も言われたはずなのに、やっぱり思い出すことが出来ない。

 思い出さなきゃいけない気がするのに、心の引き出しに鍵がかかっていて、開けることが出来ないの。

 気持ち悪い。

 ……何故だろう、こんなにも幸せなのに、不確かな不安が忍び寄る。 


「それから、トモハル」

「何?」

「護り抜くと誓ったなら、トモハルも無茶をしないで。身を挺してマビルを庇うのは嬉しいけれど、死んだら終わりだよ。()()()()()()()()ね」


 突如、おねーちゃんの声が豹変した。

 急に冷めたというか、威厳ある声に変わった。

 聞いていたあたしですら、委縮するほどに。


「わ、解ってる……そうだね、“解ってる”」


 だから、直に言われたコイツは怯えている。

 繋いでいた手から、汗が吹き出た気がした。


「へぇ~! 仲いいんだぁー!」


 茶化すような声に、我に返った。

 ゾロゾロと近寄ってきた多くの人間に、少しだけあたしは怖くなった。

 あ、あたしは意外と内気なので、大勢に囲まれるとどぎまぎしてしまうの。

 ……慣れていないのだ、こんな風に過ごしたことはないから。

 思わず、コイツの背に隠れる。

 ボスッと鈍い音がしたから恐々見やると、ミノルがコイツの腹部を殴っていた。

 は? ムカつくっ!

 殺意が芽生えたけれど、二人は笑い合っている。

 どうやらこれは、ただの馴れ合いらしい。


「い、いいだろっ。別に」


 見上げると、コイツは真っ赤になっていた。

 握っている手が、もぞもぞと動いている。

 それが妙に子供っぽくて可愛いから、あたしもくすぐったくなってしまった。


「名前はなんていうの?」


 知らない男が、あたしを見てそう言った。


「可愛いだろ。マビルっていうんだ」

「マビルちゃん、かぁ。僕はケンイチ、よろしくね。トモハルと同じ勇者だよ」


 ふむ、勇者のケンイチ。

 なんとなく名前だけは憶えている。


「……やっぱり、“()”なんだね」


 朗らかに笑って、ケンイチがそう言った。

 マ?

 マ、って何だろう。

 その隣で、背の高い男が相槌をうつ。

 

「そういえば、“マ”の女の子にやたらと反応してたっけ。予感でもあった?」

「……分かんない」


 困惑しているトモハルを見上げていたあたしは、足を踏み鳴らしているミノルを一瞥した。

 ミノルは少し苦手だ。

 子供っぽくて、うるさいから。

 物静かで大人びたコイツは違う。


「予感どころじゃねーよ。最初に行ったジェノヴァの宿でも、『マ……マ……』って寝言を言ってただろ」

「えっ、そうなの!? は、恥ずかしいな。予感があった、っていうか。……どうかな、マビルは見た瞬間に、好きだ、って思ったよ。一目惚れ、っていう言葉では終わらせたくない、そんな想いかな。上手く表現できないけど」

「ヒエー! 流石トモハル、キザな奴っ」


 周囲が沸いて、あたしたちはもみくちゃになった。

 でも、あたしたちの手は離れない。

 正直、少し怖いし驚いたの。

 こんなに大勢いるから、中には悪いことをしたあたしを憎む人間もいるんだろうな、って思っていた。

 でも、違う。

 ここにいる人間は、みんな優しい。

 それはおねーちゃんとコイツと親しいからかもしれないけれど、彼らの笑顔は嘘偽りないものに見えた。


「おっ、アサギたちもこっちへ来るぞ」


 仲間たちにあたしの説明をしていたのか、離れていたおねーちゃんが手を振っていた。

 さらに人間が増えるけれど、大丈夫。

 もう、怖くない。

 ……でもね、あれ?

 おねーちゃんの顔色が、とても悪い気がする。

 どうしてあんなにも真っ青なの?


「みんなに紹介するよ。大変だから一度に憶えなくても大丈夫だからね」

「あたし、賢いから大丈夫!」


 元気よく返事をしたけれど、あたしはおねーちゃんから目を離すことが出来ない。

 どうしたの、どうしたの。

 何故、そんなにも辛そうなの?

 隣のコイツは嬉しそうにはしゃいで、両手を空に掲げた。

 やってくる仲間たちに手を振っていたから、あたしも真似をしたの。

 少し照れくさいけれど、仲間に入れてもらおうと思って。


「ダメ、マビルッ!」


 あたしの身体が、大きく揺れた。

 ……え?

 おねーちゃんの叫び声が響き、遅れて人間たちが口々に悲鳴を上げている。

 驚愕したアイツは真っ青で、切羽詰まっていた。

 あたしに向かって必死に手を伸ばしているのに、離れて行ってしまう。


「マビルッ!」


 ……え? 何?

 あたしの身体が、みんなから離れていくの。

 な、なんでっ、どうして!

 周囲の風景が流れていく。

 ものすごい勢いで、あたしの身体が後ろに引っ張られていることに気づいた。

 まるで、全身に糸が絡まっているみたい。

 止まらないの!

 落ち着こう、あたし。

 魔力を集中し、この身体を止めるのだ!

 そう思うのに、動揺しているのか全然駄目。

 狼狽えている間に、あたしだけがドンドン引き離される。

 まるで、『お前はあそこにいられないよ』とでも言われているように。

 ううん、違う!

 あたしは、あそこにいるっ!

 必死にこちらへ向ってくるおねーちゃんと……アイツが見える。

 だからあたしは、諦めない。

 でも、これは一体なんなの!?

 あたしはあそこにいたい、だからお願い、居場所を奪わないでっ。

 あそこに、居させて!

 呼吸が苦しくなってきた、あたしはこのまま死んでしまうのかな。

 皆から引き離されて、一人で塵になって消えてしまうのかな。

 あぁ、身体中が引きちぎれそう、痛い、痛いよ!

 あたしは、すんなり理解した。

 そうだ、あたしはここで“死ぬ”。

 多分、殺されるのだ。

 ……嫌。

 絶対に、嫌。

 死にたくない。

 お願い、あたしは、まだっ。

 まだ、アイツの名前を一度も……。


「お、おねーちゃん、おねーちゃん! 助けて、助けて!」


 泣き喚いた。

 声が出ているのかも解らないけれど、喉が潰れるまで懸命に叫んだ。


「やめて、おねがい、あそこにいたいの!」

「馴れ合ってもらっては困るんですよ。邪魔ですね、()()()


 何処かで聞いた声がした。 

 目の前が回転していて思い出せない……でも、腹が立つほど痺れる声の持ち主などそういない。

 思い出した、人間の村で魔物と対峙した時に出遭ったあの魔族だ。

 結構綺麗な顔立ちの、桃色の髪の男!

 目の前に、真っ赤な花弁が飛散している。

 あぁ、綺麗だなぁと思ったけれど。

 これは、あたしの血だ。

 花弁じゃ、ないよ。

 あたしの血と肉片が、舞っている。

 微かだけれど、ピッて音が聞こえてくる。

 痛い、皮膚が切れ、肉が抉れているんだ。

 精一杯、手を伸ばすの。

 お願い、護って。

 助けに来て。

 一緒に、いたいよ。

 でもね、もうだめだ。

 目が霞むよ。

 声が出ないよ。

 力が入らないよ。

 何も見えないよ。

 ……今度は、()()人間に産まれたいな。

 そしたら、おねーちゃん、ずっと一緒に遊んでくれる?

 ねぇ、トモハル。

 あ、あたしね。

 あたしは。

 もう、瞳には何も映らないけれど。

 でもね、トモハルの笑顔だけは、ちゃぁんと瞼に映っているよ。

 そうだね、あたしのことを見ていてくれたね。

 あたしを楽しませようと、一生懸命だったね。

 嬉しかったよ、愉しかったよ。

 だから、とても幸せだったような気がするよ。

 貰った苺の首飾り、ここにちゃぁんと持っているよ。

 だって、飛び切り可愛いもの。

 何より、トモハルが選んで買ってくれた物だから。

 そうだね、きっとあたしはトモハルのことが好きだったのかもしれないね。

 だって、おねーちゃんのことを好きなんだろうな、って思うと気分が落ち込んだよ、嫌だったよ。

 あたしだけ、見ていて欲しかったよ。

 ……違うね、見ていてくれたんだよね。

 お願い、最期に名前を呼ばせて。

 あたしは一度も、アイツの名前を呼んでいないの。

 アイツの名を呼ぶあたしの声を、聴かせていないんだ。

 ……お願いします、来世では真面目に生きるから、命と引き換えに今だけあたしの願いを叶えてください。


「たすけてーっ、トモハルーっ!」

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