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◆あたしは可愛いから、安い服も高級品に見えるんだって!

 また手を繋ぎ、げーせんを出て歩き出す。

 温かいけれど、もどかしい。

 だから、繋いでいた手を振り払おうとした。

 この生温かさが、胸の怒りを膨らませてしまうんだ。

 唇を尖らせ歩いていたら、あたしが気に入っているお店の前を通過した。

 このお店には可愛い鞄や装飾品が並んでいて、全部素敵。

 多くのオモチャに買ってもらったから何個か持っているけれど、来るたびに違う商品が並んでいる。

 綺麗なものを見て心を鎮めようと、近寄って眺めた。

 ほぅっと溜息を吐くと、少し心が軽くなる。

 

「わー……」


 新しく並んでいた小ぶりの鞄は淡い色合いで、可憐なあたしにぴったりだ。

 可愛いな、これ。

 いいな、欲しいな。

 でも、あたしはお金を持っていない。

 駆け寄ってきたコイツを見上げて、お腹の底から溜息を吐く。

 きっと、コイツは買ってくれない。

 だって、お金を持っていないから。

 ここのお店は、『0』がたくさん並んでいる。


「これ、好きなの?」

「うん」

「あー……俺でも聞いたことがあるブランドだ。高いなぁ……小学生には無理な値段だ」

 

 苦笑いしてブツブツ何か言っていたから、肩を竦めた。

 いいよ、期待していなかったから。

 あたしの欲しい物を、コイツはくれない。

 それを知っている。


「高校生になれば、バイトが出来る。そうしたらプレゼントできそう」


 よく分からないことを言い出したので、あたしは無視して歩き出した。

 慌てて追いかけてきたけれど、伸びてきた手を振り払う。

 今はもう、手を繋ぎたい気分じゃない。


「大人になったら買ってあげる。それまで、待っていて」

「……うん」


 大人? 待っていて?

 安心しなよ、大丈夫。

 アンタは、あたしに殺される。

 だから、大人になることはない、もうすぐ死ぬのだ。

 コイツといても、いいことなんてないから。

 唇を噛み締め見上げたら、照れくさそうに微笑んでいた。

 懲りもせず手を握ってきたから振りほどこうとしたけれど、今回は強めだったので驚いた。

 怪訝に見やると、打って変わって哀しそうな瞳で地面を見ている。

 でも、あたしにはコイツの気持ちが解らない。

 何故、そんなに辛そうな顔をしているの。

 チクン。

 少し、胸が痛んだ気がする。

 ……変なの。

 可哀そうに思えて、仕方がないから手を繋いだまま歩いた。

 コイツは、何も喋らなかった。

 その沈黙が、とても心苦しい。


 歩いていたら、小さな屋台が並ぶ場所に出た。

 興味はないけれど暇なので、一軒一軒見てまわる。

 ここは“0”が少ないから、安いお店だ。

 やたらキラキラしているけれど、どう見ても粗悪品。

 つまり、あたしには似合わないもの。

 コイツは一生懸命何かを探していたので、あたしは大きな欠伸をした。

 退屈なのだ。

 冷たいお菓子を買ってもらい、その辺りの椅子に座って食べる。

 ……あーあ、さっきの鞄可愛かったなぁ。

 いいなぁ、欲しいなぁ。

 顔が良くて声が素敵で身体の相性が良くてあたしを大事にしてくれて、そしてなんでも買ってくれるオモチャが欲しいなぁ。

 そうしたら手に入るのになぁ。

 コイツでは役不足。

 暫く項垂れていたら、コイツが戻ってきた。

 明るい笑顔を浮かべ、息を切らせて。

 手に何かを持っているから、何かを買ったらしい。


「はい」

「? 何これ?」


 地味で小さな紙袋を手渡された。

 中を見ると、苺の形の首飾りが入っている。

 や、安っぽい! 

 乱雑な作り!

 も、もしかして、これをあたしにつけろと?

 思わず、顔が引き攣った。

 合わない、合わない、あたしには、似つかわしくない。

 無理無理無理無理無理無理無理。


「苺、似合うと思って」


 笑うコイツの腹に、腕を突き刺してやりたい衝動に駆られた。

 あたしはこんな安っぽい女じゃない、馬鹿にしてるわけ?

 怒りでわななきながらも、袋からそれを取り出す。

 ……思ったより可愛いな。

 ひっくり返すと変だけど、表だけなら綺麗かも。

 期待の眼差しを向けられ、居た堪れない。

 耐えきれず、あたしは渋々身に着ける。

 これは不可抗力だ。

 それに、おねーちゃんならどんなものでも『わぁ、ありがとう! うれしー!』とか言うに違いないもん。


「わぁ、うれしー、ありがとー」


 棒読みで、あたしは一応お礼を告げた。

 ふてぶてしく言ったのに、コイツは穏やかな笑みを浮かべている。

 ……これでは、あたしの良心が痛んでしまう。


「大人になったら、もっと高いのを買ってあげる。だから、待っていて」


 シツコイ。

 ウルサイ。

 解ったから、そんな軽い約束はしないで。

 どうせアンタは、約束を守らない。

 守ってくれないのなら、約束しないで。

 あたしは期待をするのが嫌いなの。

 あぁ、とても腹が立つ。

 だから、困らせてやる。


「ねぇ。あたし、新しいお洋服が欲しい」

「えっ、服? 女の子の服かぁ、……困ったな」


 コイツは目を丸くし、腕を組んで困惑している。

 洋服すら用意出来ないだなんて、致命的だ。

 余計に苛々してきたけれど、思い出したように顔を上げ、あたしの手を握った。


「分かった!」

挿絵(By みてみん)

 急に瞳を宝石のように輝かせるから、あたしが驚いた。

 わぁ、お洋服を買ってくれるの? 

 趣味が悪そうだから多くは望まないけれど……着いたお店は。

 洋服が取り散らかされた、あまりにも窮屈な場所だった。

 びえっ!

 コイツはふやけた顔のまま、服を手に取って眺め始める。


「気に入るのがあるといいなぁ」


 いやいやいやいや、あるわけないじゃんっ!

 お店の外にまで溢れかえっているお洋服はギュウギュウに詰め込まれていて、見る気も起らない。

 冗談じゃない、なんなのこれっ。

 今までは、もっとキレーで見やすくて、素敵なお店に連れてってもらえたのに! 

 こ、こんなお店であたしの身に着けるお洋服を選びたくないよぉ!

 恐々見たら、『500』という紙がくっついている。

 びぇっ、『0』が2つ足りないっ。

 怯えるあたしを尻目に、コイツは勝手に服を宛がう。

 やーめーてー!

 嫌がってるのが分からないの!?

 コイツ、馬鹿なの!?


「うーん……うーん……」


 一頻り唸っているけれど、悩むことなの!?

 あああああああああああ、最悪っ。

 げっそりとしているあたしの意見を聞かずに、コイツは勝手にお洋服を購入した。

 笑顔で差し出されたので、引き攣った笑みを浮かべる。


「着てみてよ」

「…………」


 逃げられない、着るしかない。

 薄汚れた試着室へ行き、鏡の中のあたしを見やった。

 怒りで血管が浮き出て、可愛いけれど可愛くない顔をしている。

 最悪。

 コイツはあたしを苛立たせる天才だ。

 とはいえ、おねーちゃんなら『わー、かわいー、うれしー、ありがとー、きゅるるるるるん』と言うだろうし、覚悟を決めた。

 お気に入りのお洋服を脱ぐと、抜け殻みたいでなんだか哀しい。

 あぁ、これは見た目も抜群に可愛いし、触り心地もいいし、大好きだったのに。

 『500』の服はどうしても見劣りしてしまう。

 やむを得ず着てみたけれど、ゴワゴワして鳥肌がたった。

 安っぽい生地はあたしの繊細な肌に合わないっ、お肌が荒れちゃうっ。

 けれど、鏡に映ったあたしは普通に可愛い。

 思った以上に、可愛い。

 試着室からそっと顔を出すと、待っていたコイツの瞳が輝く。


「可愛いなぁ、とても似合う」

「そ、そぉ?」


 あたし、安い服は着たくないな。

 でも、可愛いなら着てもいいかなっ。


「安い服でも、可愛い子が着ると高い服に見えるね。すごいな」


 さらりとコイツは言った。

 ……当然。

 だって、あたし可愛いもの。

 可愛いから、服だって……豪華に見える。

 なるほど、理解した。

 可愛いって得なのね。

 純白の素朴なお洋服だけど、着ているあたしの効果で価値が跳ね上がるらしい。

 それなら、このお洋服を着てあげる。

 ふふふんっ。


「ねぇ、あの二人可愛い」

「ホントだー、お似合いだね」

「読モかな」

「子役かもよ」


 並んで歩いていたら、通りすがりの人間にそう言われた。

 ()()()、というのが何か分からないけれど、『お似合い』と言われたのが屈辱。

 あたしとコイツが? 

 目が腐っているんじゃない?

 これだから人間の美的感覚は信用できないのだ。

 ……可愛い物を生み出す力は持っているのに、変なの。

 唇を尖らせてコイツを見上げたら、目が合った。

 僅かに、胸が跳ね上がる。

 細めた瞳に見つめられると、ドキドキしてしまった。

 静かに微笑んで、甘い声を出す。


「誰が見ても、可愛いね」


 ありふれた言葉を吐き出すと、空いている手で髪を撫でてきた。

 ……思ったより、悪くない。

 あたしは、何故か火照ってきた顔を隠すように俯いた。

 なんだろう、身体がもじもじする。

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