◆頼りない勇者と、写真しーる? を撮った
翌日。
重大な失敗をおかしたことに気づいた。
あたしより先におねーちゃんに会って「昨日は楽しかったね」なんて会話をしようものならば、詰んでしまうのだ。
次に遭える確証もないし、どうしたものか。
途方に暮れたあたしは、仕方なく昨日アイツに遭った場所に来ていた。
お昼でお腹が空いたから、適当に誰かを捕まえないといけない。
昨晩過ごしたオモチャは顔はよかったけれど身体の相性がすこぶる悪かったので、捨ててきてしまった。
見た目はそこそこだったのに、生理的に受け付けないこともあるらしい。
身体の相性が悪かった、というよりも、すこぶる下手だったのだ。
正直、触れられると気持ちが悪かった。
しまったなぁ、さっさとお金だけ貰って逃げればよかった。
「やあ!」
「ぴょっ」
うわっ、びっくりした。
突然、目の前にアイツが現れた。
この辺りに住んでいるのだろーか、それとも、見回りをしているのかな。
勇者というのは、暇なの?
ただ、あたしは運が良い。
とりあえず、今日もコイツを確保できたからご飯を奢ってもらうことにする。
「お腹空いた」
「うん、俺も」
にっこり笑ったコイツと共に、人混みの中を歩き出す。
「手、繋いでもいい? ……はぐれないように」
振り返って遠慮がちに訊いてきたから、渋々手を差し出した。
そうしたら、優しく繋いでくれた。
前から人間の大群が来たら、もみくちゃにされて離れてしまうくらい弱々しいけれど。
……手を繋いでいる意味、あるのかな。
でも、ふわっとして、すべすべで、そして、あったかい。
だから、嫌ではない。
変なの。
で、何を食べるのかと思えば。
はて?
ま、また初めて見る食べ物だ。
魔界でも、似たようものを食べた事はある。
でも、少し違うな……。
パンの間にお肉とか野菜が挟まってるよーなやつと、細長くて脂っぽい物体と、冷たくてどろどろした液体と、肉? を揚げたやつが出てきた。
どうやって食べるのか観察していたら、コイツは手で持ち上げて豪快に齧り付いたので、早速真似をする。
手を汚すのは嫌だけれど、仕方がない。
「はむっ」
……あ、これもおいしーや。
今までココへ来て食べさせてもらった料理とは全然違うけれど、これはこれでとても美味しい。
昨日と同じで人間がひしめき合う店内も、慣れてしまえば気楽だ。
それにしても人間というのは無駄に大勢いるなぁ。
短命種だから、なのかな。
「食べ終わったら、ゲーセンへ行こうよ」
「うん? いいよ」
思わず返事をしたけれど、げーせんって何?
勇者め、妙な言葉を使いやがって。
食べ終わると、さっきみたく手を繋いで歩いた。
相変わらず、離れてしまいそうなほど軽く握ってくれている。
もっとしっかり握ればいいのに、変なの。
ご飯を食べさせてくれたから、それくらいなら許してあげるのにな。
到着したのは女が多くて、煩すぎる場所だった。
ジロジロと見世物のように見られるし、どうにも居心地が悪いな……。
なんなの、ここ。
「一緒に撮ろうよ」
「うん? うん」
とる、とは?
小さな垂れ幕で覆ってある狭い箱の中に入ったら、椅子があった。
目の前には大きな鏡があって、あたしが映っている。
なにこれ?
様子を窺っていると、コイツは操作を始めた。
何をしているのか全く分からないけれど、つまらなくて深い溜息を吐く。
全然楽しくないなぁ。
綺麗な場所でお買い物とかお食事とか、そういうのがいいなぁ。
この男は、何も分かっていない、ダメ、無理。
「はいはい、前前!」
「は?」
パシャ! と奇妙な音がした。
突然前方が鋭く光り、目がチカチカしてしまう。
「ほら、前を見て」
目の前の鏡には、コイツとあたしが寄り添って映っている。
なんなの。
「可愛いから、笑うー。はい、ぴーすっ」
あたしは確かに可愛い、そんな分かり切ったことを言われても困る。
ただ、可愛いから笑ってと言われたので、鏡に向かって極上の笑みを浮かべた。
どこからともなく知らない女の声が聞こえるし、鏡に向かって構えることになんの意味があるのか理解不能だけれど。
最終的に、箱から小さい紙が出てきた。
しかも、その紙には超絶可愛いあたしと、変な顔をしているコイツの絵が描いてあった。
絵は巧すぎるし、紙はテカテカと光っている。
つまりこの箱は、絵を描いてくれる場所なのだろうか。
それにしても、こんなに小さな紙に同じ絵を何枚も描くことが出来るなんて、すごいなぁ。
「はい、半分こしよう」
半分に切って、渡された。
……これを、どうしろというのだろう。
確かに素晴らしい技術だけれど、あたしはともかく、アンタの絵なんてもらっても嬉しくない。
要らないなぁ、あたし一人の絵を描いてもらいたいなぁ。
でも、面白いと思った。
なんだろう、ワクワクする。
コイツは余計だけれど、可愛いあたしがそこにたくさんいるので、見ているだけで楽しい。
「あたし、可愛いね」
「うん、とても可愛い」
ぽつりと呟くと、コイツが反応する。
ふと見上げると、嬉しそうにその紙を見て微笑んでいた。
その表情が、あまりにも無邪気で、愉しそうで、思わず。
可愛いな、と思ったんだ。
よく分からないけれど、胸が、少し、痛い。
それから暫く、『げーせん』とやらで遊んだ。
“くるま”を運転したり、棒で変な楽器を叩いたり。
初めての遊びに、あたしは夢中になった。
げーせんは煩いけれど、知らない物がたくさんでとても楽しい。
「次はこれをやりたい」
「これはね、上手くいくとお菓子がたくさんとれるよ」
「お菓子! とって、とって!」
お菓子が落ちてきたり、ぬいぐるみをもらえたり、げーせんというのは不思議な場所だ。
コイツを引っ張って遊んでいたら、不意に気づいた。
甘い笑顔を浮かべてあたしを見つめている姿が、鏡に映っている。
慈愛溢れるその姿に、心臓が跳ね上がった。
……あたしをおねーちゃんだと思ってるから、きっと嬉しいんだろうな、と。
こんな優しい笑みを浮かべられるほど、おねーちゃんが好きなんだろう、と。
あたしには、他人に抱く『好き』という気持ちが解らない。
それでも、コイツの笑顔は見ていて嫌ではない。
でもね。
この笑顔の素はあたしではなく、おねーちゃんなのだ。
そう思うと、悲しくて無性に腹が立った。
好きなら、あたしとおねーちゃんを間違えるなよ。
似てないじゃん。
あぁ、どうしよう。
すごく、気持ち悪い。
地面に這いつくばって落ちた食べ物を貪っているように、惨めだ。
嫌だ、こんな気持ちは、とても嫌だよ。
急に、心が沈んでしまった。




