◆あたし、マビル
一人称です。
宜しくお願いいたします。
いつもと変わらない、何もかも飲み込んでしまいそうな青色の空だった。
とても、綺麗。
キラキラ輝く宝石のようだし、肌触りの良さそうな布のようだし。
あたしは空を見つめてから、お城の方角を睨みつけた。
「おねーちゃん? おねーちゃんだよね」
足元に転がっている死体を処分しようとしたら、彼女の気配がしたものだから。
身体中を虫が這いまわるような感覚に、寒気がする。
鳥肌がたって、自慢の肌がボツボツして、あぁ、気持ちが悪いっ!
「ムカつくーっ!」
憤懣遣る方無い。
腹の中が燃えるように熱くなって、怒りを放出するように両手に熱を集める。
怒りを飛散させるため、目の前の死体に火炎をブチ込んだ。
火照っていた身体が、ふわっと宙に浮いたような感覚。
胸がスッとする。
そう、死体は燃やすのが一番。
だって、放置しておくと醜くて臭いもの。焼けてる時も臭うけど、腐敗臭よりはマシ。
天まで届きそうな炎の色は、空に映えてとても綺麗。
でも、あたしの気持ちは晴れなかった。
こんなことじゃ、全然発散できない。
イライラして地団太踏んでたら、……来た。
案の定、おにーちゃんが血相抱えてこっちへ駆け寄ってくる。
お早い御到着ねっ。
「マビル!」
「ご苦労様、おにーちゃん」
体力馬鹿なのに息が上がっているのは、全速力で駆けてきた証拠。
やだなぁ、あたしが何かすると思ったの?
まだ何もしないのに。
大きく肩を上下に揺らし深呼吸している目の前の男は、アイセルって名前のおにーちゃん。
黄緑色のくせっ毛はちょっと硬めで、ピコンピコン外にはねてる。
深緑の瞳はなかなか美しく、死んだら瞳を抉り出して、あたしの自慢の宝石箱に仕舞っておきたいくらい。
可憐なあたしとはあまり似ていないけれど、筋骨隆々でそこそこ端正な顔立ちをしている。
一応、褒めているのよ。
「おねーちゃんが来たんでしょ、判ったよ。でもさ、弱弱しくない? ホントに合ってる? ホントにあたしのおねーちゃん? この脆弱なのが次の魔王で合ってる?」
「俺もまだお逢いしていないが、間違いないだろう。魔力皆無な俺ですら、気配に気づいたんだ。それが何よりの証拠だと思う」
そうだよね、稀代の魔力を持つ天才的なマビルちゃんはともかく、鈍いおにーちゃんが気づいたんだもの。
きっと、本物。
でもさぁ、信じられない!
風が吹いたら消し飛びそうなほど脆弱な気配だから、余計にイライラする。
「それで、名前は?」
「今到着したばかりだ、知るわけないだろ。俺がこれから調べるから、マビルは今まで通りここで大人しくしているんだぞ? いいな?」
「ふーん……。つまんない」
燃えた元死体が瞳の片隅に飛び込んで来た。
肋骨が微かに原型を留めていたから、それを蹴り上げる。
だって、他に蹴って発散できそうなものがなかったし。
そしたらね、白い粉がブワッと舞ったから怪訝に眉を顰めて口を閉じた。
灰なんて吸い込みたくない、汚らわしい。
「……マビル、これは何だ? というか、ちょっと待て、お前」
周囲を見渡し絶句したおにーちゃんを、鼻で笑って一瞥する。
遅いよ、今頃気づいたの?
あたしは指先に髪を括りつけて微笑んだ。
そうなのだ、死体がゴロゴロ転がってるの。
死臭を放つ前に大体焼却処分しているから、そっか、おにーちゃんは見た事がなかったかもしれないね。
「遊んでいたら、みんな壊れちゃったの。この子はさ、腕がとれちゃった。あの子は眼が綺麗だったから、取り出そうとして引っ張ったら死んじゃったの。で、あれは……なんだったかな、あぁ。あたしに贈り物くれるっていうから喜んだの。綺麗な真っ赤なお花だったんだけどね、数日したら汚い茶色の変な物体に変わっててさ。『君のように綺麗だから』って言ってくれたのに、そんなんになったでしょ。頭にきて殴ったら、お腹に穴が空いて死んだの。失礼でしょ、あたしも何れは干からびてそうなるって言いたいのかしらって思ったら、めっちゃ腹が立った。被害者はあたし、深く傷つけられたもん。……あとは覚えてない」
死体は邪魔なのだ。
最初はね、腐るって知らなくて放置してた。
でもね、耐え難い臭いが漂って、気分が滅入るし、可愛いあたしに相応しくないし。
だから、お利巧さんなあたしは、魔法で燃やしている。
これはお掃除よ、偉いでしょ。
悪いことしてる?
「……殺し過ぎだ」
「あのね、話を聴いてた? 殺したくて殺してるわけじゃないくて、遊んでたら死んでるの! これは不可抗力! あたしのせーじゃないっ」
憐憫の眼差しを向けられ、腹立たしさが一気に増幅した。
全身を駆け巡って、脳が噴火しそうなくらいに沸騰して。気づいたら、右手に魔力を集中させてた。
だって、イライラするんだもの!
あたしを怒らせる、おにーちゃんが悪い。
多少本気でかかっても、死なないよねぇ?
おにーちゃんは、強いもんね。だって、現魔王のお墨付きでしょう?
「遊んでいて死ぬなんてことが幾度もあってたまるかっ」
「うっさいっ! もう喋らないでっ」
「マビル、お前はっ」
魔力はね、あたしのほうが比較できないほど上なのに。
瞬発力はおにーちゃんのほうが優れてること、忘れてた。
目の前から一瞬で姿が消えたと思ったら、背後にまわられていた。
首筋に痛みが走って、そのまま。
…………。
気づいたら、あたしは寝台に寝かされていた。
気配がないから、おにーちゃんはいないみたい。
「あんのやろぉっ」
首が、ズキズキと痛む。
信じられない、か弱い女の子になんてことするの。
こういうの、虐待っていうのよね、酷い!
起き上がって机に目をやると、あたしの好きな街のお菓子が置いてあった。
砕いた木の実と小麦粉、それに蜂蜜を混ぜて焼いてあるやつ。
美味しそう、早速食べよう。
いただきます。
齧りついたら、甘くてホロホロと口の中でほどけていった。
うん、とても美味しい。
可愛いマビルちゃんにぴったりのお菓子!
仕方がないから、今日のところは許してあげる。
数日後。
おにーちゃんから、ようやくおねーちゃんの話を聞かされた。
名前は“アサギ”というらしい。
変な名前ー。
アサギなんて、聞いたことがない。
マビルのほうが、愛らしくて賢くてお上品な感じよね。
名前はともかく、途轍もなく気に入らなかったのは。
「は? 勇者? 人間の勇者? は? へ? ……どういうこと?」
そういうことだ。
アサギというのは人間で、さらに勇者なんだそーだ。
大笑いした。
いやー、ここまで来るとバカバカしいね、涙出てきたよ。
……チョット待て。
「あのさぁ? あたしはぁ、『次期魔王である類稀なる魔力を持った、自分とそっくりなおねーちゃんの影武者』なんだよね? そーだよね? ……それが、なんで人間の勇者なわけ? 魔王じゃないじゃん! 予言嘘っぱちじゃん!」
「落ち着けマビル。妙な事だが、紛れもなく彼女は次期魔王……の……はずなんだが……」
強気なおにーちゃんも目の前で口篭り、項垂れる。
そりゃ、今まで見つかるわけないよねぇ。
っていうか、勇者が魔界に来たってことは、魔王を倒しに来たんでしょ?
勇者って、魔王を倒し、魔族を滅ぼす者の称号だよね? 違うの?
何がどうなって、その勇者様とやらが魔王になるの?
「一体誰よ、この変な予言したのは? ね、これ、絶対間違ってるよ、インチキ」
「俺も混乱してる、少し黙ってくれないか。ちなみに、予言をしたのはご先祖様だからな。馬鹿にすると罰があたるぞ」
「死者に何が出来るっていうの? ……馬鹿げてる、冗談にもほどがある。あたし、つまんないから遊んでくる」
つまんなーい!
だから、おにーちゃんの話なんて聞きたくなーい!
あたしは。
現魔王アレクにしか知られていない、『予言家』の一員だ。
で、産まれた時すでに運命が決められていた。
自分には双子の姉が存在し、その姉が次期魔王であるが故に、影武者となるべく育てられてきた可哀想な子なのであるー。
そもそも、一緒に産まれていないのに“双子”っていうのも意味不明でしょ?
それに、人間は短命よね?
もし、あたしと同じ日に生まれていたら、人間ならババアの筈よ。
いやいや、ババアどころか、ミイラよ、ゾンビよ!
ただ、そのおねーちゃんは『物凄く強い』って聞かされていた。
それはもう、瞬く間に世界を滅ぼせるくらいに。
息を吸うように命を奪い、瞬きをする一瞬で破壊していく、とかなんとか。
そんなに凄い姉なら、付き従って一緒に世界破壊ってのも楽しそうだと、その、えっと、若干は思ってた。
壊すの大好きー! 人が苦しむ顔見るの、楽しいー!
それなのに、人間の勇者だってさ。
わー、とてもとても馬鹿らしい!
予言が間違いなのか、そのアサギとやらが偽者なのか。
どちらにしろ、冗談じゃない、影武者なんてやめだ、やめっ!
あたしは、好きに生きる。
そもそも、あたしのほうがどう考えても強いんだし。
この間察知したおねーちゃんの気配は、本当によわよわだった。
とてもじゃないけど、魔王の器ではない。
あぁ、そっか! 名案が浮かんじゃった!
あたしが、そのアサギとやらに成り代わってしまえばいーんだ。
って考えると、楽しい。楽しみが増えた。
そうだよ、あたしが魔王になればいい、素質はあるもん。
この、美しすぎる完璧な身体に、可愛すぎる顔立ち。誰もが皆、私に平伏す。
歴代で、最も美しく残酷な魔王の誕生なのであるー!
でもね、聞いて頂戴。
囚われの御姫様は、ここから出て行けないのである。
あたしが住んでいるこの森には、結界が張り巡らされているの。
死んだ両親にアイセル、そして弟のトーマ、ついでに魔王アレクが施した、ご丁寧なあたし専用の結界。これのせいで、ここから出るに出られない。
物心ついたときから、この結界は存在してた。
頭脳明晰なあたしですら、結界の解除が出来ない。
なんて可哀想! 何も悪い事なんてしていないのに、妬み嫉みで幽閉されちゃった。
あたしはマビル。
超絶愛らしい、悲劇のお姫様。