1. 酒とチョコレートと茶
出航から十日ほどが経過した。
いくつかの沿岸の村々を通り過ぎて見送るたび、テンベナに置き去りにしてきた悲しみもまただんだんと遠ざかっていることに気付いて私は恐怖した。悲しみと共に、失った人の存在それ自体も消え入りそうな気がしたからだ。忘却は死者への裏切りだ。私は既に一度その罪を犯している。
忘却を忌まわしいものとし、拒絶することが望みであれば、記憶を記録として文字に起こすことが実際的な手段であるのかもしれない。まだ漠然としていたが、そんな考えが初めて浮かんだのはこの甲板の上だった。それを実際に行動に移すのは何年も先のことになるのだが。
しかし、悲しみを忘れてはいけない。と、いうのは私の個人的な信条に過ぎない。枷を断ち切り前に進むための手段として努めて忘却を望む者もある。
「なぁ、おい!ちゃんと冬服持って来たか?」
流れる金色の森を沿岸に眺めながら、すっかりご機嫌なバカンス気分で真昼間から甲板で酒を食らっていたホルズが今更そんなことを言ってきた。私の様子などお構いなしなのか、あるいは心配したが故にそう声をかけたのか。確かに今日は天気も曇りがちで、いつもよりだいぶ寒く、私は不相応に薄着だ。
甲板に吹き付ける潮風は日ごとに冷たくなっていくことが感じられたが、暦の上ではまだ秋は終わりを迎えていない。だが暦で考えるなら我々の方から冬へと近付いていると言える。北へ行くほど早く冬が始まるからだ。船はこれから一層冷たい北国の冬に向かって正面から斬り込んでいく。生まれて十六年、雪を見たことすらない私にとって、北国の気候それ自体が結構な冒険だ。
「テンベナじゃ防寒着は手に入りにくかったし、途中で寄港する町で仕入れればいいんじゃないか。とりあえず靴下と腹巻くらいなら買っておいたけど」
「靴下と腹巻ーッ?冬を舐めハハァーッ!?」
背後から破壊の予感と奇声を振り撒いて、凶暴な小動物が迫ってきた。アイリスだ。片手に握り締められている酒瓶は彼女が数ヶ月前に自宅から持ち出してきた、オーリスの形見でもあるテペ酒だ。空いた手にはコップの類は手にしていない。揺れる船上では飲み物は瓶などの容器から直飲みするのが普通ではあるが、一見すると子供のような体格の彼女だ。犯罪的な情景である。
「靴下と腹巻ィィ!おつむはどこでも熱帯気候ォーッ!!」
そして私の背中を平手で一発バシィンと叩くと、二足歩行に突如目覚めた野うさぎのような奇妙なステップを踏んで船首の方へとぴょこぴょこ去っていった。
出港してからというものアイリスはほとんど毎日交互に泥酔と二日酔いを繰り返していた。初日はオーリスへの弔いと称して去り行くテンベナを見ながら飲んでいたのだが、テンベナがとっくに見えなくなってもそれは繰り返された。彼女の身に降りかかった大きな不幸と、今後背負うことになるであろう苦難を思うと、今は亡き姉の味を噛み締めながら全てを忘れてしまうくらいが丁度いいのかもしれないが、テリリドニジグに着く頃には依存症になってるかもしれない。
「あいつ北国の出身らしいから、冬の備えについては聞いてみるといいぜ」
そう言ったホルズが飲んでるのは乗組員の福利厚生の一環として船に大量に積まれている安酒だ。アイリスは自分以外ではハステにしかテペ酒を飲むことを許可していないが、ハステは下戸だ。
「正気の時がもしあったらその時に聞くよ。そういうおまえは僕よりもっと南国のノギントリの出身じゃなかったか。雪国に旅したこともあるのか?」
「いや、うーん…。多分…無いはずなんだが、なんかどうもそのへん記憶が曖昧なんだよな。子供の頃にでも行ったのかなぁ?」
ホルズは酒瓶を持っていないほうの手の指を顎に当て、首を傾げている。どうもふざけているのではなく、本当に何かを思い出そうとして思い出せない、そんな感じの様子だ。
「おまえも酔っ払ったのか?」
「テリリドニジグ…」
思案にふける表情のまま、その名を噛み締めるように、ぽつりと呟いた。帝国語に由来する名前を覚えるのが苦手な彼が、帝国人ですらしばしば発音に難儀するその名前を、的確に。
「ああ…テリリドニジグだ。ハステさんより早く覚えたな」
そして私は船首の先端で両手を広げて全身で風を受けているアイリスをちらりと見てから、船室の扉へと足を向けた。
「…お?なんだよ。一杯くらい付き合わねーのか?こんな良い日和によ」
「僕があの状態のアイリスに絡むと絶対ろくでもないことになるんだよ。あれ、海に落ちないように見張っといてくれよ。今日は微妙に波が高いし」
「しょうがねーな。そんじゃ、ガキと遊んでやるとするか」
扉を潜る際にもう一度船首の方を見ると、揺れる甲板の上でホルズとアイリスが高波で打ち上げられもがき苦しむ魚のように無秩序にぴょんこら飛び跳ねていた。あぶない。
「靴下とォーッ!」
「腹巻ィーッ!」
はぐれ者の二人に良き遊び相手が見つかったことそれ自体は何よりである。しかし、あの調子だと数刻と持たずに甲板が嘔吐物に汚染されることだろう。そろそろハステに注意してもらうべきか。
私たちが乗るこのキャラック船は貿易船に偽装しているが、もっぱら積んでいるのは商品ではなく騎士とその従者、騎士団所属の船員、そして僅かばかりの素行の悪い民間人だ。船倉部分の多くが船室に改造されているため内部はちょっとした兵舎のようなものだが、長であるフィノケリ卿を含め過半数の者たちがテンベナで下りたため、私たちは個室を自由に使う権利が得られた。船の旅はかなり快適だ。
そんなゆったりとした船内にあって、メセは最奥の特別室からろくに出ることが出来ず毎日ひっそりと過ごしていた。彼女自身まともに歩ける体力が戻らないというのもあるが、その存在がアイリスに知られてしまうとまずいという理由の方が大きい。心臓を抉り取られても蘇生出来ることが知られれば、次は別のあらゆるものを抉り抜いて試そうとするだろう。
「ヌビクか!入ってくれ」
そのメセの部屋を訪ねると、予想外に威勢の良い返事が返ってきた。当然儚い小鳥のようなメセの声ではない。その時たまたま部屋に訪れていたハステだ。たまたまと言っても、彼女は多くの時間をこの部屋で過ごしていた。メセのことを、とりわけその心の平穏を案じているのだろう。アイリスが二日酔いの間はそちらで過ごす時間が増えるため、まるでメセの日とアイリスの日が交代で訪れているような感じだ。多感な少女たちのメンタルケアについては自発的に無償でやっていることだろうが天職である。剣など捨ててしまえ。
「おまえが買ってきてくれたこれ、今日も頂戴しているぞ!どうもありがとう!」
ハステとメセは丸テーブルに向かい合って甘い柑橘を一心不乱に貪り食っていた。私も同じテーブルに着席し、それを一つ手に取る。
「ミカンというらしいですよ。出港前にメセに渡したら気に入ったようだったので。産地がテンベナ近辺だそうで、帝都の方では見られないようですね」
テーブルの足元にはミカン入りの麻袋が、テーブルの上には大量の開かれた皮が積まれていた。ナイフを使わずに手で剥くことを覚えてくれたらしい。出港初日にそうだったように卓上どころか足元まで汁でべったべたというようなことはなくなっていた。
「ふーむ…。そういえばホルズも同じように麻袋をいくつも買って持ち込んでいたようだな。南国で購入したものを北国で売却して差額で儲けるんだそうだ。カカオ豆とかコーヒー豆とか。豆が好きなのかな。なんで同じ物を買って売るだけで利益が出るんだろうな?意味がわからん。おまえたちは経済に聡いんだな」
つい今説明したように私がミカンを持ち込んだ目的は個人的な消費であって利益目的の売却ではないし、仮にそうだとしたらその商品をここでむしゃむしゃ食べている時点で何かがおかしいはずなのだが、ハステとメセにそんなことを言っても意味が無さそうなのでやめておいた。
ずっとミカンに夢中で会話を聞いていないのかと思ったがメセが口を挟んだ。
「カカオがあるのか?チョコレートを作ろう」
「いいですなー。しかし、豆の状態から一体どう加工するのか見当も付きませんな…。他に何か足す必要があるかと思います。多分チョコレートの果汁とか」
「そうか」
人の積荷を悪意も無く勝手に食べようとする生き物と同船することを見越して高度な加工が必要な商品を選んだなら、確かにホルズは聡いようだ。
「うむ、うん。それで、ヌビクよ。何の用だったかな」
私がミカンを半玉ほど食べ終わった時点で早くもハステが気を利かしてくれた。だが、実際のところ私はこの部屋に訪れたことについてこれといった理由が無かった。単に、メセの様子が気になったというだけだ。
「アイリスがまた酔っ払っています。出来れば窘めてもらおうと思って。ハステさんの注意しか聞かないので」
「うーん…。確かに、身体を壊すようなことがあれば問題だな。だが、遺品に故人の魂が宿ると言ったのは私だ。あの子は醸造士だった姉の遺品でもあるテペ酒を自らに取り入れることで、姉と一緒に居られるんだろう」
「そういう意図もあったのかもしれませんが、今は普通に酒が飲みたくて飲んだくれてるように見えますよ」
「私はそうとは思わないが…」
ハステの言うとおりだとすれば、アイリスは全てを忘れ去りたくて酒に頼っているというわけではなく、むしろまったくその逆なのだろう。忘却を是としない私にとってはそのほうが心情的に共感出来るのだが、アイリス自身の今後にとって好ましいかどうかは分からない。先に述べたように、忘れることで前に進む意志が得られることもあるからだ。そもそもだが、目的はどうあれその手段が暴飲という時点で間違っている気もする。
「ビン単位で持ち込んでいたから、それほど残り多くあるわけでもあるまい。別の酒を飲み始めたら注意することにしよう」
私は二人に、ニャキやテリリドニジグについての情報や意見、今後の関わり方について話を聞こうか迷ったが、どうもそんな雰囲気では無かったためこの日は諦めることにした。平穏に過ごせる間はそうしたほうがいい。アイリスとメセだけでなく、ハステもこれまでの事件で大きなショックを受けているはずだ。
意味のある話をする相手が必要ならばもっと適切な者が居る。彼なら全ての情報を把握しているだろう。真面目な話は真面目の化身のような男とするべきだ。
他愛の無い雑談をミカン一玉分だけ交わした後、席を立った。
「じゃあ、またな。トヌロヤ殿に会うのか?積荷にチョコレートの果汁があるかどうか聞いてみてくれ」
聞きたくないなあ。
「聞いておきます」
部屋を出ると、まるで示し合わせたかのように廊下の向こうでこちらを眺めているトヌロヤの姿が目に入った。この男に限らないが、騎士たちは皆、メセの様子やその部屋に出入りする者に目を光らせている。
彼女の存在はニャキやテリリドニジグの暗躍の証拠として重要な役割を持つだけでなく、調子が回復すれば一個人で千の軍勢に匹敵する戦闘力の持ち主でもある。ニャキが居なくなった今はその強力な手駒をテリリドニジグから引き離す千載一遇の好機なのだ。騎士団からすれば同じ大きさの金塊よりも高価な積荷だろう。
私は一番聞きたくないことから先に聞くことにした。
「トヌロヤさん。その…積荷に…チョコレートの果汁はありますか?」
「うむ」
「え…?あるんですか?」
思わず笑ってしまった。相手がトヌロヤでなければ自分で尋ねておいてどういうことだと怒られたかもしれないが、彼はいつも通りの真面目くさった顔で続ける。
「果汁は存在しないが、騎士達の嗜好品としてチョコレートそのものならある。メセが要求しているのならすぐにでも提供しよう。砂糖入りのものとスパイス入りのものがあるが…」
「砂糖の方だと思います。宜しくお願いします」
スパイス入りの方を飲ませてその反応を見てみたい気も無くはなかったが、嫌われたくなければやめておいたほうがいいだろう。
「うむ…。それで、ヌビクよ。話はそれだけではないのだろう…」
先ほどのハステと似たような台詞だが、印象はだいぶ違った。
私達はカンテラの揺らぐ細い廊下を抜け、軋む階段を上った。階段の上には施錠こそされていないものの格子戸が存在しており、そのくすんだ無表情の鈍色がこれより下へみだりに進むなと無言の主張を放っている。実際に、一部を除く船員たちとホルズ、そしてもちろんアイリスには通行禁止が通達されている。私についてはどうも黙認されているようだ。トヌロヤは船に残った騎士達の中では権限が強いほうらしく、彼に認められていることが大きいのかもしれない。
「出港からしばらく立て込んでいて、落ち着いて話をする機会を設けられなかったのは悪かったな」
トヌロヤの先導で食堂に立ち入ると、何人かの船員や騎士が休憩していたが、私達はその者たちから離れて、衝立で仕切られた端の席へと着いた。船内では衝立は釘で床に固定されている。そうでなければ波の調子次第では茶を一口飲むたびに倒れ掛かってきて後頭部を強打される羽目になるだろう。
「茶を淹れよう…。座って待っていたまえ」
「ありがとうございます」
自分が淹れるべきかと思ったが、私はこの船に所属している人間ではないのでトヌロヤに任せることにした。本当を言うと茶ではなくチョコレートを飲んでみたかったのだが、私は働きもせず乗船賃すら払わずにこの船に居ることについて、ホルズやアイリスと比べると若干ながら気が引けていたため、さすがに椅子に座ったまま騎士という身分の相手に自身のために高級な嗜好品を要求する根性は無かった。
「…メセのことを気にかけてくれて感謝する。彼女が我々に協力的なのは君の存在に因るところがあるようだ」
それを聞いて私はだいぶ気分が明るくなった。私がメセの元を訪れることを容認されているのはそういうことなのだろう。
「僕がですか?それはハステさんの役割が大きいと思っていました」
「うむ。ハスタリメノが一番だろう。他にも多くの者が彼女を気にかけている…。君は三番目か四番目くらいだな」
そうか。
「…だが、彼女の心をニャリキミヒから遠ざけたことについては、君の言葉が最も強く影響したと思われる。出港直前、君が自責の念に囚われていたメセを人間だと認め、許した。あのやり取りがなければ…もしかすればメセはニャリキミヒを追って姿を晦ましたかもしれない」
ニャキは結局いまだに行方知れずだ。メセはニャキの生存自体は感知しているようだが、その行き先については口を閉ざしている。
その代わりに彼女は、私が騎士団に明かしたニャキの陰謀に関する証言を全て肯定することでそれを裏づけた。そしてこの騎士団の船にニャキを伴わずに乗り込むことを躊躇わずに同意した。
「…当然我々も君の証言を全面的に信用し、主張していく。ニャリキミヒは罪人となる可能性が高い。メセは、ニャリキミヒがこのまま二度と戻らないのなら、それでよしと思っているのかもしれんな…。自分が許されたように、ニャリキミヒも許されることを望んでいるのだろう…」
「そこだけは共感出来ないですね」
私たちは互いに目を伏せ、少しの間沈黙を続けた。船が不意に波に揺られ、卓上の二つのカップからびっちゃびっちゃと茶が零れた。カウンターには空き瓶が用意されているのに、なんでカップに入れてきた?
トヌロヤはそれでもしばらくじっと黙っていたが、いずれ組んだ腕をほどいて半分ほど残った茶を口に運んだ。そしてカップを手に持ったまま眉間に力を込め、テーブルから床に零れる茶を凝視する。この男は何を考えているのかさっぱり分からない。
「出港前のあの日、トヌロヤさんが僕をメセに引き合わせたのは何か意図があったんですか?僕の言葉がメセに影響を与えると予め認識していたとはどうも思えませんが…。それどころかメセは、僕やホルズが復讐心を持っていると思い込んでいたようですし、トヌロヤさんもそれを知った上で連れて来たような様子に感じたんですが」
私はもちろんのことながら、今となってはホルズも既にメセに対する復讐の意思は無いようだ。彼はメセが同船していることを知っているにも関わらず不穏な動きをまったく見せないし、それどころか大体いつも上機嫌だ。これまでの経緯を私が説明し、それに理解と共感を感じたこともあるのだろう。
トヌロヤはカップの中身を飲み干すと卓上に戻し、再び腕を組んだ。
「メセ自身の要望によるものだった。あの時彼女は断罪を求めていた。とりわけ、オーリス=エジヤと親密だった者からのな…。何故かホルズを誘ったような形になったが、実際には君が必要だったのだ」
「なおさら分かりませんね。暴力沙汰を起こすかもしれない者をわざわざ連れて来ることが目的だったんですか?」
「私達はたとえどのようなものであれ、メセが自発的に要求したことについては全てを飲む必要があった。自身の意志に基づいた要求を行うこと、その結果として彼女の心が揺さぶられることに、ニャリキミヒによってかけられている洗脳を弱体化させる効果があるからだ」
他のリドニッツならいざ知らず、確かにメセが相手であれば私たちが病室でいくら暴れたところで、その命までもを奪えたとは思えない。その結果凶行に走った私たちがどのような処遇を受けるかも分からないが、メセが再び切り刻まれ部屋中に血肉をぶちまけようと、彼女の洗脳を解き騎士団の戦力と影響力を向上させるという目的の前ではそれらは些細なことなのだろう。
私達を引き合わせて、アイリスを引き合わせない理由も理解出来る。彼女なら粉々になるまで切り刻み、命を奪うことが出来てしまうかもしれないからだ。仮に食い止められたとしても、アイリスは消費するには高価過ぎる。私やホルズと違って。
「なるほど。騎士団の意図については理解しました」
私がそう言って茶のカップを手に取ると、その時初めてトヌロヤが私の目を見た。
「うむ…。理解に…感謝する。彼女は哀れにも、強力過ぎた。一個人が意のままに操れる状態にあることは許されないのだ。我々は、犠牲を払ってでも彼女を管理下に置かねばならない。彼女の存在はこの船の他の全員のそれを代償にしても足りない価値がある」
詫びるような口ぶりだが、発作的に直接謝罪の言葉を口にしたりはしないという点で彼はジッフェとは違っていた。だが、騎士団の方針について批判や不服を匂わせることが無いという点では共通している。それは彼らの騎士団への、あるいはフィノケリ卿への忠誠の高さの表れだろう。
「メセがニャキの呪縛から解放されることは僕の望みでもあります。ただ、一つ異論を挟むなら、彼女は騎士団も含め誰の管理下にも置かれるべきではありません。その力を最も正しく扱える存在は彼女自身です。彼女の本質はとても善良です。僕は既に何度もその証明を目にしてきました」
「うむ…。君の言葉も尤もだが、事はそう単純には行かないのだ…。彼女は自由意志で生きるにはあまりにも精神的に無防備すぎる。彼女を欲しているのはテリリドニジグと我々だけではない…」
メセの力を欲している第三の勢力について、どうも心当たりがありそうな様子に見えた。私は敢えてそのことには触れず、黙ってカップを口へと運ぶ。その瞬間不意に船が揺れて顔中が茶でびっちゃびちゃになった。ついでに、固定する釘がたまたま抜けたのか背後の衝立が倒れこんできて私の後頭部を強打した。トヌロヤは腕を組み眉間に皺を寄せたまま、私の様子をじっと見つめていた。この男の考えてる事は、やっぱりいまいちよく分からん…。




