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星と羽虫  作者: 病気
第二章・久遠の旅路
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18. 嘘泣きのはずがない





「なんだと」


「申し訳…申し訳ございませええぇ!あああー!」


 声を聞きつけた隣室の女たちに変な誤解をされなければいいが、などと悠長なことを考える余裕は当然この時には無かった。一気に色々なことが起こり過ぎる。私はひどくうろたえながら、ジッフェの正面の床に跪いた。


「どういうことだ。僕らを騙したのか」


 ジッフェは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げた。


「すっ、全てお話し致します。私はこの計画について、三日前にマスターより賜りました。貴方がテンベナ義兵団を脱走した日です。船には私たちとエジヤ姉妹、マスターとノラッドさん、そしてニャリキミヒさんが集まる予定でした」


「ニャキとも通じていたのか。奴がノンドバドを発った理由は、どうということもない、君たちが呼んだからなんじゃないか」


「いいえ、それは違いますわ…。船への招待を伝える使者が実際にニャリキミヒさんと会ったのは中間地点の峠の村でした。彼女は既にご自身の理由と目的のもとにノンドバド村を発った後だったのです。彼女の出発と船への招待がほぼ同日だったのはあくまで偶然です。その出来事はまだ昨日のことですが、船への招待には応じるとの返答でした」


 昨日の時点であの忌々しい峠の村に居たのであれば、私たちからさほど遅れることなく港に到着するだろう。


「彼女がオーリスさんの虫化を仕組んだとするなら、発症を分かった上で船に乗せるつもりだったのか…?それで、フィノケリ卿の方はその面子を一堂に集めて何をするつもりだったんだ」


「誓って、姉妹にとって不利益なことではない…ないはずだったと申し上げます。比較的最近帝都にて、騎士団とエズチカ将軍の間で会合が催され、非人道行為を伴う実験、訓練、手術を禁止する取り決めが成されたのです。それに伴い、ニャリキミヒさんの任務は中断され、帝都へ召還されることになりました。彼女が既に確保している適性者のテリリドニジグへの移送の継続がエズチカ将軍の課した条件でしたが、ニャリキミヒさんがこの同意に背くような行為を行なわないよう、護送が完了するまで騎士団の監視を付けることがマスターが提示した交換条件でした。この条件をニャリキミヒ=エズチカが拒否することは考えづらかったですし、同時に姉妹の身の安全も保障されます。すべてが丸く収まる計画だと、私は考えておりました」


「丸く収まるだって?たとえ危害を加えなくたって、姉妹をテリリドニジグへ引き渡すことを勝手に決めてるじゃないか。彼女たちが自由に生きる権利は無視されるのか?」


 ジッフェはぎくりと全身を震わせた。すべてが丸く収まるなど彼女にとっても心にも無い言葉だったに違いない。オーリスが虫化病を発症している以上、船に行かせるべきでないと告げるだけならいちいち真相の告白などする必要は無い。リドンの話を聞いてニャキが取り決めを守らない可能性――血生臭い陰謀が存在する可能性を理解し、罪悪感と恐怖が膨れ上がったからこそ泣きながら土下座など始めたのだ。


「そ、それは大変心苦しいのですが…人道を最優先にするというのは理想論でございますわ…。マスターは立場上、理想のみに縛られて帝国の利益に反するような決断を下すことは出来ません。本当に、本当に心苦しく思いますが、必ずどこかで折り合いをつけなければならないのです」


「人道人道!その言葉、まるでフィノケリ家の合言葉のようだな。これが君たちの人道かい。結局、君らもニャキと同じだ!それで、立場とやらに縛られてない僕が反発することを見越して、計画を伝えなかったんだな。確かにその点では君らの予想は正しいよ。僕はそんな計画従わない。何も知らない僕が出航後に初めて真相を知って、抵抗したらどうするつもりだった?また鎖で壁にぶら下げたのか?」


「いえ、それは…その…申し訳ございません!どの道、この計画は水泡です。ニャリキミヒ=エズチカの意図が見えない以上、オーリスさんだけでなく、アイリスさんも船にお連れするわけにはいきません。ねえ、これから一体どうすればいいんですの?どうか一緒に考えてくださいまし」


「ぴーぴー囀るな白々しい!君の嘘泣きに付き合ってる暇は無い。もう騙されないぞ」


 ニャキの目的はやはり見えないが、私がやること自体は決まっている。アイリスをどうにかしてオーリスと引き離し、陸路で遠くへ逃がすのだ。ニャキが帝都へ召還されることと適性者の拉致が今後禁止されることは決まっているのだから、一旦逃げ切れば追っ手が差し向けられることはないだろう。ハステについては今後の身の振り方は自分で決めればいい。ニャキには彼女と和解する意思があるのだから、戻りたければ戻れるだろう。


 だが、オーリスだ。誰かが彼女を人里離れた場所へ連れ出し、介錯しなければならない。初めて私の手を取り、初めて私に優しくしてくれたあの慈母のような女性が何故こんな酷い末路を迎えなければならないのだ?こんな理不尽はあり得ない。


 そして一人残されたアイリスはどうなるのだ?様子を見る限り、彼女の姉に対する依存心は極めて強い。ただ一方的に依存するだけでなく、テンベナでオーリスが塞ぎこんだ後は自ら慣れない労働を担って姉を支えるだけの絆の強さも見せている。彼女一人だけが見知らぬ土地に放り出され、心の拠り所の姉を失くしたぼろぼろの心で本当に生きていけるのだろうか。


 再び椅子に戻り頭を抱えていると、ノックの音がした。


「その…大丈夫か?かなり立て込んでるような声が聞こえたが」


 ハステはそっと戸を開けて中を覗き込むと、室内の様子に驚愕し、そのまま戸を全開して私たちの方へ近付いてきた。


「どんな話をしたのかは知らんが、人にこのような姿勢を取らせるのは良くないと思うぞ」


 いまだ蹲って嗚咽を漏らしているジッフェの真正面で、私は椅子に足を組んで腰掛けている状態だった。


「ふん、いいんですよ。こいつは裏切り者だ」


 私は立ち上がった。


「ごめんなさぁい。こうするしかなかったんですよぅ」


 ジッフェは私の足にしがみついた。とても邪魔だったが流石に蹴飛ばすわけには行かず、私は彼女を引きずったままハステの横を通り過ぎた。


 オーリスの部屋の入り口できっぱりと告げる。


「計画は変更です。船は使えなくなりました。アイリスとハステさんは、港へは向かわず、門から町の外へ逃げてください。オーリスさんは僕が後から必ず連れて行きます。必ずです。約束します」


「ジッペは?」


「彼女は一人で船に向かう必要があるはずですよ。なぁ、そうだよな。ジッペ」


 毛の生えた軟体動物のように足元でぐにゃぐにゃになっていたジッフェは、私にそう言われるとぴたりと動きを止め、ぼさぼさの髪型で床に座り込んだ。


「そう…その通りですわ。私は船に行って、状況を報告しなければ…。それが私の使命なんです。皆様、申し訳ございません…本当に、申し訳ございません…。どうか急ぎお逃げください」


 己の立場を放り出してまで私たちの逃亡を助けるつもりはないようだが、テリリドニジグとの取引を固守すべく強引な手段に訴えるというつもりもないらしい。彼女なりの譲歩だったのかもしれない。


「はあぁー?と言うことは、姉が、貴方と、二人きりですか?なんでこんな状況でスケベ心出してるんですか?やっぱり最低だなぁ」


 アイリスが憎憎しげに私を睨みつけた。今後彼女に振りかかる苦難を思うと、何も言い返す気にはなれない。


「いいんだよ、アイリス…。ヌビクリヒュくん、本当にありがとう。どうか、宜しくね。君が来てくれて本当に良かった」


 オーリスが相変わらず涙ぐんだまま、私の目を見つめて言った。彼女は私が虫化病のことを妹に決して告げないこと、そして介錯を執行する意思があると理解しているようだった。


「なんで船に行っちゃいけないの?病気はどうするのさ。お医者さんは?」


「船じゃなくてもお医者さんは居るよ。次の町で診て貰うから、その時はアイリスも付き添ってね」


 アイリスとハステは、今まで散々ごねていたオーリスがこの案にいともあっさり応じた理由が理解できなくとも、せっかく行く気になったのを止める理由も無かった。


「それじゃあハステさん、アイリスを宜しくお願いね。今まで本当にごめんね。何ヶ月も手伝って貰っちゃって…給仕の仕事までやってもらったのに、私は何にもしなくて…」


「いいんだ。貴女も見知らぬ町で、感覚器官をひとつ失ったような状態でつらかっただろう。だがもうすぐ報われる。医者に診せれば蕁麻疹なんてすぐに治るはずだ。…しかし、全員で一緒に行けないのか?準備に時間が必要なら待つが」


 それには私が割り込んで説明した。


「どこに傭兵たちの監視の目があるか分かりません。四人で連れ立って歩くと目立ちすぎますし、元々の計画でも時間を空けて二人ずつに分かれて行くつもりでした」


 私は卓上の墨壺から羽ペンを取り、私の宿の位置をごく簡単な地図に示した。門のすぐ側だから迷うことはないだろう。私はハステとアイリスに、宿の主人は信頼できる人物だから、そこで私が預けている馬を引き取って二人で乗って行くようにと指示し、得意の筆跡で地図に署名を書き足した。馬に乗ったら宿のすぐ近くの門から出て、道なりに進めばバマド地方へ続く街道に出る。一昼夜進み川を渡り領地を跨いだら、そこから最寄の村で落ち合おう。そう説明した。彼女たちは私たちが使う馬がなくなるということにまで考えが及ばないらしく、質問もなくそれを了承した。


 何故こんな時にこんなに淡々と言葉が出てくるのだろう。どうして今に限ってこんなに冷静でいられるんだ。これからオーリスをあやめなければならないというのに。


「それじゃあ、アイリス。気をつけてね。ハステさんの言う事を聞くんだよ」


 既に支度を整えていたアイリスは秋用の軽いケープを一枚だけ羽織ると、こじんまりとしたバックパックを背負った。オーリスは包帯だらけの両手で妹の両肩を軽く掴んで声をうわずらせたが、只ならぬ心情を感付かれないよう、抱きしめることは出来なかった。


「うん。姉ちゃんも気を付けて来てね」


「うん。さよなら。気をつけてね。さようなら」


 アイリスとハステは連れ立って、北へ向けて発って行った。二人は窓の下に姿を現したが、すぐに通りを横切って建物の陰に見えなくなった。オーリスはその姿を目で追い、見えなくなってもしばらくずっと窓の外を見ていた。


「さて…。待たせちゃってごめんね。それじゃあ急いで準備するね。着替えるからヌビクリヒュくんは下で待っててもらっていい?」


「分かりました。でもそれほど急ぐ必要は無いですよ。行き先も、オーリスさんが自由に決めてください」


 私が部屋の入り口まで下がると、いまだ床に座ったままだったジッフェが声を出して泣き始めた。


「オーリスさん、ごめんなさい、オーリスさぁん。うう、うわぁああ」


 ジッフェはベッドに腰掛けていたオーリスに抱きつき、固く抱擁しながらついに大声を出して泣き喚いた。彼女たちはこれが初対面のはずだったが、共感性の強い二人にとってそれは些細なことだった。これだけはきっと嘘泣きのはずがない。根拠は無いがそう信じることにした。信じすぎるとやばい女だが、こればっかりは信じなければ私の心が持ちそうにない。


 私は部屋を後にした。


「ジッペさん、泣かないでよ。私もまた泣けてきちゃったよ…」


「ジッフェでございますぅ」


 ジッフェはオーリスの準備を手伝い、最後まで家に残って私たちの出発を見送った。結局彼女は一体どこまでが素で、どこまでが演技だったんだろう。その答えによっては、また会えるのかもしれない。願わくば友人として。





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