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星と羽虫  作者: 病気
第二章・久遠の旅路
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7. 旅なんて悲しいことばっかりだ





「カナベロ!カナベロだな!」


 私はどこへともなく叫び声を上げる。何も見ることが出来ないが、声の反響から察する限りは生き埋めになったということはなさそうに思えた。崩落の直前に私とはぐれたゼームについては定かではないが。


「カナベロ、一体なんのつもりだ!」


 一度呼びかけても返事が無かった時点で何度叫んでも同じこととは思うが、カナベロが意図的に罠を起動し坑道を塞いだことは明らかで、私にはその意図が実際分からなかった。しかし奴は今の時点において私と会話する意思を持たないのか、あるいは崩落の向こう側に居るのか、耳を澄ませても返事は無い。


 だが、私が途方に暮れかけてしばらくじっとしていると、呼びかけた相手とは別の声が返ってきた。カナベロでなければゼームでもない。私にとって非常に都合の悪い者たちの声だった。


「間違いねえ、こっちだ!うわっ、さすがにすげえ砂煙だな」


「いきなりの落盤だったな。昔鉱山に居た時のトラウマが甦ってきて吐きそうだぜ」


「鉱山ってか刑務所だろ。しかし今誰か別の奴の声がしなかったか?」


 考えてみれば当然である。先ほどまですぐ前を歩いていたリデオたちがこの轟音に気付かないはずはなく、気付き次第様子を確認するために戻ってくるべきだ。

 今出くわすのは非常にまずい。かと言ってどちらへ逃げるべきなのかも分からない。今からカンテラの火を灯しても間に合わないだろう。そうこう考えているうちに、煙の向こうに薄っすらと松明の明かりが揺らめいた。


「止まれ…。やっぱり誰か居やがる…」


「おいおい、明かりも持たずにか?何モンだ」


「自然の落盤じゃなかったってこったな。俺たちを生き埋めにするつもりか?」


 彼らが戦士として並外れた感覚の持ち主であることは知っている。闇に乗じて真横をすり抜け、向こう側へ逃げ去ることなど不可能だろう。煙が晴れ次第正体を暴かれる。あるいは姿を確認するまでもなく剣が飛んでくるかもしれない。自ら正体を明かさない時点で危険な存在と認識されてもおかしくはないのだ。

 万事休すか、と苦し紛れに闇の中を見渡すと、彼らが居る場所とは違う方向に別の明かりが見えた。火の赤い明かりではない。何か別の光源による青白い光が、砂煙の中で透き通るように存在感を放って私を呼んでいた。

 私はそれに応じた。

 光は一つではなく行く先へと点々と続き、私のために道を示していた。


 無理に逃げ出さずとも自ら名乗って会話を求めれば、彼らも赤の他人ではない、私をいきなり獲って食ったりすることも無かっただろうとは思うのだが、私はとにかく彼らと再び顔を突き合わしたくない、憂鬱な傭兵どもの世界に引き戻されたくない、ただその一心で彼らに背を向けることを選んだのだった。ほぼ発作的とも言える、まったく合理性に欠いた判断だったという自覚はある。


「動いた」


「闇の中でか?どうやって」


「分からねえし、危険かも知れねえが、捕らえるぞ!このまま逃がしたらマジで生き埋めにされちまう!」


「おいおい」


 私を追って傭兵たちが殺到する。生き埋めにしようだなんて、そんな意図は微塵にも無いのに。泣き叫びたいような心境だったが、私はかろうじて無言を維持したまま全力で駆けた。既に砂煙の中からは抜けていた。私たちはいつの間にか細い横穴のような道へと入っており、振る腕が壁にぶつからないのがやっとな狭さだった。

 そんな中、私は十字路を通過した。道の細さ故にそれを通り過ぎるのも一瞬で、ほぼ通り過ぎてからそこが十字路だったと気付いたのだが、私は何やらぞっとするような嫌な感覚を覚えた。


「うわっ、やべえ!止まれ!」


 案の定と言うべきなのだろうか。追っ手はそこから先へ進むことが出来なかった。


「今度はなんだよ!」


「十字路に何か潜んでる…虫だ!」


「おいおいおい」


 その時、このまま逃げ切れると安心してしまったのだろうか。それと同時に、私を捕らえようと追ってきた彼らの身の安全を案じもしたのかもしれない。ともあれ私は咄嗟に立ち止まり、あろうことか振り向いてしまった。まるで劇場の舞台のように、頭上から光に照らされながら。


「ヌビク」


 先頭に居たリデオとしっかり目が合った。

 私は震える奥歯に気を取られながら、再び踵を返して光の導きに従った。背後で戦闘の音が始まった。





「カナベロ!おまえなんだろ。一体何が望みだ」


 光の道は結局そのまま例の巨大な虫の閉じ込められた水晶の間まで続いており、私はそこが終着点であると認識すると同時に、ついに追っ手を完全に振り切ったという確信を得たのだった。と、同時に膝が笑い出してへたり込んでしまったが、それが疲労のためだけによるとは思えない。


「彼らは何者だ?」


 思いの他、あっさりと反応が返ってきた。私の背後すぐ耳元でだ。いつの間にこんなにも接近したのかまったく認識できなかったが、私は飛び退くようにして声の方向へ振り返った。そこに以前見たときとまったく変わらずの黒い襤褸をまとった長身の男が、相変わらずの死人のような青ざめた顔で立っていた。


「何者かも知らないような相手に人食い虫をけしかけたのか」


「あの者たちが聖域の騎士たちを全滅させてしまうことを回避したかっただけだ。何らかの意思を持った存在が虫たちを使役し、この場所を守っている。そう認識させることで探索を断念させるのが狙いだった。しかし、どうやらおまえは彼らと面識があったようだな。それは想定外だった」


「だったらその役、自分でやればよかっただろ」


「私はあまり人に姿を見られたくないのでな」


「こっちもだよ!」


 つい文句を言うことを優先させてしまったが、私ははっと気が付いて言葉を続けた。


「ゼームはどうした。生き埋めにして殺したのか」


 カナベロはほんの短い間、私の目を見て黙ったが、軽く目を逸らすようにして言った。


「私は人間を死に追いやるような行為が出来ない。先ほどの者たちに騎士を向かわせたのも、彼らがそれを原因として死に至るような存在ではないという認識が私の中にあったが故に出来たことだ。よって私は誰のことも生き埋めになどはしない」


 私は彼の『出来ない』という言葉を、彼の意思によるものであると理解したため、この時点ではそれをあまり気に留めなかった。


「見た目よりは良識あるな。じゃあ分断が狙いか」


「あの男は優れた知性を有している。おまえのように私の仕向けた通りに動くか確信が持てなかったため、一旦舞台から排した」


「いちいち腹立つな…」


 苛立ちを込めた呟きは、当然のように無視された。


「いずれあの男とも道を交える時が来るだろう。だが、それは今ではない。あの盲人に伝えるがいい。闇の中で影を追えども決して捕らえられはしないと」


 暗闇で影を追うは愚者あるいは盲人なり。暗闇の中のカナベロの囁きを思い出した。ゼームが盲人ならさしずめ愚者というのは私だろう。私が愚者というのはそのままの意味だろうが、ゼームを盲人と喩えたのはどういう意図なのか。


「ゼームを忌避するのは彼が賢過ぎるからってだけじゃなさそうだな。ゼームについて何を知っている?」


「賢しき盲人は光に気付けず、傍らの愚者が目を見開くだろう。光の道を行け」


 相変わらず会話がまったく成立していないようだが、愚者と盲人という比喩が私とゼームを指すものである以上、二人の違いについてを仄めかしているようにも受け取れる。


 その時、奇妙な甲高い音を背後から聞いた。それは初めて聞く音ではあったが、柔らかく穏やかなものであったため、特に驚きも感じず釣られるままにそちらへ視線を向けた。複数ある部屋の出口のひとつが、先ほどのような青白い光に照らされて、私を導いている。


「これがその光の道かい…って、また居ない!」


 カナベロが居たはずの場所に再び視線を戻した時には、彼は既に姿を消していた。


「おまえを旅立ちから遠ざけているものが何であるか、私は知っている。導きに従え。そこに答えがある」


 つい今しがたまで反対方向に居たはずのカナベロの声は、光の方向から聴こえてくる。


「生憎、でもないかもしれないけど、既に旅立つことは決めてるよ。ついさっき、ゼームと話したんだ」


 私は光に向かって歩き出す。


「その女は救いを求めて呼んでいる。だが、おまえを呼んでいるのではない」


「なんだって」


 私のつま先が光に届く寸前、それは消え、先ほどの不思議な音と共に暗い坑道の向こうに新たな光が現れた。


「呼び声の主を知ってるのか。その答えに導くって言うのか」


 カナベロの光はとても狭い範囲だけをくっきりと円形に照らしている。照らされた部分以外の地面や壁などは一切見えず、私は真っ暗闇の中に浮かぶ小さな島と島の間を渡るように進んだ。地面は決して平坦ではなかったはずなのだが、私はつまづくこともなく歩みを続ける。


 青白い光の導きが終わり、遠くに自然の光が見えた。外だ。


「ここは…入ってきた時と同じ裏口か。一体どう歩いたんだ?」


 しかしカナベロの声はもう聞こえなかった。実際自分が一体どうやって歩いていたのか、本当に物質世界に存在する坑道を歩いていたのかすら確信が持てなかった。

 ともあれ私はリデオたちに再度発見されることもなく、要塞の外へと脱出することが出来た。既に何度か往復しているため、今なら一人でも屋敷まで戻れるだろう。そう考えながら足元に目をやり、何か煌くものがその存在を主張していることに気がついた。


「一人で屋敷の中を調べろってことか」


 それは鍵だった。以前ゼームが手にしているのを見たことがある。大きく物々しい装飾が施されていることから察するに、恐らくは屋敷のマスターキーだ。





 こんな樹海の奥に隠れた屋敷をわざわざ戸締りして出かけるとは大した用心深さである。私はゼームによって施錠された表玄関を、――何の驚きも伴わずに――手にした鍵で開錠すると、既に住み慣れた屋敷の中へと踏み入った。普段は私が留守番しているために開放されたままにしてある窓もすべて閉じられており、地中ほどの真っ暗闇ではないが、些か緊張感を覚える程度に様相が違って見える。背後で蝶番を軋ませつつ、玄関扉が閉まった。何度も聞き慣れた音であるにもかかわらず、今日はまるで他人のようだ。

 私やカナベロのことを探して要塞を彷徨っているであろうゼームがまだ戻っていないことは静けさからしても明らかだ。しかし、屋敷はもぬけの殻というわけではない。必ず居るはずなのだ。呼び声の主が。


 私は今朝方ゼームとやり取りした、かつての開かずの間の前までやってきた。そこは再び施錠されていたが、玄関と同じ鍵によって開錠することが出来た。やはりマスターキーらしい。


 一度大きく息を呑んでから、戸を開け、中に踏み入る。


 中には誰も居ない。ベッドのシーツは丁寧に整えられ、家具や調度品もあるべき場所に整然と並び、個人の荷物など生活感を示す痕跡の類も一切無い。窓が閉じられていること以外、今朝ゼームと共に訪れた時とまったく同じ様子だ。


「だけど、君は最近までここに居た。別の部屋に移されたんだ」


 私はベッドの前に跪き、そこに両手を乗せて目を伏せる。何故かそうするべきだと思ったのだ。


 帰ってきた。


 帰ってきたの?

 兄さん。


 ――兄さん。どうして。


「聴こえた」


 確かに聴こえた。はっきりと覚醒した状態であるにもかかわらず、普段眠りの中で薄ぼんやりと感じられるだけだった声が確かに聴こえた。


「二階だ」


 囁くようなか細い声だった。普通に考えれば窓の閉じられた階下まで届くようなものではない。であるにもかかわらず、私はその声の主の居場所についてはっきりと確信を持った。


 部屋を飛び出し、駆け出す。玄関広間を抜け、階段を上る。

 だが、帰ってきたとはなんのことだ?誰だ?兄さんだって?

 回廊を進み、見えない何かに引っ張られるように私が目指したのは最奥の部屋だった。

 ひどく禍々しい予感がする。

 閉じられた戸の隙間から風を感じる。室内では窓が開放されているらしい。

 鍵穴に鍵を差し込んで、何も考えずにそれを回すと空回りした。部屋の鍵は最初から掛かっていなかった。


 そして戸を開いた。最初に目に入ってきたのは窓辺に立つ一人の男だった。髪の色が赤いのは元々だろうが、服の色についてはたった今、返り血によって染まったばかりのようだった。


「一足遅かったな…って、なんだ、てめえかよ」


「ホルズ、ホルズじゃないか。これは一体…」


 ベッドの上に居たもう一人の人物は鋭利な刃物によって喉を裂かれ、既に絶命していた。


「分かってんだろ」


「ラン=ダーウェ」


 彼女が呼び声の正体だった。

 山賊長シギミヒがどこからか拉致し、その潜在された超能力を引き出すために彼によって数々の非道な人体実験に晒された女性だ。山賊団崩壊のどさくさでゼームが連れ出し、この屋敷で養っていたのだろう。そして彼女こそが、ゼームが言っていた彼とホルズの『交渉』だったのだ。私はすぐに理解した。


「彼女は…最期に何か言っていたか?」


「こいつが何かを喋れたと思うか?よく見ろ!」


「悪かった。その通りだ」


 死者の名誉を冒涜するのは本位ではない。彼女の姿に関する詳細な描写は省く。


「こんな結末になるような気がしていました」


 部屋の入り口で震えていた私の背後に、いつの間にかゼームが立っていた。


「クソ野郎、てめえごとき何も分かりゃしねえだろ。知った顔するな」


「ホルズ、どのような形であれ私は貴方の決断を尊重します。ヌビク、彼とランさんを二人にさせよう」


 言われるがまま部屋を後にし、後ろ手で戸を閉めると、私はその場に膝からへたり込んだ。


「経緯を…」


「もちろんだ。居間へ移動しよう」


 差し出された手に掴まって立ち上がり、ふらふらと歩き出す。


「既に察しはついているかもしれないが、ホルズが復讐の旅から帰ってくるまでの間、ラン=ダーウェを養うことで、彼は私を復讐の対象に含めないと約束していた。君に対して彼女の存在をひた隠しにしたことも彼が課した条件の一つだ。そしてその役目もたった今、彼がランさんを介錯したことで終わった。君があの部屋に踏み入るのがあと数分早ければ、私は約束を果たせずホルズに殺されていただろう」


 私がこの屋敷で初めて目覚めた時に立ち入った、大きな鏡のある部屋へと入る。居間などと呼んでいるが、この広過ぎて使いづらい部屋に来るのはこれで二度目だ。天窓からの光に浮かび上がる大き過ぎるテーブルを挟み、私たちはかつてそうしたように、再び対面して椅子に腰掛けた。


「ホルズが帰ってきたということは、既にシギミヒはこの世に居ないだろう。まあ…あんな奴の事は今はどうでもいいとは思うが」


「どうでもいいもんか。やっぱり奴はあの時僕が絞め殺しておくべきだったんだ。あいつがただ生きているだけで苦しみ続けた人間がいた」


「すまない。その通りだね。ただ、ランさんはこの屋敷に移してからは安定している様子だった。あのまま介護を続けることでいずれ正気を取り戻すかもしれないと思えたし、ホルズもそれを望んでいたのではないかと考えていたけれど…彼も悩んだ末にあのような決断に至ったんだろう。何も言うまい」


「彼女は救いを求めていた。でも、それは苦しみからの解放という意味だったと思う。彼女は死を望む言葉も口にしていた。僕なんかが審判していいことじゃないが、多分ホルズの決断は正しかったんだろう」


「彼女の声を聞いたんだったね。私はそれを夢だと言ったが、本心じゃないよ。君には本当に聞こえていたんだ」


 呼び声の主についての謎はこれで解決した。だが、何故私が突然このような声を聞けるようになったのか、その根本の謎は残ったままだ。


 私は陽の差し込む天窓を見上げた。

 光の道、か。


「ヌビク、君がこの樹海ですべきことはすべて終えた。残った謎の答えを確かめに行く時だ」


 まるで見透かすかのように、ゼームが私の考えを代弁した。


「結局、カナベロの予言どおりになったわけだ」


 その後、私たち二人はずっと目を伏せて黙っていた。廊下の奥から扉の音が聞こえて来たとき、ようやく顔を上げた。部屋の入り口に人影が現れた。


「埋めてくる」


 血まみれのシーツに包まれた遺体を手に、彼は虚ろな目をしていた。


 シギミヒの私室で初めてラン=ダーウェを見た時から今日に至るまで、私は彼女に関する一連の出来事に対してもっとマシな選択肢を選ぶことが出来たのではないだろうか。そう思えてならなかった。具体的にどうすればよかったのかは分からない。あの日シギミヒを殺しておけばよかったのか。そうでなくとも、彼女の姿をわざと視界に入れないようにしたり、シギミヒやゼームと彼女について話した時に露骨に話題を変えたりしたことは邪悪な行為だったのではないだろうか。


「手伝わせてくれないか」


 ホルズは優柔不断で勇気の無い私とは対照的だ。まっすぐな気持ちに突き動かされるまま、やるべきことをやった。決断が本当に正しいものだったのか、私はもちろん、きっとホルズ自身も答えを知らないだろうが、それ故に彼の勇気には敬意を払わなければならない。


「好きにしろよ…。ただし話しかけんなよ」


 ゼームは墓標とする石や、供える花などを用意するとのことで、私は遺体を抱えるホルズと二人きりで森の中を進んだ。小川を越え、いくつかの草むらをかき分けてしばらく行くと、木々がまばらな草地に出た。既にいくらか傾き始めている太陽を正面から浴びて私たちは眩しさに目を細めた。


「ホルズ、すまなかった」


「話しかけんなつったろ…なんで謝るんだ?」


 そう言うと彼は思いのほか素直に振り向いた。逆光で見えづらいが、彼の眉は弱弱しく垂れ下がり、トレードマークの凶悪そうな犬歯も目立たないよう鳴りを潜めている気がした。衝撃的な決断の直後としてはむしろ異常とも思えるほど落ち着いた様子だった。それがむしろ私にはひどく悲しく感じられた。


「もっと出来ることがあったはずだった。少なくとも、僕がシギミヒを殺すチャンスは何度もあった。殺しておけばその人も、おまえも、長く苦しまなくて済んだ筈だった」


 ホルズは前に向き直って歩みを続ける。


「あのクズを殺すまでの間、終わりを先送りにしてた俺がどうこう言えたもんじゃねーよ」


 そして俯いた。


「俺は弱い」


「すまない」


「もう話しかけんな」


 小高い丘を登る。私は元々あまり外をよく歩くほうではないが、数ヶ月この森で暮らしていて初めて訪れる場所だ。ゼームが墓前の花を調達する必要は無かったようだ。ここには色とりどりだが素朴な野生の花があちこちに咲いており、水音も届かないほどの遠景に小さな滝も見える。美しく自然に囲まれた、穏やかな、永遠に眠る場所としては理想的な土地だった。この血まみれのならず者はあてもなく歩いていたわけでなく、最初からこの場所を知っていて目指したらしい。


 私は二本持っていたスコップを一つホルズに手渡し、互いに無言で地面を掘り始めた。意図して私にペースを合わせたわけでもないだろうがホルズの作業速度は遅く、そのうち陽はさらに傾き、夕暮れとなった頃にようやく小さな女性を墓穴の中へと置いた。その間、私たちは一言も口を聞くことは無かった。私は跪き、謝罪の念も込めて祈りを捧げたが、弔いの詩は口にしなかった。彼らの宗教が不明だったからというのもそうだが、ホルズの幼馴染との別れを邪魔したくないというのが最もの理由だった。夕焼けを背負って立ち尽くしたままの横顔はしばらく穴の中へと向けられていたが、彼はおもむろに身に付けていた腕輪と耳飾りを外すと、一見無造作とも見える動作でそれを遺体の上に落とした。そしてぽつりと、一言だけ何かを口にした。その言葉は後で調べたが、ノギントリ語でさよならと言ったのだった。


「さっさと埋めちまおう」


 そして急くように土を戻し始めた。


「大丈夫か?」


 その作業に追従する前に私はホルズの表情を確認したが、


「大したことねえよ。どいつもいずれ死ぬんだ。遅かれ早かれな。大したことじゃねえ」


 彼は不自然に立ち位置を変えて作業を急いだ。

 私は彼に従わず、じっとしていた。


「てめえも、あんまり良い奴になるなよ」


「どういうことだ?」


「クソ野郎だったら、くたばったって気にもならねーし。どいつもこいつもクソ野郎だったらいいのに」


 彼は私に背を向ける位置取りを意識していた。


「ホルズ」


「大したことじゃねえ。大したことじゃねえんだ」


「大したことないわけあるか。泣いてんじゃないか!」


 私は一度手に取ったスコップを放り捨てた。


「泣いてねーよ!」


 そう言って彼もスコップを放り投げ、振り向いた。その目から大粒の涙が落ちた。


「クソッ!」


 結局、作業を終えた時には既に真っ暗で身動きが取れなくなっていたのだが、期待通りゼームが明かりを携えて迎えに来たため、私たちは三人で屋敷へと帰り着くことが出来た。


「旅に出るのか?やめとけよ。絶対ひっでえ死に方するからよ。賭けたっていい。旅なんて悲しいことばっかりだ」


 夕餉の席ではややぎこちなかったが、ホルズは笑顔も見せた。ゼームとも憂慮したほど険悪ではなく、私たちは三人で最近更新された物事についての話題を交わした。カナベロやテリリドニジグ、傭兵団、エジヤ姉妹、そしてハステの動向について現状を掻い摘んで説明したが、彼はのらりくらりと相槌を打つばかりで、彼自身がそれについてどう関わるつもりなのかには言及しなかったし、私もゼームも彼の現在の心情を考慮し、あまり突っ込んで彼の意思を問いただす事は出来なかった。


 翌朝、私が目覚めた時には既にホルズは森を発っていた。





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