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星と羽虫  作者: 病気
序章・虫になる人々
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5. 二人の副隊長



 行軍が再開された。


 起伏の少ない平原には整備された道が無く、目印代わりに一定間隔で植えられた針葉樹に沿ってけもの道ができていた。ノンド樹海以南の都市へ続く街道は、樹海やその周辺の峠を大きく迂回するためにテンベナから真西に向かって伸びており、樹海の真北に隣接しているノンドバド村へと南下する道はほとんど整備されていない。


 峠を越えると見晴らしがずっと良くなったものの、昼過ぎまで歩き続けて見かけたのはノンドバドへ物資を届けたらしい行商人一人だけだった。それも我々を遠目に確認するや否や、勘違いしたのか大急ぎで馬を転回させ一目散に来た道を引き返して行ってしまった。


 以前は南方の都市への近道として峠やノンドバドを経由する旅人も多かったようだが、彼らを狙う盗賊の動きが活発化してからはだいぶ減ってしまったようだ。それで稼ぎ口を失った盗賊どもは標的をノンドバドの村人に変え、おかげで我々に仕事が与えられた。旅人がどれだけ殺されたところで殺された当人以外は誰も困らないので誰も盗賊の討伐を依頼したりはしないが、村が標的になると話は別だ。通り過ぎるだけの旅人と違って、継続的に生産を行う村人は殺されることなく貢物を要求され続けるのだ。


 総勢十四名のノラッド小隊は隊長のノラッドを先頭に、荷馬車を囲むように隊列を組んで歩いていた。しんがりにはロウィスが付いていた。私たちの隊が連れている五頭の馬のうち四頭は荷車を曳いていたが、残る一頭には二名いる副隊長の一人であるリデオが騎乗していた。副隊長自ら哨戒任務を受け持つとの名目だったが、実際は歩くのが嫌だというだけである。


 リデオはいつも口元に下卑た笑いを浮かべているだらしなく太った中年男だ。やたら大きな耳や三白眼、短い脚、並びの悪い歯、どれをとっても醜く、性質は口汚く横暴で、嫌な仕事は隊員たちに押しつけて自分はいつも怠けてばかりいる。怠惰なだけでなく強欲で卑劣でもある。先日通りすぎた峠の村でも脅迫まがいの手段を用いて村人から酒や金を巻き上げていた。出会った大抵の人間を第一印象だけで特別な理由も無く嫌いになってしまう私だが、彼に関しては嫌うべき理由がはっきりしているため、むしろ自分の中での扱い方に迷う必要が無く、ある意味清々しく感じるほどだった。しかしある意味清々しくとも別のあらゆる意味で不快なものはやはり不快だ。私にはこの男が副隊長を務めている理由がわからなかった。ノラッドの次に古参だからというだけで副隊長の椅子にふんぞり返っているようにしか思えなかった。


 彼に対し不満を持っているのは私だけではない。それでも彼の横暴がまかり通るのは、副隊長である彼に対等にものが言える人物は限られているせいだ。


「そろそろ前方へ斥候を出すべきだ」


 副隊長のもう一人であるロウィスが煙草の煙を吐きながら言った。


 言葉自体は独り言のようにも受け取れたが、それは普段の彼の控えめな口調から思うと明らかに威圧的な雰囲気を帯びており、それはリデオにも感じられたことだろう。彼は視線を上げてリデオの方をまっすぐ見ていた。取り巻きであるガラの悪い隊員二名と下劣な会話をしながら不快な笑い声を立てていたリデオは、挑戦なら受けるぞとでも言いたげな芝居がかった動作でゆっくりと振り向いた。


「何か聞こえたと思ったが、うーん…蛆虫の鳴き声だったか。初めて聞いたぜ」


 ぎょろりとした丸い目をわざとらしく大袈裟に見開き、大きな耳に片手を当てながら、からかうように言葉を返した。取り巻きたちもにやにや笑いながら振り向いた。私は自分の視線が彼らを睨んでいるように見えるかもしれないと気付き、下手に刺激して巻き込まれてもまずいと、咄嗟に目を逸らした。


 ロウィスはそれ以上言葉を発さなかったが、咥えていた煙草を指に取り、大きく煙を吐くとそれを乱暴に投げ捨てた。そして少し頭を俯かせて視線だけをリデオの方へ投げ続けた。言葉は無くとも明らかに自らの憎悪を全力で相手に理解させようと努めている仕草である。


 真面目なロウィスと横柄なリデオの不仲は誰も口には出さないが小隊では暗黙の了解となっている。私も人から聞いたわけではないが訓練所にいる頃から薄々気が付いてはいた。一触即発の状況に遭遇するのはこれが初めてだったが。


「おい、聴こえてねえのか。もっぺん鳴いてみろ蛆虫」


 先に怒声を投げたのはリデオだった。

 そして間髪を入れず、前方からノラッド隊長が鋭い声を発した。


「リデオ。斥候を頼む。我々の進軍が賊どもに見つかれば迎え撃つ用意をされてしまうだろう。峠の付近まではさほど危険は無かったが、このあたりまで来ると連中が出張って来ている可能性は高い。実際何件か襲撃の報告がある」


 部隊は一旦行進を止めた。


 先頭を歩いていたノラッドが今のやり取りをすべて把握できたとも思えないが、明らかに二人を諌める語調でそう言った。二人のやり取りに対してはいつも神経を尖らせているのだろう。統率する立場の者にとって、副長同士の不仲はやはり気に掛けるべき問題の一つであるらしい。


「私もここからさほど遠くない場所でやられました」


 皆が息を飲む中、荷馬車を挟んで私の反対側にいたセリトが躊躇無く言葉を挿んだ。険悪な雰囲気に気づかないはずはないが、我関せずと言った涼しげな顔だ。


 不意に、リデオが体型に似つかわしくない素早い動きで馬から飛び降り、ロウィスの方へまっすぐ体を向けた。それに応じ、ノラッドが急いで駆け寄ろうとする気配を一瞬だけ足元に見せたのだが、すぐに思い留まったようだ。彼が動きを止めたのは、リデオにロウィスに殴りかかろうという気は無いと察したからだろう。


「そんな下らねえことは俺の仕事じゃねえさ…!おまえが…うん、ええと…、おまえが行け!」


 リデオは一瞬ロウィスを指さしながらそう言いかけたが、副長のロウィスがしんがりを離れるわけにはいかないと即座に思い出したらしく、突き出された彼の指の先はたまたますぐ近くにいた私のほうへと修正された。


 私は言われたとおりにすぐに馬に跨り、隊列から離れ、前方遠くに見える丘へと向かって走らせた。あの場から離れられた。ついてる。


 翌日の昼前に我々ノラッド小隊は拠点となる農村ノンドバドに到着した。不幸により二名の隊員が命を落としたものの、テンベナを発ってから予定通り三日目のことだった。



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