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星と羽虫  作者: 病気
第一章・異能の女たち
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40. 山賊長シギミヒ




 一際狭い木々のアーチをくぐると、唐突に視界が開けた。そこには先ほどの小規模な崖とはまるで比較にならない雄大な渓谷が姿を現していた。私たちの真正面はるか遠くの切り立った岩肌に濃い紫色をした陰気な太陽が着地していたため、そちらが西の方角であると知れた。眼下には流れの速そうな大きな川が存在し、湖や滝なども見える。ここはどうやら山々に囲まれた盆地状の地形であるらしく、深い樹海の真ん中に隠されたこの渓谷それ自体がひとつの巨大な要塞であると形容しても過言ではなかった。


「見えるか?あそこだ」


 ホルズが遠くの山の一角を指さした。


「全然見えない」


「うん。俺も見えねーわ。昼間なら葉っぱに隠れた四角い窓がちらちら見えっけど、中途半端に暗い上にまだ灯りも点ってねーし。でもここまで来たからには今日中になんとかして辿り着くぞ。完全に陽が落ちる前にな」


 渓谷の内周をぐるりと取り巻く小道には通行の妨げになるような背の高い雑草は無く、それが人為的に作られた通用路であることが知れた。傾斜になっている部分はところどころで木材や石などを使って階段状に整地すらされている。目的地が近いのだ。既に視界はかなり悪くなっていたが、足元に気を付けてさえいれば障害物につまづく心配はほとんど無かった。


「なあ、誰が敵で、誰が味方か、ちゃんと理解してっか」


 前を歩くホルズがだしぬけにそう問い掛けてきた。私は考えずにすぐに答えた。


「正直よくわからない。おまえはどうなんだ」


「実は俺も最初から全然わかってねーんだよな。あの双子どもも、なんか強くてムカつくからぶっ殺してやろうってずっと思ってたが、今になって思うと別に嫌なことをされたわけでもねーし、他のクソどもと比べたら百倍マシだったわ。なあ、あの手紙にはなんて書いてあったんだ?」


「聞きたいのかい」


 先ほど彼が意図的に手紙の内容に触れないようにしていたことを覚えていたため、私はそう確認した。

 ホルズはぶるぶると素早く首を横に振って、前方に向き直った。


「…いや…やっぱいいや。でもてめえはきっとアレを読んだから気が変わって、さっき死体をかっぱらおうとしたあいつらを止めようとしたんだろ?」


「きっとそうだと思うよ。自分でも何故あんなことを言ったのかわからないけれど」


 私はあの時咄嗟に『サトヤの遺体は家族の元に返されるべきだ』などと叫んだのだが、どうして私にそんなことが言えたのだろう。私は家族なんてほとんどまともに知らないようなものなのに。


「切羽詰った状況でこそ、そいつの本性が出るもんだ。それまでの経緯なんかは関係ねー。正しい人間は何が正しいか最初から知ってんだよ。そしててめえはその正しい人間だ。少なくとも俺にとってはな。大いに結構なこった」


 ホルズはそう言ってこちらを見た。少しだけ笑っていた。こちらがこの男の本当の顔なのかもしれないと思った。


「恐らく今日と明日で色んな立場の色んな奴があそこに続々集まって来る。そん中には俺たち二人の間で敵か味方かの見解が一致しない野郎も居るはずだ。いや、むしろそんな奴ばっかりか。だからよ、この先状況が変わった時、誰に付くべきかちゃんと見極めて、せいぜい上手く生き延びるんだな」


 そう続けた彼は既に再び前方に向き直っていたため、表情は分からなかった。


 私は黙ったまま彼の向く先に目をやり、はっきりとした灯りを一つ見つけた。少しずつ歩いて近付くにつれ、その灯りは二つ三つと増えていく。岩肌に掘られた地下建築の窓から漏れる松明の光だ。最初に森に入った時から目的も状況も同行者も随分と変わってしまったが、私はついに一つの目的地へと到達したのだった。


「おい雑魚。俺だよ」


 件の要塞の入り口らしき岩肌の横穴に近づいた時、ホルズがどこへともなく声を上げた。するとすぐに頭上から声が返ってきた。


「ホルズか」


「毛の色ですぐ分かれよ」


「今まで一体どこをほっつき歩いてたんだ。ひでえ目に遭ったってカムロから聞いてるぞ」


 声のした方向を見ると、脇の無数の木々の内の一本に登って身を隠している男を見つけた。彼が持つ弓には矢をつがえられていた。彼が賊どもの見張りであることは一目瞭然だ。


「は?カム…?誰だっけ」


「おまえが旅人狩りに引き連れてった奴の一人だよ。金髪の剣士と殺り合って、こっちも二人殺られたんだろ?テベフとあともう一人…あいつの名前はなんつったっけかな…」


「金髪…か…!そーいやそんな奴も居たな!でもそんなバカのことはもうどーでもいいんだよ。クソ外人は中に居るか?」


「おまえも外人だろ。シギミヒのことだったら今はきっと中央ホールに居るぜ。ダーマも昨夜帰って来たんだが、なんでかいつも一緒に居るはずのサトヤが帰って来てねえ。あのバケモノどもにまさかのことなんて無いとは思うが」


「そうかよ」


 ホルズが歩みを再開したため、私も何食わぬ顔でその後に続いたが、案の定呼び止められた。


「待て、なんだそっちの奴は。新しい女でも捕まえたか?ブッサイクだな。男じゃねえのか」


 山賊どもが仲間たち全員の顔までを把握していないことを願っていたのだが、少なくとも私が想像したよりは規律のある組織だったらしい。


「女だったの?」


「男だよ」


「だってさ。行っていい?」


「…行けよ。おまえの邪魔をしてもロクなことにならねえからな…。だがシギミヒの野郎にはちゃんと説明しやがるんだな…」


 私たちは要塞内部に足を踏み入れた。ホルズは入り口の壁に差してあった松明を持ち上げて掲げ、ずんずんと先へ進んだ。その内部の構造は、予めゼームが私たちの小隊に見せた見取り図と全く相違が無かった。自然の洞穴を利用したらしい長いトンネルを抜けると、正面に大人の身長分ほどの段差が見え、その上には弓矢を手に立哨している数人の見張りたちの姿があった。


「ホルズかっ!?ホルズが戻ったぞ!」


 見張りたちは我々の姿を見つけると驚いたように声を上げ、互いの顔を見合わせた。


「クソ外人はどこだ?」


 ホルズはそう言うと土の床の上へ、必要の無くなった松明を乱暴に投げ捨てた。段差の上の広間の壁には十分な数の松明が炎を揺らめかせており、室内の光量は十分だった。


 不意に、見張りたちの肩の間から一つの白い頭部がひょいと現れた。


「クソ外人だってさ。ダーマくーん、ホルズくんが呼んでるよー」


「てめえのことだよゲス野郎」


「あっ、ホルズくん、火の点いた松明なんか投げて!何度言ったらわかるんだい。ボクのお城にゴミをぽいぽい捨てないでくれるかな」


 現れた男こそがこれまで何度か様々な人々の言葉に挙がった山賊の長、シギミヒその人であるのは明らかだった。純白の頭髪と純白の肌、金色の瞳、大きな尖った耳、ただ一つの例外的な特徴を除けばどれを取っても一般的なメメトー人そのままである。しかしその帝国語の発音には訛りがほとんど無く、彼が既にとても長い期間を帝国で暮らしているのか、あるいは国で非常に高度な教育を受けてきたのかのどちらかであると思えた。


「んんー?キミははじめましてだね。ホルズくんがお友達を連れてくるなんて珍しいなー。さあ、上がってよ」


 私と目が合うと、彼は両手を広げて歓迎の言葉を口にした。


 上に登るための階段はこの広間全体を取り巻く形で壁際に存在していたが、ホルズがひとっ跳びで私の頭より高い段差を超えてしまったため、私は勝手の知らないこの山賊のアジトの大広間を一人でぐるりと一周する羽目になった。


「で、その双子の兄貴のほうは今どこに居るんだ?」


 私は階段を登りながら、部屋の中央でホルズがそう言うのを聞いた。


「それが問題でね…。いや、ダーマくんのほうなら居るんだけど。彼には発掘場の監視をさせてるよ。呼んでくるかい?」


「ああ」


「そこのキミ、聞いてた?頼むよ。ほら、ダッシュ!」


 シギミヒに命じられた見張りの一人がバタバタと土煙を立てて広間の奥へと駆けて行った。先へと続く道は二箇所あり、その内の片方は扉に閉ざされている。見張りが走り去ったのは扉の付けられていない比較的大きな方の通路だ。ゼームの地図に描かれていた内容が正しければ、その先は地下に続いているはずだった。


 私はようやく部屋の中央に辿り着き、ついにメメトー人の山賊長と対峙した。シギミヒの顔にはいくつかのそれほど深くない皺があり、老化の速度が帝国人と同じであるなら年齢は大体四十前後であると予想出来た。額や眉間、目尻の皺よりも一際目立つのは頬の笑い皺であり、それは一般的には好ましい印象を与える特徴であるが、殺しや略奪を日常とする山賊という職業に限定すればむしろ逆に思えるものだった。


「アハハッ、キミはボクより背が低いねぇ。国に居た頃はボクより背の高い人なんてホントにただの一人だって見たことなかったのに、こっちじゃどちらかと言えばボクは低いほうなんだ。まったく参っちゃうよ」


 彼自身が言う通り、彼の外見において一般的なメメトー人とは違う例外的な特徴はその『長身』だった。彼は平均身長が帝国人の胸辺りまでしかないメメトー人にしては規格外の大柄だった。しかしそれでも私と親指一本分も変わらない。


「で、ホルズくん。彼は誰だい?入団希望者なら間に合ってるよ。人件費が最近の専らの頭痛の種でね。こないだもダーマくんとサトヤちゃんを使って奴隷の整理をさせたばかりなんだ。まあ、それで削れるのは食費くらいのもんなんだけど…」


 そこまで言うとシギミヒは言葉を一旦区切り、思い出したように人差し指を立てた右手を上げて続けた。


「そうそう、それだよ。あの双子に任せたんだけどさ、ダーマくんが昨日一人で帰ってきたんだよね。獲物を追ってはぐれたらしいんだけど、どっかでサトヤちゃんに会わなかった?」


「あいつは死んだ」


 ホルズがそう答えると、シギミヒは金色の両目を大きく見開いたまま、口元だけに笑みを浮かべた。


「ハハハ、またまた。やっぱりどっかで会ったんだね?」


「この血が見えねーのか、節穴野郎」


 ホルズが自らの上半身の衣服を怒りを込めて引っ張って見せた。びっ、と音を立てて赤く染まった生地が少しだけ破れた。


「…あらま。とうとう殺っちゃったのかい?困るなぁ。キミ、ああいうのがシュミだったの?」


 彼の口元からは笑みが消えたが、ホルズを訝しむ様子でもなく、きょとんとして自らの顎に指を置いている。


「俺じゃねーよアホが。あの双子よりよっぽど強えーバケモノがこっちに来てんだ。そいつが殺った。死体も灰にされちまったよ」


 シギミヒは顎に置いた指をそのままに、両目を細めた。


「あの双子より強い?そんなバカな…ええぇ?まさかホントに?ダーマくんが言ってた獲物ってまさか、いわゆる超能力者的なアレだったのかい?あいつー…ちゃんと説明しろよー…」


 神妙な顔つきとは裏腹に、相変わらず人を食ったような語調は変えない。


 すぐ脇に長椅子があるにもかかわらず、ホルズは部屋の中央の汚れた木のテーブルの上にどかりと腰掛けて、続けた。


「正直俺はこんなとこ二度と帰って来るつもりは無かったんだが、あいつに復讐してやるためにこの要塞が必要だ。てめーらも協力しろや。仮にあいつらに敵意が無くても俺が無理矢理そいつを引き出してやるから否応無しだが」


「この城まで攻めて来るのかい?詳しく聞く必要があるね。その能力者とあの双子が戦闘しているところに偶然出くわしたってわけじゃないんだろう?」


 ホルズは自分が一度投獄された経緯は省き、森の中を進むために案内を必要としていた三人の女たちに取り入ったのだとシギミヒに対して説明した。


「…んで、雑魚どもがどんだけ束になろうと絶対に勝てる相手じゃねーが、見た限り奴は五感については人間並みかそれ以下だ。どうやら連中はなんらかの交渉を目的にここへやって来やがるらしいし、応じる振りをして奥に引きずり込んで、そこで罠に掛けてやるのが確実だろーな」


 ホルズはテーブルに置いてあった飲みさしのボトルを手に取り、同じくそこに置いてあった木製のカップにワインを注いだ。


「ふーん、なるほどねー。よくわかったよ。なんだかんだで、やっぱりホルズくんのほうが頼りになるなぁ。あの役立たずの双子にも見習って欲しいもんだ。ガキの遣いもろくに出来ない上に挙句勝手に死んじまいやがって、あいつらの召喚要請にどれだけ手間が掛かったと思ってんだ、クズめ!」


 シギミヒが地下への出口の方をちらちらと見ながら死んだサトヤの悪態を吐くと、ホルズはカップを口に持っていく手を止めて、そちらをぎろりと睨んだ。シギミヒはわざとらしく口をへの字に曲げて肩をすくめる。


「…あぁ、とにかく、罠なら任せといてよ。相手が超能力者だとしたら偶然おあつらえ向きの秘密兵器があるんだよ。…まぁ、そんなことよりさ…」


 彼は演技じみた仕草で片手の中指を自らの額に当て、続ける。


「その三人組は女の子だって言ったね?可愛いかい?ハハッ、わかるだろう?ボクは帝国人の女の子に目が無くてね。選りすぐりだけを残して綺麗にしたばかりのボクの地下室のコレクションに新たに加わるといいなー!」


 そして満面の笑みを浮かべた。まるでわざとホルズの怒りを煽っているようにすら見える。それに対してホルズはまったく正直に、その顔を不愉快そうに顰めた。彼は空いているほうの手の指でテーブルの表面をつついてカツカツと苛立たしげな音を鳴らした。


「チッ…クズはてめえだろ…。話した三人の内、バケモノのチビとムカつくメガネは好きにすりゃいい。だが毛が銀色の奴は絶対に傷一つ付けんな。俺が丁重に森の外へ送り届ける」


 するとシギミヒが今度は手を叩いて大笑いした。


「ほぉー?ウハハハ!キミは変なところで潔癖…ってゆーか、純情だなぁ!大体キミはこれまで一度だって奴隷を使ったことが無いじゃないか!アレも無しにウチの安月給で働いてくれてるのはキミくらいのもんだよ。アハハ、山賊の流儀は守らなくちゃ駄目さ。ハハハハ」


 ホルズは不意に、片手に持っていた中身入りのカップをシギミヒに向かって投げつけた。シギミヒはさっとそれを避けたが、飛び散ったワインが少しだけかかった。


「てめえらクソムシと兄弟になってたまるかよ。大体俺は山賊じゃねーんだ」


 しかしワインを引っ掛けられた当のシギミヒ自身はまだ笑い続けている。


「アッハッハッハ!キミが女の子に対しては比較的優しい理由は知ってるよ。アレでしょ?故郷に置いて来た幼馴染のカノジョの顔がちらつくんでしょ?」


「なっ…!」


 ホルズがまるで飛び上がるように素早く立ち上がった。そして恐らくはほとんど無意識に腰の刀を抜いていた。それで横一文字に空を薙ぎながら怒鳴る。


「一体誰に聞きやがった!」


「…おっと…それは…その情報はそんなに色んな人に話してることじゃないだろう?…ちょっと考えればわかるんじゃないかい…?」


 引き抜かれた刀を見てようやく言い過ぎたことに気付いたらしいシギミヒが両の掌を見せながら後ずさった。

 ホルズはつかつかと歩いてその首筋に刃先を近づける。


「あの野郎だな!ぶっ殺してやる!そういや、すっかり忘れてたが元々ぶっ殺してやるつもりだったんだった!あいつの名前は確か…ええと…ゼ、ゼ…」


 彼は地団太を踏んだ。冗談を言うほど余裕のある精神状態には見えない。人の名前を思い出せないのはどうやら悪ふざけではなく本気らしい。


「ゼームくんだよ」


 シギミヒの口から、私の想像通りの名前が出た。


「そいつだ!クソッ!この国の連中の名前はなんて覚えにくいんだ!いや、そんなことは今はどうでもいい。おい!あいつも今この要塞に来てやがるのか」


「彼も地下に居るはずだよ。ついさっきやって来てダーマくんに相談があるって言ってたから。彼らはお互い面識がなかったはずだけどね。彼も呼んでくるかい?…って…あーあ、もう行っちゃった…」


 シギミヒの口からゼームの所在を聞くや否や、刀を片手に握り締めたホルズはもう既に地下への出口をくぐっていた。


「…あのバカにゼームくんを殺されちゃっても困るんだよねぇ…。役立たずの無口野郎や頭のイカレた赤毛野郎なんぞよりよっぽど利用価値のある子なんだ。ちょっと追っかけてくるよ」


 山賊の長は私の方を向いてそう言うと、苦笑いして首をゆっくりと左右に振った。


「キミは…まぁ、ほったらかしても無害そうだね。誰だか知らないけど、とりあえずこの部屋でじっとしといてくれよ」


 そして彼もホルズの後を追って地下へと下りていった。


 私は数人の見張りの山賊たちと共にその広間に取り残されることとなってしまったが、居心地の悪さを感じるよりも早く、二人が去って行った方とは反対側の、即ち上階へ続く側の扉の向こうで人の気配を感じた。


 斜め百度の角度でまっすぐ伸ばされたしなやかな長い腕が、蝶番の軋む音すらさせずに内側からスッと扉を開いた。そして薄暗い出口の向こうに、片足だけをやや前に出した英雄の彫像のようなポーズの長身のシルエットが姿を現した。

 どうやら扉の裏側で今までのやり取りを聞いていたらしい。彼はこちらへ歩み寄り、例のやたらと私の癇に障る眉目秀麗な微笑を湛えた訳知り顔を松明の灯りに曝した。




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