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星と羽虫  作者: 病気
第一章・異能の女たち
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30. 奇襲を受ける




「上だ!」


 私が声を上げる他なかった。声よりも一瞬遅れて両手に握り締めたスコップ形の槍も振り上げると命中した手応えがあったが、その穂先は振り下ろされた虫の鉤爪の勢いを若干相殺するだけに留まった。鉤爪はそのままダミのヘルメットをこすり、彼は振り向く間もなくバランスを崩して前のめりによろめいた。一方私は自分の攻撃の反動ですっ転んで尻餅を搗くと同時に、ずり下がったヘルメットの鍔で視界を失った。ダミのヘルメットは彼の命を守ったが、私のヘルメットは私を危険に曝したのだった。


「言うのが遅ぇぞ、のろま!」


 遠くから聞こえたリデオの怒鳴り声と同時に、それよりやや近い距離で、ぱきっ、という乾いた音を聞いた。急いでヘルメットを上げると、ダミを襲った虫人間は脳天から剣を生やして絶命していた。どうやらリデオが投擲したようだった。そちらを見ると、彼は彼自身の正面から襲い掛かって来ていた別の一匹も既に斬り倒していた。


「おおっ、ダミ!いちいちこっち向かなくていい。もう一匹居る!上、上!めっちゃ見てる」


「おう。そっちにもいるぜ」


 慌てて叫んだリデオの背後の森から、さらにもう二匹同時に飛び出してきた。そして目に入る雨粒に煩わされながら見上げると、リデオが言ったように、私たちの頭上の崖の上にも一匹、身を乗り出している虫人間が居た。明らかにこっちの様子を窺って飛び降りるタイミングを計っている。

 なんてことだろうか。虫どもは矢継ぎ早の連携はおろか、陽動までこなす。昨日の賊どもと比べるまでもなく、それよりはるかに統率が取れている。ひたすら人を食い、物を壊すだけの習性しか持たないはずの虫人間にそれだけの戦術を駆使できるだけの知性があるとは到底思えないが、今起こっていることが偶然の範疇とは考えづらい。


「もう助け舟は出せねえぞ!剣は三本しか持って来てねえんだ。まだ一本余ってるってか?残念ながら俺は二刀流が専門なんだ。そうら!」


 リデオは掛け声を上げると、頭上に掲げた右手の剣を不自然にゆっくりとした速度で中空に振り下ろした。その奇妙な動作は戦いには似つかわしくない何やら儀式的な、まるでこの土砂降りの中で雨乞いの祈祷をしているかのような、言うなればいくらかナンセンスな、道化じみた動きにすら見えた。彼に向かって駆けて来ている二匹の虫人間たちとはまだいくらか距離があるため、フェイントや準備動作の類にしてもタイミングが早すぎるし、ましてや攻撃そのものであるはずもない。しかし次の瞬間、彼らが衝突したその直後には、不可解なことに二匹の虫はまるで催眠術にでもかかったかのように地面に倒れ伏していた。その内の一匹の頭部は胴体から離れ、音も無く転がった。


「あっ…!?一体何だ今の技は…!」


 やや離れた位置でセリトが声を上げた。彼は交戦中の虫の一匹に対し、昨日の繊細な太刀捌きとは打って変わった大振りの荒々しい斬撃を見舞うと、その前肢の一本を宙へと撥ねた。


「今、こいつが邪魔でよく見えなかった!」


 彼は図々しくも、その虫を蹴り飛ばしてリデオのほうへと寄越した。


「賊同然のやくざ者かと思いきや、意外にも心得があるのか?興味深い。もう一度よく見せてもらおうか」


「ハハハ、なにしやがんだ!」


 リデオは律儀に先ほどと同じ手順を踏んで、例の奇妙な儀式的な動作をもう一度繰り返して押し付けられた一匹を打ち倒した。その虫の首は軽快に宙を舞い、一本の木に当たって、がすっ、と音を立てて落ちた。その技のトリックはやはり私には理解不能だったが、まるで使用したようには見えなかった背後に逆手に構えた剣から虫の体液が滴っているのを見つけた。まったくわけがわからないが、とにかくなるほど、二刀流だ。


「こっち見んなっつったろうが!上ぇ!」


 私たちがリデオの戦いぶりに気を取られていた一瞬の隙を狙ってか、頭上の一匹は既に殺意を剥き出しに飛び出して来ていた。


 私とダミは敵の姿を目視する余裕すらほとんど無いままそれぞれ逆の方向へ飛びずさり、頭上からの強襲をかわした。着地した虫を私とダミで左右から挟む形だったが、虫は迷うことなく目標をダミのほうへと定め、両腕の鉤爪を大きく振りかぶった。


 リデオがダミとトルシュと私を三人一組にして指示を出した理由がわかった。私は、この状況でいくらか落ち着いており尚且つ好戦的な性格であるダミは実は隠れた実力者なのではないかと少しだけ期待していたのだが、五体や視線の動きを見るに、どうやら戦いの経験はその若さ相応にあまり多くないようだ。彼は剣を持ち上げて、一度は虫の攻撃を防ぐことに成功したが、同じ体重の人間の数倍にも及ぶ虫人間の怪力による打ち下ろしを受けて真っ直ぐ立っていられるはずはなく、そのまま反撃の余地もなく大きくよろめいて、ほとんど転びかけていた。


「おい、援護しろ」


 言われるまでもなく、私はスコップを全力で振りかぶり、敵の後頭部に下ろした。狙いが下手なのか腕力が足りていないのか、おそらく両方が理由だろうが、私の一撃は虫を無力化するには至らなかった。しかしダミの顔面へ向けられたその鉤爪の追撃の軌道を逸らすことには成功したらしく、またしてもそれは彼のヘルメットを掠めた。


「すまねえ」


 相変わらずの奇妙に落ち着いた抑揚で呟きながら、ダミは虫の肩口へ垂直に剣を振り下ろした。刃は甲殻を砕き僅かにめり込んだが致命傷を与えるには至らなかった。そしてダミは、その隙に打ち出された虫人間の三度目の攻撃はついに回避すること叶わず、痛烈な殴打をその腹でまともに受けることとなった。


「がっ…は…」


 彼は後方へ大きく吹き飛ばされ、崖に背を打ちつけた。意識はあるようだが、おそらく骨は何本か折れただろう。しかし骨の一、二本を気にしている場合ではない。虫は私の槍の間合いから逃れ、ダミにとどめを刺さんと、既に立ち上がるのが精一杯の彼の元へ向かって一直線に駆けていた。


「ダミ、やられやがったか!クソが、また来やがった」


 リデオとセリトの元へ、さらに三体の虫が追加された。助けを求められるような状況ではない。


 私は槍を真正面に突き出すように構えて、ダミの脳天へ爪を振り上げる虫の背に向けて全力で突撃した。だがまだ数歩の距離がある。私が虫を仕留められるか否かは別として、ダミの命を救うことは不可能だ。


 そう思った時、目の前の虫の体が唐突に真横に吹っ飛んだ。


「ダミぃ!しっかりしろコラァ!」


 私よりも素早く駆けつけていたラリャンサの鉄球が虫の頭を砕いたのだった。間一髪、ダミは一命を取り留めたが、私は危うく勢い余ってダミの心臓にスコップを突き立てるところだった。


「俺はいい…虫を殺せ」


「任せとけ。喋んな。もう寝てろ」


「恩に着るぜ」


「礼を言いてえのはこっちだ。てめえがザコいおかげで得点を稼げたぜ。これで二匹目…。金髪の野郎は…今ようやく一匹目か!」


 丁度、私が視線をやった瞬間にセリトの左手の刀が一匹の虫の胸の甲殻を砕いていた。その太刀筋はやはり大振りの荒々しいもので、どうやら意図的に普段の剣術と違う動きをしているように見えた。一体どういう心変わりがあったのか、昨日のホルズの剣捌きを再現しようとしているらしい。自らの洗練された帝国軍人流の剣術を誇っていた彼が、蔑むべき山賊の技を真似るとは、私にとって驚くべきことだった。


「ふむ…、言いたくないが、この三日月形の刀は斬撃向きな上に重量も無い…虫との相性は最悪だな。こいつらの外殻はまるで金属鎧だ」


 セリトはおそらくわざと、こちらまで聞こえるような大きな声でそう独り言を呟いた。


「金髪!ぺちゃくちゃうるせぇぞ!まだ来る!」


 セリトはリデオの怒鳴り声に対して、地面に唾を吐き捨てることで返答をすると、背後の森のほうへとくるりと向き直った。


 ラリャンサもまた、わざとセリトに聞こえるように大声で言う。


「へへへ、兄さんと組んでちゃ、もう奴の得点は見込めねえな。第六位の座は頂きだ!さあて、お次は…」


「また上だ」


 再度、私は別の一匹が崖の上から私たちを見つめているのを発見した。奴らは私たちが気を抜けばそこを狙って頭上から降ってくる。連中が理性的に状況を判断して襲い掛かっているのはもはや明らかだ。信じたくないことだが彼らには知性がある。だとすれば、次から次へと同じ流れで打ち倒されて、そのまま延々と同じ手を繰り返すはずがない。仮に『兵隊』の数が無尽蔵であればそれも作戦の内に入るだろうが、あの散乱した衣服の数から見るに、奴らの兵隊は虫化した村娘たちだろう。頭数は限られている。


「おっ、来た来た」


 頭上の虫がこちらへ向かって飛び降りた。


「僕はこのまま上を警戒する。連中は間違いなく僕らの不意を突く一手を隠してる」


「はぁー?虫にそんなこと考える頭があるわけねえだろ」


 その頭の悪い台詞の途中で、頭上から降りて来た虫は着地した。ラリャンサは着地の衝撃によって間接を折り曲げて動きを止めている虫の腹に容赦なく鉄球をぶち込んだ。


「ハッハー!」


「やっぱりだ。続けてもう一匹上から…」


 頭上から波状に二匹目が飛び降りてくることは私の予想通りだったが、私が危険を伝えるために発した声は、重たい岩の塊が崩れ落ちる音と、トルシュの叫び声によってかき消された。洞穴の中からだ。


「ぎゃああーっ!」


 虫どもは私の裏の裏を掻いた。一匹は予め穴の壁の中に隠れていたのだ。それは二重の意味で私を驚かせた。今この瞬間、私たち全員の命が差し迫った危険に曝されていることはもちろんだが、それは虫どもが予め私たちがここへやってくることを知っていた証拠でもあるのだ。


「な、なんだあいつは!どっから湧いて出た」


 どこから来たのかは分かっている。壁の中だ。それよりむしろいつからあそこに居たのかのほうが気になる。


「助けてくれぇー!ラリャンサ!」


 トルシュの両足は崩れ落ちた土砂の下敷きになり抜けなくなっていた。


「ちぃっ!」


 ラリャンサは洞穴から現れた一体に向けて、盾を身に付けた左手を勢いよく振り回すと、その中に仕込まれた刃を飛ばした。虫の肩に突き刺さったそれが一瞬の足止めの効果を発揮している隙に、頭上からやってきたもう一匹を回避し、先ほどと同じ要領でその腹に鉄球を一撃した。


「ラリャンサ、やれ!そいつで仕舞いだ!」


 後ろでリデオが叫んだ。ラリャンサはトルシュを救うべく、今度は右手に持った鉄球までも手放した。遠心力をつけて投げ飛ばされた鎖つきの鉄球は凄まじい破壊力を発揮し、再びトルシュに襲い掛かろうとしていた虫の頭部を粉々に粉砕した。トルシュの顔面は虫の体液まみれになった。


「ハァハァ…。や、やったか?」


 目を見開き、最後の一匹の虫の死を確認すると、ラリャンサは背後を振り向いた。そちらでは既に戦いを終えたリデオとセリトが刀に着いた虫の体液を振り払っていた。


「やった、やった!強ぇ。強えぇぇぜ俺!ははっ、見たかい兄さん!見たか金髪野郎!どいつもこいつも馬車に踏まれたザリガニみてえにしてやったぞ。どんな大男よりもはるかに強くて、速くて、イカれた虫どもをだぞ!ヒャハハハ!俺の勝ちだ!俺の勝ちだ、この野郎」


 私の隣で両手を振り回してはしゃぐラリャンサを見やりながら、リデオがこちらへ歩いてきた。


「虫どもの気配はしなくなった。負傷者は出たが…誰も死なせず凌いだみてえだな…」


 虫を次々と仕留めている最中に徐々に雨脚は通り過ぎつつあったが、リデオのその台詞をまるで合図とするかのように、ついに雨は完全に止んだのだった。


「ああ、それにしたって一体どういうことだよ。虫化病は伝染はしないんじゃねえのか?二匹以上の虫化した野郎が同時に現れるなんて聞いたことねえぜ。ましてや二匹どころじゃねえ。一体何匹…。あっ、ええと、数えとかねえとな。後でみんなに教えてやらなきゃならねえ。一匹、二匹…」


 興奮冷めやらぬまませわしなく、自らとどめを刺した虫の数を数え始めているラリャンサの背後から、か細い声が聞こえた。


「おーい…戦わずに隠れたのは悪かったよ…でも、助けてくれやしないかね?」


 トルシュが両足を土砂の下に埋めたまま、申し訳なさげにこちらを見ていた。


「あーあ…おめえは本当にカッコ悪ぃな。おいヌビク。引っこ抜いてやれや。見たところ、どうせ大して重い土砂じゃねえ。足はなんともねえだろ」


 リデオはそう言いながら、土の壁にもたれてうなだれているダミのほうへと歩み寄った。


「平気か?」


「立てる。だが、どうやら折れてる」


 ダミの吐息は苦しげで、痛むのであろう胸の下辺りを押さえているその片手の爪には力がこもっている。


「だろうな」


 それでもダミは強がって立ち上がろうとしたが、リデオはそれを制した。


「おめえはよくやった。俺が思ってたよりはな。後は村に帰って寝てるだけで報酬が入るように俺が取り成しといてやるよ。その金で例の可愛い幼馴染に首飾りでも買ってやれや」


「そうするかな。別に可愛くはねえが」


 そんな会話を聞きながら私がトルシュの両腋を掴んで力任せに引っ張ると、その体は想像以上に軽くすっぽ抜けたため私はまたしても尻餅を搗く羽目になった。そのまま寝っ転がって雨上がりのどんより曇った天を仰ぐと、リデオは私の頭上に移動していた。


「まともな実戦経験なんてねえって聞いたぜ。ダミもそうだが、ヌビク、おめえもよ」


 そう言って、この豚のように太った短足のやくざ傭兵は笑った。彼の醜い顔に浮かんだその笑い顔はやはり醜いものだったが、彼と目を合わせた瞬間私は、つい先ほどまで彼に対して抱いていた生理的な不快感が私の中から既に消え失せていることに気が付いた。


 リデオは片手を腰に当て、もう片方の手でトルシュを指さした。


「そっちの泥まみれのおっさんのほうが普通なのさ。結果はどうあれ、虫のバケモノの群れに怯まず何度も斬りかかれる新兵なんてそうそう居るもんじゃねえ。おっさん以外はどいつもこいつもよくやった。意外と悪くねえチームだわ」


「けっ」


 その後ろでセリトがなにやらばつが悪そうな様子で、また地面に唾を吐き捨てていた。何度も何度も唾を吐いて、口の中がからからになってしまわないだろうか。


「柄でもねえな。さあて、怪我人が出たものの、今更村には戻れねえ。一旦合流地点を目指すぞ。この馬鹿げた事件については大急ぎでノラッドに報告しなきゃならねえしな。てめえら理解してるか?こいつは帝国のお偉い学者さん方の虫化病の研究内容をまるごと覆すような大ごとだぜ。歩きながら話そう」


 各々が地面に転がった鉄球や虫の顔面に突き刺さった剣などを回収し、我々は背嚢を置いてある場所へ戻るべくぞろぞろと歩き始めた。


「あぁ、どいつもこいつもとっくに忘れてるような気がしてならねえから、虫化病についておさらいしとこうか。そもそも虫化病ってのはさっきラリャンサが言ったように、感染するような類の病気じゃねえ上に、発症の法則性すらねえんだ。複数の人間が同時に虫になっちまうなんてのは確率的にまずありえねえ話だし、そいつらが徒党を組んで襲ってくるなんて前代未聞だ。それにさっきの衣服の散らばり方を見るに、一箇所に固められた集団がまったく同時に虫に変身しやがったと見れる。人為的な手段で人間を無理矢理虫化させることが出来るなんて当然聞いたこたねえが、敵どもがそんなクソ罰当たりな技術を持ってやがる可能性も否定出来ねえ」


「人間を強制的に虫化させるだと!ふざけていやがる」


 セリトが拳を振り上げた。


 対照的に怯えた様子のトルシュが続く。


「それってさ…虫に変えた兵隊を私らにけしかけるだけじゃなくって、ひょっとしてその気になりゃ私ら自身を虫にしちまうこともできるんじゃないの…?いや、もしそんな技術があればの話だけど」


「そんなことは許さねえ」


 ラリャンサに肩を借りながら、ダミが呻くように言った。


 随分前に書いた事だが、私は複数の人間が同時に虫化するその瞬間をこの目で見たことがある。私の故郷のテリモロ島もそれが原因で滅びたのだ。島で起こった事件と、今回の事件、何かしらの関係があることはまず間違いない。


 しかし私はこの時それを黙っていることにした。私が知っているのは島の住人全員がなんの予兆も無く一瞬で虫化してしまったということだけであり、その理由はもちろん、それについての推論を挙げることができるほどの情報の断片すら何一つ持ち併せていないのだ。私も彼らも学者ではない。ここで話したところで無駄に場を混乱させるだけだったろうし、そもそもこんな突拍子も無い話が信用される可能性自体が低かった。最悪、くだらない嘘を言って皆の気を引こうと思っていると勘違いされる羽目になったことだろう。


 実際、私がここで彼らに何かを話したところでそれは無駄だったということはこのすぐ後に証明された。それどころではなくなったのだ。


「どう考えたってただの山賊風情じゃねえ。予定じゃ明日も引き続き更に奥まで偵察任務を行なうつもりだったが、予定変更のそのまた変更で、明日は小隊みんなで雁首揃えて一旦村まで引き揚げるべきだろうな…。こんなバケモノどもを相手にするなんて話は聞いてねえしよ。領主さんに掛け合ってそれこそ騎士団でも出してもらわにゃ。あるかどうかもわかんねえ財宝なんかもういいや。それに…それに、死ぬのは御免だ」


 喋っている途中から、リデオはなにやら急にそわそわし出した。ラリャンサはその正面に回りこむと、満面の笑みを浮かべて両手を広げて見せた。


「おいおい、兄さん。虫ごとき何十匹まとめてかかって来ようが相手になりゃしねえって、俺と兄さんで証明しただろ?領主の野郎に掛け合うのは賛成だけどな。報酬を増やさせねえといけねえ」


 しかしリデオは力無く答えた。


「ああ、賊どもが何匹出ようとビビりゃしねえのはそのとおり。そしておめえの言う通り、虫どもが何匹来ても…まあそれなりに平気だってのも証明されたわけだ。だがよ…いや、なんか違うんだ…。きっと、虫じゃなかったんだろうな。さっきの感じは」


「へっへっへ…何?まさかまた寒気でもする?」


 ラリャンサが言うと、ほんの一瞬の完全な静寂が訪れた。リデオは返事はせず、そしてラリャンサと目も合わさず、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「え…?」


 ついにラリャンサの顔からも笑顔が消えた。狼狽する彼の脇で、ダミは再びその瞳に闘志を燃やしていた。既に新たな脅威の出現を確信しているようだった。彼はおそらく、リデオの次に勘が冴えていたのだろう。だが、そのことに大きな意味は無かった。勘ばかりが冴えていたところでどうしようもないこともあるのだ。


「そうだよ。まだ終わってなかった。それとも…、ははは、本当に昼飯が当たったかな…」


 ダミは再び視線を前に向けると、肩を借りていたラリャンサに言った。


「もういい。下ろしてくれ。おまえは武器を取れ」


「…マジか」


 全員が既に足を止め、ダミとリデオの顔が向いている先へと目を凝らしていた。宵口の樹海はその世界そのものがまるで朧げで、雨上がりの生ぬるく湿った不快な熱気が鼻の中を通り抜ける感覚だけが私の中に取り残されていた。


 私たちは全員押し黙ったまま、暗黙の了解で先ほど戦闘した時の隊列に入れ替わった。即ち、リデオを先頭にその脇をラリャンサとセリトが固め、残る三人は自らの足りない戦闘能力を補い合うかのように寄り固まる。しかしトルシュがまったく戦意を持っていないことは明らかになっているし、ダミは剣を振ることが出来るような状態ではない。後列でまともに動けるのは私一人だけだ。


「なんか居る」


 木々の隙間、影の中から煙が立つように、ぼうっと白い顔が二つ浮かんでいるのが見えた。それはこちらへ向けて並んで歩いてやってくるらしく、揺れながら徐々に近付いてくる。二つの白い顔にある四つの瞳は、闇の中でまるで金色の満月のように光っていた。



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