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星と羽虫  作者: 病気
第一章・異能の女たち
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28. 偵察任務


「経緯は省いて必要なことだけ手短に言う。ゼームが賊どもに通じていた」


 まだリデオが指示した規定の時間は過ぎていなかったが、宿舎の扉から隊員の最後の一人が現れると、彼が入り口の段差から降りてくるよりも早く、ノラッド隊長は先を急いでそう言った。場はざわついたが、さほど大きく驚いているものは居ない。正式な通達はこれが初めてだろうが、おそらく昨晩の内にもうこの話自体は広がっていたのだろう。


「質問がある者は挙手しろ。…よし、ヨモラ。手短にな」


 小隊の中で比較的古参と思われる色黒の隊員が早速挙手した。


「なんだってんだよ。つまり昨日の今日で速攻裏切ったってこと?」


「いや、元々内通していた。情報源それ自体に疑わしき部分は多々あるが、その事実だけは間違いない。もっとも、彼の思惑については不明な部分が多いから、まだ敵になると決まったわけではない。しかし我々は常に悪いほうの結果を想定して先手を打たねばならん。…二年以上前から団に居る者はよくわかっていると思うがな…」


「それについてはよーくわかってるぜ」


 ヨモラが腰を下ろすとすぐに、ノラッドは次の質問者を募る。


「他に質問は…よし、ラリャンサ」


 次に挙手したのはチンピラ副隊長リデオの子分の一人だった。


「情報源って誰よ?疑わしい野郎つったけど、そいつがデタラメ吐いてやがる可能性は?」


「昨日捕らえられた賊の一人だ。面識が無ければ知り得ない情報を知っていたから間違いは無い。奴についての詳しい話はまた時間のある時に聞いてくれ。他には?」


 手を挙げる者が居なかったため、ノラッドの合図で今度は副長のリデオが話し始めた。


「よっしゃ。そんじゃ今からてめえら全員を三つの班に分ける。それぞれノラッド班、リデオ班、そしてデコッパチ班だ」


「ロウィス班だ。真面目にやれ、ブタ班長」


 デコッパチと呼ばれたロウィスは咥えていた煙草を指で弾いて捨てると、眠たそうに目をしぱしぱさせながら不機嫌な調子で言った。隊員一同はげらげらと笑い声を上げたが、副隊長たちが隊員をリラックスさせるためにわざと冗談を交し合ったのかどうかは怪しい。


「んで、ありがたいことにベナラハタ小隊が村の警戒を担当してくれやがるから、俺たちは三班とも漏れなくクソ忌々しい森の中へピクニックに行ける。わざわざ手分けなんぞする必要があるのは、これまた忌々しいこの地図のせいだ。あの妖精さんが俺たちに残してくれたこのご立派な地図は、まるっきりデタラメのちり紙として丸めて捨てるにはよく出来すぎてる。俺たちはこいつの真偽を確かめるために、ここに描かれてる道を慎重に検証していかなきゃならねえ。仮に罠だとしたら、そいつが仕掛けられるよりも早くにな。だから大急ぎなんだ」


 続いて、ノラッド隊長が声を上げる。


「まずはノラッド班のメンバーを発表する。班長ノラッド以下四名、ドルニツ、クイップ、アデル。名を呼ばれた者はこっちに寄れ」


 指名された三人の隊員たちは、片手を挙げて誘導するノラッドの方へと歩き出した。そこには隊員たちの中でも一際存在感のある、おそらく最年長であろう白髭の巨躯の隊員の姿もあった。


「おう、ドルニツ爺さんも居るのか」


「隊長と爺さんの二人が居りゃあ五十人まとめてかかってきても平気そうだな!」


「わはは。坊主ども、期待すっとむしろ後悔することになるかも知れんぜ。今日の任務は戦いより山歩きが主だろ?わしゃあ人一倍メシを食うからよ!」


 白髭の隊員が豪快に笑うと、ノラッドが笑いながらその大きな背中を叩いた。


「問題無いさ。爺さんにはその分荷物を多めに背負ってもらうからな。倍は余裕だろ?」


「ひでえなぁ。わしはあんたの親父くらいの歳だぜ、ノラッド坊や」


 彼らの様子を横目に、今度はリデオが手を挙げた。


「んじゃあ続いてリデオ班のメンツも発表すっぞ。ラリャンサ、トルシュ、ダミ、ヌビク」


 出来ればロウィス班が良かったのだが、不運にもリデオが私の名前を呼んだ。


「あー…あと、金髪の坊ちゃん。えらい怪我だけどおめえも参加すんの?だったらうちでいいや」


 そして、私の名前を呼びながら思い出したらしく、ついでのようにセリトも同じ班に入れられた。


「うっはー…リデオ兄さんと同じ班なのはいいけど、他の連中マジ冴えねえなあ…」


 そう言ったのは先ほど挙手して隊長に質問していたリデオの子分のチンピラだった。彼のその呟きに、リデオが答える。


「まさにな、ラリャンサ。だからうちの班だけゲスト含めて二人も多いんだ。まともに戦える奴を班長以外に各班にもう一人ずつ入れてんだけどよ、この班のその担当はおめえだしな。おめえはガキの喧嘩にしちゃそこそこ強えけど、それでもノラッド班のドルニツ爺さんの大槌やロウィス班のヨモラの一刀流と比べりゃカスみてえなもんだ」


「へへ…兄さん手厳しいぜ。でもよ、テンベナ義兵団で最強の武闘派揃いのこの小隊で、要するに第六位ってことだろ?いや、あのひょろひょろのうどの大木のデコッパチが俺より強いかどうかも怪しいぜ」


「馬鹿が。図に乗るんじゃねえ。強さで言やあ、おめえは七番だ」


「え?」


 ラリャンサという名らしい不良の他は、元商人らしいひょろひょろに痩せた中年隊員トルシュと、私とほとんど歳の変わらないであろう寡黙な少年兵ダミ、言わずと知れた小隊内最弱の新兵である私。そして最後の一人は戦う前から全身傷だらけの部外者だ。


「つーわけだから、おい金髪!おめえには期待してるぜ。俺はヤバくなったら速攻とんずらすっから、俺の代わりにしんがりを守って死んでくれよ」


 不意にリデオがセリトのほうへと振り向き、そう声を掛けた。セリトは無言で顎を反らせて不遜な視線だけをそちらへ返していた。


 ラリャンサは憎々しげな視線でそれを一瞥した。


「あー?兄さん、まさかこいつのことかよ。この金髪野郎が?俺より強えっての?」


「うん。でもなんか怪我で左手しか使えないみてえだし、今ならおめえとそう変わらんくらいかもしれねえな」


「ヒャハハ!マジかよ。ありえねーし」


 彼がリデオの言葉の意味を理解しているのかどうかすら怪しいが、リデオのほうはと言えば、どうやら昨日セリトがホルズを捕縛したことをそれなりに評価しているらしい。実際には捕縛はセリト一人の力で成し得たことではないため、過大評価されている可能性もあるが。


 そうこうしている間に第三の班であるロウィス班のメンバーも向こうに集まり、小隊の全員は隊長ノラッドの号令によって再び一つに集まった。


 隊長は宿舎の脇に置いてある荷車を片手の親指で指した。


「それぞれの班の行軍ルートは各班長から説明するが、その前にひとまず全員装備を身につけろ。革の胸甲の着用は隊長及び副隊長、そしてゲストを除いて全員義務とする。ヘルメットは対人任務経験が三回未満の者は義務とし、それ以外の者には推奨とする。もちろん代替になる防具を個人的に所持している者はそれでもいい。その他の装備は自由に取って構わないが、人数分足りないものに関しては早い者勝ちだ。そら、いいぞ」


 隊員たちは荷車の前に殺到し、各々が必要とする装備を手にした。私は例の如くその集団の中に入り損ねたため、彼らの様子を眺めながらぼーっと立ち尽くしていたのだが、その時不意に私の手元に鉄の兜が飛び込んできた。それが飛んできた方向へ視線を移すと、どうやらリデオが投げ寄越したらしいことがわかった。


「おいこの酔っ払い!ぼさっとしやがって。おめえは真っ先にくたばりそうだな」


 彼はさらに革の胸甲を片手にこちらへ近付いて来ると、ふざけて私の頭の上にかぶせるようにそれを置いて来た。


「似合うな」


 鉄の兜を胸に抱え、革の胸甲を頭に乗せたまま何か言うべきか迷って立ち尽くしていると、リデオはすぐに私に背を向けて、別の者に声をかけていた。


「おい、酔っ払い二号!おめえ、得物はあんのかよ」


 彼が呼びかけた相手はセリトだった。セリトはあまりこの不良傭兵と口を聞きたくない様子だったが、今度は具体的な質問を受けたので口を開かざるを得なくなった。


「ご覧の通り、自前の長剣がありますが」


 セリトが意図的にふてぶてしく振舞っていることに気付かないとは思えないが、リデオはまったく意に介さぬような素振りで淡々と続けた。


「それ、改造加えたレプリカみてえだけど、ベースは帝国騎士団の突撃複合剣だろ?柄や鍔の形はオリジナルのままだし、左手だとメッチャ扱いづらいはずだぞ。俺も左手で持ってみたことあるからわかんだよ」


「はぁ?あなたが?騎士剣を?ふん…、とにかく些細なことです。私はこれで百の敵を屠ってきました」


「だから右手でだろ?強がって犬死されちゃこっちが困んだよ。俺の刀を一本貸してやるぜ。どうせ左手で剣振ったことねえだろうし、変なクセもついてないだろ。こっちに慣れるんだな」


 リデオは腰に下げた三日月形の刀を差し出した。昨日ホルズが使っていたものと形状は似ているが、その刃はやや繊細で、その分より研ぎ澄まされているように見える。少なくとも金銭的価値はホルズのそれと比べれば遥かに上だろう。


 セリトが黙っていると、彼は強引に刀を押し付けて今度は別の隊員の世話を焼きだした。


「けっ」


 受け取った刀を夜明け前の薄ぼんやりした青い光の中にかざし、眉間に皺を寄せてふてくされたような面持ちでそれを品定めしていた金髪男の背後に、今度はまた別の男が一人歩み寄ってきた。リデオの子分のチンピラ傭兵ラリャンサだった。


「あっ」


 私は思わず短い声を上げた。彼は明らかな憤怒の表情を湛えながら、セリトの肩に向かって手を伸ばそうとしていたからだ。そしてそのセリト自身は背後の男に気付いている素振りを見せない。


「うおっ、あっぶ!」


 そう声を上げたのはラリャンサだった。セリトが唐突に左手の刀を振り上げたのだ。


「て、てめえ。やる気か」


「うん?おっと、失礼。新しい得物を慣らそうと素振りをしてみたのだが、背後に人がいるとは気が付かなかった」


「ふざけるんじゃねえ」


 ラリャンサは怒りで歯を食いしばりながら、ついにセリトの胸倉に掴みかかった。


「おいおい、何の真似だ?」


 思いのほかセリトは冷静な態度で対応した。その口元には余裕の微笑すら浮かべている。掴みかかったラリャンサのほうは、最初の一瞬は今にも殴りかかりそうな勢いだったが、セリトのその態度で幾分我に返ったのか、いくらか声を落として、急ぐように言った。


「こっちの台詞だ。てめえ、リデオ兄さんにどう取り入ったか知らねえが、いい気になるんじゃねえぞ。こちとらガキの頃から十年以上人間ぶっ殺して稼いでんだ。てめえみてえなぬくぬく育った生ッ白いボンボンなんぞ相手にならねえ」


「相手?何の相手だ?にらめっこか?早口言葉か?」


 今度はセリトが逆に声の調子を上げ、楽しそうにそう言った。その声によって、やや離れたところにいた班の他の連中もこちらを振り向いた。するとラリャンサは急に何やら怯えるように、辺りをきょろきょろと見回し始めた。


「くっ…、既にボロクソの怪我人を殴り倒しても自慢にならねえ。いいか、勘違いすんなよ。リデオ兄さんは本当はてめえのことなんぞ認めちゃいねえ。この班のナンバーツーは俺だ。てめえはとにかく出しゃばるんじゃねえ。わかったな」


「ハハハ、よかろう、よかろう。さあ、離してくれたまえ」


「クソが」


 胸倉を掴んだ手を離すと、彼は大急ぎで踵を返して遠くへ行ってしまった。どうやらラリャンサはこのやりとりをリデオに見られることが恥であると、セリトのすかした態度を見て初めて気付いたらしい。


「急に大人ぶってどうしたんだい。君らしくもない」


 私の皮肉にすら動じず、セリトはやたら得意げな、そして意地の悪そうなにやにや顔で振り向いた。


「ただのチンピラかと思ってたが、なかなか真っ直ぐで面白い奴じゃないか。なあ?」


「そうかい。思いっきりチンピラ丸出しの行動に見えたけど。それより僕にとっては君の態度の方が不可解だったな」


「あの類の奴の扱いは得意なのだ。学生時代を思い出して思わず楽しくなってしまったのさ」


「へえ」


 こいつの学生時代はなんとなく想像がつく。そのとても品の無さそうな思い出話をわざわざ語られても面倒なので、軽く流した。


「あっ…雨だ」


「やっぱり降り出したか。しばらく続きそうだな。涼しくて結構なことだ」


 それから少しもせずに号令がかかり、リデオ班長による作戦の手順の説明を聞いた後、我々は仄暗い雨の樹海へと出発した。


 私が再びこのノンドバド村に帰還できるのは数ヶ月後のことになる。



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