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星と羽虫  作者: 病気
第一章・異能の女たち
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24. 石牢にて



 顔面全体を覆う兜のため表情がわからないが、私のすぐ横でハステが息を大きく吸い込むようなそぶりを見せたため、私は咄嗟に両手で耳を塞いだ。


「ノラッド殿ぉー!ノラッド殿はおられるか!我が名は帝国騎士ハスタリ…」


 すると、言葉が終わるのを待たず、四肢を縛られて馬に乗せられた赤毛が尖った歯をむき出しにして叫んだ。


「うるせーぞ!もう夜なんだから静かにしろ。近所迷惑だろ」


 小隊の宿舎として村から貸し出されている古びた二階建ての家の前に着いた時には、既に陽は完全に落ち、人の少ないこの寂れた農村は闇に包まれていた。


「うぅ…すまん」


 私は片手に持った松明を持ち上げ、縛り上げられてもなおふてぶてしい馬上の山賊の顔を照らした。


「山賊行為のほうが近所迷惑じゃないのか」


「揚げ足取んじゃねーよ!」


「とにかく、ハステさんは一旦ここで待っててください。隊長が中に居ればいいんですが」


 宿舎の戸を押すと、夕餉を終えたらしい幾人かの隊員たちが食堂に残ってくつろいでいる姿があった。薄暗い魚油ランタンの灯りの下、各々が会話や盤ゲームやカードに興じたり茶を啜ったりしていたが、私が入って来ても皆ちらりと一瞬目をやるだけで誰一人として気に留める様子は無い。大声で騒いでいる者もおらず、まったく静かなものである。その場に居る人数自体がさほど多くないとは言え、荒々しい傭兵稼業の男たちの夕べにしては奇妙な違和感のあるこの光景は、やはりこの村で酒が手に入らないことがその理由の一つなのかもしれない。


 ノラッド隊長やリデオ副長の姿は見えなかったが、副隊長のもう一人であるロウィスが火の点いた煙草を咥えたまま食卓に座してじっと目を瞑っている姿を見つけた。近付くと、声をかける前に彼がゆっくりと目を開いたため、私は大まかな事情を説明した。彼は私たちが捕虜を連れている事を知ると、村にある石牢へ隊長を寄越すよう他の隊員に向けて指示し、私に対しては捕虜をそこへ連行するよう言った。私はそれに従った。


「ノラッド殿であられるか!」


 私が今入ってきたばかりの戸から再び外へ出ると、ハステが声を上げた。煙草の匂いに気付いて後ろを振り返ると、すぐ側にロウィスが音も無く付いて来ていたので私は驚いて入り口の段差から転がりかけた。どうやら石牢まで私たちに付き添ってくれるらしいと数秒考えてようやく理解した。戸をかがんでくぐるほどの極端な大男である彼だが、その無駄の無い動作はまるで猫のように静かである。しかし、その必要性が無い以上、彼としてはおそらくわざと気配を消しているつもりは無いだろう。武人としてのなんらかの訓練によって培った習慣と、そして彼独特の存在感の薄さから、意識しなくともそうなってしまうようだ。


「俺はロウィス。ノラッド小隊の副長だ。隊長も後で来るが…君は?」


「ハスタリメノ!ハスタリメノ=フィノケリと申す」


「そうか」


「うむ。ロウィス殿。苗字はなんと?」


「テッドヤン。ロウィス=テッドヤンだ」


「良い名前ですな。ロウィス=テッドヤン殿」


「………」


 無闇に名乗るなと上司に念を押されてるのを既に二回は見たのだが、小言に効果は無かったようである。


「君が何者なのかを聞きたかったんだが…。ハスタリメノ、これの捕縛を君が手伝ってくれたのか?」


 ロウィスは親指でホルズを指して喋りながら一瞬だけ私のほうをちらりと見たが、すぐに視線をハステへ戻した。


「私は後から来たのです。捕縛に関しては、ええと、セリ…セリマ=リベイトがやったと言っていましたな。うん」


 セリトは五人の賊のうち二人倒して二人追い払ったとしか言っておらず、最後の一人であるホルズは実質メセによって生け捕りにされたわけだが、彼女の記憶の中で些か違った内容に変換されたらしい。これも多分わざとではないのだろう。


「セリ…?ああ…なるほど…。今日もセリトと一緒だったのか。しかし…あの彼がよく敵を殺さずに生け捕りにしてくれたものだ…」


「そう、そうそう!あの男は…セリト?は誇り高い騎士道精神を持っていますからな!勝負の決した相手を無闇に殺めたりはしませんぞ!なんせ誇り高い騎士道精神を持っていますからな、あの男は!帝都に戻ればすぐにでも、必ず、本物の騎士になれるでしょうな!うん!」


 ホルズが何か言いたそうだったが、彼は馬上から黙って唾を吐き捨てるだけだった。


「ああ、騎士道精神も大切だが…、それよりもこのタイミングで敵勢の捕虜を獲得できたことが大きい。彼の功績だな。おい…色々吐いてもらうから覚悟するんだな」


 その言葉に対してはホルズはすぐに答えた。


「愉快なお話はたくさん用意してあるぜ。欲しけりゃいくらでもゲロってやる。それがホントかデタラメかどうかを判断するのはてめえらなんだからよ。せいぜい頑張って要らねー心配事を増やすんだな」


「聞き分けが良さそうで何よりだ。ああ、ヌビク、おまえもよくやってくれたな。お手柄だよ」


「ありがとうございます」


 そしてロウィスは私に馬を置いてくるように指示した。私が裏の厩舎へ赴き自分が乗っていた馬を繋ぐと、すぐにハステもやって来て、彼女自身の馬も村の厩舎に預けられた。


 再び宿舎の前でロウィスと合流し、連れ立って少し歩いたところで、私はロウィスが私に馬を片付けさせた理由を理解した。すぐに目的地に着いたのだ。


 家々からやや距離を置いた雑木林の陰に件の石牢は不気味に存在していた。夜闇の中に影のように浮かび上がる漆黒の木々を背景に、錆付いた鉄のような鈍い赤茶色の半球体が地面からその陰鬱そうな顔を出している。それはこじんまりとしたドーム型の石造りの建造物だ。表面の錆のような色はどうやらこびり付いた苔らしい。周囲に生えた背の高い毒々しい雑草はその物件が普段は滅多に使われることが無いのであろうことを物語ると同時に、それの禍々しさをさらに引き立てる舞台装置でもあった。近付いてみると入り口付近の草だけはおそらく人の足によって薙ぎ倒されており、最近に少しだけ使われたらしき形跡を残していた。ゼームらの言っていた、一ヶ月前の略奪の時にでも利用されたのだろう。


 ロウィスは持っていた松明を私に手渡すと、馬上のホルズを軽々と担ぎ上げ、私に先に行くように促した。松明の火で照らしながら、その戸の無い低い入り口をくぐると、ドームの中にあったのは下へ降りる階段だけだった。外観からやけに小さな石牢だと思っていたが、どうやら地下施設だったらしい。しかしやはり小さな村にはあまり大掛かりなそれは必要無いらしく、地上部分ほどではないが地下室もさほど広くはない。途中ムカデの死骸を踏みつけたりしながら、固められた土と朽ちかけた木で作られた階段を降りきると、私の手に持った火だけで照らし出せる程度の地下牢の全貌が明らかになった。部屋は中央よりやや手前から鉄格子で一文字に区切られているだけで、その気になれば十人程度は詰め込めるかもしれないが、『個室』そのものは一つだけだった。内装は、鉄格子の手前に椅子と机が一対と、格子の内側に樽が一つ置いてある他に、壁に取り付けられたいくつかの鉄の拘束具を除けば一切の物が無く、がらんどうとしていた。かび臭い湿った空気以上に印象的なものはそこには存在しなかった。


 私が壁の金具に松明を差すと、ロウィスは鉄格子の中へと入り、担いでいたホルズを乱暴に地面に放り投げた。


「ってーな!」


「…隊長たちが来たら些か物理的な取調べになる…。やり易いように壁の鎖に繋ぎ替えておこう。ヌビク、手伝っ…いや、そこで下がって見ててくれ。見たところ、こいつは一瞬も油断ならない」


「よし!ならば私が手伝おう!」


 物理的な取調べと言う言葉の意味もよく理解していなさそうなハステが小手に包まれた右手を真っ直ぐに頭上に上げて、威勢よく叫んだ。


「いや…ハスタリメノ、君の実力は俺の知るところではないが…なんだか…とにかく、遠慮しておこう。俺に任せて下がっててくれ。こいつの殺気はとにかく尋常じゃないんだ」


 ロウィスは元々覇気の無い縒れた糸のような細い眉毛を八の字に曲げて、どことなく申し訳無さそうにそう言った。


「良い勘してんじゃねーか!さあ、繋ぎ替えてみろ。縄を解いたその一瞬で、てめえのそのしょぼくれた目ん玉を刳り貫かれねー自信があんならな」


「…幸い、体重だけなら俺の方がありそうだ」


 ロウィスは片手でホルズの首の後ろを掴んで壁に押し付けると、もう片方の手に握った短剣で、後ろ手に縛られていたホルズの縄を切った。


「クッソ、なんつー馬鹿力だよ!」


「暴れるな。と、言っても聞かないだろうな」


 ロウィスは顔を横に向けて壁に突っ伏しているホルズの視界や危険な攻撃範囲に入らない位置取りを理解しているらしい。ホルズがじたばたさせた両腕はロウィスの顎や首を叩くことはあっても、体勢のせいでまったく力が入らないためか、ロウィスの表情一つ変えることすら叶わなかった。


「ちっ!あの金髪ごときと遊んでるくれーならこっちに特攻かました方が楽しかったかもな!」


 ホルズの右手首はロウィスの巨大な手によって掴まれると、向かって左側に設置された壁の枷に固定された。彼はその後、左手、右足と、繋がれる度にいちいちしつこく残った手足をばたつかせたが、結局最後の左足も壁の鎖に固定されて抵抗は徒労に終わった。


 ロウィスが手首で額の汗をぬぐっていると、不意に背後から耳障りな濁声が聞こえた。


「おー、やっとめんどくせえ仕事が済んだな。ご苦労さんこの木偶の坊!」


 私は音を出さずに心の中で軽く舌打ちをして、声が聞こえた方向へ振り向いた。その声の主は、ぎょろ目と肥満体と短い脚が目印の、ノラッド小隊のもう一人の副隊長リデオだ。いつの間にやって来ていたのか、彼は両腕を組んで入り口付近の柱にもたれかかり、体を横向きにして顔だけこちらへ向けていた。それは奇しくも、昨日セリトがリデオを豚呼ばわりしていたときに取っていた姿勢と角度までまったく同じであったため、私は苦笑いを堪える羽目になった。


「おまえ…いつからそこに居たんだ…俺一人だけに仕事をさせるとは見下げた奴だ…」


 二人の不仲な副隊長たちは、顔を合わせるなりそれぞれ大きなぎょろ目を見開いて、黒目がちな細い目をさらに細めてお互いを睨み付けた。二人ともいい歳した中年なのだが、それはまるで十代の不良同士のようなわかり易過ぎる対立だ。


「ひひっ、誰がそんな狂犬の世話なんかするもんかよ。まあ賢い俺だったら百回くらいぶん殴って大人しくさせてからやったと思うがな。そんだけそいつはアブねえんだよ。その様子じゃあ、おめえはそれが何モンか知らなかったみてえだな?」


「何?」


「隊長が説明するさ。おい、ノラッド!こいつがおめえを見下げた奴だと抜かしたぞ」


 リデオに名を呼ばれ、入り口の陰からノラッド隊長が姿を現した。


「…ああ…隊長もそこに居らしたのですか…」


「ああ、悪いなロウィス。俺は立場上、作戦前に万に一つのリスクも冒したくないんだ。しかしそいつの赤い髪を見て驚いたよ。どう見たって『山火事ホルズ』じゃないか。おい、そうだろう山火事」


「んだてめえは!いきなりしゃしゃり出てきて偉そうな野郎だ。大体なんだ山火事って。変なあだ名付けんな!イジメか!」


 私は叫ぶホルズのほうへ視線を向けた。犬歯を剥き出しにするホルズはもはや完全に繋がれた犬そのものだ。先ほどまでの殺人鬼の気迫は失せ、その声からは何の脅威も感じない。ただ五月蝿いだけだ。


 唐突に、視界の端で何かが素早く動いてホルズの顔面へとぶち当たった。先ほど似た光景を見たばかりだが、ホルズの顔面にまたしても靴底がめり込んでいた。今度はノラッド隊長の硬い軍用ブーツの靴底だ。壁に繋がれたまま顔面を蹴りつけられたホルズは後頭部をしたたかにぶつけた。


「ああーっ!いきなり何をするんだ!」


 さっきにも一度聞いた台詞を叫びながらハステが飛び出しかけたが、ノラッドに睨まれると硬直してしまった。


「てっ、てめえ、やりやがったな。これイジメだぞ」


 ホルズは両鼻から血を流しながら言った。気絶してもおかしくないほどの強打に見えたが、やはり人一倍丈夫らしい。


 ノラッドがホルズの赤毛を乱暴に掴んだ。


「俺は二年前の冬に国境沿いのバルタクの町でおまえに殺された傭兵たちのリーダーだ。彼らを覚えているか。おまえのようなケダモノにとっては大勢殺した中の一握りかもしれんが」


「はぁ?その通りさ!知ったことかよ!雇われもんの兵隊は殺し合うのが仕事だろーが。てめえらも、俺もな!」


「山火事ホルズ…バルタクで盗品商の護衛をしていたと言うあのホルズですか」


 ロウィスが口を挟んだ。彼の弱々しい濁った瞳は相変わらずの閉じそうな瞼でその色を隠していたが、その声からは若干の驚きが感じられた。


「ああ、大量の欠員が出ておまえがうちの隊に編入するきっかけになった、あの一件さ。事前調査で敵が小規模だと知っていた俺たちは今は亡き副長のケンスに小隊の半数を託して密輸の現場を押さえさせたが、結局隊員七人の内、ケンス含む三人が殺され、残る四人は全員再起不能にされた。敵はたった一人。この山火事だ。まあ、仕事自体は達成されたんだが…。トチ狂った山火事が自分の雇い主もついでに斬り殺してしまったからな」


 ノラッドの説明の後、リデオが言葉を継いだ。


「俺は初めて見たが…本当に真っ赤な髪だな。俺の髪の毛だって分類上は赤毛になるんだろうが、こいつみたいなドギツい赤色じゃなくて本当に良かったぜ。こりゃあ確かに山火事だわ。しかし、散々探しても見つからなかったこいつが、まさかこんなところで…山火事の名の通り山で暴れる山賊になっていたとは」


「おいこら!さっきから山火事山火事うるせーぞ!せっかくならもっとイカす異名付けろや!赤毛にちなんだ二つ名なら『炎髪鬼』とか『紅蓮の稲妻』とか昔色々考えたからこっから採用しろ!なんなら紙にまとめてやるから今すぐ枷を解け!」


「とんがったセンスしてやがるこのゴミクズ!山賊なんかさっさと辞めて吟遊詩人にでもなるべきだったな!だがもう遅え。後でそのご自慢のうざったい赤毛を全部ぶち抜いてやるぜ」


「話に聞く通りのふざけた野郎だ。だが、幸い俺たちには時間がある。リニータク、ライカ、ロマスプ、フェン、コルド、トバス、そしてケンスの恨みだ。すぐには死なせてやらんぞ」


 ノラッドが腰の剣を抜き、碧い瞳を静かに光らせた。彼は無表情だったが、それは逆にどんな怒りの顔よりも恐怖を煽るものだった。セリトは彼の人格を好評価していたが、奴の見立てはやはり当てにならない。その姿はどう見たって邪悪そのものである。


「おい、てめえら何考えてやがる!やめろ!俺は殴り合うのは大好きだが一方的に殴られるのは大嫌いなんだ!せめて枷を外しやがれ!そしたら好きなだけ殴っていいぞ!」


「口の減らねえ犬コロだな!」


 両手を腰に当てて苦笑いするリデオの方には見向きもせず、ホルズはノラッドが手にした刃を凝視したまま、続けて捲し立てた。


「やめろ、やめろーっ!てめえらこれ以上なんかしてみろ。全員呪ってやるぞ!呪い尽くすぞ!おい、俺の呪いはすげーぞ。どうなるかわかってんだろうな。てめえら全員いっぺん殴り殺した後、呪いで生き返らしてまた殴り殺してやるぞ!」


「呪い殺すんじゃねえのかよ!ポジティブな呪いだな」


「うむ…まだ随分と精神的余裕があるようだ。もう少し殴っておくか」


 暴力的な不穏さが場を支配する中、ハステが進み出て、ノラッドたちとホルズの間に割って入った。


「貴殿が…ノラッド殿だな?繋がれて無抵抗な人間を甚振るのは見過ごせない。私は帝国騎士団の者だ」


 無言で眉をしかめたノラッドの隣でリデオが下品な笑い声を上げた。


「ひひひ…さっきから変なのがちらちら視界の隅に映って、気にはなってたが…、一体何を言い出しやがる。天下の帝国騎士がこんな都から遠く離れたド田舎で取り巻きすら連れずにうろうろしてるわけねえだろ。イカレてんのか?」


「盗賊を庇い立てして、その上で騎士を騙るとはとんだ不届き者だな。おいロウィス。なんだこの不快な輩は。何故ここに連れ込んだ」


 そう言ったノラッドは視線はロウィスに向けたまま、まるで唐突に、目にも留まらぬ速さで手にしていた剣を振り上げた。その刃の先はハステの首筋の兜と胸甲の丁度継ぎ目の部分へと宛がわれて静止していた。


「ぐぬっ!」


 ハステは咄嗟に頭部を仰け反らせながら右手を少しだけ浮かせてぴたりと硬直した。自らの腰の剣に手をかけようとしたようだが、ノラッドの気迫はまるで目に見えない巨大な手のようにハステの全身を押さえ付けてしまった。



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