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星と羽虫  作者: 病気
序章・虫になる人々
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3. 剣士セリト



 私は切り裂かれた血まみれのテントで少し眠ったが、他の者たちの多くは眠らなかったようだ。目覚めた私はしばらくレニタフのことを回想していた。短い眠りの中で何か夢を見た気がするが、それがレニタフの夢だったかどうかは覚えていない。


 夜の間に二つの死体は開けた場所へと運び出され、夜明けと共に火葬された。地方や文化を問わず、虫化した者やそれに殺された者の死体は必ず火にかけてから埋められるのが常識である。この頃は既に虫化病は伝染病の類ではないという説が一般的となっていたが、そうだと考えられていた頃の名残で習慣として根付いているのだ。行軍中の傭兵団であってもそれは守られるらしい。


「ろくでもない死にざまだな。奴らの人生には何か意味があったのか?」


 信念の騎士・セリト=リベイマとの出会いについて記す。


 炎を見つめていた私の隣で、司祭のように厳格な面持ちで聖典の長い弔いの詩を完璧に暗唱していた金髪の剣士セリトは、それを唱え終えるや否や、私にだけ聞こえる程度の声でそう言った。


 私は少し考えてから答えた。


「君にとっては無意味だったんだろうね。けれど、レニタフは僕の友達だった」


「無学で卑しい田舎者にだけ意味を持つような人生なら家畜のほうがマシだな。家畜の命は貴賎に関係無く人の糧になる。貴様ら蛮族はブタの爪垢でも煎じて飲むべきだ」


 この時の私に怒りの感情が欠落していたのは幸運だった。彼に殴りかかればきっと返り討ちに遭うだけだっただろうからだ。


 彼が私を愚弄するのはこの時に始まったことではない。彼は昨日の朝に我々ノラッド小隊に拾われて以来、ことあるごとに私に付き纏い執拗に侮辱した。彼はおそらく、常にどこかへ悪意を発散していなければ生きていけない類の人間なのだろう。そしてそういった類の人間は経験と直感で、最も悪意をぶつけるべき相手を見極めることが出来るに違いない。新兵の私が標的に選ばれたのである。


 剣士セリトは我々の目的地であるノンド樹海よりもはるか南にある聖都ウェリテリからやってきたらしい若い旅人だ。年齢は二十歳ほどで、鋭くつり上がった目尻が彼の性格をわかりやすく表している。髪は白に近いほどの明るい金髪で、瞳の色が赤いことから、どうやら出身は温暖な気候の聖都近辺ではなくむしろ帝都以北の寒冷地域であると知れた。

 彼はノンド近辺を通行中に我々が掃討する目的の山賊団に身ぐるみを剥がされたらしく、応援を呼ぶためにテンベナへ向かっていた途中、峠の村で我々と遭遇した。目的が合致したため、戦いに参加するという条件でノラッド小隊と同行することになった。


 彼を初めて目にした時のことについてははっきりと覚えている。村の広場で野営を撤収する作業をしていた我々の元に転がるように飛び込んできた彼の姿は私に強烈な印象を与えた。この時、共同作業が苦手な私は広場の外れにある厠に閉じこもり、皆が仕事を終えるのを待ちながら、小窓から広場の様子を窺っていた。キャンプの真ん中までたどり着いた彼は、騎士のような堅苦しい言葉をやくざのように乱暴に吐き捨てる彼独自の喋り方で、私たちに事情を説明した。その声は疲労によってひどく掠れていたが、興奮した語調の声は大きく響いた。後で知ったのだが、彼は救援を求めるためにほとんど休まずに一昼夜走り続けていたらしい。彼を、自らの体の限界を顧みることもさせずに走らせたものはまさしく憤怒の感情である。この先、彼との腐れ縁は数年間に及ぶことになるが、私はいまだに彼のことを思い出そうとするたび、初めて会ったこの時の激しい憤りと復讐心に満ちた狂戦士のような形相が真っ先に浮かんでくる。


 彼の姿は異様だった。全身は泥と血にまみれ、衣服は靴まで剥がされ下着のみしか身に着けていなかった。しかし何故か右手には高級そうな騎士剣を握りしめていた。彼の体は傷だらけだったが、体に付着していた大量の血液は彼自身のものだけではないように見えた。彼は襲われた際、おそらく果敢にも反撃を試み、賊どもを一人以上討ち倒したのだろう。

 一見して既に異様な彼のいでたちの中でも何より奇妙だったのは、彼の全身に付着した返り血は、どう見ても衣服を着た状態で浴びたものに見えたということだ。つまり最初にまず戦闘し、敵に大きな被害を与えた後に捕らえられて衣服を剥ぎ取られ、その後に再びその手に武器を取り戻した上でその場から逃げ遂せたということになる。

 盗賊がそんな危険な獲物を殺すことなく生け捕りにし、あまつさえ武器まで持たせて逃がしたりするものだろうか。しかもその武器と言うのは売れば金になりそうな、血液さえ拭き取ればだが、まるで骨董品のように美しい銀色の騎士剣である。


 隊長のノラッドに訊ねられた際ははぐらかしていたが、後で私がそのことについて訊ねると、忌々しそうに斜め前方の地面を睨みつけながら彼は言った。


「奴にはもう一度会わねばならない」


 元々真紅のその瞳は、狂気に近いほどの憎悪の炎で満たされていて、まるで炸裂する瞬間の花火にも似た危険を孕んでいるように感じられた。


「奴らの中に、真っ赤なロン毛をしたクソ野郎を見つけたらすぐに教えろ。私を怒らせた者には必ず後悔させなければならない」


 彼はそれ以上は語ろうとしなかったし、私も詮索しなかった。

 無理に聞き出そうとしたところで彼は話しはしなかっただろうし、この傲慢な金髪男の事情など別に深く知りたいとも思わなかった。




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